エーリクの道場

第182話 違和感

「そろそろ休憩するか?」

「そうね。じゃあ次に、えーっと、次はアマイエ村ね。そこで休憩する?」


 空を飛びながら隣のリナを向いたフェイに、リナは左手で持っていた地図を器用に広げて見ながら提案する。


「うむ。見えてきたら教えてくれ」

「オッケー」


 ものの数分後には村へと到着した。比較的大きめの村で、宿屋食事所と一通りのものは揃っていて、小さな街と言っても過言ではない。この先はまだしばらく村だし、まだ夕方少し前で時間はあるが、今日のところはここで移動を終わりにすることにした。

 早々に宿をとって、どっこいしょとフェイはベッドにのった。少しだけ埃っぽい臭いがした。


「ふー。久しぶりの長距離飛行は疲れたの」

「お疲れさま。肩でも揉もうか?」

「む? そうじゃの。この間も気持ちよかったしの。頼もうかの」

「任せて。キスまで込みで再現してあげる」

「ふっ。任せた」


 笑うフェイの後ろに座って、リナはフェイの肩をもみだす。


「あー」


 たいして固くもないが、気持ち良さそうなちょっと色っぽい声をもらすフェイに、リナはにんまり微笑みながら力を込める。


「そう言えばさぁ、さっきスリにあいかけてびっくりしちゃった」

「なぬ!? スリ!?」


 揉みながら雑談として出した話題に、頭半分振り向いて驚くフェイに、逆にリナが驚いてきょとんとしてしまう。


「え? そんなびっくりする? よくあるでしょ?」


 スリ自体はよくある話だ。みんな親戚!みたいな小さな集落ならともかく、ちょっと大きな街になり人の出入りが激しいと、一日に一度は出会ってもおかしくない。

 どうしたって人が集まれば悪人も集まってくる。教会に張られている依頼書を見ればそれがよくわかる。


 とは言え、スリなんかが依頼になることは基本的にないし、フェイは魔物関係を好んで見ていて、あまり街の中の対人間依頼は見ていない。

 それに加えてフェイは財布を魔法のポケットにいれているので、スられようがないのだ。スリがぶつかってきたなんてことはよくあっても、何の被害もないのでスリには会ったことがないとフェイは認識しているのだ。


「よ、よくあるのか?」

「そうよー? 逆にびっくりしちゃった」

「そ、そうか? しかし、それなら何故驚いたんじゃ?」


 首をかしげつつもリナの言葉に前を向きなおしたフェイは、改めてリナの話の続きを促す。


「そうそう。王都では全然スリがいなかったでしょ? スリと言うか、本当に犯罪自体少なかったし」

「そうじゃったか? まあ、しかし、神がああも頻繁に顔を出しておるんじゃ。不届き者は居にくかろう」

「そうよねぇ。むしろあの状態で、逆に何人かでも悪いことする人がいるってのは驚きよね。で、それに慣れちゃってたから、まだマーギナル国なのにスリがいて、驚いたの」


 ようやく本題を言えた。と言っても雑談としての他愛ない内容だが、寄り道に逸れただけちょっと満足感を感じるリナ。


「何か盗られたのか?」

「ううん。それは大丈夫。相手のポケットに入る瞬間にスリ返しておいたから」

「……無駄に器用なことをするの。スリじゃーってつきださんのか?」

「子供だったしね。下手くそだったから、他の人が被害に会うこともないだろうしね」

「子供か。うーむ。しかし、なればこそ、厳しくしてやるべきではないか?」

「え、んー。そう、かしら?」


 確かにそれは、例えば知り合いの子供ならその方が教育的にはいいだろう。それに今回見逃して、調子にのって今度は恐いおっさんからスリをしようとしたら、ただではすまないだろう。

