第172話 ウィンクリーン

 そうして日々を過ごしていると、時間は驚くほど早く過ぎて行く。この街に来てから一ヶ月近くが経過した。アリーとも教会経由の伝言で週末に二回目の遊ぶ約束をこぎつけたところだ。


 そろそろ他の冒険者とも交流を持ってみたいところだが、魔法使いばかりだと思うとどう戦うのか想像がつかなくて、リナとしては話しかけるのに尻込みしてしまう。フェイは特に交流しなくても気にしないし。

 それに街の外で何人かと顔を会わせることもあったが、どうもフェイが巫女様と親しくしていることが知られているらしく、遠巻きにされてしまう。


 そんなわけで他の冒険者とは距離があるが、邪魔をされたりするわけではなく、むしろ依頼を選ぶときなんかはスペースを空けられてしまう感じだ。


 この街はいい街だ。魔法具で便利だし、あちこちにゴミ箱もあって、ゴミが落ちていると言うことがなくて、街全体が綺麗だ。

 街全てが神のために日々を生きているようで、皆が規律正しく折り目正しい。この街ではスリなんかにもあったことはない。


 リナとしては、神のおわす聖地だと言われて、少し息苦しくはあるが、たまに感じるくらいだ。生涯住みたくはないが、ちょっと期間を延長するくらいはいいかも知れない。と言う程度にはこの街を気に入っている。


「さーて、どこ行こっか」

「そうじゃの。もうひとつ東側の商店街はじっくり見ておらんし、足をのばしてみんか?」

「賛成。決まりね」


 そして、今はお仕事が終わったところだ。時間はまだ早く、おやつの時間には少し遅いくらいだ。

 この街ではちょっと遠方なだけで不人気で割高な仕事なので、フェイの飛行でちゃちゃっといけばすぐに稼げる。確認する機会はないが、どうもこの国の魔法使いは飛ばないようだ。


 詳しくはわからないが、稼げるなら越したことはない。

 今日は特に早く終わったので、二人してちょっと遅いデザートでも食べてぷちデートをしようとるんるん気分で街をぶらついていた。


「そんなにお腹は空いてないけど、何にしようかしら」

「そうじゃのぅ。わしは結構空いておる。まずは冷たい飲み物がいいの」


 外は涼しいが、賑やかな通りは少し熱気がある。疲れた体を冷たいものでひきしめたくなる。そんなフェイに、リナはえー?と不満の声をあげる。


「冷たいものって、冬に? 手先を暖めるようなものがいいわ」

「気が合わんのぅ」

「全くだわ。合わせてくれる?」

「いや、断る」

「私も無理ね。まあ、別に合わなくてもいいでしょ」

「うむ。どうでもよいことじゃしの」


 微妙な体感や味覚の好みなど、結構フェイとリナは違ったりする。けれどフェイは、そこが面白いなと思う。いつも一緒にいて、一緒にいるだけで幸せで、お互いのことが大好きなのに、全然違う。

 それって何だか不思議な感じがする。それに、リナが全然違う意見を言っても全く嫌な気分にはならない。そう言う考え方もあるのか、といつも思う。


 だから、普段の些細なことでは何とも思わないが、今回のような正反対な意見だと、合わないなぁ合わないなぁってつい言いたくなる。合わないことが面白くて。


 リナはフェイの考えをそこまで読んでいるわけではないが、冗談で言ってるのは口調から察しているので、軽くのっかってからスルーしている。

 リナとしては何から何まで好みぴったり気が合いまくり、なんてのは逆に気持ちが悪いし、合わない部分もあって当たり前だ。些細なことまで逐一合わせる必要もない。そんなのは別に恋人でなくて、友人や家族でも誰だって当たり前のことだ。


「あ、フェイ、あっちの屋台でジュース売ってるみたいよ。見に行く?」

「うむ。何系じゃ?」

「何系とか言われても。果実系としか」


 とりあえず店に近寄る。新鮮絞りたてジュースと看板が出ている屋台で、ガラス製で中身が見える魔法具が置いてあり、そこに中身をいれるとたちどころにジュースにしてしまうらしい。

 是非見てみたい。林檎のジュースを頼んでみた。


「じゃあ行くよー。よーく見ててね」


 わくわくと魔法具にかぶりつくように見るフェイに、店員は微笑みながら魔法具にジュースを皮もむかずにいれて、そのままスイッチをいれた。


「おおっ!」


 バリバリッと一瞬食べ物と思えないような豪快な音をたてたが、それもほんの僅かだ。瞬きする間に林檎だった固まりはどろりと液体状になっている。


「何と言う早さじゃ」

「ねー? 凄いでしょ? はい、出来たよー。500Mね」

「うむ」


 新しく作った魔法具だと言い、誉められて店主は嬉しそうにジュースをコップに注いでフェイに渡す。

 フェイはその場で口をつける。どろっとした独特の舌触りが新鮮で、爽やかな酸味と甘味が冷たく口に広がる。さっぱりとした気持ちになる。


「うまいのぅ」

「そーでしょう! なのになんでか、あんまり売れないんですよねぇ」


 そう言いながら店主はちらりとリナを見る。あからさまに買ってほしいなーと目が言っているが、リナは買う気はない。スルーしながら、質問には答えてあげる。


「冬だからじゃないですか? 寒いですし」

「!? そ、その発想はなかった。じゃあ、このジュースをホットにすれば!?」

「え、林檎ジュースのホットはちょっと……」


 とりあえず、買った以上用はない。リナはそそくさとフェイの背中を押して店を離れた。


 リナは無難に暖かいお茶を買った。季節が冬なので、暖かいお茶ならその辺のちょっとした食べ物屋でも出している。


 コップはリサイクルされていて、あちこちにあるコップ用のゴミ箱に入れておけば業者が回収して洗浄し、またあちこちの店に並ぶ。なのでコップ代金は安いが、それでも店で飲むよりは余分にコップ代はかかっている。

