第174話 ウィンクリーン3

 飲食をしないウィンクリーンの分を除いてカップが空になる頃には何とか三人とも落ち着いた。

 と言ってもまだ混乱しているが、少なくともあれは?これは?と確認したいことがわかるくらいには落ち着いた。


「あのー、ウィンクリーン、様? 私から一つ質問してもいいでしょうか?」

「ん? 何かな? 君の名前忘れたけど、いいよ」


 そーっと手をあげて質問するリナ。さっきフェイが挙手して聞いたので、流れで真似してしまった。

 リナは正直神様がいるとか言われてもよくわからないし、世界の成り立ちとかわりとどうでもいい。けど一つだけ確認しておきたいことがあった。


「あ、はい。昔は人類が自己繁殖じゃなくて、神様が手作りと言うのは、今もお願いしたら作ってもらえると言うことなんでしょうか?」

「うん。もちろん。なんだっけなー、確かそれもルールがあって、片方は自分のとこの信徒で、二人が愛を申請してーとかあったけど。詳しくは忘れた。なに、欲しいなら気分もいいし、特別につくってあげてもいいけど?」

「あ、いえ。ただの疑問ですから。ちなみにそれって、神様のオリジナルと言いますか、親とは関係ない人間として生まれるんですか?」

「いや。フツーに二人の人間を混ぜた感じだから、繁殖と変わらないよ。ただ、劣化はしない。て言うか繁殖だと劣化するのが正直計算外なんだよね」


 劣化するとかはどうでもいい。今の自分が劣化だと言われるといい気分ではないけど、魔力的に言うならフェイとは比べ物にならないくらいない。でもそれに困ってないし、気にすることではない。

 それより何より、それってつまり、リナとフェイでも子供ができると言うことではないか。フェイが言っていた宗教感をはいはいと流していたが、それはフェイが特殊な環境で特殊なことを教えられたのではない。

 フェイのいた時代ではそれが当たり前で、そしてそれは今も現役で通用するのだ。


「そう、なんですか。教えてくださってありがとうございます」


 別に、それが今どうこうではないし、絶対子供ができなきゃ嫌だなんて思ってたわけじゃないし、そもそも異性でもまだ子供なんて早いけど。でも、出来るというなら、それは、なんと言うか。嬉しいのだけど、猛烈に恥ずかしい気もしてきて、リナは顔を真っ赤にしながらウィンクリーンに教えてくれた礼を言った。


「あの、ウィンクリーン様。もしウィンクリーン様にお作りいただけば、私の家以外の者でも、ウィンクリーン様のお姿を見ることはできるのでしょうか?」

「え? うーん……無理かな。ある能力は遺伝しても、ない能力は無理。もちろん突然変異とかあるし、昔も私らが手作りしてても、一定の確率で神が見えないとか色々障害を持って生まれる人間はいたけどね」

「そうですか」


 落胆したような、でもちょっとほっとしたような複雑な表情で、眉尻を落としてアリーは頷いた。


「なに、アリーもほしいの? でも一人だと作れないよ? あと、人間以外は駄目よ。前になんだったか、犬か猫とに子供つくったやつがいたんだけど、めっちゃ問題になって、それから人間は人間としか子供つくっちゃ駄目なんだよね。でも赤ん坊から死にかけまで、人間相手ならオッケーだよ。アリーの子供、たくさんつくろう」


 ウィンクリーンが悪戯っぽく、だけど慈愛を込めた笑顔でアリーの頭を撫でながら生めや増やせやと推奨する。アリーはぽっと頬を染める。


「わ、私は子供なんて、まだ早いですけど。でも、その時は、お願いします」

「お、いいよいいよー。それまでに、子供つくる時のルール確認しておくね。あ、そうそう。一人に100人とかつくったら、信徒増やすための水増しだって怒られるから、50人くらいにしてね」

「ひゃっ、そ、そんなにいいです。そんなに養えませんよぅ」


 アリーもまだ全てが理解できた訳ではないが、とりあえずフェイが自分と同じようにウィンクリーンのことが見えて話せるのがわかって、ちょっと嬉しくなった。他に見える人を増やすのも難しいようだし、なおさら仲良くしたいものだ。

 だけど同時にもし自分が昔の人間だったらどう思うだろうかとフェイが心配になった。


 そっとアリーがフェイの様子を伺う。フェイは真面目な顔でふーむと右手で顎を撫でながら、アリーの頭を撫で終えたウィンクリーンに向かって口を開く。


「ウィンクリーン様、さきほどシューペル様とお話ししたと言っておったが、今シューペル様がどこにおられるのか知っておるか? 以前から教会を探しておるが、見つからんのじゃ」

