第187話 鉄棒4
リナはしつこくフェイの鼻を上向きにつついて、嫌がられて手を振り払われてから、それにしても、と話題を変える。
「それにしても、ここで一週間過ごすって言うのは、やっぱりなんだか、少し不思議だわ」
「む。嫌だったか?」
「そうじゃなくて、急いではいないとは言っても、アリーに止められても全然迷わなかったから。やっぱり普通に寄り道なしでまっすぐ向かうんだと思っていたから」
リナの疑問に、フェイはうーむと言葉を濁す。
「むー。アリー……の。うむ。別にアリーは、何が悪いと言うわけではないんじゃけど」
「あれ? 仲良かったと思ってけど、そうでもないの?」
出るまでは何も言っていなかったフェイだったが、今になってそんな反応をするとは。実は苦手に思っていただろうか。
しかしフェイはいやいやとあっさり否定する。
「真面目じゃし、明るくて素直で、かといって嫌になるほど押しが強いと言うわけでもない。友人として申し分ないの」
その反応は特に嘘をついていると言うわけでもなさそうだ。リナとしても、魔法関係なのであまり関わらなかったが、普通にいい子っぽいし、巫女様でなければ普通に混ざってただろう。
「? そのわりに、何だか含みのある言い方だったじゃない」
「う、うむ。普通にの、ごく普通に期限が来たからでたわけじゃけど……まあ、ちょっとだけの? ちょっとだけ、アリーが可愛いから、心配していた気持ちもなくはないの」
「んん? 可愛いから心配?」
物凄く言い淀みながら、視線をそらして弁明するように答えるフェイだが、内容が全くぴんとこなくて、リナは首をかしげる。
そんなリナにフェイは照れつつ、頬をかきながら言葉を続ける。
「まあ、なんじゃ。そこまではないがの。リナがあんまりうるさいから、こう、ちょっとの。わしも気になってきたと言うかの」
「んんー? わしになってるわよ?」
「ううむ。まあ、そんなこともあろう」
「……あっ。わかった」
何やら恥ずかしがって両手で目元を隠し出すフェイに、リナはようやくぴんときた。
可愛くて心配って、要はこれ、アリーが可愛いからリナが浮気心を出さないか心配したと言うことだ。わかるか、と言いたい。だって殆んどリナは接点がないのだ。まさかそんな心配をするなんて、杞憂としか言いようがない。
だけど、無性に嬉しくて、口の端がつり上がるのを自覚しても止められない。
フェイには焼きもちが可愛いなんて言われていたが、確かにこのフェイは可愛い。可愛すぎる。嫉妬される良さに目覚めそうだ。
「もー、フェイったら。散々私に言ってたくせに、嫉妬ですか?」
「ぐ、ぐぬっ。お主が私のこと好きじゃから言ったんじゃぞ! からかうでないっ」
人差し指で頬をぷにぷに押されて、フェイは顔を真っ赤にして左手は顔を隠したまま、右手でリナの手を払う。
だけどそんな連れない態度にめげるリナではない。と言うかフェイに払われるのはわりとある。
「怒んないでよー。嬉しいんだから。もー、フェイ可愛すぎ。チューしたい、チューしよチューしよ」
「だ、駄目じゃぁ」
たまらず抱きついて顔を近づけるリナに、フェイは背中をそらして反抗しつつ、ちらっと指の隙間からリナを見る。
目があって、リナは笑いながら顔を寄せた。
「駄目じゃありませんー、ん!」
「んう。うーっ。にやにやするでない」
キスされたフェイは手を顔から離したが、代わりにリナの肩を押す。
「えー、さっきはにやにやしてもいいみたいな流れだったじゃない」
「それはそれ、これはこれじゃ。むっ、むん! ふぬ!」
リナが動かないので、フェイはさらにぐっと力を込める。しかし全く動かない。忘れてはならないのが、身体強化がないと言うことだ。
いつもはリナが抵抗しない限り、フェイがリナを押したり持ち上げたりするのは簡単だ。しかし現在はリナが無抵抗でも関係ない。リナは1ミリも離れていかない。
押されてることはさすがにわかるが、言葉のわりに弱い力でしか押してこないフェイにリナは首をかしげる。
「ん? あ、そっか。いやー、非力なフェイちゃんも可愛いわね」
「ぐっ、ぐうう。むうっ」
すぐに納得して、わざとらしくさらにフェイに身を寄せて頬をくっつけてきた。悔しいので身体強化をオンにする。常時魔力が持っていかれるが、大したことではない。
「へっ? あ、いたいいたい」
