第185話 鉄棒2
声をあげてから、ヴィリオは勢いよく鉄棒に1歩踏み出してから飛び上がる。フェイとそれほど変わらぬ身長で、身体強化を使っていないにも関わらず、その体はぐっと持ち上げたように飛んだ。
「はあっ」
そして鉄棒を両手で掴むと、そのままの勢いで鉄棒の上を体が飛び越え、腹の下にあたる鉄棒を中心にくるりと一回転した。そして2回転めの途中でぴたりと止まると、今度は逆に回転し出す。
「おおっ!? 逆に回っておるぞ」
「まあ、そのくらいはな。ヴィリオ! もっと派手にやれ!」
「また無茶な。よっ」
回転したまま、ヴィリオは足を引っ掻けると手を離して膝だけで引っ掛かってる状態でさらにまわり、そうかと思えば手でまた掴まると体が鉄棒から離れた状態で大きく回ったり、逆向きで鉄棒に背中が向くような形で回ったり、ついには逆立ちするような体勢で停止したりした。
「っと、こんなもんでどうっすか?」
そうしてぶんぶん風を切ってから、いきなり飛び降りてずざざざと砂ぼこりをあげながらヴィリオは着地した。
「どれも簡単なものばかりじゃねぇか」
「勘弁してくれっす。旅から帰ってきたとこっすよ。それに、お客さんには楽しんでもらえたみたいっすよ。ねえ?」
エーリクの文句に苦笑しながら戻ってくるヴィリオに、フェイは元気に頷き1歩ヴィリオに歩み寄りながら応える。
「うむ! 凄かった! なんじゃ! なんであんな回れるんじゃ!?」
「練習したからっす」
「凄いのぅ! よし、わしもしてみよう。教えてくれんか」
得意気に言うヴィリオに、うずうずしながらフェイがお願いすると、ヴィリオは困ったような顔になる。
「え? いや、そんないきなり言われても」
「まあ、さすがにの。今やったのとまるきり同じことを、などと無理は言わんよ。けどあれじゃろ? やってみたら意外と簡単な部分もあるんじゃろ?」
「まあ、無くはないっすけど。し、ししょー」
「ん。お前は荷物を置いてこいよ。ヴィリオは帰ってきたところだからな。俺が教えてやろう」
「おお、そうか。そうじゃな。ヴィリオ、無理を言ってすまんの。ではエーリク、頼む」
「おう! 任せとけ」
意味もなく腕を曲げて筋肉をフェイに見せてくるエーリクに、ヴィリオは不安だなぁと口に出しつつも、言われた通り家へ向かった。
ヴィリオが坂道を上っていくのを確認してから、よしっとエーリクはフェイを伴って鉄棒の前まで来た。
「まあ、言っても一週間だからな。一番簡単なものにしよう」
「そうじゃな。その次はできてからでいいじゃろう」
どこから自信が来るのか、そう言うフェイは無視してエーリクはよっ、と声をあげながら軽く鉄棒に掴まる。
「よく見ろよ。まずはこう、前回り」
フェイが顔をあげて見ているのを確認してから、エーリクはお臍を鉄棒に当てたのを中心に、ゆっくりと前向きに一回転する。
「で、次は後ろ回りな。後ろ回りはこう、足で反動をつけるんだ」
そう言いながらまたゆっくりと足をあげてから下げてと反動をつけるふりをしつつ、わかりやすいようにゆっくりと足からあがっていく形で逆回転した。
実際に反動をつけて素早く回るより、ゆっくりの方がよほど筋力やバランス感覚などが必要なのだが、フェイは思ったより簡単なのが最初に来た。と肩透かしをくらっていた。
「よっ。ほら、やってみろ」
「うむ。では。はっ」
エーリクが鉄棒から降りて脇に退いたので、フェイは揚々と前に立ち、ジャンプをした。
「むっ! む、むうっ」
それほど跳ねなかったフェイだが、何とか鉄棒に捕まることはできた。しかしできたのはそこまでだった。そこから体を持ち上げようとしても、肘が90度以下に曲がらない。
「ふんっ、ふんんん!」
「……」
「はぁ、はぁ。え、エーリクよ」
何度か挑戦するが、持久力もないので力尽きてぶら下がっているだけの状態になり、息を整えつつも、そのままの体勢でエーリクを呼ぶ。
エーリクはフェイの運動音痴っぷりにドン引きしながら、初登場時からは考えられないくらい落ち着いた真顔で静かに応える。
「ああ、何だ?」
「これより低い鉄棒はないのか?」
「ああ……俺も同じことを考えていた。作ってやるから待ってろ」
「おお、すまんのぅ」
「まあ、気にすんな。向上心があんのはいいことだ」
下を向くと今ある隣の鉄棒の横に積まれている資材置き場に向かうエーリクが見えて、フェイはふうと息をつきながら手を離して降りた。
「どわっ」
そして着地に失敗して尻餅をついた。言い訳をさせてほしい。鉄棒の足元は人がジャンプしたり着地したりと荒々しい使い方をされていて、やや滑りやすくなっているのだ。
「う、うう」
何だかちょっぴり自分が情けなくなってきたフェイ。今まで自分が運動音痴ではないと思っていたのに、何もできないなんて、と。実際のところ、運動音痴だどうのと言う問題ではないのだ。
フェイは物心がついてからずっと身体強化をつかっているのだ。筋力が衰えることのない身体強化だが、筋力がつくこともない。全く鍛えられていない体過ぎて、フェイの頭の中の強化された体のイメージから外れすぎていて、うまく体が動かないのだ。
その結果、走れば転けそうになるし、ちょっとした反射もうまくできずに体勢を崩す。いわばフェイは今身体中に重りをつけて、体を動かす感覚そのものが変わっている状態なのだ。
