第158話 ネガティブなリナ
結局、馬車移動はそれで終わりになった。あの兄妹夫婦と一緒は何となく気まずいので、お昼に到着した村で降りて、さっさと空の旅へと移行したのだ。
「ところで、さっきの、後で説明してくれるって言うのは?」
手を繋いで空を飛びながら、野外ではあるが誰もいない上空なので聞いてみた。リナの問いかけにフェイはうむと頷きながら繋いでいない左手で頬をかいた。
「まあ、なんと言うか。赤面した理由じゃが、恥ずかしい話じゃが、リナのことを、思い出してしまっての」
「?」
よくわからないと首をかしげるリナに、フェイはつまりと少しだけ強い口調で視線をそらしながら補足する。
「む、むらむらしたからじゃっ」
「……そ、そう、だったの。その、なんと言うか、ごめんなさい」
「別に、リナが謝ることではない。ただ、少し恥ずかしかったんじゃ。うむ。リナの気持ちがわかった。あまり、恋人じゃと思われるようなことは、せんようにするか」
「え、ああ……そうね。わかってくれたなら嬉しいわ」
嘘ではないのだけど、フェイは極端なのでここからもう外ではいきなりつれなくなったりしないだろうな、と少しだけリナは心配になる。
フェイの最近の態度は少し甘えたところもあるが、しつこくはないし、もーなんて言いつつも満更ではなかったリナなので、どうなるかなと少しどきどきしながら、フェイの手をぎゅっと握った。
それからしばらく空の旅は続くが、当然合間合間に村や町で食事や宿をとっている。
その際のフェイの態度は以下である。
「リナー、これ、美味しいぞ。リナも食べてみよ。ほれ」
「ん? 寝癖? そうか。では直してくれ」
「何、ベットが一つの部屋しか空いてのか? ならば仕方ない。同じベットでよいか」
と、言動は殆ど変わっていなかった。人前でもリナに甘えるのも変わらない。
だが人前だと意味もなく手を繋いだり、意味もなくくっつこうとすることはなくなったし、あーんもしなくなったので、これで本人は恋人に見られないようにしているつもりなのだ。
別にリナとしても宿やお店の人間には何と思われてもいいし、接触が少なくなった分は夜にはぎゅーっとくっついてくるのが可愛いので無問題だった。全く心配する必要はなかったくらいだ。
ともあれ、そうしてフェイが一歩バカップルからの離脱をしていると、すぐに目的地は見えてきた。
「おお、あの大きな街が、王都じゃな」
「そうね。じゃあ、そろそろ降りましょうか」
「うむ。そうじゃな。しかし、ここまで来ても、飛んでいる者が全然おらんのは、不思議じゃのぅ」
飛行旅行を再開してから一週間足らずで到着だ。少し早めに降りながらも、フェイは首をかしげる。
魔法使いの国であることは間違いないし、王都の近くの町では人も少なくなくて、馬車に乗って移動してる人は結構いた。
なのに飛行で移動しようと言う人は殆どいない。と言うか全く見かけない。その内見るだろうと思っているまま、もう王都だ。不思議でならない。
「そうねぇ。案外、便利すぎて人気がないのかも知れないわね。私たちだって、馬車じゃなくわざわざ歩いたりしてたわけだし」
「ふむ……」
リナも相槌をうちながら、予想を口にする。便利だから逆に選ばないと言うのはおかしな気もするが、しかしその気になれば簡単にできるからこそ、あえて面倒なことをすると言うのは、わからないでもない。
例えば釣りなんかはそうだ。船で出て網を使えばたくさんとれるのに、竿でぼーっと同じ時間をかけて数えるほどしか釣れない方をわざわざ選んでいる。魚を釣るのより、釣り自体を楽しむためだ。
飛行は簡単だからこそ、魔法使いの国は皆がのんびり馬車で旅をするのが一般的なのだとすれば、納得はできる。
「なるほどのぅ。リナは賢いのぅ」
確かにフェイだって、飛べるのに馬車に乗ったりした。自分に当てはめればよくわかる。しかし発想としてはすぐに出なかった。感心するフェイに、しかしリナは嫌な顔をした。
「フェイに言われると、嫌みっぽいわ」
リナは自分が馬鹿だとは思っていないが、基本的に興味がないことはすぐに忘れる。生活に関係のない歴史や他国の言語、魔法関係など、学問として学ぶようなものはフェイに比べて知識として殆どない。
特に他国へ旅をすることで、フェイは地方性のある鉱石や薬草を知ってることがままあって、やっぱりすごい魔法使いだけあって学があるんだなぁ、常識に疎かったのも仕方ないくらいだなぁと思っている。
なので、そんなフェイに頭を誉められると複雑な気分だ。
しかしフェイとしては本から得られる知識をただそのまま覚えてる自分と違って、生活に直結したことはなんでもできて、適応性も高くてすぐにああだこうだと考えられるリナの方がすごいなぁと思っている。
だから嫌みっぽいなどととんでもない言いがかりをつけられて、首をかしげてしまう。
「嫌みとな? 私は素直に褒めておるのに、何故そんなに曲がった受け取りかたをするんじゃ?」
