第179話 アリー、眠り猿3

「てやぁっ」


 可愛らしい掛け声と共に、風切りの魔法が発動し、杖の頭から飛び出した。


「わととっ」

「む」


 その反動で僅かにのけ反ったアリーは、幅50センチもない丸い枝にのっていることを意識しすぎて体勢を崩してしまう。杖を振り回してバランスをとろうとするアリーの背中に手を回してフェイが支えてやる。


 それをしている間に、発射された風切りは猿へと向かい、幅50センチほどの風の刃は猿の目前で半分になって猿を切りつけた。


 キキッ!?


 猿は自分の右腕が切り落とされたのに驚き、声をあげて猛スピードで逃げ出した。具体的には声に振り向いたフェイとアリーの視界に入るのは拳大ほどの大きさになっている。


「むむっ!? 逃がさん!」


 じっとしているし、一撃で倒せると油断しまくっていたフェイだが、すぐに眠り猿を捕まえるべく結界を発動させた。球体の結界に包まれた猿は勢いよくぶつかり、跳ね返ってまたぶつかってから目を回してひっくり返った。


「ふう。全く。油断も隙もないの」


 油断しまくっていた癖に大袈裟に息をつくフェイ。結界ごと猿を引き寄せ、目の前まで持ってきてから観察する。

 目を離していたので、二人とも攻撃があたった瞬間すら見ていなかった。眠り猿が反撃していたら普通にくらっていただろう。油断どころの話ではない。


「ふむ。思ったより外れたんじゃの。コース的に胴体に直撃じゃと思ったんじゃが」

「う。すみません。えっと、どうしましょう?」

「うむ。眠り猿は尻尾と耳と舌がいるんじゃ」

「へっ!? し、舌とか、耳とか、ま、まさかですけど、切り取る、とか?」

「それ以外にどうするんじゃ。まさか、一匹丸々持って帰るつもりか?」

「えぇぇ、な、なんと言うか、グロテスク。いえもちろん、よく考えたらそれが当たり前なんですけど、全く考えてませんでした。うぅ、やりたくない。気持ち悪くありませんか?」

「まあ、気持ちはわかるが。慣れじゃよ。慣れ」


 最初に比べたらずいぶん血にも慣れたし、魔法で部分だけ焼いたりしなくても普通に切り取ったりできるようになった。それでも未だにいい気分はしないし、可能な限りはリナに押し付けたいくらいだ。

