第181話 アリーとの別れ
「フェイ、予定では明後日出発ってしていたけど、それでいいの?」
朝起きて着替えながら、リナはフェイを振り替える。すでに今日は準備で明日はぶらぶらして明後日出発、と何となく決まっているのに、今さら確認してくるリナにフェイは首をかしげる。
「む? 何故じゃ? 何か他にやることはあったかの?」
「いや、私はないけど。でもほら、アリーちゃんの特訓つけてるんなら、無理に明後日じゃなくてもいいし」
「前に話したときに、3ヶ月でと決めたではないか」
「そうだけど、気が変わったかと思って。じゃあ、変更なしでいいのね? 今日から出発の準備していくわよ?」
「うむ。そうじゃな」
用意と言っても、移動速度が早いので殆ど野宿の必要がない。どこかしらの村まで移動して休むことが簡単だ。そんな状態なので、急な冷え込みや温度変化にもそれほど備える必要はない。
最低限簡単に、食品を買って、手持ちの衣服を整理して、荷物を全て一つの鞄にまとめるくらいだ。最低限でもそれなりに荷物はあるので、一日かけてゆっくり準備するとちょうどいいくらいだ。
「と言うわけで、明後日出発します。お世話になりました」
朝食を終えて、宿にも挨拶をしてから午前中は荷物の整理だ。いらない物は売ったり捨てたりする。
「うーん。これ、結局一回しか着てないのよね。ねー、フェイ、これ着ない?」
「んー? そんな花柄の嫌じゃ」
「えー、フェイがこれがいいって言ったんじゃない」
「リナにはそれが似合うと言う意味じゃ。前もそうして悩んでから荷物にいれたんじゃし、そうしたらどうじゃ?」
「そうしてから、まだ着てないから悩んでるのよ」
「じゃあ、捨てよ」
「うーん」
「悩むなら、まだ持っておけばよかろう。持てるのじゃから」
「そうね。そうするわ」
そんな風に荷物整理をして、いらない物は処分して、足りないものは追加購入して、全てを持ち運べるように荷造りした。
そうして用意を済ませた翌日は、アリーも共に街をぶらぶらすることになっている。
お昼を一緒に食べてからショッピングをしたり、おやつを食べてからは街の外に出て、アリーの希望で鬼ごっこなんかの子供の頃の遊びをした。なお、経験者はリナだけで人数も少なかったので割りとオリジナルな遊びになったが、二人とも満足してくれた。
そうして過ごした翌日、最後の日の朝、フェイとリナはアリーとウィンクリーンに見送られる形で南門から出て街から少し離れたところにいた。
アリーはもじもじと両手を胸の前で合わせながら、上目使いに二人を見ながら口を開く。
「ほ、本当に行かれるのですね」
「くどいの。お主がわしを慕ってくれるのは嬉しいが、意思は変わらん」
「うぅ」
藁にもすがる思いで確認したアリーだったが、あっさりと否定されて肩を落とす。
「わかってますけどぉ。やっぱり、まだ、魔法が使えませんし」
「お主なら一人でも大丈夫じゃて。まあ、確かに、放り出すようで、気にならんこともないが」
「だったら」
「じゃが、決めたことじゃ」
「……ですよね」
フェイが希望を持たせるような物言いをするせいで、余計にアリーはがっくりと肩を落としてしまう。その様子にウィンクリーンは何やら楽しげににやにやし、リナは口を挟まないようにしつつも無言で責めるような視線をフェイに向けた。
そのリナの顔に気づいたフェイは、うっと一度口をつぐんでから、あーと意味もなく声をあげながら頭をかく。
「まあ、なんじゃ。せめてものお詫びと言ってはあれじゃけど。お主が望む魔法を何でも見せてやろう」
「なんでも、ですか?」
「うむ」
がっかりしすぎて涙目で俯いていたアリーは、フェイの慰めに顔をあげて、ちょっとだけ視線を泳がしてからフェイを見つめる。
頷くフェイに、アリーはじゃあ、と願いを口にする。
「雪を、降らしてほしいです」
「うむ。任せよ」
自信満々に胸を張って応えるフェイに、え? とアリーは小さく声をもらす。
「さあ、ゆくぞ」
アリーの驚きを無視して、フェイはオーバーに両手を空に広げて言った。
「雪よ、降れ」
もちろんその動作にも言葉にも意味はない。ただの演出である。フェイの動きとタイミングを合わせて手のひらでわずかに発光した魔方陣は、正しく発動してフェイを中心に1キロほどの範囲に急速に雲を発生させ、ちらりちらりと雪を降らせた。
その間、僅か3秒ほどだ。
先程まで太陽があった空は雲で隠され、青い空は遠くなり、雪が降っている。急激な変化に意識はついていかず、現実とは思えない景色にアリーは右手を雪に伸ばしながら声をもらす。
「わ、あ……嘘、みたい」
「嘘ではない。アリー、お主への最後のプレゼントじゃ」
「フェイ、さん」
優しいフェイの声音に、アリーははっとしたように見上げていた顔を下ろして、瞳を潤ませた。
続ける言葉の出てこないアリーに、フェイはうむうむと満足したように頷く。
「いずれ、お主にもできるじゃろう。達者でな。立派な魔法使いになるがよい」
「……はいっ」
「二人ともお元気で」
「ばいばーい」
そしてフェイはリナの手をとって、そのまま空へと飛び立った。アリーはその姿が見えなくなるまで、ずっとそのまま立っていた。
○
「ねー。いつまでいるわけ? つまんなーい」
高速で移動する二人の姿はすぐに見えなくなったが、それでもアリーは動かなくて、しびれをきらしたウィンクリーンはふわふわと宙を転がるようにアリーの前に移動して文句を言う。
