第170話 鰐目石、海石
「ぬお? ……おお」
目が覚めたフェイは窓から差し込む光の強さに目を細め、自分の胸に抱きつくようにして眠るリナを見て、納得する。
急に壁が迫ってきて挟まれ、身動きがとれなくなる夢を見ていたがその理由がわかった。
何とかリナを押しのけて自分だけベッドから出る。熟睡しているようで、割りと雑に押して転がしたが起きなかった。ベッドの端ぎりぎりまで転がっていて、ちょっとはらはらする。
だがまあ、落ちたら落ちたで起こす手間が省けると、フェイはリナを放置して身支度を整える。窓から外を見ると太陽は天高く、とまではいかないがそれなりに高い。
いつも結構規則正しい生活だが、久しぶりに豪快に寝坊したらしい。
この街について仕事をして、と新しい生活が始まったばかりだ。きっと疲れがたまっていたのだろう。実のところ昨日寝るのが遅かったからだと理由はわかってるが、そう自分に言い訳した。
「リナ、そろそろ起きよ」
フェイはリナの肩をつかんで揺すぶる。リナは目を閉じながらもうんうんと頷いてフェイの手を叩く。
「うーん? ああ、そうね、美味しいわよ、うん」
あ、これは起きたかな、と一瞬思ったフェイだったが、そんなことはなかった。
面倒だなぁとため息をついたが、しかしこればっかりは本人の意識でどうなるものでもない。それにリナだって、決まった時間に寝れば決まった時間には自力で起きることができるのだ。夢うつつを繰り返しながらのゆっくりペースだが、それでも以前はそれで生活していたのだ。
フェイといることで、起こしてもらえると若干ひどくなっている気がしないでもないが、時間に縛られているわけでもない。
焦らなければ、寝顔も可愛いものだ。気長に付き合ってあげよう。
「うむ。これから美味しいものを食べに行くんじゃよ」
「ん? うん。うん。そうねぇ、すごいわねぇ」
「リナ、起きるんじゃ」
でもやっぱり焦れったい。フェイは無理矢理リナを起き上がらせて大きく揺さぶる。
「う、うーん? あ、朝?」
「うむ。おはよう」
「おはふぁぁ……もうちょっと寝てもいい?」
「駄目じゃ。すでに寝坊しておる。だいたい昨日、リナが大丈夫、朝起きれるって言ったんじゃろうが」
おはようと言いながら欠伸をしたリナは半目でお願いしてくるが、寝ていい訳がない。
普段ならともかく、昨夜はリナが言うから遅く寝ることになったのに、今よりさらに寝坊するとか有限不実行にもほどがある。
「う、うーん。わかってる、わかってるわよぅ。起きるわよぅ」
渋々目を擦って起きるリナに、それでいいと上から目線で頷いてフェイはリナの手伝いをしてさっさと身支度させた。
朝御飯を適当に済ませて、道すがらお昼ご飯も購入し、先週に気になっていた依頼、は殆ど残っていなかったので余り物を見繕う。
本日は鉱石系だ。依頼数が多いため、基本的に時間が遅くても何らかの鉱石系は残っている。
今回鰐目石と海石だ。どちらもそう頻繁に見つかるものではないと言うことで、無期限無制限の依頼だ。一応、泊まりがけが必要な程度の距離まで足を伸ばした鉱山から採掘されることはわかっているらしい。
とは言え迂回を必要としないフェイの飛行ならすぐだ。採掘用の道具をレンタルしてから山へと飛んだ。やはり他に飛行している魔法使いも見当たらないので、何となく隠れるように離れてから飛行している。
「あそこの山よ。降りて」
「うむ」
山を切り崩したように大きくひらけた部分があり、そこに降り立つと大きめの山の内部へ続く入り口が三つ距離を開けて並んでいる。
到着したのはお昼少し前だった。人の姿は見えないが、内部にいるのかと中を覗きこんでみるが中は真っ暗で見えない。
「誰も使ってないみたいね」
「む? わかるのかの?」
後ろからそう断じたリナに、フェイは首をかしげながら振り向く。リナは頷いて右手で洞窟入り口の天井端を指差す。
