第189話 誕生日パーティー

「と言うか、あんなに鉄棒は頑張って続けてたのに、走るともう駄目ってどういうこと?」


 鉄棒は休憩をマメにはさんでいたとは言え、半日やっていたのだ。だと言うのに、一周した時点で息切れして、3周する前に休憩だ。

 呆れるリナに、言い返すことができずにフェイは大きく息を繰り返す。


「はっ、はっ、はあ、はあ」

「……悪くないわね」

「はぁ、はぁ?」


 しゃがみこんでいるフェイに、リナは同じくしゃがんでフェイの顔を覗きこんで意味深なことを言ってくる。フェイは話せないままで首だけかしげる。


「うん。はぁはぁ言ってるフェイも可愛いなと思って」

「はぁ、はぁぁ、ぁぁ……お主は、馬鹿、か」


 肺が圧迫されるほど苦しんでいて、息も絶え絶えな恋人を見て、感想が可愛いとか馬鹿か。息が切れているだけだし、心配しろとは思わないが、そんな感想があってたまるか。脳内がピンク色にもほどがある。


「はぁ。よし、走るぞ」

「もう大丈夫なの?」

「うむ。そしてリナはどこかに行っておれ」

「えー、ひどい。一緒に走りましょうよ。冷たくない?」


 フェイから誘ったのに、どっか行けとかひどいひどいと、わざとらしく嘆きながら、立ち上がったフェイの腕をひくリナ。フェイはつーんとその手を振り払う。


「冷たくない。ペースが違うからの。お主はお主のペースで好きに走るがよい。ほれ、体をがっつり動かしたいんじゃろ? 私のことは気にせず、先に行くがよい」

「そんな格好よさげな台詞を今言われても。そんなことより、フェイと一緒にいる方が大事に決まってるじゃないっ」


 立ち上がりながら、勢いよくフェイの肩をつかんで言うリナだが、いや、何言ってんの?とフェイは呆れる。


「何を真顔で言っておるんじゃ。いまそういう状況ではなかろう」

「梯子をはずさないでよ。まあ、とにかくそう言うわけだから、一緒にいるわ」

「はぁ。よいけど、私は私のペースで走るからの。邪魔をするでないぞ」

「はーい。フェイ愛してるー」


 話が通ったので喜んでフェイに抱きついてくるリナに、フェイは頬をかきつつ唇を尖らせる。軽い調子でそんなことを言われると、嬉しいような、でもちょっと軽すぎて不満なような複雑な気持ちだ。


「何なんじゃ。いちゃいちゃは控えると言っておらんかったか?」

「そこまでは言ってないわよ。さ、行くわよ」


 抱きつくのをやめて、今度こそ真面目に走り込みを始める。


 走っては休み、走っては休みを繰り返す。あくまで目標は持久力だ。タイムを短くすることではない。十分に休憩をいれつつ、ゆっくりとでも足を動かし、出来るだけ長く、一歩でも先に進んでからギブアップするように努める。


 リナのアドバイスにより、全力ではなく意図的に遅めのスピードにしたことで距離はグッと延びた。しかしさすがに歩く程度では走れているとは言えないので、歩き出したらそこでストップだ。10周はまだ遠い。


「一回歩いて十週してみる? 休憩がてらさ」

「うむ。そうじゃの。さすがに歩きながらなら余裕じゃろ」


 どうしてそうもフラグをたてるのか。まあ、結局鉄棒も有言実行になってるわけだが。


 何度も挑戦しても、さすがに持久力は使うほどバテていき、よりできなくなる。

 鉄棒はそれ自体にはそれほど力が必要と言うわけではないし、一瞬のことで、続けて練習できたが、走りはそうもいかない。

 

 休憩を終えても疲れが蓄積してきたので、リナの提案により揃って歩き出す。


「話変わるけど、エーリクさん、一応プレゼントとか考えてるの?」

「む? ああ、誕生日パーティーに出る訳じゃしな。一応の」


 エーリクは通りすがりなんだし、出るだけでいい。祝ってもらう気持ちだけで嬉しい! と子供のように自分の誕生日がただただ嬉しいようだが、さすがにそうもいかない。

 今だ帰っていない弟子も含めた5人の弟子たちが出ていたのも、エーリクの修行と称した指示により、エーリクの欲しいものを誕生日プレゼントとして用意するための遠出だ。


 その努力の発表かとも言える誕生日会に参加して、何もなしとは気が引ける。しかし、じゃあ何があると言われても困る。

 エーリクの欲しいものはわからないし、今から用意すると言っても難しい。なにせ弟子たちが言われたものは、いずれも店で売ってるものではなく、どこぞの山奥やらなんやらで手にはいるものだ。

 地理に疎い素人が、細かな指示もなく当てずっぽうですぐ手にいれられるものでもない。


「え? 決まってるの? 何何?」

「うむ。手品をしようと思っておる」


 と言うわけで、物ではなく芸をして楽しんでもらおうと言うのがフェイの考えたプレゼントだ。陽気なエーリクの性格的にも、魔法には普段関わらないと言うことで新鮮さもあるだろうし、大不評と言うこともないだろう。