肩をしっかりつかんでいたので、勢いよく上にあげられてもリナがベッドから飛び出してしまうことはないが、リナはそう言って顔をしかめる。
「むっ。す、すまん」
「なんちゃってー」
嘘でした。リナは落ちるようにしてすかさずフェイにまたキスをして、重なるように抱きつく。
「ふふふ。フェイ可愛い」
「うー。いじめるでない」
諦めて抵抗はやめたが、せめてと目をそらすフェイに、リナは微笑んだままフェイにぴったりくっつくようにしつつも、隣に寝転び直す。
「可愛がってるだけじゃない」
「恥ずかしがっておるのに、ぐいぐい来るのはやめい。余計に恥ずかしいんじゃ」
「やぁね。わかってるわよ。恥ずかしがるフェイが可愛いんだもの」
「いじめてるではないか」
「フェイが可愛いんだもの。もっともっと、これからも焼きもちをやいていいのよ」
「もう焼かん」
「拗ねても可愛いわ」
可愛いを連呼しすぎだ。台詞の半分以上に可愛いが入ってきているではないか。
一度唇を尖らして顔をそらしたフェイだが、肩に手をのせて軽く頭突きをしてくるリナに、観念したように振り向く。
当然鼻先が触れそうな距離だ。リナはにこにこして意味ありげに瞬きを繰り返して無言でアピールしてくる。
「……はぁ。お主は本当に、もう何でもいいんじゃろ」
「そんなことないわよ。フェイだからいいだけ。フェイだから可愛いのがいいの。アリーは可愛いけど、それとこれとは全然違うわ。それに、私はフェイが可愛いだけで好きなんじゃないわよ。だから安心して、嫉妬していいのよ」
「話が繋がっておらんぞ」
「うん。じゃあ、やっぱりキスしましょうか」
「いやだから、まあ、よいけど」
フェイは一度だけ唇を尖らせて見せてから、じっと待っているリナに、観念してキスをした。
○
「ふんっ」
二人がエーリクさん家にお世話になって早くも四日目となった。未だに、フェイは逆上がりをできていない。
「フェイー!」
「できたよー!」
「おお!? なんじゃ?」
逆上がりの練習をしているフェイに、昨日の夜遅くに新たに帰ってきた弟子、双子の姉妹が走りよりながら声をかけてきた。
鉄棒にぶらさがるようにして振り向くと、双子は大きな木製の台のようなものを持っていて、フェイは驚きながら手を離して立ち上がった。
「ふふーん。フェイが逆上がりを頑張ってるって聞いたからね」
「私たちで秘密兵器をつくったんだよ」
「逆上がりって、結構難しいよねー」
「私たちも昔は苦労したよー」
「と言うわけで作ってきたよ!」
「感謝なんていいんだよ。弟子になるわけだし、家族家族!」
「下っ端からの脱出! 大歓迎だよ!」
「私たちが姉弟子だからね! 敬ってよね!」
「弟子にはならんし敬わんが、それはなんじゃ?」
双子のアンナとレイナは、現在10歳の最年少のため、朝御飯の時にエーリクから事情と共にフェイが仮弟子と紹介され、弟子になれー弟子になれーと朝からうるさい。
しかしいい子のようで、朝一でフェイのために鉄棒グッズをつくってくれたらしい。
「これねー、私たちが考えたんだよ」
「前に練習してたときに、アンナを蹴っ飛ばしてできたところから発明したの」
「違うって、レイナが蹴られたんでしょ。それで、研究の結果、斜めの板があるとやりやすいってなったの」
「ちょっとアンナ、嘘つかないでよ。で、これ作ったのよ」
「嘘つきはレイナでしょ」
喧嘩を始めたので、とにかく斜めに板がはられて壁になっている台を受け取り、丁寧にお礼をいって二人にはお引き取り願った。補助具はありがたいが、喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ。
「よっと」
蹴っ飛ばして、と言うことなので踏み台として、自分とは反対側に置くと言うことだろう。セットして、自分の足が届きかつ、近すぎてぶつからずに回れそうか確認する。
「ふむ。こんなもんじゃな」
鉄棒を握った状態で板を踏み踏みして確かめ、フェイはうんと頷くと、改めて勢いをつけて板を駆け上がるように蹴ってみた。
「おおっ!?」
蹴りあげたことで、体は割りと上まで上がった。角度で言うと80度くらいに。そこで一瞬滞空してから、そこまま下に体は落ちた。ばたばたっと足をつけつつも、今までよりぐっと思い描いている形に近づいた。
