第161話 土兎2

 フェイが結界を切った瞬間、それまで眠っていたかのように目まで閉じてじっとしていた兎たちはばっと立ち上がり、めいめい勝手な方へ走り出した。


「ぬ!?」


 地面に着地して走り出したフェイは、思わぬ反応に慌てながら右手をつきだした。


「風刃!」


 三つの大きめの風刃が飛び出し、兎たちが寄り添っていた大木ごと斬り倒し、走り去る兎たちをまとめて一刀両断した。察して跳ねて避けた兎もいたが、三度襲いくる刃をすべて避けることはできず、16匹全てが両断された。


「ふぅ、何故かはわからんが、すぐ気づかれたのぅ」

「お疲れさま。で、フェイ、一ついい」

「む? なんじゃ?」

「今回の依頼は出来るだけ生きたまま確保って、わかってる?」

「むぉっ!? う、うむ。うむ……わ、わかっておったよ? じゃけどその……とっさに忘れた」


 だろうなぁ、とリナはため息をつく。確かに数は確保できたが、元々の依頼は生体の確保なのだから、最低数はちゃんと生きているものが必要だ。

 フェイがあまり人の話を聞かないのは、まあよくあるが、依頼に関してはちゃんとしてほしいものだ。とは言え真面目にして素で忘れてるのだから、どうしようもないが。


「済んだことだし、私もさっき殺すって言って紛らわしかったからけど、ほんとに、仕事なんだから、依頼内容はちゃんと聞いて、ちゃんと覚えてよ?」

「うむ……すまぬ」


 落ち込んで肩を落とすフェイ。全く、その姿が可愛いから余裕で許すけど、これが他人とパーティを組んでいたのなら怒っていたところだ。ここから兎が見つからないと依頼失敗になるのだから。


「今回は死んでてもいいし、いいけどね。さ、切り替えて処理するわよ。もっと兎を探さないとね」

「う、うむっ」


 気合いを入れ直したフェイは兎あつめて、処理はリナに任せて、汚名返上とばかりに揚々と兎探しを再開させた。

 初期に形成した関係は変わらず、もう一人前じゃねと天狗になっていたフェイは未だに解体一つできないへっぽこ冒険者であった。しかしすでに当然の流れとして習慣と化しており、二人ともその事には何の疑問も抱かずに二手に別れた。


「ふーむ。兎おらんのぅ」


 さきほどの山でも見つからず、すぐに気づかれたのでフェイは50センチほどの高さで先程と同じように飛行して兎を探してみるが、見つからない。

 やはり木を斬り倒したのはやりすぎたか。結構大きな音がしたもんなぁと、フェイは右手で顎を撫でながら考える。


「ちと遠くまで行くか」


 さっと行ってさっと帰ればよかろう、とフェイは高度をあげてからぐんっと山の中腹あたりまで移動して、そっと木々のなかを覗いてみた。


「!」


 すると少し離れた木の根本に、先程と同じように団子のようにまるまって固まっている兎がいた。

 今度は殺さないように、結界で捕まえることにして、フェイはそっと動かないまま結界を発動させた。

 大きく、兎たちを丸ごと包むようにしたため、木の根っこや地面ごと範囲にいれたからか、兎たちは結界に包まれたことをわかっていないようで動かないままだ。


 しめしめ、と思いながらそっと地面に降りていく。近づいても思いの外気づかれない。さっきの兎が敏感すぎたのかな?と首をかしげつつ、すぐ近くまで来たので自分の回りの結界を解いて着地する。


 キィ!


 するとその途端、兎たちは一斉に目を見開いて逃げ出した。しかしもちろん、すぐに結界にぶつかる。慌てながら何度もぶつかる兎たちだが、しばらく待つと観念したのか、逃げずにまた固まって丸まり、フェイを睨み付ける。


「よしよし。殺さぬから、大人しくしておれよー」


 フェイは結界にそっと触れて持ち上げる。さて、どうやって持って帰るか。球体の大きさは約五メートルほどだ。この場で自分を含めた結界をつくると、さらに地面を連れていくことになる。ちょっと飛んでつくっても、どうしても結界の大きさ的に木や地面が入る。


「空に出るしかないの」


 結界なしで空に出て、それから結界をつくるしかない。

 フェイは気合いをいれて、兎入り結界を頭上に掲げるように持ち、ゆっくりと空へ浮かび上がる。


「む、む」


 バキバキィと頭上の枝葉が折れる音がする。二人で飛ぶくらいなら、木々の間を通るのもあるが、枝が当たってもしなるくらいで折れずに通れる。

 その違和感と、結界がないまま浮遊する無防備感にびびりながらフェイは何とか木々の上へ抜けた。


「よし」


 フェイはふぅと片手で額をぬぐう真似をしながら結界をつくり、兎たちの結界をおろす。中の兎たちは問答無用の展開にぶるぶる震えていて可愛い。犯人はフェイ。


 そのままぴゅーと飛んでリナの元へ戻る。ひらけた場所なので迷うこともない。


 リナはふいに影ができたのでフェイかなと思って顔をあげると、思いもよらぬ大きな固まりにぎょっとした。

 下から見たリナからすれば、大きな土の塊が迫ってくるように見えるのだ。荷物を捨てて飛びさって木々の下まで逃げるリナは剣を構えて振り向いた。


「リナー」


 そして呑気なフェイの声に剣を下げた。

 フェイは下側がよく見えないので、地面が近づいた時点で結界を解いて、兎結界を持ち上げてそっと地面に降りた。


「よし。リナ、何をしておるんじゃ? 捕まえてきたぞー」


 リナは剣を鞘に戻しながら、にこにこ笑顔のフェイに近寄り、呆れたように眉尻を落として息をつく。


「捕まえたって、どこの世界にこんな状態で捕まえてくる子がいるのよ」


 フェイは首をかしげて、左隣に置いた結界を見る。兎たちは大人しくしている。結界にぶつかってはいたが、大した距離ではないので勢いで死んでしまうほどではなかったし、怪我はしていない。今度こそ依頼通りであるはずだ。