 なので軽い気持ちでついてきたアリーが、全く現実見えていなくて魔物を倒して部分を持ち帰ること自体をわかってなかったとしても、それほど馬鹿にする気持ちはない。


「と言うわけで、ほれ、やらんか」

「えっ!? あれ、ここはほら、先輩のフェイさんがやってくれたり……」

「何を言うか。後輩のお主に教えてやっておるんじゃぞ」


 恋人にすら押し付けてるフェイが、後輩と言うやらせる立場の人間に押し付けないわけがない。危険でもなんでもないし、さっさとやってほしい。


「ですよねぇ。わ、わかりました。一応、ナイフは持ってきてますし、やります!」


 一応、フェイがやりたいやりたくない関係なく、教わる立場が率先してやるのが普通だ。アリーは半笑いになって、気合いをいれて声を出した。


「……で、どうすればいいんでしょうか?」

「うむ。とりあえず下に降りて、とどめをさすかの」








「……何でしょう。何だか、一人前の冒険者になれた気がします」


 フェイに指示されるまま嫌々作業を終えたアリーは、唾液と血で汚れた両手をつきだしたまま、やりきった目をしてそう言った。


「それは気のせいじゃ」


 何言ってんだとばっさり否定されて、アリーは唇を尖らせる。


「フェイさんって、結構キツいですね」

「そうかの? そう言うお主こそ、結構あれじゃぞ」

「あれってなんですか。と言うか、手が。ちょっと申し訳有りませんけど、代わりに水を出してもらえませんか?」


 汚れた手では杖を触りたくないと手を近づけてくるアリーに、フェイは嫌そうな顔をしつつ魔法で水をだしてかけてやる。

 それで手を洗い、ちょっと血がついたパーツ分けして入れた袋のふちも洗ったアリーはお礼を言ってから、右手にもった三つの袋を持ち上げる。


「これはどうしましょう?」

「普通に鞄にいれておけばよい」

「え、もしかして、私の?」


 ぱちくりと瞬きをするアリーに、フェイは首をかしげながら、アリーの背中にある鞄に視線をやる。アリーは最初から身支度を整えていて、そこそこの大きさの鞄を背負っていて、今素材をいれてる袋も鞄から出したものだ。当然、鞄に戻すのが自然な流れだろうに。


「そりゃあの。その為に、鞄を持って来ておるんじゃろ?」

「中にはお弁当とお菓子とジュース、敷物と、後ついでにスケッチブックをいれてます。食べ物のところにこれはちょっと……」

「お主、遊び気分にもほどがあるじゃろ」


 さらっと袋を出してきたので、ああ、ちゃんと調べて準備してきたんだなと思ったフェイだったが、そんなことはなかった。単に袋はゴミが出た時のためだ。

 百歩譲って食べ物と敷物まではいいとしよう。なんだ、スケッチブックって。


「えへへ、魔物って見たことないので、休憩時間に絵に描こうかと。でも、眠り猿は可愛くなかったですね」

「そう言ったじゃろ」


 眠り猿は赤茶色の長めの体毛で、顔はとても大きな鼻で、その下には常に皮があまってるのか唇を垂らしていて歯茎まで見えてるこれまた大きな口がある。眼球は大きいが基本的に半分以上閉じられていて、殆ど目がないようにすら見える。可愛いとは言えない顔だ。


