第160話 土兎

「何ですか。神への祈りを必要ないと?」


 あからさまに腹立たしいと言う顔をする少女に、フェイは平然としながら首を横にふる。


「そうは言っておらん。しかし今の言いようでは、この街の人間で毎日教会に足を運ばぬのは不信心じゃと聞こえる」

「はい。そう申しておりますが?」

「それはおかしいじゃろう。もちろん悪いこととは言わん。しかし教会まで来るかどうかで信仰を人が判断するなど傲慢じゃ。神は全てを見ることができる。家にいても信仰を示すことはできる。教会に来なければならぬ、などと狭量なことを神が仰られるはずがない。それとも、そのようにせよと、お告げがあったのか?」


 フェイの問いかけに少女は困惑したように視線を漂わせ、両手をぎゅっと握りしめる。そして口を開き、きっとフェイに対して厳しい目を向ける。


「何を……お、お告げがあったわけではありません。だけど、神が側におられるのです。信仰の意を示すのは当然でしょう」

「うむ。しかり。しかし、示すのに教会へ日参するしかなく、それ以外はいけぬと言うのはおかしいであろう。神は教会へ来ずとも、常に側におられるのじゃから」

「……他宗のあなた方に、理解いただこうとは思いません」


 フェイの言わんとすることは理解したが、しかしここでは昔から行ってきたことで、教会側から信徒たちへ強制したわけでもない。自然と続いてきた慣習だ。

 見習いで問答をした経験もない少女は、フェイへ返すべき言葉が見つからずに話を切り上げた。その態度にフェイも言いすぎたかな、と頭をかいた。


「そうか。別に否定したいわけではないのじゃが、通うのが当たり前としすぎると、通えぬものとの差ができる。それがちと気になっただけじゃ。不快にさせたならすまぬな」

「……いえ、信徒たちにお気遣いいただき、ありがとうございます。信徒ではなくとも、当教会は全ての方を受け入れます。どうぞ、また足をお運びください」


 フェイのフォローにも少女は固い態度のまま、それでも教会職員として恥ずかしくない受け答えをした。


 少女と別れて今度こそ二人は教会を出た。さきほどの少女に教えてもらったお店へ向かいながら、リナはお腹を撫でながらフェイに話しかける。


「フェイ、あんまり怖いことしないでよ。宗教関係でもめるのってこじれやすいし、何より冒険者は教会関係者に喧嘩売るのはご法度よ」

「人聞きの悪いことを。喧嘩など売っておらん」

「わかってるけど、もめるようなこと言わないで」

「むぅ。しかしリナも思わんか? 体が弱くて通えないものは仕方ないと人に思われたとして、本人の意識は皆が通って当たり前なら、通えぬことが悪いことのように思えたり、無理して教会に来るような、そんな風潮を産み出すかも知れん。それこそ、神の望まれることではない」


 リナは話し半分に聞いていたのでよくわかっていなかったが、確かにそう言われたらそんな気もする。しかし問題はそこではない。

 リナは相づちをうって拗ねるようなフェイをなだめる。


「あー、そうね。うん。でも、余所者のよく知らない私たちから言われたら、正しい正しくない関係なくいらってするだろうし。そう言うのは仲良くなってから、もっと柔らかく言ってちょうだい」