フェイは興奮しながらさらに何度も繰り返す。
「ふぇー、いっ」
「む? おお、リナか」
「あ、いいのいいの。様子を見に来ただけだから、気にせず続けて」
あれからリナはフェイトは別行動で、家事の手伝いをしたり、エーリクと狩りをしたりして過ごしている。狩りにおいては元々、大きな声で会話をしては獲物が逃げたり警戒してしまうので、小声だったり身振りで合図するのは珍しくない。家事手伝いよりよほど簡単に意思疎通ができたこともあり、ここでのフェイなしでの生活に馴染んでいた。
今日はお昼前になり、午前中に行う家事は一通りしてきたし、エーリクと一緒に狩りに行くのも午後の予定だ。他の弟子もだが、暇があれば修行だと走り込みにでも何でも出ていくので、手持ちぶさたになりやってきたのだ。
「何だか良さげな台があるわね」
「うっ、む! ふぅ。双子が! んん! 作ってくれたんじゃ。ふん!」
逆上がりの練習をするフェイの隣に来て、リナは鉄棒の柱部分に軽くもたれながらフェイを見る。
昨日までは真面目にやっていて、擦れて豆までできていたのに、殆んど進歩していなかった。だが今日はもうあと一歩と言うくらいになっている。
もちろん台で出来るようになれば、体をならして台無しでできるようになって初めて成功になる訳だが、進歩は進歩だ。
「よかったわね」
「うむっ」
会話が終わると黙々と逆上がりの練習を続けるフェイ。その顔は真剣そのもので、一生懸命頑張って、冬なのに汗までかいていて、必死なのが伝わってくる。
どうしてそんなに頑張れるのか不思議ではあるが、同時にだからこそフェイだと思う。自分で決めたことを貫き通せる、意思の力がある。しょーもないことだからこそ、諦めてもいいはずなのに、決めたんだと頑張る。
普段は優柔不断なところもあり、気分屋で飽きっぽいところもあるのに、こう言う時は絶対諦めないし、気持ちがぶれないのだ。
そんなフェイが、とても好きだと改めて思う。真面目に頑張るフェイの姿はとても格好がよくて、見ているだけでドキドキしてくる。
こうして見つめているのは、全く苦にならない。山奥でフェイも逆上がりだし暇だなと初日は思ったけれど、暇さえあればフェイの姿を見ているし、全く飽きる気配はない。
ずっと応援したい。今だけ、逆上がりだけの話ではなくて、これからずっと。色んなことを頑張っていくんだろうフェイを、ずっと応援して支えたい。
出会いは平凡なもので、ドラマチックに急激に恋に落ちたりもしなかった。普通に出会って、時がたち、共にすごして思いを重ねていって、そして今、気がついたときには掛け替えのない存在として、心から愛している。
それは物語にしたらつまらないかも知れない。ありきたりかも知れない。だけど、この胸の高鳴りは、溢れる思いは、リナにとっては黄金よりも価値がある。生涯かけて大事にしたい、唯一無二のものだ。
リナはフェイを愛してることが誇らしくて、フェイと共にいられることが嬉しくて、このことが奇跡のようにすら感じられて、ゆっくりと幸せを噛み締めるように、微笑んだ。
「ふん! お! おおっ! リナ見たか!」
なん十回と繰り返して、ついにくるりと、誰かに足を支えてもらわずに、台付きとは言え一人で回れた。
歓声をあげてリナを振り向くフェイに、リナもまた笑顔で声をあげる。
「もちろん見たわよ! 凄いじゃない! 一人で回れたわね!」
「うむ! コツがわかったかも知れん! もう一回じゃ!」
そしてまた何度も繰り返すフェイ。自分があっさり逆上がりしても何も感じないが、フェイが頑張れば、台付きでも本当に凄いと、馬鹿にするのではなく心から思う。
凄いのだ。フェイは凄いんだって、大きな声で言いたくなる。フェイは一流の魔法使いになりたいと言った。あの時はそれでも、なれるかどうかわからないし、どちらかと言えばやっぱり難しいだろうと思っていた。だけど今は思うのだ。
フェイなら絶対になれるに違いないと。そして少しでも早く実現するために、力を尽くそうと。
何度も何度も繰り返し、台があれば回れると確信が持ててからも繰り返し、体に動きを慣れさせるフェイを、リナはずっと、お昼ご飯の時間になるまで見つめ続けた。
○
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