第175話 神への気持ち

「ごめんなさい」


 何か言わなきゃ、と思ってとっさに出たのは謝罪だった。突然の言葉にフェイは瞬きをして、ベッドからでてリナの隣に座った。


「どうしたんじゃ? あ、わしが黙っておるからか? 別に怒ったり不機嫌なわけではないぞ?」

「いや、それはわかってるわ。そうじゃなくて……その、信じてなかったから」

「む? 何をじゃ?」

「その、フェイが神様から子供をもらうとか言っても、全然信じてなかったから」


 戯れ言だと思って完全にスルーしていて、神様関連でフェイが言ってたことは殆ど覚えてない。だけどそれらは全てフェイが正しかったのだ。


「なにー、と言いたいが、仕方なかろう。殆どが信じておらんのなら、信じる方が難しかろう」

「うん。……でもごめんね」

「よいよ。それなら私も、黙っててすまんの。ちとな、考えておったんじゃ」

「どう言うことか、聞いていい?」

「うむ。時間転移の魔法が、どのような魔法なのか考えておった」

「だろうねぇ。ちなみに、お爺さんに秘密にされてたことがわかったわけだけど、ショックとかは大丈夫?」


 やはり予想通りだった。大丈夫だと思っていたが、言質をとると安心する。それと同時に興味がわいてきたので、詳しく聞いてみる。


「む? うむ。まあ、驚いたがの。しかし、腑に落ちた。確かにこれは、事前に知らさせておったら不安に思っておったかも知れん。わしの常識が全然違うかも知れんと思ったら、のぅ。お爺様自身も今の常識を知っておるわけでもなかろうし、仕方ないしの」

「いやー、でも山にこもらないとかできたんじゃない?」


 別にリナが代わりに怒る、なんてことはもちろん思わないし、どちらかと言うなら事故が起こってくれたおかげでフェイと出会えたわけだしお礼を言いたいくらいだ。

 だけどフェイが今の常識とのズレをあまり理解していなかったのは、ブライアンの行動で何とでもできそうなものだ。そこはどう思うのか。


「うむ。まあ、冒険者は昔なかったようじゃし、街にもいた期間があるようなんじゃけど、詳しくはわからんの。魔法の失敗もわからんし。時間に関する魔法をとくしかないの」

「確か、百年開かない魔法がかけられた手紙があるんだっけ?」

「うむ。恐らく中にはウィンクリーン様のより詳しい説明が書いてあるのじゃろう」


 特に何とも思ってないらしい。まあ、無理もない。そもそも街で暮らしたからって、家族に変わって常識を教えてくれるとも限らない。リナのいた村くらい小さければみんな家族みたいなものだが、アルケイドではそうもならないだろう。


「そうね。あ、でも、家に帰ってジンに言えば教えてくもらえたりしない? ここまで知ったわけだし」

「ふむ。あり得るの」

「あ、でもフェイからしたら、やっぱり魔法の正攻法にこだわりたいわよね。ごめんなさい、邪道なこと言って」

「何を言うか。実際に手紙の中身がそうと決まったわけではないしの。事件について聞くくらいはありじゃろ」

「ああ、ありなの」

「うむ。聞いてもそれはそれとして、魔法は解除するしの」


 フェイの魔法へのスタンスはいまだにわからない。真面目なようで、わりと柔軟に対応するし。きっとリナは魔法自体理解できないから、よくわからないのだろう。軽くスルーする。


「そっか。んー、じゃあ、教会見つけて、こっちの大陸回ったら、一回帰ってみる?」

「うむ。そうじゃの。あ、せっかくじゃし、リナの家族にもまた会わんとな」

「え? な、なんで?」


 家族にわだかまりがあるかと言うとそうではないし、今更父にこだわることもない。何なら今はフェイの乳へのこだわりの方が強いかも知れない。だけど積極的に帰りたいかと言うとそれはそれで別の話だ。

 父への思いが軽くなると同時に、気を使わせていた義理の家族にはより申し訳なく思う。


「なんでとはまた、異なことを。リナとの結婚の挨拶をせんといかんじゃろ」

「けっこ!? え? え?」

「む? 何かおかしかったかの?」

「いやっ、お、おかしくは、ない、です」


 確かに、フェイは一貫してリナと結婚する意思を表明している。驚く方がおかしいのかも知れない。だがやはり、驚くし、どきどきするに決まってる。


「そうじゃろう。まあ、まだ少し先の話じゃしな。子供はそれからかの」

「うっ。そ、そうね!」

「? なんで急にそんな声が高くなるんじゃ?」


 思わず裏声で答えてしまった。

 いやだって。子供とか。確かに子供ができることはわかったけど。だからって今までは全く考慮してなかったことを急に言われると。

 思わず赤くなるリナに、フェイは首をかしげながら、そのままベッドに寝転がった。


「ふわぁ。ちと、眠い。眠るか」

「そ、そうね。ええ、寝ましょうか」

「うむ」


 フェイは頷いてもぞもぞとベッドの中に入ろうと掛け布団に手をかける。


「いや、何してるの?」

「うむ。涼しいしの。共に寝ようかと」

「却下」

「何故じゃ」

「いちゃいちゃしたくなるから」

「なるほど。ならば仕方ないの」


 フェイは諦めて、面倒そうにしつつものそのそと自分のベッドに戻っていった。

 諦められて嬉しいような、ちょっと残念なようなリナだった。








「そう言えばさぁ」

「うむ」


 向かい合って朝食を食べながら、リナが話しかけてくる。フェイが目線だけをあげると、リナと目が合う。


「いつ行く? 教会」

「む? この後普通に行くじゃろ?」

「じゃなくて、シューペル、様のこと」


 正直神様だと言うのは未だに半信半疑の気持ちだが、何らかの不思議な力を持った存在であるのは間違いないようだし、教会は言われた場所にあるのだろう。

 ならば早く行きたいと考えているのではと思い、尋ねたのだ。フェイなら、え、今日でも出ようと思ってたとか真顔で言われても驚かない。


「ああ。まあ、急ぐこともなかろう。もう二ヶ月してからでよかろう」

「まぁね」


 伝言では死ぬまでに、なんて気の長いことを言っていたし、遅いと文句を言われることもないだろう。何だかんだで三ヶ月と決めた期間をちゃんと目安に使えたこともないし、たまにはいいだろう。


