第162話 土兎3
別の袋をかかげてみせるリナに、フェイは驚いて目を丸くする。
「リナも捕まえたのか? あんなに敏感なのに、空を飛ばずに近寄ってよく気づかれんかったのぅ」
歩いて近寄れば足音もするし、多少の振動などもある。リナが優れた狩人であるのは知っていたが、あれだけ離れたところでそっと着地したのを察知されたので、そうとう敏感だと思われる。
しかもフェイと違って遠距離で捕獲する方法があるわけでもないから、直接素手で捕まえたに違いない。
「ん? ええ。私も最初は警戒したけど、思ったよりは敏感ではなかったわ」
リナも最初はそうだろうと気を付けていたが、気づかれなかったのだ。一人で普通に近づけたし、普通に捕まえられた。
「む? そうなのか? うーむ。最初の兎が特別じゃったのか、リナが特別気配がなかったのか、現状では判断がつかんの。お昼を食べたら試してみるか」
「そうしましょうか。じゃあ、まずはお昼ね」
「うむ」
兎たちは袋詰めのまま、木の枝にくくりつけて、少し離れた場所でお昼をとることにした。
腰を下ろして手を綺麗にしてから街を出る前に買った、薄く焼かれた小麦の生地で濃いめの味付けで焼かれた肉が挟まれたものを取り出して暖める。
魔物が少ないので必要ないかも知れないが魔物避けもして、お祈りをしてから食事を始める。
「うむ。うまいの」
「ちょっと塩気が強いけど、体を動かしてるしこんなものかしら」
「そうなのか? ちと一口くれ」
「はいはい」
口を開けて催促するフェイに、リナは苦笑しながら自分のを口にいれてあげる。噛みちぎって味わってから、フェイは首をかしげる。
「む? 同じ味じゃぞ?」
「そりゃあ、同じ味を買ったじゃない」
「そうじゃったかのぅ?」
そもそも買った店は一種類しかなかった。わかっていていちゃつきたくて言ったのかと思ったが、そうではなかったのか。
肩をすくめるリナに、フェイはふむと頷いて、今度は自分のをリナに差し出した。
「うむ、ではリナも私のを一口食べてみよ」
「え、なんで?」
「おかえしじゃ。ほれ」
「はいはい」
今度こそいちゃつきたい故の要請だったので、再度のってあげる。全くしょうがない恋人である。最高に可愛い。
「どうじゃ? うまいじゃろ?」
「そうね」
かじったリナにフェイはにこにこしながら聞いてくる。クールを装いつつも、リナはにこやかに頷いた。
さっきより断然美味しく感じられた。わざわざ愛情のトッピングをくれるとは、憎い演出である。勝手にリナが感じているだけだが。
そうしてお昼を終えてから、改めて依頼をすることにした。とりあえず兎だ。
「まず、私は空を飛んでリナの後ろにつくから、お主だけでやってみてくれるか?」
「ええ、わかったわ」
フェイはいつものように飛行して、リナの後ろを背後霊のようについていく。兎に気づかれないように、木の幹に隠れつつするすると、殆ど足音もたてずに進んでいく。
森の中でこれほど音をたてないのは見事だ。普段はフェイが音をたてまくっているので全く気づかなかったが、注意して見るとリナの凄さがよくわかる。
むしろフェイの無神経さは狩人と見ればいい加減にしろよレベルなのだが、基本的に遠距離攻撃なので成立している。
とは言え、そもそも冒険者の駆け出しなんてど素人ばかりだ。リナのように狩りをしていた者ばかりでなく、畑を耕したことしかないものもいる。フェイが特別おかしなこともないのだ。
「!」
リナが立ち止まり、顔だけ振り向いてフェイにジェスチャーで合図をする。事前に何も決めていないのでわからないが、要は兎が見つかったのだろう。フェイはそっとリナの隣まで移動する。
覗きこむと、やはり少し先の木の根本に兎がかたまっている。相変わらず団子のようで可愛らしい。
フェイを置いて、リナはそっと袋を手に構えて木々を大きく迂回しながらより兎たちの近くまで寄る。フェイもついていこうとしたが、指先で追い払うような仕種をされた。待っていろとのことだ。
仕方なく保護者のごとく心境で見守るフェイ。
すぐ後ろの木にまで忍び寄ったリナは、一気に飛びかかって一匹の兎の頭を鷲掴みに持ち上げて、そのままの勢いで袋につっこんだ。
あまりの勢いで、気づいた兎が悲鳴をあげたのはすでに袋のなかだ。しかし当然他の兎も同時に気づいてキィキィ鳴きわめきながら逃げ出そうとする。
リナは左足の先で一匹の頭を踏みつけながら、同時に右手で地面を蹴りだした兎を下から掬い上げて袋に投げ入れる。
左足のかかとに体重をかけるようにして右足をあげて、足を伸ばして右足でも兎を捕まえつつ、腕を伸ばして地面に押し付けるように少し離れた兎を捕まえる。
「ふぅ。こんなものね」
掴んだ兎を袋に入れるころには、さすがに足を動かさないままだと届かない範囲にまで逃げたので諦め、足の下の兎を一匹ずつ袋にいれる。
「お、おお……兎を踏み潰したかとびっくりしたぞ」
