第166話 巫女2
家の中はこれまた教会と似ていて、自宅にするには落ち着かなさそうだなとフェイは思った。広くて、そのわりに人がいないので、どこか寒々しさすら感じられた。
「フェイさん、さきほどのリリアナさんのことは気にせず、どうぞ普通の町娘として話してくださって結構ですよ」
フェイより半歩先に歩いて誘導しながら、アリスがそう改めて声をかけてきた。アリスがいいなら是非もない。
「うむ。そうさせてもらおう。アリスのところの測定器なら教会のより計れるとのことじゃが、個人のものなのか? わざわざ使わせてもらってすまんの」
「いえ、お気になさらず。確かにうちのご先祖様が個人的に作ったものですが、費用は国のお金ですから」
「ふむ。よくわからんのじゃが、巫女様とやらはどういう立場なんじゃ?」
「そ、あ。ここです」
答えようとして、アリスは目当ての測定器がある部屋の前についたので右手でドアを指し示しながら立ち止まった。
それに合わせてフェイも立ち止まり、アリスはドアを開けながらフェイを振り向き微笑んだ。
「時間はあるので、また説明しますけど、とりあえずはかっちゃいましょうか」
「うむ」
リナを待たせてはいるが、まだ遅い時間と言うこともない。滅多に会えない相手だそうだし、少しくらい話をしてみたい。
頷くフェイにアリスは笑みを崩さないまま会釈し、部屋にはいる。中には普段あまり使わない物をいれている。
冒険者や魔法を生業としているならいざ知らず、そうでなく、まして日常では魔力量を気にすることのない魔力を有するアリスの家では滅多に魔力をはかることはない。
「よい、しょ。わ、埃かぶってる。すみません。あまり使わないもので」
「やはり、十万以上の魔力と言うのは珍しいのか?」
「そうですね。私の家だとみんなそうなんですけど、他の人でって言うのは聞いたことがありません」
今までは自分達しか使わなかった為、雑に扱っていた訳ではないが、毎日磨くと言うこともない。たまには掃除をしているが、少しばかり埃がかかっていた。
アリスは照れ隠しにはにかみながら、ぱぱっと埃をはらって棚の上に乗っていた測定器を手に取った。
教会にあったものより一回り大きく、しっかりした金属土台にふちどられ、浮き上がるように水晶が固定されている。単品でインテリアとして飾っても違和感のないデザインだ。
はい、と差し出された測定器に、フェイは少し緊張して唾を飲み込んでから、何でもないように余裕を装ってそっと右手をのせた。
今までになく早く、のせてほぼノータイムで表示がされた。手を離すと【403612】と表示されているのが見えた。
「40万か。まぁまぁじゃの。ちなみにこの測定器は、どこまで表示されるんじゃ?」
「よっ!? よ、40万ですか? うわ、わぁ、初めて見ました。えっと、測定器は一応、1000万単位まで表示されるように作られていますので、間違いなく40万が最高ですね。と言いますか、えー? 40万って」
「な、なんじゃ? 40万じゃとまずいのか?」
まぁまぁと言いつつ思っていたより高かったので、内心テンションをあげたフェイだが、戸惑ったようなアリスの態度に不安げに眉を寄せる。
アリスは目を白黒させつつも、意味もなく測定器を左手の指先でぺちぺち叩きながら口を開く。
「ま、まずくはありません。ただ、凄すぎて、驚いてしまって」
「そんなにか? お主らは10万以上で当たり前なんじゃろ?」
「そ、それはそうですけど、確か過去最高で16万ほどでした。だいたいみんな12、3万くらいですね。私はまだ子供なので、10万ちょっとです。だから40万はちょっと、予想外に凄いです」
「ほう。そうじゃったか」
もはや隠せないくらい嬉しくなったフェイはにやにやしているが、アリスからすれば、いやそんなにやつく程度のことではないから。歴史上類を見ない測定値だなのだから、落ち着いている場合ではない!
