第165話 巫女

 そしてフェイが物理攻撃による狩りに挑戦してから数時間。夕方になったので本日はこれまでとなった。


「ふぅむ、体を動かすのはどうにも、疲れたのぅ」

「頑張ったものね」


 仕留めた獲物を処理したのはいつも通りリナだが、仕留めるまでが大変だった。比較的大きめの魔物は結界を張っていても、フェイがちんたら歩いて近づくと気づかれてしまう。


 木の後ろに隠れながら進み、確実にすぐ近くから飛びかからないと、手が届くより先に逃げ出される。走って追いかけるにも、山のなかで足元が不安定な木々の中ではそれほど早く走れないので、実質不可能に近い。

 今までは視界に入る距離なら問答無用で風刃を放ち、気づかれても風刃は障害物や足場を無視して進めた。


 実際にやってみないと、難しさはわからないものだとフェイは改めてリナの凄さを実感した。

 それでも基本的に浮いているので足音はしないし、比較するならかなり楽に近づけるし、手で触れられたなら万力のごとき力で逃がさない。触れさえすれば、力に任せて右手で剣を突き立て、足を止めたなら首なり手足なりを切り落とせば完了だ。


 百発百中とはいかないが、三回に一回は問題なく狩れるようになった。これは種類や対策などを考えずに目につく端から襲いかかったので、かなりできているほうだ。

 少なくともこの方法で、今後も依頼をこなしていけるだろうと判断するには十分だ。


「じゃあ、明日からはこの方法でフェイも狩るってことで行きましょうか」


 今回は実験のためリナは見ているだけだったが、リナはリナで狩に参加するば倍の量の収穫が見込める。


 と言うか、そもそも生け捕りの依頼でさえなければ結界解除で逃げられても魔法で十分追い付けてぶっ殺せるのだが、本人が頑張ってるのだから野暮なことは言うまい。

 気づかれないよう近づくと言う技術は、身に付けて損をすることはない。むしろ冒険者として必須技能とも言えるので、この機会に体に染み付けるのがいい。


「うむ、そうじゃな。いつもには劣るが、これしかないの」

「十分よ。それに、慣れたらもっとうまくできるようになるわよ」

「……うむっ。頑張るとしよう」


 明日以降のことも決まったところで、街へ帰って教会で清算をすませる。

 夕方の時間と言うこともあり、教会はそれなりに人がいたが、他所に比べると比較的冒険者の数は少なく感じられた。


「うーむ、ランクアップは遠いのぅ」


 受付から退いたフェイは右手で持つカードのランク部分を親指で撫でつつも、ため息混じりに口をこぼした。リナはさっさとカードを片付けて、フェイに並んで歩きながら相槌をうつ。


「そりゃあね。普通に依頼をこなしてる程度じゃあ、数年は無理でしょ。と言うか、ランクアップしたいの?」

「無論じゃ。お主はしたくないのか?」

「いや、したくないわけじゃないけど。別に今更したいとも……」


 何せ英雄レベルの50ランクだ。前は確かに5ランクずつくらい目標に頑張っていたリナだが、よーし55ランク目指すぞ! なんて気にならない。後何ポイントなのか確認するのも嫌になるくらい途方もない数値がでてくるだろうし。

 現実的に無理だし……と諦めてるリナに対して、フェイはむーと頬を膨らせる。


「なんじゃあ、向上心が足りんぞ。目指せ、100ランクじゃ!」

「現実的に無理よ」

「そんなことはないじゃろ。今度はあれじゃ。ドラゴンの群れとかやっつけたらいけるのではないかの?」

「群れって、いくらフェイでも無理でしょ。縁起でもないこと言わないで。本当になったらどうするのよ」

「そ、そんな本気で言わんでも」


 冗談半分だったのにリナに真顔で注意されたフェイは、誤魔化すようにカードをポケットにいれて頭をかいた。

 別に、本気で群れを相手にしたい訳じゃない。前回は相手がたまたまアホだっただけで、もっと賢いドラゴンが相手なら勝つのは難しいだろう。もともと人とは地力が違うのだ。まして複数で協力されたら、無傷なんて絶対に無理だろう。

 確かに調子にのってはいたけど、そんなガチ怒しなくてもいいのに。


 とは言え、リナからすれば、半分本気だと言う時点で相当な問題である。調子にのったフェイは可愛いので、大したことのないことならどんどん調子にのっていいが、生死がかかるようなものは別だ。


「滅多なことは言わないの」

「わかったわかった。話を変えよう。夕食は何がよい?」

「んー、そうねぇ」

「あ、あのっ! すみませっ」

「ぬ?」


 慌てたような声と共に何かが背後からぶつかってきて、おまけに上から覆い被さるようにされて、フェイは思わず立ち止まって固まった。リナに今どうなってる?と視線で尋ねる。

 リナはフェイに肩をすくめて見せてから、転んだ勢いでフェイに乗り掛かってぜいぜい言ってる教会関係者に呆れつつも声をかける。


「あのー、大丈夫ですか?」

「す、すみ、すみませんっ」


 シスター服を来ている見覚えのある女はわたわたしながらフェイから離れて勢い余って尻餅をついた。フェイは振り向いて首をかしげる。


「なんじゃ? 何かあったのかの?」


 とっくに教会を出て、百メートル以上離れている。そう言えばさっきから何やら大声で呼び掛ける声は遠くで聞こえていたが、この人のものなのか。と言うか単に自分にはぶつかっただけなのか、それとも自分を呼び止めたかったのか。よくわからない。


