第159話 神への祈り

 マーギナル国の中心、王都に到着した。中に入った第一印象では、これまでの街とそう変わらないな、と言うものだったが宿に入って実感した。

 やっぱり中央はすごいなと。


 具体的にはドアが勝手に開くし、階段も動くし、鍵もブレスレットを渡されてそれをドアノブにあてると勝手に開いてドアを閉めると勝手に鍵もかかると言う状態。ちゃんと人数分渡してくれるし、すごく便利だ。

 そう感心しながら、二人は荷物を下ろした。


「さて、この街を色々見て回りたいのはやまやまだけど、とりあえずもう夕方だし、今日のところはゆっくりしましょうか」

「うむ。明日は教会に行こうな」

「え? 明日からもう仕事するの? いや、私は別にいいけど」

「む? いや、確かに仕事をしてもよいが、単に私は教会に挨拶に行くだけじゃよ?」


 道中言われたように、この街にある教会は大聖堂だ。大聖堂と言えば他の教会とは一線を画く。店に例えるなら大聖堂は本店で、他が支店だ。通りすがりの村の支店はスルーするのも少なくなかったが、神がおわす家である大聖堂なら、他信者であっても一度は参っておくべきだろう。

 と言うか、海の神ポリバリル神の教会にも、依頼だけじゃなくて中まで入って挨拶していたのに。


「え、ああ……そう言えばそうね」


 リナも別にポリバリル教会での事を忘れていたわけではないが、リナ自身は普通に訪問したついでに祈っただけで、わざわざ神に挨拶したと言う意識も薄いため、思わずそんな反応になってしまった。

 そんなリナの反応には、フェイもさすがに少し呆れる。


 リナが信仰に熱心でないことは気づいていたし、神と過去に何があったかは知らない以上フェイから信仰を押し付けるつもりもない。しかし呆れるのは仕方ない。

 フェイにとって神は親も同然の敬うべき存在であるので、リナは親に対してめっちゃそっけない反抗期のように見えているのだ。


「うむ。別に、リナに信仰は押し付けんが、挨拶くらいはよかろう?」

「え? ええ、もちろん。私たちのような敬虔な信徒にとって当然なすべきことだわ」


 きりっとした顔で平然とそう応えるリナ。まるで親孝行しろよーと言われて、超してるしーと答える不良のようだ。どの口で敬虔とか。


 フェイはそれには答えず肩をすくめて会話を終わりにした。面倒だから深く突っ込まない。


 そして夕食をとった。魔道具に溢れて珍しいものばかりで、料理もどんなに凄いのかと期待はずっとしていたが、中央に来るまでずっと大差なかった。そして国の中心でも特に目新しいことのない普通の料理が

出てきた。


「ううむ、美味いことは美味いが、正直期待外れじゃのう」

「大きな声では言えないけどね」


 不味くはないし、美味しいかどうかと聞かれたなら美味しい。しかし海から離れた陸地で新鮮な魚がとれるでもなく、かといって斬新な調理法、味付けでもない。

 普通だ。魔法の国ならではの料理を期待した二人にとっては残念なことだ。仕方ないので気持ちを切り替える。


 確かに新しさはないが、それはつまり二人にとっても身近な食材で味付けされた、食べなれた味と言うことだ。

 大陸ごと違うだけあって、手前の国では変わった臭いのする香辛料がやたら使われている街もあった。それに比べれば食べるのに何の不安もないし、これからしばらく滞在するのだから、平凡な方が飽きて嫌になると言うこともないだろう。

 以上、フォロー終わり。


「まあ、またその内に、美味しい店でも探しにデートをするとしよう」


 最後の一切れを飲み込んだフェイは、気が早くもそうリナに希望を伝える。


「あら、素敵な提案ね」

「うむ。惚れ直すがよい」

「ふふ、そうするわ」


 どうせ毎日二人きりだが、改まってデートと言われるとやはり嬉しい。乙女心を忘れないリナは微笑みながら、フェイの口の端についたソースをぬぐってあげた。









 翌日、二人はさっそく教会へ向かった。途中寄り道でいくつかの店を冷やかしたのはご愛敬だ。

 知の神ウィンクリーンを奉る教会の内部の壁面などは、少しくすんだピンクのような淡い色合いだ。ピンクと言っても可愛い雰囲気と言うことはなく、静かで神秘的な感じだ。


 一通り見て回り、二人は礼拝室で挨拶をした。それからついでに依頼を見てみた。魔法使いばかりの国でも、教会があって登録者がいて、と言う仕組みは変わらない。

 しかし依頼の内容は遠く離れただけあって、見たことのない魔物の名前ばかりだ。見ただけではピンと来ない。変わったところでは鉱物系の依頼が多い。


 とりあえずそれはそれとして、依頼の内容より気になったのは、冒険者だろう。軽装なものが殆どで、他所では半数近くいる金属鎧を来たものはおらず、大剣をもっている人すらいない。そもそも体格のよい筋骨隆々、筋肉だるま、みたいな男性が全くいない。

