第190話 誕生日パーティー2
「じゃあ私から。えー、と言っても、大したことはありませんけど、弓をしたいと思います。林檎と、後、危ないので外で」
殆どなくなった食卓を、コップやデザート類のわずかなものだけ残して、片付けをしてから外に出る。
「では、やります」
芸として披露したことはないので、やや緊張する。リハーサルしたときは問題なかったのだ。胸に手をあてて一度深呼吸してから、弓をすぐ構えられるようにして、林檎を持たせているロベルトに目をやる。
「エメリナさん、行きますよ。はいっ!」
最初はフェイが投げる予定だったが、最低限の高さに位置を調整して投げられなかったので、ロベルトにお願いしたのだ。
ロベルトはぱぱぱっと林檎を投げる。
「はっ」
それに向かって弓を連続して放つ。それぞれに命中させるだけでなく、一際高く投げてもらった林檎にはさらに続けて二つ矢を刺した。
「とっ。こんな感じ、です」
全ての林檎を手でキャッチしてから、空を見上げていたリナは不安げにエーリクに顔を向ける。エーリクはもちろん、それに拍手で答える。
「凄いな! いやはや、弓の腕前は対したものだと思っていたが、あんなに連射で、しかも正確な弓ができるものなんだな」
「うん! 凄い凄い!」
「もっかい見たーい!」
「うおー! 俺も弓やってみたくなったっす!」
予想以上に高評価だ。リナは照れて頭をかいてから、姉妹のリクエストに応えてもう一度同じことをした。そして弓矢を抜いて林檎をかじりつつ、フェイに番を譲った。
「ではやるぞー」
以前にもやったので、それほどフェイは気負っていない。まずは火の玉でお手玉をする。
「おー!」
「えー?」
「……いや、凄いっちゃ凄いんだが、それ別に手で火を投げてるわけじゃねぇよな? 火の操作としては凄いけどな」
「むっ。わかるのか?」
「見りゃわかるっつーの。もっとねーの?」
「むう。ではこれでどうじゃ?」
フェイは以前にお嬢様に見せてうけた、上半身と下半身が逆に動いていくように見せかける魔法を使う。弟子たちはおー!と驚いてくれたが、エーリクはいまいち反応してくれない。
「うーむ。いやもちろん凄いんだがな。だが、魔法だろ? 俺らの知らない魔法を使ってるだけじゃなくて、もっとないのか?」
「むむっ。で、ではこれでどうじゃ!」
フェイは自棄になって、以前に教えてもらった技を見せることにする。鬼気迫る顔で、両手を前に出すフェイ。その手は、左手を横向けにして甲をエーリクたちに向け、右手を覆い被せる形でのせている。
「では行くぞ」
ゆっくりと右手の指を小指側から上にあげ、人差し指と中指だけが左手の親指にかかって隠している状態になっている。右手の中指から先に親指の先が少し見えている。
「はぁーっ!」
大声で気合いをいれながら、ゆっくりとフェイは右手を左手の指先、右手側に水平移動させる。
すると、なんと言うことでしょう! まるで左手の親指が千切れてしまったようではありませんか!
単純に、左手の親指を見えないように折り曲げ、接続部分を隠すように見せかけて右手の親指が頭を出しているだけだ。いかに最初に一本に見せかけるかがポイントだ。
なお、ベルカ街では昔からある鉄板ギャグだったりする。
「おおー!」
「なんでー!」
姉妹は相変わらず素直に驚いてくれるが、男弟子二人は微妙な顔をしている。しかし弟子はどうでもいい。肝心なのはエーリクだ!