「ん? だってほら、ランプがあるのにつけられてないから」
「おお。確かに。しかもこれも魔法具じゃな」
大きな洞窟なので視界にはいっていなかったが、確かにランプがあり、線で繋がっているようで見えないほど奥へ続いていっているのが、太陽光で照らし出されていて見えた。
あまり採掘系の依頼を受けないので知らないことだが、このような利用の少ない採掘場にランプがつけっぱなしと言うのは珍しい。高価な採掘場であれば監視する者がいる上でランプがついているところもあるが、そうでない放置されている採掘場ではましてランプ魔法具なんて高価なものは、盗難を恐れて常備されることはない。
しかしここはこの国の人間しか存在を知らないし、ランプも大して高価でもない。そもそも神の存在が近いここでは、犯罪率自体がかなり低いのだ。
そもそもこの採掘場でとれる鉱石も希少価値があり高価なものだ。他国なら国から管理者が指定されていてもおかしくない。
それがこの国では日帰りで行けない距離で、教会へ毎日行くことができないと言うだけで不人気となり、より割高の依頼となるがそれでも不人気で採掘場には誰もいないと言う状況になっている。そんな状況なので国も危機感はなく、管理者を置くこともない。
「ふーむ。どこにでも魔法具があるんじゃなぁ」
そんな異常な状態を初めて他国の人間としてフェイとリナが見ることになったのだが、詳しくないので普通にスルーされた。
さすが魔法使いの国だ、と感心しながらフェイは入り口脇の壁にある魔方陣に手を当てて、ランプをつけた。ぱっと奥まで一気に灯り、曲がり角部分まで見渡せる。
灯りがついた瞬間に、小さな虫がいっせいに逃げるのが見えてちょっとぞっとしたが、逃げたのだから問題ない。
「うわぁ、明るーい。洞窟とは思えないわね。これはいいわ」
明るくなった洞窟にリナは歓声をあげる。思った以上にランプの数がある。今まで採掘した経験からすればこれだけ明るければ、見えなくてつまづいたり虫等が集まってきたりすることはないとすぐに思い付く。
暗いとどうしても警戒して歩みも遅くなるが、これなら何の心配もない。これで十分に採掘ができるなら、日帰りできるのだからしばらくこの依頼に専念したいくらいだ。
「うむ。そうじゃ。せっかく複数の採掘穴があるんじゃ。別のところにはいって、どちらがより多くとれるか競争せんか?」
テンションをあげるリナにフェイも微笑み、思い付きを提案する。
「あら、良いわね。面白そう。もちろん、勝った方にはご褒美があるわよね?」
「む? うむ。そうじゃな。普通に負けた方が一つ、何でも言うことを聞くとかでいいじゃろ」
「何でも? その言葉、二言はないわね?」
負けた方が命令を聞く、なんてのは別にちょっとした賭けではよくある文言だと思って口にしたフェイは、しかしにやりと口の端をあげてされた確認に一歩思わず引いてしまう。
「……ないが、何故そのようになかったことにしたくなるような言い回しをするんじゃ」
「え? いやぁね、ただの確認じゃない。で、二言はないわね?」
「……ない」
ちょっとだけ、やっぱりなしでと言うべきか迷ったフェイだったが、他でもないリナなのでおかしなこともないだろうと頷いた。
他でもないリナなのでおかしなことを言いそうだ、と思わないだけまだ毒されていないらしい。返事を聞いたリナは脳内を桃色にしながら、頑張ろうと気合いをいれていた。
そんな傍目には真面目に見えるリナに、フェイは疑いを捨てて、リナを残して自分は隣の坑道へと向かった。
○
「さて、まずは一番奥じゃな」
リナが走り出した足音に背中を押されるように、フェイはランプをつけて早足に右側の採掘場に足を踏み入れた。
一番奥までは結構な距離があり、また途中でいくつも別れていた。どちらに行こうかな、と途中迷いつつも進み行き止まりで足を止める。