「むう。そんなもんかのぅ」

「そんなものよ。フェイだって、私に怒られるような内容を、いきなり知らない通行人から言われたら反発するでしょ?」


 頭を撫でられながら言われて、フェイはそのシチュエーションがすぐに出てこなかったが、同じ台詞でも言う人で印象が違うと言うのはわかるので、不承不承頷く。


「むー、ちと想像ができんが、まあ、そうかの。うむ。わかった。自重しよう」

「そうしてちょうだい。と言うか、ほんと、お腹減ったわ。話が長いんだもの」

「お主寝ておったではないか」

「……気づいてた?」

「気づかぬわけなかろう。頭が揺れておったぞ」


 特にフェイは責めるような口調ではないが、しかしさすがにばつが悪い。リナは誤魔化すようにおほほと笑いながら、撫でていた手を話して自分の口元を隠した。


「まあ、そんなこともあるわよね」

「興味がないのは仕方ないとしても、話の途中で寝るのは失礼じゃぞ。説明をお願いした立場なのじゃから」

「わ、わかってるわよぅ。でも、歴史とかそう言うのは、聞いてると眠くなるのよ」


 物凄いアホの子発言をするリナだが、フェイは首をかしげる。旅をすると自然と知らないことばかりで、色々な人から話を聞くことは多かった。

 今までにも歴史を聞いたことはあったが、普通に起きていたこともある。今回が特に寝不足だったはずもないのに、違いはなんだろう。


「起きておるときもあったではないか」

「そりゃ、話し方が面白かったら別よ。でもあの子の話し方ってお堅い話をそのまま読み上げてる感じでつまらないんだもの」

「普通に興味深い内容じゃったけどのう」


 フェイとしては面白かったが、しかし確かに、情感溢れる熱のこもった感じではなく、淡々とした説明だったので言わんとすることはわかる。

 フェイは肩をすくめつつも、この話は終わりだと前を指し示した。


「まあよい。それより、この辺りじゃが、どの店がよいかの? わしはあの赤い看板の店が気になるんじゃけど」

「ん? ああ、いいんじゃない? ならそこにしましょう」


 リナもこの話を続けるつもりはない。足早に料理店へと向かった。








 一日ぶらぶらした翌日、フェイとリナはお仕事のため教会へ向かった。

 あの見習いちゃんに会ったら気まずいなと思ったリナだったが、特に会うこともなく、難易度の低い依頼を一つとった。


 全くの未知なので、とりあえず一つだけすることにした。空を飛んできたので、この辺りの魔物は見たこともない。

 選んだのは土兎の捕獲だ。生きていても死んでいてもいい。耳が幸運のお守りになっていて、体は普通にお肉だ。

 生きていればより鮮度がよいので、捕獲が望ましいが、死んでいても少し割安で買い取ってくれるそうだ。


 土兎は茶色の短い体毛で、耳はぺたりと頭にくっつくように寝ていて尻尾も小さく、伏せて目をつぶってじっとしていると地面と間違えてしまうと言うことで、その名前がついた。


 北側へ町を出て、すぐに山がある。四方が険しい山なので、基本的にどこに行っても山だ。


「山にはいるのは、何だか久しぶりね」

「うむ。日差しが入ってこぬから、少し気温が低いの」


 暦の上では冬だが、この国は全体的に年間を通して比較的に涼しい地域で、逆に冬の今でもそう寒くはない。しかし街から出て人混みを離れ、山の中へ生身で入るとさすがに肌寒く感じられた。


「そうね。気持ちが引き締まるわね」

「そうか。それはよかった。兎はおるかの?」

「うーん、見当たらないわねぇ。別れる?」

「いや、どんな危険な魔物がおるかわからぬ。側におれ」

「わかりました」

「ん? うむ」


 とりあえずしばらく探してみるが、それらしい兎は見当たらない。途中、鹿や鳥などは見かけたが、こちらを見るとすぐ逃げていったので、目当ての兎でもないので見逃した。

 しかしこうなったら、もう兎じゃなくてもいいから狩ってみようかなーと言う気持ちになってくる。


 フェイがちらりとリナを振り返って、他の魔物でも狩らない?と提案しようとした瞬間、リナの弓矢が射出された。

 風切り音の一瞬後、びぃんっと木に突き刺さった勢いで弓矢がしなった。


「お、おお。おったか?」


 驚きつつフェイは弓矢の先に視線をやる。木の少し上の辺りで、恐らく枝に止まっていたのであろう青い鳥が幹に固定されていた。鳥はクェェと小さく呻いている。


「鳥よ。兎、いないわねぇ」

「そうじゃな。仕方ないから、他のも狩って行くか?」

「そうね。いいんじゃないかしら。特に狂暴すぎる魔物もいないみたいだしね」


 改めて魔物を狩ることになり、リナが木にのぼって矢を回収して、鳥の首をひねってとどめをさす間にも、きょろきょろと辺りを見回す。


「うーむ、あまり見当たらんのぅ。少ない辺りなのかの」

「そうね。数が少ないし、もっと奥まで行ってみる?」


 目当ての魔物がすぐ見つからないのは珍しくないが、他の地域と比較しても全体的に魔物の数が少なく感じられた。

 依頼書に書いてあったと言うことは、冬眠する種族でもないと言うことだから、普通に見かけてもおかしくないはずだ。


「うーむ。街からすぐの山じゃから少ないのかのぅ」

「そうかも知れないわねぇ。いっそ飛んで他の山に行く?」

「うむ。そうじゃな。思いきって、飛行して移動するか」


 手を繋いで結界をつくり、木の上よりもう一本くらい上まであがってささっともう一つ奥の山へ向かった。


「あ」


 山頂近くの少し開けてる辺りにゆっくり近づくと、リナがぎゅっとフェイの手を握る力を強めた。ぴたりとその場で停止して、振り向くフェイにリナは顔を寄せて小声を出す。


「見て。左手の奥。兎が固まってるわ」

「む。どれどれ」


 言われて目を凝らすと、確かに地面の色と少しややこしいが、木の根本にたくさんの兎が身を寄せあって、丸まるように座り込んでいる。


「おおっ、か、可愛いのぅ」


 小さい体を押し合うようにして一ヶ所に固まっている様子は、まるで縫いぐるみを積み重ねているようで、手にとって一ついただこうと言いたくなる。


「そうね。でも殺すけど」

「リナ、そのようなことはわざわざ言わずともよかろう」

「そうだけど、フェイが可愛いから見逃そうとか言い出すかと思って」

「そのようなことは言わんよ。可愛い可愛くないで決めたりせんよ。仕事なのじゃから」

「そう? ならいいけど」

「私じゃって、もう一人前の冒険者じゃぞ。信用せんか」

「信用してないわけじゃないわよ? ただ、フェイだしね?」


 価値観の違いは度々意識するほどなので、未だに何を言い出すか予想がつかない。どちらを言っても違和感がない。

 しかしフェイとしてはリナと出会って冒険者になり、もう二年ほどだ。いつまでも新人扱いはされたくない。実質冒険者家業をしていたのは一年ほどだとしても、自意識はベテランの自信過剰なフェイなので、唇を尖らせて抗議する。


「それが信用してないじゃろ。もうよい。見ておれ。私が一網打尽にしてくれるわっ」


 フェイは上空一メートルほどだったのでそのまま結界と飛行魔法を解除して手をほどき、兎たちへ向かって走り出した。








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