第186話 鉄棒3
「はぁ、はぁ。ぬわー! なんでできないんじゃー!」
リナの登場から10分。遮二無二に足を蹴りあげていたフェイだったが、どうしてもまわらなくて、頭ではわかってるはずなのに全然足があがらなくて、腹立ち混じりに声をあげた。
「お、落ち着いてよ、フェイ。そんなにイライラして力任せにしても、できないわよ」
「むう。それはそうじゃけど、うー。お主が、簡単にするんじゃもん。リナ、鉄棒に興味をもったか?」
「え? いや別に」
鉄棒から手を離して、拗ねて唇を尖らせるフェイに唐突に聞かれて、リナはきょとんとしつつも答える。
リナの答えにフェイはびしっとリナに指を突きつけて命じる。
「ならば、リナは鉄棒禁止じゃ。少なくとも私の前ではな! よいな」
「そりゃあいいけど。なんでそんなに頑張るのよ。別に鉄棒なんて出来なくてもいいじゃない」
「いいかも知れん。じゃが私はやると決めたんじゃ。とにかくやるぞ」
「そうですか。まあ、一週間いるなら暇だし、いいんじゃない?」
「うむ。一週間あれば楽勝じゃろ」
どこから自信が来るのか、今までやっても駄目で苛立ってた癖に余裕綽々のフェイ。そんなフェイに少し呆れつつも、リナはそうねと相づちをうつ。
実際、必要なのは筋力ではない。体の動かし方と言うべきか、コツさえ掴めばフェイでもできるだろう。筋力を一週間でつけるのは無理だが、それほど難しい課題と言うこともない、とリナは判断した。
「じゃあ、とりあえず帰ろっか。と言うか、そろそろ晩御飯の時間だからってことで呼びにきた訳だし」
「おお、そうじゃったか。そう言えば、言葉は問題ないようじゃな」
「そうね。何となくでも、結構通じるものよ」
意思疎通については、気合で、と言ったらまるでエーリクの物言いをパクったようだが、気合で何とかなった。元々弟子が増えた時ようにある程度支度はされていて、寝具等倉庫にあるものを出して干したりと言った少々の準備をするだけなので、言葉が通じなくても十分に意思疎通は可能で、そう時間はかからずに完了した。
その後の手伝いでも問題なく、だいたい家の中でやることなんて、実際に始めてもらえば何をするのか見当をつけることは簡単だ。身振り手振りでお互いに母国語で話しても、細かいニュアンスはともかく、なんとなくわかるものだ。
以前は、全く他国の言葉を聞いただけでも慌てたリナだったが、フェイの魔法ではどうしても街の雑踏などずべて異国の言葉だ。自然と、耳慣れない言葉を聞くことに脳がなれていたのだろう。知らない言葉でも慌てずに対応することができるようになっていたのだ。
「ほう。やるのぅ。では、一週間は魔法をかけずともよいのかの」
「いや、さすがに一緒にいる時はかけてほしいんだけど。作業とかなら意思疎通できても、雑談とかだとさすがに無理だし。手を離したらとけてしまうなら難しいのかしら?」
「ふむ。別にできんことはないぞ。手を繋ぐのはあくまで、その方が魔力消費が少なく楽じゃからじゃし。隣にいる距離なら、常にかけ続ければ問題ない」
「ずっと使うのは、魔力としては大丈夫?」
「ふむ。まあ、一緒にいる間だけじゃし、大丈夫じゃろ」
比較的魔力をつかう魔法ではあるが、そもそもの魔力量が多い。それに2人一緒でかつ他の人がいる時だけだ。修行中もずっと一緒なわけではないし、睡眠中も当然いらないのだから、問題ないだろう。
「そう。無理ならいいけど、できるならじゃあ、お願いね」
「うむ。よかろう。ではそろそろ行くかの。鉄棒の決着は明日つければよかろう」
明日で逆上がりに決着をつけるつもりらしい。
それはともかく、フェイを連れて戻る。エーリクの家は見えずとも近づくとトマトスープの独特の酸味のある匂いがただよってくる。
「うーむ。お腹が減ってきたの」
「まぁね。走る?」
「断る。坂道は走ると疲れるんじゃ」
「それはそうだけど。まあ、いいか。標高が高いから、余計に疲れるしね」
フェイがあまりにひどい運動音痴っぷりで肩で息をしていたのも、元々ここが空気の薄い山の上だからと言う要因がある。