ここまでも途中壁にきらめくものがあったが、複数の坑道が走り回っている中、横に掘り進むのは危険なので無視した。
今回お目当ての鰐目石と海石は、どちらも色のついている鉱石だ。
鰐目石は爬虫類の目のように、細長い模様が走っているのが特徴の石全般を言い、この採掘場では深い緑系統の物がとれる。
海石は青い色が折り重なっているような、まるで海を中に閉じ込めたような色合いが特徴で、ぱっと見は紺色系統だ。
どちらも基本的に黄土色のような岩石の壁の中では比較的目立つはずだが、あまりないと依頼書にあったように、何もせずに壁を見渡した時点ではどこにもない。
黄色っぽい透明度の低い水晶のようなものが目につき、光を反射して煌めいているのはあちこちにあるが、今回の目的ではない。
「ふむ」
とりあえず掘ってみよう。先が平たいヘラのような金属の平たがねを左手で持って壁にあてて固定し、右手でハンマーを釘を打ち付けるように打ち込む。
「お? 以外と難しいの」
中にめり込んでいってちょっとずつ岩が削れるはずだが、打ち込んだ勢いで平たがねの位置がずれてしまった。
以前に数えるほどの採掘経験では、いずれも使用していなかった。使用している者もいたが、フェイは力付くでまかり通ってきた。しかし今回のような硬い岩肌はこうして地道に削らないと、一気にヒビがはいって崩れる危険性があるらしい。
そんなわけで諦めずに、こんこんと力はほどほどに、左腕を壁にくっつけて固定してずれないようにして、地道に削っていく。
何度か繰り返すと次第に慣れてきたが、中々目当ての品は出てこない。
「ふー、む。先に昼にするかの」
朝が遅かったのでお昼を食べずに始めたが、集中してこつこつしているとお腹が減ってきた。
息をついて道具は置いて、手を綺麗にしてリナがしてくれたのを思い出して自分で肩をもみながら、少し離れた壁際に腰を下ろした。
お祈りをすませて食事をとる。少し味気なく感じたが、一人だからなのか、洞窟の中だからなのか。
手早く食事を済ませ、作業を再開する。
「おっ!」
地道にこつこつすること二時間弱。ようやく青色が見えて、フェイは歓喜の声をあげる。
「ふーっ」
息をはいて額ににじんできていた汗をぬぐう。内部は空気の流れが殆どなく、地熱もあり外より気温は高い。集中していたせいもあり、冬なのに汗が出てきていた。
気を取り直して慎重に海石の回りを削っていく。ちびちびと爪先より小さな欠片をひとつひとつ払い除けるように、時に指ほどの大きさの石を滑らすように排除する。
見つけてからさらに小一時間経過し、ようやくフェイは一つ目の海石を岩壁から採掘することに成功した。
「ふぅー、疲れたのぅ」
手のひら大の大きさの石がようやく一つだ。これを掘り出すまでに本当に小さな欠片もあり、それはいくつかの岩と一緒に地面に落とした。
それらも同じような青色なので、恐らく同じ種類だろうが、爪より小さなささくれ程度の大きさだ。拾って光に透かしても大した美しさでもないし、価値もないだろうと放置する。
「しかし、綺麗じゃのう」
教会で見本で見せられた石は指先ほどの大きさだが、透かすとまるで何メートルも奥行きがあるようにすら見えた。
その何倍もの大きさのあるこの石は、透かすとまるで海すべてを閉じ込めたようだ。手前付近は浅瀬のような明るい水色のようにすら見えるのに、中心に近づくにつれて色は深くなる。ただ色があると言うだけでなく、細かな気泡があり、石ができる時の層が歪んでいるらしく微妙な陰があり、それが小さな世界を閉じ込めているような、吸い込まれそうな美しさとなっている。
「ふぅ。一度、リナの方を確認してみるかの」
とにかく、少し疲れた。フェイは首を回しながら入り口へと向かった。
○
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