時間感覚はいい加減だが、待つのは嫌いなウィンクリーンは我慢強さが全くない。
「……ずるいですよ」
「んあ?」
眼前にいるウィンクリーンが見えないかのように、視線をあわせずにアリーはぽつりとこぼすように言う。
聞き返すウィンクリーンに、アリーはようやく視線をあわせて顔を赤くする。
「ずるいです。そう思いませんか?」
「何が?」
「フェイさんですよ。あんな、あんな風に、雪なんか降らされたら、どう考えたって、格好よすぎじゃないですか」
「えー? アリーが降らせろって言ったんじゃない」
「そうですけど。まさか、本当に降らせるなんて」
フェイが訪れた時は冬に差し掛かろうかと言う時分だったが、今はすでに真冬は過ぎている。この国では基本的に雪は少なく、一年のうちほんの一週間ほどの間だけで、冬自体がかなり短い。
だから自然にしていれば雪はもう次に冬がめぐるまで降るはずがない。間違いなく魔法による雪だ。
アリーは魔法で天候を操作するなんて考えたこともなかったし、家にある魔法書にだってそんなのは載っていない。だからできるわけがないと思った上で、雪を願ったのだ。
何てことはない。無理難題を言って、もう一年ここに居てほしかった。なんならフェイが新たにそんな魔法をつくるにしても、さすがに今日明日では無理だろうし、一ヶ月でも一週間でも、出発を先伸ばしにしてほしかった。
ただそれだけで雪を願ったのだ。フェイの意思が固いのはわかっていたから、これ以上子供みたいに駄々をこねたくなくて、それでもやっぱり行ってほしくなくて、絞り出したお願いだった。
それなのにあっさり、当たり前みたいにその願いは叶えられた。
そしてプレゼントだなんて、言うのだ。そんなのずるいフェイ以外にいったい誰が雪をプレゼントできるのだ。そんな凄いことをさらっとして、無茶ぶりにあっさり対応して、そんなの、格好いいに決まってる。
そんなの、好きになるに決まってるではないか。ずるい、ずるい、と赤い顔のままアリーは頭をふって空を見上げる。
冷たい雪が顔を濡らして気持ちいいくらいなのに、ちっとも熱が上がる気がしない。
「変なのー。私も雪くらい降らせられるわよ? そんなので好きになるの? なに、大雪降らせたら私に惚れるの?」
「……ウィンクリーン様、変なちゃちゃをいれないでくださいよ」
ウィンクリーンは神なのだから、天候を変えたって凄いと言うだけだ。ウィンクリーンはアリーが生まれときから特別でずっと変わらず特別なのだ。フェイとは違う。
「はぁー。もう、でもほんとにフェイさん、ずるいと思いませんか? もう一生会えないかも、と言うかその可能性の方が高いのに、何も私のこと惚れさせなくてもいいのに!」
「いやー、その主張はちょっと神様びっくりかな」
「うー。わかってますけどぉ」
わかってはいるが、ままならない現実にどうしようもなくて、やり場のない思いで頬を膨らますアリー。そんなアリーに、ウィンクリーンは嬉しそうに微笑みながら優しく提案する。
「なんなら、アリーとフェイの子供つくってあげよっか? オーケーだけもらえれば、離れてても作れるし」
「子っ! 子って! や、やめてくださいよ! もう!」
「え? なに? 何怒ってるの?」
突然声を荒げるアリーにきょとんと首をかしげるウィンクリーン。今までにない反応をするアリー自体は楽しいし、可愛いのでどんどん恋したり何なりして欲しいが、怒られるのは解せない。
好きな人と子供ができてアリーは幸せ、ウィンクリーンも信徒が増えて幸せ、ついでにフェイも子孫ができて多分幸せ、と良いこと尽くめなのに、と理解できないウィンクリーン。
「うー。そんなの、意味ありません」
「なんで? 好きならその相手と子供欲しいでしょ?」
「う……そ、それは、考えなくもないこともないないないようなまあはいまあ。と言うか、まあ」
「何言ってるのかわかんない」
耳まで真っ赤になりながら誤魔化そうとするアリーだが、未だに人間の感性を理解しきれていないウィンクリーンはばっさりと切り捨てる。
そんなウィンクリーンにこれ以上話を続けられない内に、とアリーは踵をかえして街へ帰りながら口を開く。
「と、とにかく。そうだとしても、私は神様の力を借りずに好きな人と子供を作りたい派ですから、結構です」
「えー? 無理じゃん」
「え? な、なんでですか? あ、まあ、そりゃフェイさんは難しいかもですけど」
「いや難しいって言うか、フェイとアリーは女の子同士なんだから、神の力ないと子供できないし」
「……ん? え? すみません、よく意味がわからないんですけど」
理解できないことをさらっと言われて、アリーは自分の右肩にまたくっついてきているウィンクリーンを振り向いて思わず立ち止まる。
そんな過剰な反応にウィンクリーンは瞬きしながら聞き返す。
「ん? 何が?」
「え? 女の子同士?」
「え? うん。え? なに? もしかしてフェイのこと男だと思ってたの? 魔力特徴違うんだからわかるでしょ」
「は、はいぃ!?」
「こう、波長って言うか、男の方が濃くて、女の方が柔らかいんだよね」
「いや、いや、いや、え、ええええええ!?」
驚きすぎてウィンクリーンの魔力特徴の説明とか何一つ頭に入ってこなくて、それどころか初恋のときめきすら吹き飛んだアリーだった。
○
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