フェイも山の上で過ごしていたとは言え、家近辺には結界で快適になるよう調整されていたし、身体強化も常時使われていたので、心肺能力も並み以下なのだ。
「戻ったぞー」
「おっ。帰ったか。おかえり」
「ただいま戻りました」
家ではすでにテーブルにお皿まで並んでいた。リナも途中まで手伝ってはいたが、移動時間もあり出来上がり近くにまでなっていた。
家に入ると同時にフェイが無言でさらっと魔法をかけてくれたようで、言葉が聞こえるようになった。その変わりように少し違和感を覚えつつも、リナは今回はフェイが魔法を使えない非常事態の訓練としてちょうどいい機会だったかも、と前向きにとらえることにした。
エーリクと弟子二人に言われて席につく。エーリクは先に一番奥の席に座っていて、二人はエーリクの向かいだ。
テーブルは大きくて10人くらいは一度に食べられそうだが今いるのは5人で、ばらばらに食べる必要もないので当然片側にだけ片寄っている。空きスペースがあるとちょっと寂しく感じられた。
「他にも、もう三人弟子がいるんだが、まだ帰ってきてないな。帰り次第紹介してやるよ」
「ほう。5人も弟子がおるのか」
「すくねぇ方だ。昔はもっといた。多いときはそうだな、20人くらいか」
「20人もか! ほほぅ、凄いんじゃのぅ」
この家は大きくはあるが、それにしてもかなりテーブルが大きいと思っていたが、これでも足りないくらいだったらしい。
「ま、と言っても殆どが無理矢理連れてきたんだけどな。あんま知名度なかったからか」
「……それって、誘拐じゃないですよね?」
「安心しろ。犯罪ではない」
エーリクと話しているとすぐに、弟子二人が料理を仕上げて持ってきてくれた。
それから食事をいただく。意外だったのが、魔法なんかと言っていたエーリクが、それでも信仰神がウィンクリーンだった。
ここはまだマーギナル国内ではあるのだから、おかしくはないが、少し意外ではある。とは言え現在におおいては正しい信仰は殆んどなく、具体的な見返りとなる加護を得られないのだから変える意味もあまりないのだが。
改めてフェイとリナについても話すと、海を越えてきたと言うことでいたく感心された。こんな山奥で修行しているエーリクたちは、さぞあちこち旅しているのだろうと言うイメージを持っていたが、実際にはこの国から出ても一つ下のドブル国くらいだ。
二人の目的地のシンドゥウ国よりの手前で、これからそこに行くと言うとさらに感心された。
「すげぇな。他国の冒険者じゃあ、そんなにあちこち旅をしてるものなのか?」
「あー、いえ、そう言うわけでもないんですが」
冒険者は旅をしても珍しくはない。しかし二人ほど遠い距離を延々移動するのは珍しい。他国に行くとなると言葉の壁もあるし、移動中は危険もあるし大変で、お金だって消費する一方だ。
明確に目的がなければ、他国に行くことすらあまりない。冒険者と言っても自国内で拠点を変更するのが殆んどだ。
だが二人はお金には余裕があるし、何より飛行がある。移動時間が省略できるから費用も抑えられ、危険もないし時間もそれほどかからない。そうなるとついつい遠くへと行きたくなるものだ。
行ってみたい国や場所があっても、片道一年かかるなら躊躇うが、一ヶ月でつくならハードルは下がるに決まっている。
「わしらは旅が好きなんじゃ。それより、わしは修行についてもっと聞きたいんじゃけど。ここではどんな生活をしておるんじゃ?」
「お? そうだなー」
困って苦笑するリナを見て、フェイが話題を変更する。と言っても普通に気になっているだけだ。エーリクはフェイの興味津々な態度に気を良くして話始めた。
○
「ふー、今日は疲れたのぅ」
「そうね。久しぶりに身体強化なしだったし、ちょっと疲れたわ」
「ちょっとではない」
この家には大きな湯船がある。少年弟子のヴィリオはフェイが少女であることに気づかなかったが、エーリクがちゃんと説明してくれて、リナとフェイの入浴時間は分けてくれた。
元々女性弟子がいるときは分けていたので、そのシステムをオンにするだけだ。