と思ったのだが、冷静に考えれば慌てたところで何がどうなるわけでもない。
左手を胸に当てて自らを落ち着かせようと、アリスはふぅと小さく息をついた。
「すみません。取り乱しました」
「構わんよ。ふふふ、わしの魔力値が多いのが悪かったんじゃろう」
「本当ですよ。いったいどんな方法でこんなに魔力が増えるんですかっ?」
しかし落ち着ききれずについつい興奮して、アリスはどや顔のフェイに食って掛かるような勢いで尋ねてしまう。
フェイはさすがにその勢いにちょっと引いて、意味もなく頷きながら一歩後退し、視線をそらしながら応える。
「う、うーむ。別に特別なことはしておらんの」
「あ、す、すみません。そうですよね。そんな大事なこと、話せませんよね」
「いや、ほんとになんもしておらんのじゃけど。と言うか、逆に聞くがお主は何か魔力を増やすことをしておるのか?」
「特に何もしていません」
「それと同じじゃ」
「う、うーん。えー、でも、人間として、いいんですか? 40万って」
今まで不自由しなかったので、魔力を増やそうとしたことのないアリスだが、歴代最大魔力量の倍を軽く越えるフェイの魔力量は、軽く受け入れられることではない。
意識せず物凄く失礼なことを言いながら、アリスは首を捻って自分も魔力を測定してみる。表示された数値は10万ちょっとと、前に計ったときとそう変わっていない。故障と言うこともないようだ。
「事実なのじゃから、受け入れよ。それよりわしは、巫女について教えてほしいんじゃが」
「あ、はぁ。んー、わかりました。とりあえず客間に移動しましょうか。お茶菓子くらいだしますよ」
まだ戸惑いつつも、しかし確かに事実ではあるし、話す約束もした。アリスは先程頭のなかで立てた予定を引っ張り出して頷いた。
「おお、すまんの。わしは甘いものが好きじゃぞ」
「わかりました」
そしてフェイの図々しい物言いに、くすりとようやく再び微笑んだ。
○
アリスの説明によると巫女様巫女様と御大層に持ち上げられているアリスは、今代の巫女とて神に選ばれた存在ではある。
しかし選ばれたと言っても代々産まれた女の子が結婚して子供を成すまで選ばれるのが通例だ。実際には選ばれたとは言えない、単なる世襲制だ。
巫女として神の言葉を伝えることもあるが、基本的に神が国のあり方や個人的なことに関わることはない。今までアリスがした巫女様らしいことなんて、年に一度のお祭りに巫女服を着て町を練り歩くくらいだ。
成人後は教会でそれなりの役職につくことが決まってはいるが、未成年の現在は名前だけで何の権力もない名誉職みたいなもので、普通の女の子として扱ってほしいとのことだった。
アリスはそんな風に言うが、実質的にはどうしたって巫女様を無視することはできないし、皆が敬意を払っていて、その影響力はとても普通の女の子では収まらないだろう。それは滞在時間の短いフェイだって察している。
しかし本人がそう言っているのだ。他国の人間であるフェイには、巫女様だなんだというしがらみはない。規律で決まってるわけでもないなら、普通の女の子として相対してもいいだろう。
「なので、できれば私のことは友人のようにアリーと呼んでくださると、嬉しいです」
「そうか。ならばアリーと呼ぼう」
「本当ですか? 嬉しい……私、同年代のお友だちっていなくて、お願いしても家族しかアリーって呼んでくれないんです」
「ふむ。それは寂しいことじゃな」
頬を紅潮させて喜ぶアリーに、フェイは巫女様と呼ばれて距離を置かれてきたんだろうなぁと察して頷いた。
誰もいなければどうと言うこともないが、沢山人がいるのに誰もが壁を作ってくるとなれば、寂しくもなるだろう。
フェイは今までを思いだし、うっとうしくて馴れ馴れしいと思っていた者たちも、あれはあれでそういう意味では悪くなかったと好感度をちょっとだけ上昇修正してから、今度は自分がお節介してやろうとにんまりとアリーに笑いかける。
「わしも忙しい故、あまり大きなことは言えんが、わしでよければ友人となろうではないか」
「そ、そんな、いいんですか? 本気にしちゃいますよ? 遊びにも誘っちゃいますよ?」
ぱっと頬を緩ませてから、それでも上目使いで遠慮がちに確認するが、嬉しそうな態度が透けて見えている。嘘ですなんて意地悪を言っても面白そうだが、生憎とフェイはそんなことに思い至ることもなく、うむと偉そうに頷く。
「嘘など言わん。週末には休みじゃし、誘ってもよいぞ」
「わぁ! じゃ、じゃあ、その、遊びましょう!」
アリーは弾けるような笑顔と声で、週末の予定をたてた。何時に何処で待ち合わせでーと約束を取り交わし終わる頃にはいい時間だったので帰ることにした。
「じゃあ、またお会いしましょう!」
「うむ。また週末にの」
家の前まで送ってもらい、手を振るアリーに微笑んで振り返して、フェイは宿へと急ぎ足で戻った。
「ただいま戻ったぞ」
部屋にはいるとリナはベッドの上でだらけていた。リナはあー、おかえりーと言いながら起き上がる。
弓はすでに磨かれて定位置にあるし、思ったより待たせてしまったなと反省しながら隣にまで近寄る。
「待たせてすまんの」
「まー、しょーがないわよ。測定は必要だしね。で、いくつだったの?」
「うむ。まあ、殆どが雑談していた時間じゃったんじゃが。測定値はの、40万じゃ。街一番の巫女らでもない数値じゃと驚かれたぞ」
どやっと、どや顔で胸を張るフェイ。リナからしたら何万でもぴんとこないし、この間に凄い凄いとしたのでもう飽きていた。
「はー、凄いわねー」
なので立ち上がりざまにおざなりにフェイの頭を撫でて褒めた。それでもフェイはますます胸を張り偉ぶった。
聞き流したけど殆ど雑談で人を待たしてこの態度である。だけど可愛いので、リナは胸を一撫でして許してあげることにした。優しい。
「いや、何するんじゃ」
だと言うのにフェイは体をひねって左手で胸を隠してクレームをつけてきた。
リナはフェイの問いかけには無視して、フェイの横を通り抜けて振り向き、さらっと話題を変更する。
「晩御飯決めておいたから、行くわよ。もうお腹ぺこぺこだわ」
「む? そうじゃな。確かにお腹は減ったの。何食べるんじゃ?」
言われてみれば急にお腹がすいてきた気がして、フェイは右手でお腹を撫でながらリナに着いていく為に歩き出した。
○
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