「あー、その手があったか。うーん。私も考えてはいるんだけどねぇ。狩りくらいしか思い付かなくて」

「別にそれでよいのではないか?」

「いや、昨日も狩って渡してるわけだしねぇ」


 確かに芸はない。狩り自体はその辺にいる動物で、エーリクも狩れるのだから、なおさら目新しさがない。


「ふむ。リナも芸をしてはどうじゃ?」

「へ? 手伝わさせてくれるの?」

「いやいや。弓じゃよ。弓は珍しいと言っておったし、林檎でも投げて弓をあてればよいじゃろ」

「インパクトに欠けない? だいたい、弓が珍しいって言ってもねぇ。私は技術には自信があるけど、魅せるものとして鍛えていたわけじゃないし」

「十分、見れるものじゃと思うけどの」

「そう? うーん。じゃあ、弟子さんたちにも聞いてみて、考えてみるわ」


 国によって人の価値観は違う。この国では芸として見られると言うなら、それもありかなとフェイのアドバイスを検討することにした。

 そして徒歩で10周したが、フェイは十分に疲れたので、午前の練習はこれまでとした。








 最後の一人の弟子が帰らないまま、とうとうエーリクの誕生日当日となった。フェイはなんとか昨日中に10周を走りきれるようになった。

 筋肉痛で苦しんだりもしたが、元々物凄い距離と言うわけでもないのだ。頑張りがキチンと形になったのがわかり、大層ご満悦のフェイだった。


 そんな感じで、とりあえず朝からパーティーは始まった。いつもは夕方から晩御飯でするらしいが、今回はフェイとリナがいる。

 今日は泊まればいいとエーリクは言ったが、さすがに祝ったその日にまで世話になる訳にはいかないし、エーリクが飲酒をする気満々だったのもあり、リナにお酒を飲ませない為にフェイが夜にでも出ると言ったのだ。

 そうするとエーリクはじゃあ朝からパーティーにしようと言ってくれたのだ。


 結果的に迷惑をかける形になり申し訳なかったが、エーリクは長時間パーティーをする口実になるし、気になるならその分手品を頑張ってくれと言われた。フェイとリナが芸を見せること自体は先に話しているのだが、過剰な期待をされている気がしないでもない。


「へーい! ハッピバースディ俺ー!」

「おめでとうございます!」


 朝、朝からご馳走と言うことで多少時間はかかり、いつもより1時間以上遅い朝食兼パーティーとなった。

 がっつりしたメニューが並ぶが、寝起きから一時間以上経過した若者の胃はたまらないほど空腹を主張している。なお、老人の胃は24時間いつでもがっつりイケる口です。


 一通り祝いの言葉をかけてから、先に食事だ。全員お腹を空かせていたので、勢いよく消費されていく。フェイとリナはいつもそれほどガツガツ食べるわけでないが、5人がばくばく食べるので、つい負けないようにペースが早くなる。


「うむ! これはうまいの!」

「だろう? 特別なハーブが必要でな、誕生日だけの特別ば、おい! それは俺が狙ってた分だぞ!」

「師匠と言えど譲れないっす!」

「早いもの勝ちだよー」

「だから私のー」

「あー!」

「すみません、師匠!」

「どいつもこいつも! 俺の誕生日だぞ!?」


 それなりに尊敬されてるんだ、と思わせられていたこれまでの生活だったが、特別な肉料理の前ではそうではなかったらしい。

 山のようにつまれたメインディッシュは、大きな分厚いステーキなのだが、何とも香ばしく独特の風味がして美味しい。肉もいいものらしく柔らかく、大口で頬張ると肉汁がこぼれそうなくらいだ。


「ふぅ。でも本当に美味しいです。よかったらレシピ教えてもらえますか?」

「後でな! そいつは俺のだ!」


 メインディッシュが空になり、それなりにお腹が満たされて、各々がスピードダウンしてちびちびサラダやデザートに手を伸ばし出してから、エーリクがさてとと口の回りについているソースを右手の甲で拭った。


「じゃあそろそろ、プレゼントタイムと行こうか! あ、おたくらは最後ね。ネタバレしてないお楽しみだからな」


 弟子たちからのプレゼントは全てエーリクが指示した品物なので、驚きは全くない。なので未知の二人を後ろに持ってくるのはわからないでもないが、容赦なくハードルをあげてくれる。


「お。状態がかなりいいな。よくやった」

「ほう、よくとってきたな。ちょっと難易度が高かったかと思ったんだが」

「うんうん。お前たちも薬草の細かい見分けがつくようになってきたな。状態も問題ない」


 ちなみに女なのもあり、姉妹は二人セットで出張行くことになっている。

 そんなこんなであっさりプレゼントは終了し、ついに二人の番になった。

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