第171話 鰐目石、海石2

 リナが入っている坑道へ入ったはいいが、分かれ道に躓いた。しらみ潰しに探すのは面倒だ。


「リナー? どこじゃー?」

「はーーい!」


 立ち止まって呼び掛けると、少し間を開けてから大きな声が返ってきた。元気だなぁとちょっと感心しながら、声が聞こえた方へ進む。


「どっちじゃー?」

「こっちー!」


 分かれ道ごとに尋ねて、リナの元まで歩いていく。緩やかなカーブを曲がって、リナの背中が見えたと思った瞬間に、くるりとリナは振り向いた。

 リナが手や衣服についている破片を払って、地面に落としていた破片を拾っている間に、フェイは目の前まで歩いて近寄る。


「どしたの?」


 そしてフェイが声をかけるより先に、リナが口を開いた。


「うむ。疲れてきたので、リナの様子はどうかと思っての」

「んー、まあまあね。あんまり大きいのはないけど」


 フェイが殆ど見つからなかったのに反して、リナはそこそこ数があったらしい。リナが袋を広げて見せてくれる。綺麗に加工して大振りの指輪になれそうなくらいの大きさのものから、親指の爪ほどの小さなものまでが、たくさん入っていた。

 全て鰐目石だと、特徴的な光の筋のような線が入っていてすぐにわかった。


 一つ取り出して手のひらで転がしてみる。

 四分の一ほどは透明度が高く殆ど透き通っていて、かと思えば反対側へ進むほどに色は濃くなり、端では黒に近いほどになっている。緑をベースにしていて、まるで鰐の皮膚の色が瞳に写り混んでいるようにも見えなくもない。

 そして特徴である大きな筋は白色と一口に言い切れない。黄土色が混じったような、一色に絞りきれない、光の加減でいくらでも変わるような色合いだ。

 鰐の目だとは、面白い名付けをしたものだとフェイは感心する。先ほどの海石は受けた印象そのまますぎるので何とも思わなかったが、名付け方にも地方性があるのだろう。


 それもまた面白いが、しかしとフェイは鰐目石をリナの袋に返しながらちらりとリナの背後の壁を見る。

 大きな穴が深く空いていて、結構掘り返しているのがわかる。人力の限界を越えている。身体強化されているからと言って、採掘と言う馴れない繊細な作業をそう簡単にできることではない。


 採掘位置の当たり外れも大きいのだが、自身よりたくさん採掘したリナに、フェイは本気かと八つ当たりぎみに唇を尖らせる。

 そんなフェイに、自分の方がとれてるんだな、とリナはにやっと笑いながら袋を閉じて腰にさげ、フェイのも見せろよと促す。


「わしはこれ一つしか見つからんかった」

「って、デカ! は? いや、大きすぎでしょ」


 一つ、と言いながら出された石に、顔を寄せぎみにしていたリナはのけぞるほどに驚く。フェイの握りこぶしより大きいなんて、フェイの反応からは想定外だ。


「大きさはあるが、数も重さもリナには負けておる。じゃけどほら、あれじゃよ? 美しさでは私の方が上じゃぞ?」


 勝負には負けても、負けず嫌いなフェイはせめてこれだけはと自分の海石のよさをアピールする。


「ふふっ、ほんと、綺麗だから見せて」

「む? 何故笑うんじゃ?」


 突然声に出して笑いながら出された右手に、フェイは袋ごと石をのせながら首をかしげる。


「だってフェイが自分の方が美しいって言うから、可愛くて」

「……む!? お、おお。いや、そう言う意味はないぞ!」

「わかってるわよ」


 この流れで自分の容姿について言うわけがないのはわかっているが、それでも台詞だけならそうとれる。自分の容姿に対してなら絶対言わない台詞だけに、ちょっとおかしいし、もし可愛いフェイが本当に言ったなら美しいと言う表現をするのも可愛い。はいはい美しい美しいと言って拗ねさせてあげたい。


 そこまで妄想しながら石を見る。妄想半分の状態でも、確かに綺麗だとため息が出る程度には美しい。


「凄く綺麗ねぇ。あ、もちろんフェイの次によ」

「そんなフォローはいらんわ」

「と言うか、これだけ大きかったらフェイの勝ちじゃない?」

「む? 何故じゃ?」

「そりゃあ、これって魔石として使われるわけだし、大きいもののほうが価値が高いじゃない。小さいのがたくさんより、同じ重さでも大きいのが一つの方が高いに決まってるわ」