「生きておるぞ?」

「……まあ、そうね」


 回りごと捕まえるとか正直大雑把すぎるが、確かに依頼としては問題ないのは事実だ。リナはとやかく言うのはやめて、とりあえず対応することにした。


「でもこのまま持って帰るわけにはいかないし、兎だけ捕まえるから出してくれる?」


 袋を左手に用意して、右手を出すリナに、フェイはうむと頷いて結界を振り向いてから、数秒固まってからリナを向いた。


「リナ。結界はいきなり全部解除しても良いのか?土ごと落ちてくるし、一気に逃げだすが」

「ん? そうね。大丈夫よ。落ちてくる間には逃げられないし、好都合だわ。むしろ、少し高くにあげてから落としてくれる?」

「そ、そうか? わかった。では行くぞ。解除!」


 フェイは言われるまま、地面の上においた結界を五メートルほど浮かしてから、掛け声と共に解除した。綺麗な半球状だった土は一気に崩れだし、兎たちは慌てたように手足を動かす。


「ふっ」


 兎たちが足場を得る前に、リナは地面を蹴って崩れる地面を突き抜けて、膝を曲げて兎たちと一緒に落ちながら兎たちを捕まえて袋へいれていく。

 宙に浮いては避けようがない。兎たちはかなり勢いよく放り込まれて声を出さずに気を失う。


「よしっ」


 全てを捕まえてから口をしばり、リナは地面に落ちて小さな丘のようになった土の上に足を突き立てた。


「ん?」


 本人は普通に着地したつもりだったが、落とされた土は自然とほぐされ、元々の地質もありリナの足首少し上まで埋まってしまうほど柔らかくなっていた。


「うわ、格好つかないわね。よいしょっ、と。はい、フェイ」


 飛び降りてフェイの隣に着地したリナは、フェイに兎袋を渡した。


「お、おお。うむ。と言うか、格好つかぬわけがあるか。お主、格好よすぎるじゃろ」


 兎だけを捕まえるのもフェイだって別の方法ならできるだろうが、僅か五メートルばかし降りてくる間に全部捕まえるなんて無理だ。慌ててしまうし、そもそも宙で兎を捕まえる自体無理だろう。

 当然のようにあっさりとするリナは、運動能力に関しては本当にフェイからしたらあり得ないレベルだ。キレよくピシピシ動くし、格好いい。


「え? そうかしら」


 軽く返しつつもリナはちょっと嬉しくて微笑む。リナとしては格好いいと言われるのはありだ。


「うむ。私も、少し位はリナのように動いてみたいものじゃ」

「強化魔法を使ってるんだから、フェイも同じことできるでしょ?」

「強化魔法の問題ではないんじゃけど」


 ちょっと悔しいくらいにリナが凄いので、フェイもちょびっと本気で自分もできるようになりたいなと思った。


「リナは狩人としての能力を身に付けるために、どのような修行をしてきたのじゃ?」

「え? うーん。修行ってほどではないけど、一人前だって認められるためには、一人で山にこもって、弓だけで森中の獣を狩れるまでいたわ」

「ふむ? どのくらいの期間じゃ?」

「大鷲がなかなか見つからなくて、二週間かかったわね」

「うむ。凄いの」


 弓だけでと言う時点で無理なので諦めた。そして仮に風刃でオーケーとしたとしても、二週間もこもるとか無理だ。そんなに長い間一人で山にこもるなんて、拷問のような話だ。

 そもそもそれは、そこまでできることが前提の試験のようなものだ。要するに修行と言うものではないような地道な訓練を積み重ねてそうなったと言うことだ。ちょろっとやって身に付けれないかななんてのは、あり得ないのだ。

 そこまでがっつりやって、魔法を放り出してまで身に付けたいわけではない。一番は魔法だ。なので諦めた。


「ありがとう? でもほんとに凄いと思ってくれてる?」

「うむ。思っておるが、私には無理じゃと思ってな」

「そりゃあ、ね」


 簡単にされたら、リナこそ困る。リナは苦笑して、フェイの頭を撫でた。


「それはそうと、私の方でも兎を五匹捕まえたのよ。フェイのも合わせると数は十分だけどどうする? お昼食べて、ここに荷物おいて他にも探してみる?」


 フェイを待つ間に、近くを探すと兎の群れがあったので、手早く捕まえておいたのだ。さすがに逃げ出す群れを全てとは行かなかったが、報酬の足しにはなるだろう。

 生きた兎を確保する最低限の数は10匹なので、フェイが連れてきた13匹と合わせて十分だ。

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