お客さんとは言ってくれるが、何もせずに世話になる訳にもいかないので、リナは家事分担の一部、洗濯や掃除、料理の手伝いを負担することにした。
と言うか洗濯はしてもらいたくないので、そのついでに洗うことにした。実家では父はもちろん、持ち回りで複数の家族の衣服を洗ったりと言うこともあり、他人の男性の服でも洗濯するのに抵抗はない。
フェイが男性に洗濯されるのに抵抗がないのは何とかしてほしいが。お爺さんが倒れるまでずっと洗濯させていたのもどうかと思うし、それはいいとしても、赤の他人もオーケーにするのはやめてほしい。
まあ、今後はリナがずっとフェイの洗い物はするのだから、別にフェイが気にかけなくてもいいっちゃいいのだが。
とりあえずそんな感じで、明日からの予定は決まっている。なおフェイは修行&修行で、気が向いたらリナがしてるのを手伝ってねと言うレベルである。
元々しなくていいよと言われてるのを、リナが自分達の分の洗濯以外の仕事まで、無理矢理首を突っ込んでるようなものなので、やることを決めているフェイには必要ないのだ。
今はお風呂も終えて割り当てられた部屋に戻ってきているところだ。
人数が多いときは弟子の部屋になっていた一つで、他のいくつかの部屋も同じ作りになっているそうだ。
水場はないシンプルな一室だし、背の高い二段ベッドが入り口からすぐ近くにあり圧迫感があり、さらにベッドが大きめなので、実際の面積より狭く感じられる。
部屋は四人まで同室らしく、まず二段ベッドが両脇にある。その奥左側にタンスがひとつあり、窓辺は荷物置き場となり、真ん中に小さめのテーブルがある。実際に部屋は四人で住むには狭いが、ダイニングやキッチンは別で寝て起きるだけの荷物置き場と考えれば十分だ。
「ベッドはどうする? 四つあるけど二つずつ使う?」
部屋に入った勢いで部屋の左側にあるベッドの下段に、二人揃って寝転がったまま、リナはそんな提案をする。どうやって二つ使うつもりなのか。
「いや、一つでいいじゃろ」
「まあそうね。私はもうここでいいわ。フェイは? 上にする? それともあっちの下段?」
「む? だから、広いんじゃから一つでいいじゃろ」
「あ、そーゆー感じで」
一つのベッドに二人INでいいじゃん、と。寂しがりやか。くっつくのが好きなフェイらしい意見で、実に可愛らしい。
フェイの方に寝返りをうって、微笑みながら空いてる右手で頭を撫でてやる。
「駄目だけどね」
「なんでじゃ」
「前にも似たようなやりとりしなかった? 押し倒すわよ?」
「えー、構わんけど」
「構わんの? いや、私が嫌だからやめてよ」
人様の家ではちょっと。宿ならともかく個人宅だし。しかもえーって言いながらオーケーとか、なにその変化球。可愛いから今はやめて。
「なんじゃ? よく意味がわからん。押し倒すと言いつつ押し倒したくないのか?」
「気持ちでは押し倒したいけど、場所的に嫌なの。だから誘惑禁止」
「誘惑て。何もしとらんけど」
「はー? 可愛い顔してるじゃない。これは罪深すぎて庇えないわね」
呆れるフェイの頬を撫でつつ、さらにいちゃもんをつけるリナ。くすぐったくてフェイはくすくすと声に出して笑う。
「ふふっ、ひどい言いがかりもあったものじゃな」
「何を言ってるのよ。恋人の私が庇えないレベルって、半端じゃないくらい可愛いってことなんだからね」
いやそれは半端じゃないくらいの恋人フィルターがかかってるってことだ。フェイもさすがに呆れ顔だ。
「全く、リナは。仕方ないの。私のことを好きすぎるからの。隣のベッドで寝てやろう」
「何よー。フェイだって好きでしょうが」
「うむ。まぁの」
「ま。にやにやしちゃって」
「リナもしておるじゃろ」
「ふふふ。まあ、いいじゃない」
お互いに見つめあってにやにやしつつも、ここまでの会話もあるのでキスは自重して、意味もなく手を握ったり頬をつついたりする程度に戯れる。
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