 時間的な問題で人自体少ないので、たまたまいないだけだと言えば一応納得はできるが、それだけだろうか。


「もしかして、魔法使いばっかりなのかしら?」

「む? それはわかってたことじゃろう?」

「そうじゃなくて、魔法を使えるのはわかるけど、冒険者としてもみんな魔法使いなのかしらって」

「む。なるほど。そうかも知れんな」


 考えてみれば当たり前で、わざわざ攻撃手段を持ってるのに他のやり方をする必要はない。

 剣士として修行した人間が、冒険者を始めるにあたって突然使ったことのない弓とか使いだすとしたら、そうとうな事情があると思われる。普通はすでに能力があればそれを使う。

 リナは弓だったが、一人では心許ないため剣もつかうが、それだって多少は経験があったからだ。現場は命がけなのだ。触ったこともない槍を自己流で使いだしたら頭おかしい。


 しかしそれはそれとして、魔法使いだけたとバランスが悪そうだなとリナは思った。思ってから、すでに当たり前になっているフェイの強化魔法を思い出した。


「いや、でもそうね。強化魔法があれば、大きな金属鎧は別に必要ないものね」


 フェイだってその気になれば、強化魔法による腕力ごり押しでグリズリーを倒すくらいはわけない。軽装に見えるが、全員が魔法使いで遠距離攻撃もできて、強化魔法を使える前提ならおかしくもない。

 すなわちフェイレベルの魔法使いは場合により前衛も後衛もできるのだ。結界だって使えるならなおさら、鎧はいらないし、大剣がなくても困らないだろう。


「ふむ。まあ、今考えてもわからん。また実際に依頼をうけていけばわかるじゃろ」

「そうね」


 とりあえずはそう言うことでいいだろう。

 フェイとリナは部屋を出て、さてそろそろお昼だなー、何食べようかなと考える。


「名物のようなものはないのかのぅ」

「ちょっと受付で聞いてみましょうか」

「そうじゃな」


 地元の人間に聞くのが一番だ。幸い人もあまりいない。受付近くを歩いている教会関係者に声をかけてみる。


「すまんが、今よいか?」

「へ? は、はい。当教会に何か不備が?」


 年若いまだ制服に着られているような少女は慌てたようにきょろきょろとフェイとリナの交互に視線を動かす。


「いや、実に見事な教会じゃな。他国から旅をしてきたが、その中でも屈指じゃな」

「そうですか! 良かったぁ。見習いの私を引き留められたので、よほど何かあったのかと」

「おや、そうじゃったのか。いや、単にこの街について、ちと聞きたいことがあっての。よければ教えてほしいんじゃが」

「いいですよ」


 少女はほっとして微笑みながら愛想よく頷いた。

 そしてそのまま近くの礼拝室まで移動して教えてくれた。教会近くのお店でおすすめや、山羊や鶏肉がよく食べられていること、魔法についてのお店や建物なんかも教えてくれた。

 親切だなーと思っていると、最後にここの神についてとてもとても親切に教えてくれた。フェイがふんふんと興味深げに聞いていたので、隣で静かに船をこぎ始めたリナは無視された。


「ふむ。なるほどの。名前や恩恵については知っておったが、これまでの歴史や巫女との関わりについては興味深いのぅ」


 元々ここには国がなかったのだが、神に仕える巫女一族を中心に発展したそうだ。

 ざっくり説明すると一行だが、流民の民がやってきてーだのとそれなりに長く細かく、神と言うより国の歴史だった。

 それはそれで興味深い。フェイとしては、神との関わりがほぼその巫女を経由してのみしかお言葉を聞くこともないと言うのが意外で、国が変われば神との付き合いも変わるのだなと驚いた。


「そうですか! よければいかがですか? 改宗なさっては。今なら時期外れですから、数日で巫女様に閲覧できますよ」

「いや、折角の申し出じゃが、わしらはわしらで、寄り添う神がおられる。の? リナ?」

「! そ、そうね。その通りだわ」


 話をふられた瞬間に起きたリナは、フェイと少女の視線が自分に向いているのに気づいて、とりあえず相づちをうった。 

 少女は明らかに興味の無さそうだったリナはするーして、フェイに向かってため息をついた。


「そうですか。残念です」


 その少女の態度に、まずいなと思ったリナは会話に混じろうとして、えーっとと言いながら口を開いた。


「えっと。そう言えばここって、随分と熱心にお祈りをする方が多いんですね」

「当然です。ここは他の街の教会とは違い、神のおわします大聖堂なのですから。神のお膝元で、お祈りを欠かすなどあり得ません。みな、毎日ここへ来て祈りを捧げます。参らぬ不信心者などこの街にはおりません。毎日来られないのは、よほど身体に事情がある方くらいです」


 少女が当たり前だと言う答えに、リナはとっさに返事に困る。やっべ、物凄い宗教国家だ!と内心ひいていた。

 しかし固まるリナと違い、フェイは首をかしげる。


「神がおられるのは当然じゃ。大聖堂でなくても、どこでも神は見ておられる。敬うことも当然じゃ。しかし、じゃからと言って大聖堂と距離が近いから真面目に、毎日教会で祈るべき、と言うのは如何かのぅ」


 フェイの疑問に少女はむっと眉をひそめた。




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