「とりあえず、鞄にいれておきたくないならそのまま持っておれ」

「う。わ、わかりました。はぁ。思ったより、冒険者って大変なんですね」


 どんな想像をしていたのか、そう言ってアリーは息をつく。


 一般的に冒険者は肉体労働には違いないし、お嬢様がするものではない。それは知識としてわかっていても、縁遠いアリーにはもっとわくわくどきどきするものだと思っていた。

 実際魔物を倒すまではわくわくしたが、解体と言う血なまぐさい現実に、ちょっぴりトーンダウンするアリーだった。


「もうやめるか? 威力は確認したし、別によいぞ?」

「ん、いえ! やります! 私から言い出したわけですし。それに、もっとフェイさんのこと知りたいですから!」

「ふむ。ならば、手加減はせんぞ」

「えっ。て、手加減は……できればお願いします」


 にへらと笑顔でお願いするアリーに、フェイはふむと頷いて、わかったと返事をした。


 そうして再開される魔物退治だが、基本的には同じことの繰り返しだ。アリーを先に行かせて探させてみる。


「あ、いました! ほら、あっちの木ののお!?」


 そろそろお昼にしようかと言う頃、アリーが木の上を指差して喜色満面で振り向きながら走りだし、意図しないほどの勢いで地面が蹴られて転けた。


「い、いたた……あれ? あんまり痛くない?」

「大丈夫かの? 身体強化しておるんじゃから、気を付けんといかんぞ」

「えっ、そう言うことは早く言ってくださいよ」

「さっきも解体の時に簡単に出来ると喜んでおったではないか」

「え? あれ、身体強化のおかけだったんですか? 私の隠された才能のおかげかとばかり。と言うか、走るのまで関係あったんですね」


 立ち上がったアリーは確認するように、地面をぽんぽんと蹴るように足踏みしてからその場でジャンプをして、バランスを崩してまた転んだ。


「い、痛、くはないですけど。うーん。力を入れたら大変ですね」

「ふむ。視力だけで、全体を強化するのはやめるか?」

「んー、いえ! 面白いのでこのまま行きます! と言うか、これって空も飛べるんじゃ……行きます!」


 また立ち上がってジャンプをするアリーは、段々テンションがあがってきたらしく、にやっと笑うと勢いよく、先ほど指差した木の上に向かって力一杯ジャンプした。


「んぎゃっ」


 そして途中の太めの枝に頭をぶつけて、涙目で地面に転がった。


「う、う……い、痛い。冗談じゃなくて、とても痛いです」

「何をしておるんじゃ」


 呆れるフェイに、アリーは呻きながら何とか立ち上がる。


「調子にのっていました……」

「いや、まあ。とにかく、無理をすることもない。さ、飛んでいくぞ」

「はい」


 改めて飛んで、そっと猿の前に立つ。あれだけ騒いでも相変わらず猿はぬぼーっとしていて、こちらを見ようともしない。


「気を付けるんじゃぞ」

「はいっ。さっきのでコツがわかったので大丈夫です。えいっ!」


 自信満々にアリーは魔法を発動させる。今度は反動もうまく膝を曲げて逃がしたので、安心して魔法の軌道を確認できる。


 キィッ!


 刃はやはりその大きさを、当たる前に半分ほどに縮めて、ようやく魔法に気づいたかのように身をよじる猿の胴体に切りかかる。

 切断するまではいかなかったが、中程まで切られて勢いよく血液が噴出する。猿は逃げ出そうと手を伸ばしたが、足が枝から離れて腕に体重をかけると傷口に負担がかかり、悲鳴をあげて落ちていった。


「むぅ? 何やらおかしいの」

「そう、ですよね? だって、急に魔法が小さくなりましたし」

「ふむ。少し調べてみるか」


 そう会話をしながら、二人は下まで猿を追いかける。途中で枝を掠めながらも地面まで一気に落下した猿はすでに絶命していた。



 その猿の処理をして、ひとまず昼食を済ませてから検証開始だ。

 まずは見つけた猿に今まで以上に近づく。手が届くほど近づくと、さすがに猿もこちらをちらちら見ているが、それでも腰をあげようとしない。


「わ、わ。生きてる猿の近くはまた、ちょっと怖いですね。それで、検証って、何を?」

「うむ。魔法が小さくなったじゃろ。考えてみれば、あれほど急に魔法が小さくなると言うことは、何らかの魔法的な影響があったとしか思えん。すぐに思い付くのは結界じゃ」

「え? 防げてないじゃないですか」

「結界が弱いからじゃ。結界の魔力分だけ小さくなったと考えれば、わしが普段する風刃では見た目に小さくなっておらんかったのは、魔力を多く込めておったからじゃとして、辻褄はあう」

「はー。あ、そう言えば、魔法結界すると魔物が逃げないんですよね? だったらこの猿も自分で魔力結界をしていて、私たちの魔力がわからなくて逃げないんじゃないですか?」

「む! おお、確かにそれなら話も通るの。冴えてるの」

「えへへ」


 それに加えて、単なる魔法結界なら、物理攻撃は通るはずだが近寄っても逃げないのは、物理的にも防ぐ結界だと考えられる。

 と言うわけで、そっと手を伸ばしてみる。猿にあたる前に固いものにあたる。


「ふむ。当たりじゃな」


 こんこんとノックすると、猿はうっとうしそうに目を細めて、手を払った。体の形にあわせてある結界のようで、振られた手にはあたらず、見えない固いものがフェイの手を押した。


「私もノックしていいですか?」

「うむ」


 アリーは嬉しそうにこんこんとノックした。

 それから猿を殺すが、アリーの魔法は杖の魔法陣依存で、込める魔力量を変えられない。と言うことで炎の魔法を使ってみた。

 回りの2本の木ごとだが猿を一撃で殺すことはできた。できたが、よく考えたら丸焦げだし、状態がよくない。しかも臭いと最悪だ。


 雷はより酷くなりそうなので、仕方ないのでフェイとアリーが同時に魔法をうってしとめることにした。


 そうして本日6匹の猿を仕留めて、本日のお仕事は終了した。








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