 だけど知り合いではないし、そんなことは自己責任だ。そこまで心配してあげる必要はないし、単にリナは面倒だからスルーしただけだ。


 見知らぬ子供より、今フェイと二人きりで街を歩いている、と言う事実の方がよほど重要だったので、何も考えずに無視をしたのだ。

 しかし改まってフェイにそう言われると、そうだったかな。ちょっとくらい面倒でも捕まえた方がよかったのかなと言う気になってくる。


「うむ。まあ、どうでもよいけど」

「いいんかい」

「じゃって、まあ、知らん人じゃし」

「えー? 今の会話何よ」

「雑談じゃろ?」

「確かにその通りだわ」


 最初から大層なことを話そうなんて欠片も思っていない、ただの暇潰しの雑談としての選んだ話題だ。だから適当に反応するし自分で言ったことも別にどうでもいい。へーあっそーより愛想のある返事をしただけのことだ。

 納得しつつ、マッサージを終えて揉むのをやめ、ぽんと肩を叩いて合図するリナに、フェイは頭を傾けるようにして振り向いて、唇を尖らせる。


「それより、大事なことを忘れておるのではないか?」

「へ?」


 不満がありますよとアピールしてくるフェイに、リナはすぐにはピンとこなくてキョトンとする。

 そんなリナにフェイはむうと眉を寄せると、唇をさらに突きだした。まるで海に住む八本足の軟体動物が持つ漏斗のようで、そうかと思えばすぐに止めて口を戻して、またすぐ突きだす。


 と言うのを繰り返す様子を見せられて、遅ればせながらははんとリナも察した。なるほど、最初に宣言していたキスを待っていたらしい。

 と言うかまた、ずいぶんと可愛らしくて不細工なキスの催促があったものだ。


 リナは笑いながらそっとフェイの顎ごと右手でつかんで、強制的にフェイの唇を突きださせながら頷く。


「そうだったわね。ふふ」


 そしてそのまま軽く唇をあわせてから、フェイの顔を解放する。しかし手を離したのにフェイの唇は尖ったままだ。


「リナ、あの状態ではキスがよくわからんではないか。やり直しを要求するぞ」

「あら、じゃあもしかして、ずっとあのままにしてたらずっとキスができた?」

「リナ、怒るぞ」

「まあ、恐い恐い。怒られない内に、フェイの口を塞いでおかなきゃね」

「ん」


 ちゅっちゅと繰り返してキスをすると、フェイの機嫌もなおり、形ばかりのクレームもおしまいだ。微笑むフェイにとどめとばかりにさらにキスをしてから、ぽんとフェイの肩を押す。


「さて、あんまりキスしてたらとまらなくなるし、この辺にしておきましょうか」

「そうじゃな。明日はどの辺までいけるかのぅ」


 後で地図を確認しようと言いながら、二人は夕食をとる店を決めようと宿を出た。








「む?」


 飛行中、ふいにフェイが眉を寄せながらストップした。今までは止まるにしても目的地にあわせて徐々にスピードを落としていたが、何があったのかぴたりと突然止まったフェイに、リナは慌てて周囲を見回す。

 しかし回りには何もなくて、首をかしげながらフェイの顔をのぞきこむ。


「フェイ、どうかした? 疲れたなら、まだ村までこの山脈を越えてもうしばらくあるから、どこかで休憩する?」

「いや、そうではないのじゃが、なんと言うか、変な感じがするんじゃ。あっちの山の方から」

「ん? 変なって?」

「よくわからん。ちょっと行ってみるか」

「え? ちょっ、ちょっと!?」


 さらっと方向転換して左手側に進もうとするフェイに、リナは慌てて抱きつくように制止する。 向きだけかえて宙に止まったまま、フェイはリナを振り向く。


「なんじゃ」

「なんじゃじゃなくて、行く必要ないでしょ」

「む? 必要はないが、気になるじゃろ」

「なら、なくもない、けど。でも危ないじゃない」


 今までにないフェイの反応なので、気にならなくはない。だが前にフェイが気になるなーと言ってそそのかされて行った先にいたのはドラゴンだったのだ。止めたくなるのも仕方ない。

