第180話 アリーの特訓

「ふぅー、はぁー、疲れたのぅ」

「そんなに? はいはい、で、何したの?」


 ただいまー、と宿に帰ってリナの座るベッドにスライディングするように乗ってきたフェイに、リナは頭を撫でてやりながら尋ねる。


「うむ。今日はのー」


 あーでこーでとアリーとの今日のことを話す内容は魔法的な考察なので、基本的にスルーしながらリナはうんうんと頷く。

 撫で撫でされてご満悦のフェイはリナの腰元になかば抱きつきながら話す。


「そっかー、頑張ったわねー」

「うんっ。ぬふふ。リナはー? リナは何してたんじゃ?」

「んー? 私はね、宅配してたわ」

「む? 気に入ったのか? 前もしておったよな?」


 ベルカ街では知り合いの会社と言うことで宅配の仕事をよくしていた。別に好きではないが、比較的体を動かすものの方がお金もいいし楽だ。

 リナは右手を頭からほっぺに移動させて、特に意味なくフェイの頬肉を親指と人差し指でふにふにしながら答える。


「前もしてたからね。勝手がわかってたら楽だし。フェイもやるー?」

「うーむ。そうじゃのぅ。わしも久しぶりにしてみようかの」

「あ、わし」

「? なんじゃ?」

「今わしって言った。久しぶりじゃない?」


 顔を覗きこみながら笑うリナに、フェイは口を開けて首をかしげる。


「おー? おお、二人きりの時じゃとそうじゃな」

「ね。でも可愛いわね」

「なんじゃー。私が可愛いとお主が言ったんじゃぞ。と言うか、外ではいつもわしじゃろ」


 別に久しぶりに言うわけでもないのに、改めて可愛いとコメントが出てくるのはおかしいだろう。とちょっと唇をつきだしながら言うフェイに、リナはフェイの鼻をつまんでますます笑みを深くする。


「うん。そうだけど、ほら、今は私だけのわしだから」

「意味がわからん」

「つまり、フェイが可愛いってこと」


 連れなくリナの手を払うフェイに構わず、リナは一層微笑むとフェイにキスをした。ちょっと照れたフェイは右手で自分の頬を掻きながら唸る。


「うーむ。お主、結構適当に言っておるよな」

「そんなことないわよ。その時その時に正直なだけよ」

「その場しのぎと言うことじゃろ」

「違います。と言うか、それならそれで、当意即妙と言って欲しいわね」

「ぬ? なかなか難しい言葉を知っておるの」

「ぶつわよ? え、なに、私いつの間にフェイの中で馬鹿の地位を手に入れたの?」


 半目になってフェイの両頬を手で挟んで変顔にさせてから、ちょっと真顔になって聞いてみる。そんなリナの反応にフェイはきょとんとして首をかしげる。


「え? ……いつの間にか?」

「半分冗談だったのにマジで馬鹿だと思われてた!? えー? なんでー?」


 リナとしては先輩としてそれなりに物を教えてきたし、馬鹿扱いは心外である。ましてフェイなんて未だに世間知らずの域から出ていない子に言われるなんて。


「いや、まあ、何でもなにも。お主説明で寝るし」

「むむっ! まあ、まあ。そう言うこともなきにしもあらずよね。ねっ」


 確かに寝ていたこともあるが、しかしそれはあくまで全く興味のない歴史やら何やらに限る。それに興味を持たせてくれるような話し方なら別だ。

 生活に必要な知識は十分にあるし、村の中で勉強したときもどちらかと言うなら頭はいい方だったと認識している。


 と反論したかったが、しかしフェイの前で悠々と船をこいでいたのは事実だ。下手に反論するほど突っ込まれてはことだ。

 なのでリナはとりあえず勢いで誤魔化すことにして、余分にねっ、ねっ、とさらに二回繰り返した。


「はいはい、そうじゃの」


 そんなリナに、フェイもまた真剣に言うようなことでもないのでテキトーに相づちをうちながら、自分の両頬に添えられているリナの手をそれぞれつかんで、そっと指先にキスをする。


「ひゃー、くすぐったいわ」


 そう言いながらリナはぷにぷにとフェイの唇をくすぐるように軽く押す。フェイは笑いながら、リナの右手の人差し指だけ軽く甘噛みして、足をあげてから反動で起き上がる。


「よっと。さて、ではそろそろ夕食にするかの」

「そうね」


 提案しながらベッドから降りてリナを振り向くと、隣で同じくベッドから降りたリナは目が合うと微笑んで、見せつけるようにフェイが噛んだ自分の人差し指にキスをした。


「リナ」

「なに?」

「ちょっとドキッとした」


 素直に言うフェイにリナは一瞬目を丸くしてから、笑ってフェイに抱きつく。


「ふふ。もっとドキドキしてもいいのよ?」

「ご飯じゃから、今はよい」

「つれないなー」


 そのまま歩き出すフェイに、背中から抱きつくようにしたままリナも歩き出した。








「えっ、来月って、そんな! もう二週間もないじゃないですか」


 何度目かのフェイ監督下の依頼にて、お昼休憩もそろそろ終わろうかと言う頃。そうそう言うのを忘れていた、とフェイが近づいてきていた出発日を伝えると、アリーは飛び上がるほど驚いて、一歩フェイに近寄った。


「む? そうじゃったか。月日がたつのは早いのぅ」

「ええ、本当に。なんて、お婆様みたいな会話はいいんです! そりゃあ、そりゃあフェイさんたちは旅人ですし、私にそれを止める権利なんてありませんけど……こんなに早いなら、教えてくれたってよいではありませんか。私たち、お友達ですのに」