「ぶっ、ぶははははは! くっ、くだらねー! ははははははっ! すげぇ! すげぇこと考えるな!」
大ウケだった。こうして、大成功で誕生日パーティーは終了した。
○
「では、世話になったの」
「お世話になりました」
「良いって良いって! それより、いいもんもらって悪いくらいだ!」
エーリクが笑顔で答える。彼が言う『いいもん』とは、フェイの親指切断の宴会芸だ。遅刻して帰ってきていない弟子に披露するつもりらしい。
よっぽどうけたらしく、大喜びで習得して、きゃっきゃ喜んでくれる姉妹に何度も見せていた。ちなみに説明は一切していないのに完璧にできていた。
「お土産までいただいて、逆に申し訳ないです」
「構わん構わん。何なら、行った先でここのこと宣伝してくれたら十分だ」
「ふむ。それくらいなら請け負おう」
土産としてレシピだけでなく、貴重な香草まで貰った。
エーリクと弟子らに玄関前まで見送られ、荷物を背負った二人はさて、と顔を見合わせる。
「どうやって行く?」
「ふむ。ちょっと上まで行けば、影響を受けずに飛んでいけるんじゃけど」
「落ちた地点より上ってことよね? うーん、フェイを抱いてあがるにはむずかしいわね」
「身体強化を使ってもか?」
「それなら大丈夫よ」
話はまとまったので、リナはフェイを抱き上げる。抱っこされたフェイは満足げに頷いてリナに身体強化をかけた。
「行くわよ」
リナは思いっきり地面を蹴った。ぐんっとリナの体は持ち上がり、木々を通り越したところで身体強化の魔力崩壊がなくなったのを悟り、フェイは結界と飛行魔法を使った。
その場で浮遊して手を降ってから、二人はエーリクの家を後にした。
少しぶりの空の旅に、フェイは高度を調節して方角を間違えないよう気をつけつつリナに声をかける。
「さて、では予定通りシンドュウ国に向かうか」
「そうね。あっちの方にお願いね。それにしても、ふふっ。めっちゃうけてたわね」
「うむ。さすがに予想外じゃ」
魔法の手品では驚かないので、やけっぱちでガブリエルから教わった小技をした。あそこまで喜ばれるとは。
「しかし、ああも見破られるとはのぅ。今まで素手での格闘技と言うのは見たことがなかったが、凄いものじゃな」
「そうね。軽いノリでいい加減に見えるけど、重ねた年だけの眼力と言うか、ただならぬ人だったわね」
「うむ。まあ、さすがにあそこまで肉体を鍛えようとは思わんが、今後は、たまには休日くらい身体強化なしで過ごすくらいはしてもよいの」
「私たち、身体強化に頼りすぎてたものね」
リナも弓や剣の練習はしているが、筋力トレーニングはもうずっとしていない。身体強化をしている間にしても意味がないし、朝から晩まで強化されているのが当たり前だったので、必要性を感じていなかった。
しかし身体強化はあくまで、基礎能力を増幅させるものだ。今でも殆ど全力を使うことがない程度に強化できているとはいえ、鍛えて損をすることはない。
「うむ。たまにはいいじゃろう。その際には、リナ、頼むぞ」
「え?」
「え、て。リナは元々体を鍛えておったんじゃろ? それなら鍛え方を知っておろう?」
今回の修行でフェイがならったのは鉄棒による前回りと逆上がり、そしてランニングによる体力のみだ。
今後もできるのはランニングしかないし、それだってリナが呼吸を意識して規則的にーとかアドバイスをくれた。リナのアドバイスは不可欠である。
「あ、そっか。ええ、もちろん。何なら、ちゃんと剣の振り方も教えてあげましょうか」
「おお。いいの」
フェイは剣を戦闘で使うことはないし、基本的なナイフの使い方をリナから習ったくらいだ。興味がないと言うことはなかったが、真面目にやっているリナに頼むほどの熱意があったわけでもなく、触りだけなんて言うのも失礼に思えたので、今までは剣の振り方なんて習っていなかった。
しかし今回のことで、少しずつでも真面目に取り組む気持ちがでてきたし、リナから提案してくれるなら是非もない。
そんな話をしながら、空を行くスピードをあげる。気のせいなのだが、フェイは修行前よりよく回りが見えるつもりになって、速さをあげていた。リナはまだ見えていたので、そのまま方角に気をつけつつ指示をした。
そうしてお昼の時間を過ぎるまで飛んで、小腹がすいてきたのでスピードを落とす。
「次の村で食べるか?」
「うーん。でもお弁当をつくって貰ったわけだし、たまにはその辺でピクニック気分で食べない?」
「お、いいの。ではどこで降りる?」
「そうねぇ……特に湖とか、いいロケーションはないし、あの岩の辺りでいいんじゃない?」
足元遠くにある整地された道を進む先にて、分かれ道のある手前に大きめの岩がある。人気もないし、影になっているし、腰を下ろすにもちょうどいいだろう。
「そうじゃな」
フェイは言われるまま岩の上まで移動して、ゆっくり岩影になっている地面まで降りた。
「ちょうどいいから、地図と確認しましょう。あそこの看板見てくるから、用意しておいて」
道の分かれ道脇には、どちらがどちらの方面かが書かれている木製の矢印形の看板があるのが見える。フェイに場を整えてもらえるようお願いしてから、リナは駆け足で看板に近寄る。
「えっと」
地図の中で、頭のなかで想定していた現在地に指をはわせ、先にある村の名前を確認してから、看板の名前を確認する。
「よし、間違いないわね」
名前も方角もまちがっていない。ここからまっすぐ行って、先にある街を一つ越えると国境を越えられる。今日中に行けるかどうか微妙なところだ。
「おまたせー、って。凄いわね」
フェイの元に戻ると、土魔法でテーブルセットができていた。
リナとしては地面が濡れてないか確認してから、位置を調整して荷物を下ろして、お弁当を出しておいてねと言うつもりだった。
しかしまあ、悪いことではない。地面に座ることには変わらないが、地べたにそのまま座るよりは、テーブルにハンカチでも引けばぐっと衛生的になる。
「うむ。完璧じゃろ」
「ええ、ありがとう」
胸を張るフェイの頭を撫でつつ、リナは席についた。
○
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