「ちゃんと加減するわよ」
「うむ。しかしリナは、ほんに器用じゃのぅ」
「そう?」
フェイからすれば、あんなに早く掴んだりしていれば、力加減が雑になって兎を潰してしまっても仕方ないと思うが、全くそんなことはない。
早すぎてまばたきする間に捕まえてるようにすら、フェイには感じられた。ここまでされたら、もうできるようになりたいなとは思わず、ただただ感心する。
「うむ。リナは冒険者としても実に有能で、私は果報者じゃな」
「ん、んー。あ、ありがとう。なに、なんか、今日はどうしたの? ずいぶん持ち上げるわね。おねだりでもあるの?」
フェイが目をきらめかして褒めてくるので、リナは何だかむず痒くなってしまう。思ったことはすぐに言うフェイなので、凄い凄いと言われるのは珍しくないが、今日は何だか多い気がする。
誤魔化すように尋ねるリナに、フェイは唇を尖らせる。
「失敬な。心から感心しておるんじゃよ。リナがいかに凄いか、もっと言葉を尽くさねば不満か?」
「わ、悪かったわよ。十分よ」
「リナは時々そうよな。私が真剣に言っておるのに、ちゃかしてくる」
「うー、ごめんなさいって。でもさぁ、その、フェイは誉めすぎよ。あんまり慣れてないし、ちょっと、どう反応していいかわかんないって言うか」
「む……ああ、照れておったのか。それならそうと、言ってくれればよかろう。全く、リナは可愛いのぅ」
フェイは鈍いから、こうしてストレートに言わないと通じない。しかし、言ったら言ったで羞恥を煽るように明け透けに言ってくる。
照れてるって言葉に出して言う必要はないだろう。わざわざ言われると、照れ隠しに悪態をつくみたいに強調されてしまって、より恥ずかしいではないか。わざと? そろそろわざとだよね?
「く、うー、ねぇ、そう言うのはだから、わざと言ってるでしょ。言われると恥ずかしいのよ」
「うむ。恥ずかしがるリナは可愛い」
満面の笑顔で認められた。もう何を言っても、言い返せる気がしない。リナは赤らめた頬をかいてから、とりあえず咳払いで誤魔化すことにした。
「ごほん、とにかく、今ので普通に捕まえられることがわかったわよね?」
「全く普通ではないが、まあ、確かに音をたてなければ問題無さそうじゃったの。あれだけ近づければ、私でも一匹は捕まえられるじゃろう」
やはり最初の兎の群れが特殊だったのだろう。確信を得るために、フェイはもう一度自分の手で兎を捕まえるべく、さらに兎を探すことにした。
音をたてないようフェイは飛んでまたリナに付いていく。しばらく進むとまた兎の群れが見つかり手招きされた。
ひとつ手前の山では全然兎を見なかったのに、ここではよく見つかる。兎の宝庫のようだ。
兎を捕まえるにはフェイはリナの隣に同じように隠れてから、そっと着地して音をたてずに兎たちからは見えない位置で結界を解いた。
キキィッ!
「!? な、なんじゃ!?」
その瞬間、兎たちは一斉に鳴き声をあげて方々へ逃げ出した。まだ少し距離もあったし、普通の兎なら気づかれるはずもないのに。慌てて木の後ろから出るも、すでに逃亡されてしまっている。
「な、なぜじゃ?」
「……今、フェイが結界を解除したタイミングで反応しなかった?」
呆然とするフェイに、リナは右手を顎に当てて考えながら尋ねた。フェイははっとしてリナを振り向き、右手の親指と人差し指で顎を撫でながら答える。
「む? そうじゃな。むむ? よく考えたら、最初に逃げ出した時も、同じようなタイミングじゃったような……つまり、私の気配のせいなのか?」
「気配と言うか……もしかして、魔力に敏感とか? ほら、冒険者もみんな魔法使いだから、魔物は魔力を警戒してるとか、考えられない?」
「なるほどの。あり得るかも知れん。しかしそれでは、困ったの」
魔物をあまり見かけなかったのがフェイの魔力のせいなら、フェイは依頼こなせず何の役にも立たない。それどころか足を引っ張っているようなものだ。
肩を落とすフェイに、リナはまあまあと背中を軽く叩くように撫でて慰める。
「落ち込まないの。結界で捕まえたみたいに、やり方ひとつじゃない。それに他の魔法使いも依頼をしてるはずなんだから、対策もあるでしょうし」
「む。それもそうじゃな。ありがとう、リナ」
「どういたしまして」
とりあえず兎については数も十分だし、捕まえるのは結界を使えばできることはわかっている。今日のところはこれで終わりにした。
「報告するときに、ついでに他の人は魔力対策について何かしてるのか、聞いてみましょう」
「うむ。そうじゃな。すぐに思い付くのでは、魔法用結界を常に発動させて、見つけたらすぐに結界で捕まえるか、魔法用結界だけで肉弾戦をするかじゃな」
「その二つなら前者でお願いするわ」
○
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