「お、おお? 何だか急に敬語が固くなったの」


 友達になってからずいぶん砕けた敬語だったので、急に巫女様モード(笑)で悲しげに言うアリーに、フェイは引きぎみに突っ込む。

 するとアリーはむうっと頬を膨らませて年相応な怒り顔になる。


「もー。私がどれだけ怒ってるかと言うことを主張したくて、敬語になったんです。伝わりましたか?」

「うむ。その説明を聞けば納得じゃ」

「うー……何だか、ボケを説明させられたようで恥ずかしいです」

「なんじゃ、ボケじゃったのか」

「違、うような、違わないような……と、とにかく、遅いですよぅ」

「すまんの。言うのを忘れておった」


 フェイが謝ると、そこで怒りは鎮火したらしい。アリーはがっくりと肩を落としてため息をつく。


「はぁ。でも、うう。私まだ、全然魔法陣できてません。二週間じゃ無理ですよぅ」

「大丈夫じゃよ、アリー。お主はもうある程度魔力を操れるではないか」


 アリーは最初からでは考えられないほど魔力を操作できるようになった。具体的には指先から毛糸ほどの細長い魔力を出して右左と動かせる。


「後は持続力を増やして、体から出した後も操れるようになれば完璧じゃな」

「それが難しいんじゃないですかー」


 魔力を安定して出せるし曲げて出せるとは言っても、指先から10センチも進むと魔力は大気に溶け出すように広がっていくし、曲げられるのも出す瞬間で、出した魔力を動かせるわけではない。

 アリーにしてみれば、前途多難過ぎて、操れるとはとても言えないし、いい加減に慰められているようにしか感じられない。


 頭を抱えるように落ち込むアリーに、フェイは右手で顎を撫でながら声をかける。


「そうかも知れんが、短期間で前に進んでおるのは事実じゃ」

「うーん。そうですけど。フェイさんの域にはまだまだです」

「当然じゃろう」

「え?」


 普通に言われてアリーが驚いて顔をあげると、逆に不思議そうに首をかしげられる。


「いや、え、て。確かに自然にできることではあるが、子供が歩いたりするのと同じようなことじゃ。お主は生まれて一月で歩けるのか?」

「そんなの無理です。でも、それは赤ん坊だからで」

「やったことがないのをするんじゃ。同じことじゃよ。それにわしがアドバイスしたのも、いい加減なことじゃ。個人個人がやりやすい方法でするものじゃ。お主はお主なりのやり方を探せば、案外すぐにできるかも知れんぞ」


 被せぎみに言葉を重ねられて、その真剣な表情に、アリーもきゅっと唇をひいて真顔になり、少しだけその言葉を反芻させてから頷く。


「……はい、わかりました」

「うむ。わかればよい。少なくともお主はわしの魔法を見ておる。完成形を知っておれば、オリジナルで同じことをやるとしても、ずっと楽になる」

「オリジナルで。私、魔法陣とかつくったことないんですが、そう言うものですか?」

「そう言うものじゃ。さぁ、そろそろ休憩も終わりに」

「じゃんじゃんじゃーん! 呼ばれないけど飛び出ちゃう! はろーはろー、みんな大好きウィンクリーン様でーす!」


 では休憩は終わりだ、と立ち上がろうとしたところで、非常に能天気な声が響き渡るように二人の頭上から降ってきた。

 アリーの神、ウィンクリーンだ。テンションが高いのは相変わらずだ、と四度目の邂逅となるフェイは少し呆れた。


 現れたウィンクリーンはいつみても変わらぬ美しさを惜しげもなく振り撒いて、ふわふわとしながらアリーの右肩に手をおいて定位置についた。


「やー、フェイっち。今日は何? うちのアリーちゃん苛めてるの? いやーん、親に言いつけちゃうわよ!」

「また人聞きの悪いことを」

「いーじゃん。どうせ誰にも聞こえないんだから。それよりアリー、何だか元気ないわよ。どうしたの? 本当に苛められてるの?」

「あ、いえ、フェイさんがもうすぐ旅立たれるので」

「あー。もう? 早くない? 今何年くらいだっけ?」


 軽く首をかしげるウィンクリーンだが、その時間感覚はおかしすぎる。この間の大雑把な歴史も、本当に年代に関しては信憑性が薄いと言わざるを得ない。

 フェイは呆れつつ、肩をすくめて答える。


「そんなにたっておらん。この国には滞在を3ヶ月目処にしておる」

「短くない? 一瞬じゃん。ま、しゃーないか。人間て寿命短いもんね。えっと、200年も生きないのよね」

「そうじゃの。ウィンクリーン様からすれば、一瞬のようなものじゃ」

「いや、さすがに200年は一瞬とはいかないわよ。で、まだ特訓してるの?」

「はい」


 ウィンクリーンの視線に改めてやる気をだしたアリーは力一杯杖を握って返事をしながら立ち上がり、勢いが強すぎてちょっとよろけた。


「ふーん。じゃあ私も行く! アリーちゃんの、ちょっといいとこ見てみたいー、なんちゃって!」

「えっと? はい。私の成長ぶりを見てください」

「可愛いなぁ、アリー可愛い。あ、フェイも可愛いから、いつでも改宗受け付けてるからねっ」

「結構じゃ」


 午後はウィンクリーンと言う見学同行となり、アリーは張り切って依頼をこなした。張り切りすぎて少しやり過ぎたが、滅多に人が来ないので少々自然破壊したくらい問題ない、と言うことにした。








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