「ふむ。そうか? じゃけど確か私は、どちらがより多くとれるかで勝負と言ったじゃろ? 価値は関係ないじゃろ」


 言われてみればそうかな、と思いかけたフェイだったが、いい加減に始めた勝負だからこそ最初に言い出したフェイの言葉が全てだ。

 自分から多くとれるか勝負だと言っておきながら、リナが取り違えていたからそっちで! なんてのはあまりにこすい。


「あ、そう? なら私の勝ちね。よっしゃ! 何してもらっちゃおっかなー」


 リナとしてもフェイがそう言うなら是非もない。やってもらいたいことならいくらでもある。

 ぐっと右手を握って大袈裟に喜ぶリナに、フェイは引きぎみに頷く。


「その通りじゃけど、ほどほどに頼むぞ。あまり無茶なことは無理じゃからな」


 リナのことなので信用しているが、なんだこの喜びようは。とんでもないことを言われるのではないだろうな、とフェイはちょっとだけ勝負とか言い出したことを後悔し始める。


 そんな眉を寄せるフェイに、リナはにかっと笑って右手を振って安全性をアピールするする。


「わかってるわよ。フェイにできることしか言わないし、おかしなことも言わないわよ。……多分、私にとっては、うん。普通のことよ」

「急に不安になることを! な、なんなんじゃ? 何が望みじゃ? よもや、私の命などと言わんじゃろうな?」

「ある意味それもいいけど」

「なにぃっ!?」


 一番あり得ないことを例に出して、できるだけ軽い口調で確認したのに肯定された。

 飛び退いて驚くフェイに、リナはいやいやと少し呆れたように笑いながら、右手でこいこいとフェイを呼び寄せる。


「やぁね。命と言うか、人生まるごとと言う意味よ。私がフェイに危ないこととか望むわけないでしょ?」

「う、うむ。まあ、信じておるが。だからこそ目茶苦茶に驚いたんじゃ。忘れるなよ、リナ。私もまた、リナに何でも命令できるんじゃからな」


 だから無茶な願いはNGだからなと強調するフェイに、リナは首をかしげる。


「え? なんで? 私の勝ちなのよね?」

「何を言っておる。私と言う度にお主への命令権はどんどんたまっておるんじゃぞ」

「あっ……」


 完全に忘れていた。だってフェイはもう長いことリナへの命令とかしないし。と言うか今更である。手を繋げるねなんて可愛いことを言っていた頃のことで、今では一周回ってあまり手を繋がないレベルなのだから。


「忘れておったな?」

「う。だって、ずっと使ってないでしょう? と言うか、数えてるの?」

「いや、ベルカ街じゃったか、百回数えた当たりから数えとらんけど。じゃけどもう毎日使っておるし、これはもう無限にリナに命令できるも同然じゃろ?」

「同然ではないけど」

「とにかく、おかしな命令はせんことじゃな」

「はいはい、わかってるってば。信用ないわねぇ」

「信用はさっきまでしておった。お主が不審な態度をとるからじゃ」


 腕を組んで再三の警告をするフェイに、リナもはいはいと頷く。確かに少し悪のりしていたかも知れないが、別にリナだってフェイに無理強いしようと言うわけでもないのに。

 こうなったら却下されるぎりぎりの嫌がられることを考えてやる、とこっそり思いながら、リナは何事もないように微笑む。


「さて、それじゃあそろそろいい時間、かはわからないけど、出ましょうか」


 体感ではそれなりに時間がたってるはずだが、洞窟の奥にずっといるため時間感覚が麻痺しているリナは濁しながらフェイを促した。


「うむ。少し早いが、疲れたし今日はもういいじゃろ」


 もう一回フェイだけ元のところに戻ってーとする気にはならないし、勝負の結果も結論付けたところだ。これからもう一仕事とはならない。

 フェイはちょっとだけリナの命令がなんなのか心配しつつ、道中にやにやするリナを連れて街へ帰った。








「で、お願いは何にするか決まったのか?」

「え、うーん。もうちょっと待ってくれない?」

「別によいけど。どれだけ優柔不断なんじゃ」


 夕食を食べ終わって、片付けを終えて身綺麗にして、さあもう寝れるぞってとこまできてもまだ決められないリナ。

 いつもは普通に決めていくし、なんならメニュー選びなんかではフェイの方が迷うのも珍しくない。なのになんでそんなに悩んでいるのか。


 呆れるフェイに、さすがに自覚のあるリナは頭をかきながら視線をそらす。


「いやー、まあ、お願いしたいことはあるんだけど、なんと言うか、使うのがもったいないと言うか」


 最初は嫌がらせもかねてやるぜ! なんて考えていたリナだったが、結局浮かんでくるのはフェイとしたい恋人的行為に関連することばかりだ。

 今すぐ全部! と言いたいぐらいだがちょっと待て。それ、命令である必要はあるのか?


 いちゃいちゃしたいな、なんてことも二人きりならフェイも拒むことはないし、お願いと言う折角の機会を使うほどのことか。

 ならばこう、ちょっと関係が悪くなった時とか、気まずいときとかに使ったりしたほうがいいのではないか。などと言うしみったれた考えをするリナ。


「もったいない? まあ、別にいつ使おうがお主の自由じゃけど。そんなに勿体ぶられると、なんじゃか怖いんじゃけど」

「怖くない。私全然怖くないわよ?」

「何で繰り返すんじゃ」


 リナとしては普通に否定したくて、でもちょっと後ろめたくもあったのでつい過剰になってしまったのだ。しかしフェイからしたら見るからに怪しんでくださいと言わんばかりで、なんなら冗談でわざと怪しまれる言い方をしてるのかとすら思えてしまう。


「まあまあ、精々キスしたいなーとか、そんなくらいしか思い付かないから、置いておくだけよ」

「ふむ……そのくらいなら、まあ、確かに。別に、お願いと言うと大袈裟じゃな」

「でしょ? と言うわけで、キスしましょ?」

「どういう訳じゃ」

「だって、今のフェイの顔が可愛かったんだもの」


 微笑んで顔を寄せるリナに、フェイは両手で自分の顔を挟んで顔を隠すようにしながら視線をそらす。何一つ意識していない顔だったので、特別それが可愛いとか言われると、照れる。


「まあ……よいけど」


 視線をそらしたままされた了承に、リナはますます愛らしく感じて、ついばむように優しくキスをした。








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