第157話 馬車2

「私たちは旅行から家に帰るところなんだけど、あなたたちは?」


 馬車で向かいに座った男女ペアの女は、隣のおとこをちらりとだけ見てから、フェイとリナにそう話しかける。


「わしらは他国から来たんじゃ。観光も兼ねて、中央に行くつもりじゃ」

「あら、そうなの。じゃあ目的地は一緒ね」

「そうなのか? 奇遇じゃな」

「ええ。中央に住んでるのだけど、今回は新婚旅行に行ってたの」

「ああ、ご夫婦だったんですね」


 女の答えに、何となく雰囲気から仲が良さそうだなと思っていたリナは納得したように頷いた。そんな態度に逆に女は首をかしげる。どう見ても夫婦のつもりだったのだが。


「そうよ。あら? そう見えてなかった?」

「どことなく顔つきが似ておられたので、てっきりご兄弟かと」

「ええ、兄妹だもの」

「えっ!?」


 驚くリナに女は困惑してしまう。頬に手を当てて、隣の夫とフェイにも視線をやりながら、おっとりと口を開く。


「えっと? 普通に兄弟は結婚できるけど、他所では違うのかしら? と言うか、結婚しない普通の兄弟なら、この年で一緒に旅行なんてしないわよ」

「は、はぁ。すみません。驚いてしまって。私が知る限り、兄弟で結婚と言うのは聞いたことがなかったもので」

「そうなの? へぇ、それは知らなかったわぁ」


 女は感心したように相槌をうった。そしてにこにこと人の良さそうな笑顔になって口を開く。


「で、二人は、付き合ってるのよね? もしかして二人も新婚旅行中なの?」

「いや、違うぞ。付き合ってはいるが、まだ神に報告をしておらんからな」

「そうなの? まあ、まだ若いからわからないかも知れないけど、例え将来を決めかねていても、ちゃんと主へ報告はしなきゃ駄目よ。信仰心を疑われるわよ」


 フェイの返事に女はさらりと返すどころか、さらに宗教色の強いことを言ってきたので、リナは表情には出さないが内心ぎょっとしていた。この人宗教家!?

 フェイ以外の宗教家はちょっと遠慮したいリナには気づかず、フェイはううむと真顔で頷く。


「わかっておるが、あいにくと近くに教会がないものでな。恥ずかしながら直接謁見したことはないんじゃ」

「謁見してないって、教会自体に未訪問ってこと? それはいけないわね。どこの神様? 私が知ってれば教えるけど」

「それは助かる。大気の神、シューペル様なのじゃが」

「大気の神……ごめんなさい。わからないわね。この国では基本的にみな魔法使いで、知の神ウィンクリーン様への信仰が厚いわ。あなたも魔法使いなら、どう?」

「せっかくじゃが、我がアトキンソン家は代々シューペル様をお慕いしておる」

「そう。なら仕方ないわね。でも首都には大聖堂があるから、信仰神でなくてもご挨拶くらいはしなさいよ」

「わかっておるよ」


 どうやら一段落ついたらしい。リナは少し不安になった。たまたま出会った人が当たり前のように宗教の話をするなんて。しかも服装からして職業的修道者と言うわけでもなさそうなのにだ。これは、もしかして、国全体が熱心な教徒だらけである可能性もあるかもしれない。

 別にリナは宗教嫌いではなく普通に信徒であるし、他の神など認めない! と言うわけでもない。けれどあまり熱心に関わってこなかったのは事実で、正直あまり神神と連呼されると及び腰になってしまう。


「さて、じゃあ現在、あなたたちは婚約者と言うことね」

「まあ、そうじゃな」


 そうじゃったのか……。口を挟まないまま、リナはフェイの言葉に内心にやけつつ、外面は穏やかな微笑みを続けていた。宗教の話題になった時からずっとキープしている笑顔である。

 ボロを出したくないので、できるだけ会話はフェイにしてもらうつもりである。


「可愛いわねぇ。いつから付き合ってるの? 幼馴染みとか? どっちから告白したの? 親には挨拶した? どこまで進んでるの? 結婚じゃないなら他国からわざわざくるなんて今回は何の旅行なの?」


 フェイの返事にさらに頬をゆるめた女は、さきほどまでのおっとりした態度からいっぺんして、興奮したように矢継ぎ早に質問を繰り出した。

 実のところ先ほどまでの態度はフェイクだ。下世話で人の恋路を根掘り葉掘り聞きたいと言うのが、この女の狙いであった。


 その様子を見ていた隣の男は、長い付き合いで慣れてはいたが、それでも初対面の子供相手にまで悪癖を出すのかと眉をしかめた。


 女は男の態度など気にも止めず、若干前のめりになってフェイからの回答を待つ。しかしフェイとしても、いきなり話すペースが変わって困惑してしまう。


「む、む? 一度に言われてもわからん」


 それまでの話し方から一転して、急に話すスピードをあげた女の質問には、突然すぎてフェイだけでなく隣で聞き流していたリナにもよく聞き取れなくて、そろってきょとんとしてしまった。