「う……確かに、私の穿ち過ぎなのはわかってるけど、でも今のも結構、私の性根が曲がってるみたいに聞こえるんだけど」
「なにぃ? そんなつもりはないぞ。なにをネガティブに受け取っておるんじゃ」
呆れるフェイに、さすがに悪くとりすぎたとリナも頭を切り替える。賢いと言われて悪い方に受け取ってしまってから悪い方に舵がきられた。
「うー、わかってるわよ。て言うか、フェイって賢いから、私が勝手に僻んでるのよ。悪かったわよ」
別に今まで、リナは自分のことを学がないと思ったことなんてなかった。田舎で学舎なんてなくて、子供はみんな立てるようになれば家業の手伝いをしながら、親から言葉や文字、仕事ををちまちま教わる程度だ。
大きな町ではある程度の年齢まで、子供たちをまとめて教育する学舎が存在し、知識には偏りがなく教育がされる。お金持ちではもっと高度な教育を受けると聞くが、リナには関係のない話だし興味もなかった。
しかしフェイと共にいて、学舎には通ってなくても、魔法使いとして色々な教育を受けたんだろうなと感じて、狩りばかりしていたのが、何となく恥ずかしい気がしたのだ。
生活面ではいつもリナがリードして世話をしている。だからこそ、リナが知らないことを当たり前にフェイが知ってると、感心すると共に少し恥ずかしく感じるのだ。
今まではそれほど感じてなかったが、魔法使いの国に来て、魔道具に囲まれて町の人も皆が知っていて、自分だけ知らないと、余計に恥ずかしいと思うようになってきたのだ。
そんな、ちょっぴりこじらせてきているリナに、フェイはまた首を捻る。
「何を言っておる。リナも賢いじゃろ」
「どこがよ」
「どこがもなにも、お金でもなんでも、リナの世話になっておるではないか」
「それはそうだけど、そうじゃなくて……こう、フェイって昔から魔法とか勉強してきたんだろうなーって感じだし」
「うむ。してきた。じゃけど、私が本と向かってきた分はリナは狩りをしたりして、実体験で学んできたんじゃろ。あの、風の動きを読んだりとか、私は説明されても全くわからん。風を予測するとか、頭おかしいくらいに賢いと思っておるぞ」
「誉められてる気がしないんだけど」
言わんとすることはなるほどわかったが、頭おかしいくらいとか。半目になるリナに、フェイは肩をすくめる。
「じゃって、私には絶対できんし、意味わからんもん。じゃけど、リナも魔法のことは意味わからんじゃろ?」
「うーん。確かに。そんなもんか」
「そんなもんじゃ。さ、リナの機嫌も治ったようじゃし、さっさと街へ入ろうぞ」
「はーい」
素直に返事をしながら、でもやっぱり、こうも簡単に納得させられてるんだから、フェイの頭がいいのか、単に自分が単純すぎるのか。どちらかな気がするなぁ、できれば前者がいいんだけど。と内心でだけこぼした。
「む? まだ気になっておるのか?」
「ん! き、気づいた?」
納得したことにしたのに、目敏く突っ込みをいれてくるフェイに、リナは驚いて目を見開く。普段割りとスルーされているのに。
「うむ。リナは結構飲み込むタイプじゃからの。ちゃんと最後まで解決せねば」
「解決って、大袈裟な」
「うーむ。まあ、とりあえずリナが納得すればいいんじゃけど。……うむ。では仮に私が賢くて、リナがアホじゃとしよう」
「あ、はい」
「それでも別によいじゃろ。賢い、アホと言うレッテルが変わろうが、中身が変わるわけではない。賢いリナでもアホなリナでも、私の好きなリナのまま、何が変わるわけではない。好きじゃ。以上、納得したか?」
「ほぼ納得しかけたけど、最後ので台無しだわ。ねぇ、絶対フェイは私のことアホだと思ってるでしょ。好きだとさえ言ってればいいと思ってるでしょ」
何が変わるわけではない、と言ったところでなら、リナは確かにレッテルを張り替えても変わらないし、ありのままの私で良いって言ってくれてるんだ。そうよね。お互いに足りない部分を補ってちょうどいいわよね。と納得しかけていたのに。
好きじゃ、以上。とか付け加えられると、途端にあーこれは適当に言い負かそうとしてるだけですわ。心にもないこと言ってるわ。と薄っぺらく感じられた。
そうしてちょっと睨むリナに、フェイは平気で頷く。
「うむ。じゃって私が、リナに好きじゃと言われるなら他はどうでもよいからの。リナはそれではいかんか?」
「う……その言い方は、とてもずるいと思います」
「じゃが、事実じゃ」
「うー……もうっ! わかりました。もうそれでいいわ」
言いくるめられてるなーとは相変わらず思うが、しかし確かに、フェイをひがむ気持ちはなくなった。むしろ、改まって好き好き言われると、私も好きだなーと言う気持ちになって他はどうでもよくなった。
またしてもフェイの言う通りではあるが、まあいいかと流せる程度には脳内お花畑になったリナなのだった。
そうしてしょーもない話をしていると、門の目前へとたどり着いた。
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