 声をかけながら手を差しのべるフェイに、女ははぁはぁと息をととのえながら、手をかりてなんとか立ち上がった。

 礼を言いながらお尻をはたいて、女は一息ついてから誤魔化すようにごほんと咳払いをした。


「す、すみません。運動不足なもので。あの、昨日話していた魔力測定の話なんですが」

「お? おおっ、お主は昨日の受付の」


 魔力測定のお願いをしていた受付嬢だった。通りで見覚えがあるはずだ、とフェイは自分で頷いた。


「あ、忘れてたんですね」

「うむ。わざわざ追いかけてきてもらってすまんのぅ。別に明日でもよかったんじゃよ?」

「いえ。巫女様の都合がありますので。今すぐお願いします」

「ぬ? 今すぐとな?」


 眉を寄せて聞き返すフェイに、受付嬢も急な自覚はあるようで、眉尻を下げて両手を胸の前で合わせてせわしなく指先を動かしながら頷いた。


「はい。都合が悪いですか?」

「ふむ。いや、別にそうでもないの。急で驚いたがの。リナは先に帰って、どこに食べに行くか決めておいてくれ」

「ん。わかったわ」


 測定にわざわざ戻ってまで付き添うこともない。巫女様とやらは気にはなるが、触らぬ神に祟りなしだ。近づかないでおこう。

 軽く手を振ってきびすを返したリナに軽くお辞儀をしてから、受付嬢はほっと笑顔をフェイに向ける。


「ありがとうございます。測定だけなのでそれほどお時間はかかりませんから。場所も近いのですぐですすぐ!」

「む? 教会ではないのか?」

「はい!」


 受付嬢はとてもとても嬉しそうにしながら、フェイの手を引いた。


 巫女様は教会と同じく神に仕えるお方ではあるが、教会の職員とはまた別の扱いで、教会そのものが巫女様の元に集ったような形でできている。いつも会える訳ではないので、一刻も早く会いたいらしい。

 どうも道すがら聞く話では、巫女様の予定がどうしても今しか駄目なわけではなく、単に話ができて今でもいいよと言ってもらって飛んできたらしい。巫女様はとても美しくて可愛らしくて、優しくて気さくで人当たりのよい素晴らしい方だそうだ。


 フェイはそんな巫女様のことを話し半分に聞き流しつつ、運動不足(笑)な受付嬢に引きずられて教会の裏手に回る。

 少し離れたところに腰までの柵にかこわれた大きな庭のある豪邸があるのがすぐに見えた。立派な建物で、教会に似たピンクがかった石造りでとても頑丈そうだ。

 回りにも建物はあるが、目的の建物ほどではないがそれなりに大きな家ばかりの高級住宅街のようだが、明らかに一つだけ大きさも趣も違う。


 そんな、ぱっと見て他の住宅とは違うのを感じさせる建物だ。庭の入り口のところに少女が立っていて、それに気づいた受付嬢は走るようにフェイを連れて急いだ。


「お、お待たせしてすみません!」

「いえ、こちらこそ、急にお願いしてすみません。そちらが?」

「はい。フェイさん、こちらが巫女様であり、今回測定器を使用させてくださるアリス・ホワイト様です。巫女様、こちらが魔力測定を希望されている冒険者、フェイ・アトキンソンさんです」


 巫女様がちらりとフェイを見るのに合わせて、受付嬢は順に紹介してくれた。


 はにかむように微笑むアリスは、肌は日の下に出たことがないのかと疑うほど白く、青い瞳と対照的な真っ赤な髪がゆるやかに二つの三つ編みにされて肩口でゆれているのが印象的だ。

 巫女様巫女様と言われているのでいったいどんな人かと思っていたが、フェイと年の頃の変わらない少女だった。


 確かにさっきから居たのは見えていたが、てっきり巫女様は建物のなかにいるとばかり思っていて、わざわざ外で待っているとは思いもしていなかった。驚くフェイに、巫女様はにこりと微笑んで口を開く。


「初めまして。アリス・ホワイトです。一応、当代の巫女をしております。できれば気安く呼んでくださると助かります」

「そうか、ではアリス。わしはフェイ・アトキンソンじゃ。此度は教会にある魔力測定器では」

「ちょちょちょっ! ちょっとぉ!?」

「ぬっ、な、なんじゃ?」


 横に立っていた受付嬢が物凄い勢いでフェイの肩をつかんできたので、フェイはぎょっとして手を振り払う。


「わ、す、すみません。て言うか、意外と力強いんですね。さっきもびくともしませんでしたし」

「うむ。まぁの」

「じゃなくて! 巫女様を呼び捨てなんて、何を考えてるんですか!」

「む? しかし本人が」

「そうですよ。と言いますか、いつも言ってるじゃないですか。リリアナさんも、私のことは様をつけずに呼んでくださいと」


 リリアナと言うらしい受付嬢は、アリスのフォローに眉尻をこれ以上なくさげる。フェイを注意した勢いから一転して、子供が母親に言い訳をするようにもじもじしながら口を開く。


「そんな、恐れ多い。巫女様はこの国の頂点に立たれるお方ですし」

「頂点なんて……確かにウィンクリーン様とお言葉を交わすことはできますが、政には不干渉が不文律。正式に特別な役職があるわけでもありません。私はまだ、ただの娘ですよ」

「そんな! ぐ、ぐぐぅ」


 反論しようとする受付嬢だが、相手が相手だけに何とも言えず唇をひいたまま呻き声をあげる。そんな受付嬢にため息をついてから、アリスはフェイに改めて微笑みかける。


「すみません、フェイさん。さあ、どうぞこちらへ。リリアナさんは、もうお帰りくださって結構ですよ。ご案内くださり、ご苦労様です」

「う、は、はい……」

「う、うむ。よろしく頼む」


 項垂れる受付嬢は無視して、アリスに促されるままフェイは家へと招かれた。









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