「あら、失礼。おほほ、少し興奮してしまって。じゃあ一つずつなら聞いてもいいかしら?」

「まあ、答えられる範囲なら構わんが、なんでそんなことが聞きたいんじゃ?」

「知りたいからよ」


 女の返答に、リナはこの人もかと内心辟易としていた。世の女性たちは恋ばなが好きすぎる。それだけ事件もなく平和な世の中である証拠かも知れないが、聞かれる方としてはうんざりする。

 とか思うリナも、人の恋ばななら嫌いではないし人並みに気になるので、全く人のことは言えないのだが。


「私も質問に答えたところで、質問してもいいかしら?」

「うむ、まあ。よいぞ」

「うん。じゃあまず、どこまで進んでるの?」

「む? どこまでと言うか、中央まで進んでおるところじゃ。さっき行ったじゃろ?」

「またまたー、カマトトぶっちゃって。夜の方よ。夜の方。ベッドの上でのことよ」

「ベっ!?」


 女の質問の意図を理解した瞬間、フェイは耳まで赤くした。

 理由は二つある。

 瞬間的に、ベッドの上でのリナの表情を、体温を、全てを思い浮かべて熱が上がった。

 そして同時に、ごく普通のこんな状態で思い浮かべてしまったことが恥ずかしくて、熱が上がったのだ。


「そ、そ、そにょ! そのようなことをっ、こ、答える必要はないの!」

「!?」


 猛烈に反応するフェイに、リナは女の発言にぎょっとしつつも勢いよくフェイを振り向いた。

 てっきり、モチノロンよとばかりに能天気に返事をするのだとばかり思っていた。しかし実際にはこれ以上ないほど真っ赤になっている。


 それを見て、リナまで赤くなってしまう。女の発言はいきなり切りかかってきたので驚いたが、正直最終的には聞かれるだろうと思っていた。

 フェイが平然と返事をしたなら、もう、またそんなこと言って、みたいに普通に突っ込みをいれられただろう。

 リナはフェイと日々を重ねたことで、多少のことなら流せるようになってきた。実際にいちゃついてるのを見られるのは恥ずかしいが、付き合っているのは事実であるし。


 だけど、フェイがこんなに赤くなっていれば、それだけリナを意識していると言うことで、そんな顔をされたら、リナだってつられて意識してしまうに決まってるではないか。


 揃って真っ赤になっている二人を見て、女はにやりと笑みを深めた。


「えー? 意地悪しないで教えて欲しいわ」

「おい、やめろ」


 さらに突っ込んでからかおうとしてくる女に、ずっと無言だった隣の男がついに声をかけた。ドスの効いた声だったが、女は気にせずむーと眉をよせた。


「む。なによ。兄さんは黙って、そのまま石像の真似をしていてよ」

「子供を虐めるな」


 端的な男の制止に、しかし逆に女は眉をゆるめてにやーっと笑った。


「えー? 止めさせたければ、兄さんが止めさせてみれば?」


 そんな女の態度に男は嘆息すると、左手で女を引き寄せて躊躇いなくキスをした。


「!?」


 突然キスをした兄妹夫婦は驚く二人を無視して、女は男の首に腕を回して抱きつき、さらに深いキスへと移行した。


「……うふふ」


 そうしてキスを堪能した女は、とろけそうな微笑みを浮かべて、黙って男の腕に抱きついた。

 大人しくなった女に、男はよしと一つ頷くとフェイとリナに顔を向ける。


「すまんな」


 そして一言謝罪すると、話は終わりだとばかりに黙って目を閉じた。フェイとリナは顔を見合わせて、また少し顔を赤くした。


「り、リナ……その、なんと言うか、すまぬ」


 小さな声で謝罪するフェイに、リナは頬をかきながら誤魔化すように笑う。


「いや、別に謝ることはないわよ。うん。フェイは悪くないし。と言うか……なんで赤くなったの?」

「う、うむ」


 フェイは今までなら、恋人だと言うことも、軽く触れあうのを見られることも全く恥ずかしいとは思っていなかった。リナの特別可愛い顔を見せたくないから、外ではいちゃいちゃしないと言うのは同意していたが、恥ずかしいとは思っていなかった。


 しかしリナと色々重ねた日々は、今フェイの中に積み重ねられて、きっかけがあればいつでも明確に頭の中に思い浮かべられるくらい、リナの姿はフェイの瞼に焼き付いていた。

 その結果として、以前とは違って赤くならざるを得なくなってしまったのだ。 


 しかしそれを説明することもまた、とても恥ずかしいと思った。日の高いこんな状況で、一人熱をあげたことがとても恥ずかしい。あまり知られたくないし、言葉に出すのも恥ずかしい。そしてそうして恥ずかしがる姿をリナ以外にも見られることも恥ずかしい。


「……今は言えぬ」

「えっ、あ、うん。そう……じゃあ、また後で」

「うむ」


 重々しく頷くフェイに、リナはまた少し頬を赤くしながら相槌をうった。








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