 フェイのジュースだって、500円は高すぎると言うのがリナの気持ちだ。その為ついつい目につく安いお茶にしてしまった。


 ともあれ、腰を落ち着けて飲もうと言うことになり、少し歩いて広場へ行く。端のベンチに座って口をつける。


「はー」

「ほぅ」


 それぞれ温度の違う息をはいて、顔をあわせて微笑む。腰を下ろして落ち着くと、リナも少し小腹が空いてきた。


「甘いものが食べたい気分だわ。ちょっとしっかり、あげ菓子とか」

「そうか。それもいいの」


 何がいいかな。そう言えばあそこにも屋台があるし、ここに来るまでにもちょっと気になるのがあった。

 なんて話してもう少し歩いて探してみようと言うことになって立ち上がる。そこにふと、ベンチすぐ脇の広場に入ってくる通路方向から声がかけられる。


「フェイさんっ。こんにちわ。お隣の方がパーティメンバーの方ですか?」


 特に勿体ぶることもなく、その正体はアリーである。わざわざ見かけて近寄ってまで声をかけてくれる知り合いはそういない。

 声からそれはわかっていたが、フェイは振り向いて驚いた。だが露骨に驚きすぎるのも失礼だろうと、フェイは気をとりなおしてまずはアリーに返事をして、リナを紹介する。


「うむ。そうじゃよ。わしのパーティメンバーのリナじゃ」

「こんにちわ。エメリナと言います。フェイから話は聞いてますよ」

「はい。初めまして、こんにちわ。アリス・ホワイトです」

「ところでアリー、わしも挨拶してよいか?」

「え? あ、はい。どうぞ」


 若干そわそわしながら聞かれて、アリーは首をかしげながらも頷いた。

 それにフェイはうんうんと嬉しそうに頷いて、改めてアリーの右肩に向いた。正確には、右肩に顎をのせるようにしてアリーに抱きついてしなだれかかっている、黒に近いほどの青く長いすべらかな髪をなびかせている、ピンクの瞳を持つお方に向いた。


「お初にお目にかかります。大気の神シューペル様の信徒、フェイ・アトキンソンと申します。巫女様には親しくさせていただいております」

「えっ?」

「? フェイ、何言ってるの?」

「あ、ああ! シューペルの! ん? シューペルの?」

「え? えっ? ウィンクリーン様?」


 アリーは混乱してフェイと自分の隣のウィンクリーンに忙しなく視線を行ったり来たりさせ、リナは全く訳もわからずに首をかしげる。


 そんな二人の反応に、フェイもまた首をかしげる。そんなにおかしな挨拶だっただろうか。


「とりあえずフェイ、私にそこまで畏まらなくてもいいよ。君はウチの子じゃないし、アリーの友達でもあるんだから。タメ口でもいいくらい」

「恐れ多いことです。しかし、そう仰るならばお言葉に甘えて。で、お主はウィンクリーン様じゃよな? 一応確認じゃけど」

「そうだよー。切り替えの早い子は好きよ」


 アリーが連れているので間違いないだろうと思ったが、やはりこの国で奉られている神、ウィンクリーンであったらしい。


 誰であるかは確信はなかったが、しかしフェイには一目で神であることはわかった。

 何をどうだと言葉で言い表すことはできない。しかし視界にはいれば、その声を聞けば、相手が自分達とは違う特別な存在で、特別なのだと本能でわかった。


 高祖父であるブライアンに神について尋ねたときもそのように言われていたが、よくわかっていなかった。だけど確かにこれは、会えばわかるとしか言いようがない。


 そうして納得して、ウィンクリーンに微笑むフェイに、ちょっと待てとリナがフェイの右肩を軽く叩いて、耳元に顔を寄せる。


「フェイ、さっきから何を言ってるのよ? ウィンクリーンウィンクリーンって、おかしくなっちゃったの?」

「は? お主は何を言っておる。と言うか、挨拶くらいしたらどうじゃ?」

「は? だから、なんで、誰もいないとこに挨拶してるのかって話よ。神様でもいるみたいに」


 リナは意味のわからないことをしているフェイに恐怖を覚えながら、半ギレでフェイに尋ねた。


 リナの目には神は映らず、神の声も届かない。だからフェイが突然アリーの肩の少し上に向かって、何もないのに声をかけて、一人でぺらぺら話しているように見えるのだ。


「………は?」


 しかしフェイは全く意味がわからない。神が見えず聞こえぬなんて、有り得ないことだと思っているからだ。


「まあまあ、アリーも混乱してるし、場所変えて話そっか。時間ある? アリーの家でいいでしょ」

「あ、は、はい。じゃあ、うちで」

「うむ。大丈夫じゃ。リナ、アリーの家で話そう」

「え? え、ええ……」


 フェイがおかしくなったのではないかと不安になるリナ。逆にフェイは、リナはおかしいのではいかと不安になっていた。









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