人並みに筋力をつけて、人並みで体を動かすことに慣れていれば、ちょっと障害物走をしたりちょっと高い鉄棒で前回りをするくらいならできるはずなのだ。
そこまでの運動音痴ではない。しかしそこまで深く考えてなかった、もとい元々何も考えていなかったフェイは、自分がとんだウルトラハイパー運動音痴なのだとショックを受けていた。
しかし落ち込んでいるままではない。顔をあげて、むむっと鉄棒を睨み付ける。こうなったら絶対に今の課題だけでもやりとげて見せる! とフェイは決意した。
できないのなら、できるようになればいい。身体強化を使えば今後も生活にも仕事にも問題はないだろう。身体強化なしで鉄棒なんてできなくても問題ない。身体強化さえできれば、鉄棒だってすぐできるだろう。しかしそれではフェイが納得できない。
一度やると決めたのだ。絶対にやり遂げる。それがフェイの生き方だ。できないなら、できるまで諦めない。
「よし、できたぞ」
「なに、もうか!」
「おう。簡単だが、小柄なフェイが軽く回るくらいなら大丈夫だ」
勢いをつけて大回転するならともかく、前回りと逆上がりだけなら、ただでさえ非力で小さなフェイなのだからそれほど大きな力はかからない。
木製の土台に鉄の棒だけつければ十分だ。鉄棒用の作りかけの素材だったのもあり、手慣れたエーリクにはそれほど時間はかからない。
新しい鉄棒はフェイの肩より低く、これならすぐにでも体をのりあげることができそうだ。
「よし、じゃあやってみろ」
呆れるほどできないフェイとは言え、弟子を鍛えるのが好きなエーリクは、気を取り直してフェイに号令を出した。
○
最初は前回りをするにも、勢い不足や腕力が足りずに反対側に足をついてしまったり、逆に腕に力を入れすぎてうまく回らなかったりした。
しかし何度も繰り返すと、徐々にフェイの体が今の筋力、力の調整と言うのに慣れてきたらしく、前回りはできるようになった。
だがそこからが難しい。前回りは近くなってきた、あと少しではないか、と体が変わってきたのが自分でもわかった。
しかし逆上がりでは足が上がらず、体が鉄棒から離れてしまうのだ。その失敗から1歩も前に進まない。
「フェイー」
「むっ。リナか」
そうこうしている内に一時間ほど経過して、リナがやってきた。
エーリクは最初は付きっきりで見てくれて、何度も手本を見せてくれて、何度かフェイの足をつかんで回る補助をしてくれたりしたが、さすがにずっとついている訳にもいかない。
フェイとしても、ずっといられると気を使うので、頭の中では充分に理解したのもあり、先に帰ってもらった。
「鉄棒? って言うので遊んでるって聞いたけど」
「遊んでいるのではない。これは修行じゃ」
フェイの隣まで来て、鉄棒の柱を特に意味なくぺちぺち叩きながら聞くリナに、フェイはきりりと真面目な顔で答える。
「修行ですか」
「うむ。いつもは身体強化があるとはいえ、なしでも少しくらい動けるに越したことはないからの」
「まあ、それはそうね。どういうことするの?」
尋ねられて、フェイは実際に前回りをするして見せる。そしてどや顔でリナにこれと後ろ回りが課題だと説明した。
「ふーん、つまり、こういう感じね」
リナは頷いて、フェイの使っているものの隣の高い鉄棒に、軽くジャンプして掴まる。そして今見た前回りと、同じようにお腹を鉄棒につけた状態でと言うことで頭の中で想像して、後ろ回りとをして見せた。
「あってる?」
回転してから鉄棒の上側に腕だけで乗ってる状態で止まり、フェイを見下ろして確認するリナ。
「……あっておる」
「よかった。って、え? ど、どうしたの?」
フェイのオーケーに、笑顔で鉄棒から降りてきたリナだが、向かい合うとフェイがうつ向き気味になって歯をくいしばっている。慌ててフェイの頭を撫でながら聞いてくるリナに、フェイはうーと唸る。
「うー、ううう、ぐぅぅ、く、悔しいぃ。なんで、お主そんな、簡単にできるんじゃ。んぐぐ、うー、うわー! 悔しい! もう一度やるぞ!」
「そ、そんなに全力で悔しがられても」
リナとしては、こんなものは子供の頃に木登りしたり、木から木に跳び移ったりなんてしていれば、自然とできる動きだ。木の枝より細くて固くて丈夫なのでやりやすいくらいだ。
それくらい簡単なもので、修行の一番最初の課題と言うのも納得するくらいだ。しかし、フェイができないのもわかる。
フェイは昔からずっと身体強化を使っていたなら、普通なら子供が走り回って自然とつく体力筋力がつかないのだ。普通ならできることができなくても、何も不思議ではない。
だいたい、フェイは魔力が多いのはわかってるのだし、身体強化ができなくなることなんて、想定する必要はない。
何故ならもしそんな事態になったなら本気で非常事態だ。そうなったらちょっと鉄棒ができたからどうだと言うのだ。逃げの一手しかない。リナがフェイをかついで逃げるのが手っ取り早い。
「ふんっ、ふっ、はあっ、ふぬっ」
そこまでムキになってやらなくてもいいのに、とリナは呆れつつもフェイの練習を見守った。
○
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