 前回はドラゴンがまだ子供で弱かったと言ってあれだ。もし成体のドラゴンで、しかも複数いたらと考えるととんでもない。


「いやいや、ドラゴンの時とはまた違って、なんと言うか、なんか変なんじゃ」

「すごいふわっとしてるわね。ドラゴンと違う別の魔物の可能性は?」

「ないとは言わんが、ドラゴンでないなら大丈夫じゃて」

「うーん。でもなぁ」


 すぐには思い付かないが、ドラゴン以外にだって強い魔物はいる。ドラゴンと戦ったのはずいぶん前だが、それきりフェイの風刃で一撃で切り裂けない魔物と戦ったことはなかった。

 いくつもの魔物と戦ってきたとは言っても、じゃあ今あの時より強いかと聞かれても自信はない。自分より強い魔物と戦わなければ、人は創意工夫して技を磨き、鍛えられることはない。

 ドラゴンクラスの魔物なんてそうそういないのだから仕方ないが、簡単に倒せる魔物としか戦っていないので、強くなった気は全くしない。ちょっとは慣れてましになったかなと言う程度だ。その程度で、最悪ドラゴンクラスと戦うのだとしたら不安しかない。


 そんな不安げに引き留めてくるリナに、フェイはいやいやと否定する。感覚なので詳しく説明するのは難しいが、前回とは全然違うし、魔物とは違う気がするのだ。だからこそ余計に気になるのだが。


「なんと言うか、ドラゴンは濃いんじゃけど、今は逆に薄いような感じなんじゃ」

「薄いねぇ。それって魔力的な意味で?」

「多分の」

「多分て」

「まあまあ。今度はもっと遠くからよくよく見ながらゆっくり近づけばよかろう」


 違うと言い張り、意見を変える気のないフェイがリナの体を軽くぽんぽん叩きながら説得してくるので、リナは深くため息をつく。


「はぁぁ。わかったわよ。本当に気を付けるのよ」

「わかっておるって」


 諦めたリナに、フェイはにんまりと笑ってそっと飛行を再開する。空いている手を眼前に持ってきて、指を曲げて円をつくり目に当てる。


 何もなしに視力を強化すると、近くとの遠近の違いが大きくなりすぎて、脳が混乱する。こうして筒をつくって覗くようにして片目だけなら、移動しながらでも違和感なくつかえる。

 これはそれを発見したものが考えた魔法だ。魔法をかけた状態で手で円をつくって覗き、円の大きさで拡大の縮尺を微調整できるのだ。


「どう?」


 リナもフェイのその魔法は知っているので、自分は前を見るのをやめてフェイの顔を見ながら尋ねる。


「ちと待つのじゃ。うーむ。さすがにまだ遠いの。もつちっと近づくぞ」


 歩くほどのトロい移動速度から、かるーく駆け足程度の早さになって移動しつつも、フェイは右手の円をそのまま覗きこんでいる。


「むっ! 見えたぞ!」

「えっ!? 何何? 結局何なの?」

「家じゃ」


 移動を止めて声をあげるフェイに、何だかんだ凄い気になっていたリナは左手でフェイの肩をつかんで尋ねた。

 フェイは揺らされて円をつくる右手を離しながら答えた。しかしその答えは予想外で、すぐには反応できずにリナはきょとんとしてしまう。


「……え? 何? 家?」

「うむ。あっちの山脈の奥から二つ目の頂きに家が見える」


 フェイは指差して教えてくれるのでリナも一応視線をやるが、強化魔法を使っても見えないからさらに望遠の魔法でフェイが見ているのだ。元々の視力に差があるとは言え、さすがにリナでも見えない。


「……はぁ。えっと、反応の元はそれで間違いないの?」

「まだ距離があるから断定はできんが、他にはめぼしいものはないの」

「えーっと、じゃあ、他のと間違ってないか警戒しつつ、行ってみる?」

「うむ!」


 フェイが笑顔で頷くのに、リナは仕方ないなぁと苦笑しつつ、散々危険だと行くのを渋った癖にただの家だとちょっとつまらないなぁと思っていた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る