「それに、まだこの国独自の魔法について、アリーと話したりんしな」

「ふーん」


 魔法に関することなので、話し合いに参加したくもないし、それに関しては特に嫉妬の気持ちもない。むしろ是非相手をしてほしい。


「あ、そう言えばリナも知り合ったんじゃし、今度一緒に遊ぶか?」

「あー……えー、まあ、また今度ね」


 アリーと話をして、たいしたことは話せなかったが、いい子だなと思ったし、心配もないだろう。それよりも何よりも、また会うときに神がいたらと思うと、どうにも気が引ける。巫女様と言う時点で引いていたのに、ガチで神様なんて。


 別に宗教アレルギーでもないし、過剰に嫌ってるわけでもない。だけどどうにも、腰が引ける。正直、今回のことで宗教感がかわりそうだ。

 本当に神がいるなら、熱心に祈ったっていい。子供までもらえるならなおさらだ。だけど今更でもあるし、急すぎて、どう反応すればいいのかわからない。


 今後フェイといるなら、今までのようにスルーしてればいいと言うことではない。教会に行く前に、自分の気持ちを改めておかないといけないな、と思いながらとりあえず断るリナ。


「ふむ。そうか。まあ、わしも驚いたが、お主もウィンクリーン様には驚いたじゃろ。シューペル様に会うときには、頼むから挨拶くらいはするんじゃぞ」


 リナの及び腰を察して、フェイはそう注意する。ウィンクリーンにはまだ事情が事情で挨拶できなくてもスルーされたけど、知っているのだからちゃんとしてほしい。ましてフェイにとっては代々見守ってくれてる親のようなものだ。

 主神を変えろなどと言わないが、会うときはちゃんとしてほしい。


「わ、わかってるわよ。私だって、実在して、ましてフェイの親なんだから、それくらいわかってるわ」


 神様が実在している時点で驚きだが、さらにフェイは神が直接作ってる世代なのだ。もしリナが宗教嫌いだとしても、気持ちが変わると言うものだ。


「うむ。まあ、まだ先のことじゃ。それより、今日のお昼の方が先じゃ」

「ん? お昼なら、確か昨日、選ばなかった方の味を買うって言ってなかった?」

「そうじゃけど、昨日の自体があんまりじゃったし」

「あー」


 朝食を食べ終えながら確かになぁと昨日の味を思い出す。パンのなかに色々いれて焼いているのだが、昨日のよくわからない野菜炒めがはいってるのは、妙に酸っぱくて微妙だった。


「でも他にも色々あったし。私の買ったバジルパンは美味しかったじゃない」

「あれも、ちょっと臭いきつかったし」

「え、そうかしら。まあ、じゃあ他見てみましょうか」

「うむ。そうしよう」


 朝食を終えて、部屋に戻って身支度を整えてから宿を出た。いくつか店を見て、ふいにリナの視界に武器屋の立て看板が目に入った。


「ねぇ、フェイ。そう言えば繋がりで関係ない話していい?」

「む? 別によいが、関係ない話なら何とも繋がっておらんのではないか?」

「まあまあ。水のドラゴンいたじゃない? あれってどうするの?」


 立て看板にはドラゴンも倒せる新作の剣できましたとある。大した興味もないので店はスルーする。


「む? ああ、そう言えばそうじゃな。お金に困ったときに呼べばいいかと思っておったんじゃけど」

「まあ、それこそ死ぬまででいいかも知れないけど、呼ぶの、忘れちゃわない?」

「うーむ。そうじゃのう。シューペル様に会えば、とりあえず以前からの目的は一通り達成する訳じゃし、その後で結婚する前には済ませておくかの」

「あ、はい。そ、そうね」

「では決まりじゃ」


 リナもフェイも、さすがにドラゴンのこと自体を綺麗さっぱり忘れるなんてことはない。しかしキッカケがなくてずるずると先伸ばしになっているし、忘れずに常に頭に置いておくのは難しい。

 それにいざ呼ぶとなると、騒ぎになったら困るので、街中で呼ぶわけにもいかない。人里離れて目撃されないようなところでないと呼べない。そうなるとなおさら、思い出しても後回しにしてしまいがちだ。


 とりあえず意識の端っこにはのせておこうと、ドラゴンの顔を思い出して、前歯がなかったので二人してくすっと笑った。


「な、何よ、フェイ。急に笑って」

「リナも笑ったではないか」

「だって、ドラゴンのこと思い出したら、すごく間の抜けた顔だったから。前歯がなくて」

「ふふっ。わしも、歯が抜けておる顔を思い出しておった」

「ね。私たちがやったし、その時は何とも思わなかったけど、今思い出すと、おかしいわね」

「うむ。あやつには悪いがの」


 なんて、ドラゴンが聞いてたら怒鳴り出すようなことを話しながら、二人は昼食を購入して教会へ向かった。

 ひとまずドラゴンは後回しだ。








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