「ん? ああ、そうだね。早く信徒になりたいだろうしね。こっから結構南の方なんだけ、ん? あー、はいはい。うっさいなぁ。アリー、言うからメモして」

「はい」


 アリーがささっとメモとペンを用意したのを確認してから、ウィンクリーンは左の耳を手で押さえながら説明を始める。


「えーっと、ここから南のドーバ川を渡った先にある、シンドュウ国内の、東よりにあるアマリルカって街から、南東部の森を抜けた先にある、インドゥカ村にあるってさ」

「ありがとう。しかし、あるってさ、と言うのはまさか?」

「うん。今シューペルから連絡あった。直接あんたに言えないから言えって。待ってるから死ぬまでには来るようにって言ってる」

「はい。承りましたと伝えてくれ」

「ん。あんたの声は聞こえてるから大丈夫。てか、自分からタメ口って言っといてなんだけど、シューペルに敬語で私にタメ口ってなんかムカつくな」

「あ、ではやはり、敬語をお使いしたほうが?」


 眉をしかめるウィンクリーンに、フェイは眉尻をさげて尋ねるが、ウィンクリーンは首を横に振りながら立ち上がる。と言っても元々がふわふわ浮いてるような状態なのだが。


「いや。吐いた唾は飲まん主義だからそのままで。シューペルうっさいし、今日は帰るわ。んじゃーね、アリー。またくるわ」

「あ、はい。お待ちしております」

「ウィンクリーン様、この度は大変世話になった。まことにありがとう」


 立ち上がってお礼を言うフェイに、ウィンクリーンはぱちりとウインクをする。


「いいってことよ。礼はアリーにでもしてやって。んじゃね」


 そして、ぱっとウィンクリーンは姿を消した。


「はぁぁ……緊張したぁ」


 そしていの一番に大きく息をついて、机につっぷしたのはリナだ。


 フレンドリーな雰囲気で、沈黙からつい気になったことを質問したりしたが、元々熱心な信徒でもないリナは神様を前にしてどう接するべきかわからずに緊張していたのだ。

 とは言え、普通は熱心な信徒でもどう接するべきかなんてわからないし、熱心な信徒であろうがなかろうが緊張するだろうが。


 この場はウィンクリーンに慣れているアリーと、神様って親族の偉いさんくらいのノリのフェイしかいないので、比較して一人だけガチガチだったリナだった。


「わしも緊張したが、そんなにか?」

「どこが緊張してたって? タメ口のくせに」

「それはウィンクリーン様が望まれたことじゃ。わしの印象が悪いと、シューペル様が笑われるんじゃ。背筋くらいは伸びる」


 そんなレベルではない、と思ったリナだが、しかしフェイはそれよりも衝撃的な事実を知った方が大きいか、と考えを改める。

 とは言え言うべきことも見当たらない。フェイも特に今は動揺している顔でもない。

 確かに驚くべき内容だが、傷つくような内容ではない。他の家族も、もう亡くなっていると思っていたのだから、今更会えないことを嘆くこともないだろうし。


 今必要なのは考える時間だ。リナはさてと、と空気を改めるように声をあげて、アリーににっこり微笑む。


「アリーさん、今日は場を貸して頂きありがとうございました。時間も遅いですし、そろそろおいとまさせていただきますね」

「あ、はい。えと、何だか慌ただしくてごめんなさい」

「いえいえ、こちらこそ。改めてまた挨拶させてくださいね。フェイのこともよろしく」

「はい! あ、フェイさん、こちら、メモです」

「うむ。ありがとう。また遊ぼうな」

「はいっ」


 家の前まで見送ってもらい、手を振ってから宿へ帰った。宿へつく頃には緊張も抜けて、かなりお腹が減ってきたリナはフェイを急かすようにして、夕食をとった。


 フェイは終始何かを考えているようで、言葉少なだった。なので自然とリナも黙った。

 とは言え別に心配していると言うほどでもない。いつものほにゃほにゃのほほんなフェイもいいけど、真面目できりっとしたフェイはやっぱり格好いいなぁなんて呑気に考えていた。


 リナはこれまでの付き合いで、フェイが図太いことを知っている。普通なら時間を飛んできたなんてとんでも話を聞かされたら、かなりのショックだろう。

 しかしフェイは基本的に済んだことにはこだわらない。例えば突然人を売り渡そうとしたエセ魔法師の件だって、もはやその存在を忘れてる程度には気にしていない。


 だから真面目に考えていても、それは別に傷ついて落ち込んでるとかそう言うことではないだろう。そして魔法や、事件そのものについて考えているなら、リナの出る幕はない。

 何故なら魔法について何も知らないからだ。フェイから何度か説明を受けているのに、知らないと言い切るのも如何なものかと思われるが、しかし日常必要でない記憶と言うのは消えていくものだ。仕方ない。


 そんな訳で他人事のようにフェイの顔だけ見つめていたリナだったが、さすがにベッドに入る直前になっても変わらないと気になる。


「フェイ? 大丈夫?」

「ん? なんじゃ?」

「え? えっと」


 単純に大丈夫かと聞きたかったのだが、フェイには今話しかけてもいいか、と聞こえたようで聞き返された。

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