第156話 馬車
こつん、と魔石を魔法具にあてた。
「発動した?」
違いがさっきよりもぴんとこないため、リナが確認のためフェイに尋ねると、フェイもまたうーんと首をかしげていた。
「むー? 発動せんの。ちょっと貸してみよ」
フェイが立ち上がり、リナに近寄ってネックレスを受けとる。特に意味はなく一度空に透かせてから、
左手でリナの手をとり、人差し指の魔法具にあてた。
「……ああ、そうか。これ、魔法陣が露出しておらんから駄目なんじゃな」
フェイの魔法具は爪と爪の間に魔法陣があり、外からぱっと見ても見えないようになっている。さきほどまでは魔法陣が露出していた。
単に場所がわかりやすいようにかと思っていたが、どうやら魔法陣と魔石が直接触れあうことで魔力が流れる仕組みになっているようだぞ、とフェイは推測を説明する。
考えたら魔力が入っているとは言え、あてるだけで魔石から魔力が出ていくなら持ち歩いているだけで魔力がもれてしまう。そうならないと言うことは、魔石か魔法陣かに何らかの仕組みがあるのだろう。
魔石そのものを使ったことがないフェイなので、何でも新鮮に見えて、とてもわくわくする。これがここでは使い古された技術なら、進化してもっと色々な驚きと発見があるのだろう。
「中央へ行くのが楽しみじゃの!」
「そうね」
そんなフェイを見て、リナもわくわくすると同時に、やっぱり魔法のことで目を輝かせるフェイはカッコ可愛いなぁと頬を緩ませた。
とりあえず魔石問題はこれで解決だ。
後は中央への道筋だ。ここから先はまだがっちり決めていなかったし、改めて決めようと魔石は普通にネックレスとして装着し、地図を広げた。
「えっと、確かこの間、ざっと決めた時では、このルートって考えていたけど、どうする? 寄り道しないにしても、魔法の国ならではの移動方とか聞いてみよっか?」
「お、それはよいな」
自力で飛べるが、空を飛ぶ馬車があるなら乗ってみたい。未知なるものには何だって興味津々である。
「と言うわけなんじゃけど。移動も他所とは違うのかのぅ?」
てなわけでさっそく部屋を出て、宿の女将に聞いてみた。女将はやはり説明するのが好きらしく、特に情報料を要求されることもなく教えてくれた。
それによると、さすがに移動そのものを魔法具頼りにしたものはないが、馬車は馬車でも魔法具によって乗り心地がいいとのこと。
それならば体験しないわけにはいかない。馬車についても聞いてみた。中央へはここから馬車で乗り継いで20日ほどで、まずは隣町への馬車が毎日出ているのでそれに乗るよう勧められた。
お礼を言って、馬車の乗り合い所に行って、具体的な経路や料金などを教えてもらい宿に戻った。
「そんなに距離もないし、のんびり馬車移動にしますか」
「そうじゃの。最初の頃を思い出すのもよかろう」
「最初の頃ねぇ……ふっ」
「む? 何を一人で笑っておる」
「いや、なんと言うか、フェイのこと好きだったなぁと思って」
最初にフェイと旅に出てすぐは、馬車や船にのったり歩いたりしていた。その時は意図的に意識しないようにしていたけれど、今思い返すと、やっぱりあの時は性別を知って諦めたつもりでも、普通に諦められてなくて、好きだったなぁと何となく自分でおかしくなったのだ。
とは言え、それをうまく伝える言葉はないし、伝えるつもりもない。曖昧に微笑むリナに、フェイは首をかしげつつも、好かれてるならいいかと笑顔を返す。
「そうか。私も好きじゃよ」
「ありがと」
今がこうなるとは、想像もしていなかった。それがまた少し、くすぐったくもあって、誤魔化すようにリナはフェイの髪を撫でた。
○
翌朝、宿を出て乗り合い所に向かった。毎日出ている商店の定期便ではなく、数日に一度の移動のための馬車便に乗れたのは幸いだ。商店のものだと料金は割安だが、少し狭い。
以前にも数度乗ったことがあるとは言え、基本的に歩いては飛んでの旅だったので、久しぶりの馬車に少しわくわくしながらフェイとリナは乗り込んだ。
ちゃんと屋根のある馬車で中は椅子もある。こう言うしっかりした馬車には乗ったことがないので、その時点で感心してしまう。
思い返してみれば、かなりの貧乏行程である。とは言え、鍛えている冒険者であれば歩くのと変わらないか、歩く方が早いくらいなので、歩きばかりの旅をするのも冒険者なら珍しくはないのだが。
「ほう、椅子にはクッションが入っておるの」
「ほんとだわ。へぇ」
喜ぶフェイに、リナは座席部分を手で押しながら、馬車代はそんなに高くなかったので驚いた。
フェイとリナは馬車の一番後ろに座った。全員が乗り込んだのが確認され、椅子と同じくらいの高さのついたてが背面にはめられた。荷物や人が転がり落ちないようにだろう。
上半分は丸見え状態だが、側面には窓がないのでちょうどいいくらいだ。
馬車が走り出すと、御者台と繋がる窓から一直線に風が通り抜けていく。
全員が乗り込んだ、とは言ったがここは国の端で出発地点だ。そこそこ大きな馬車の中はすかすかで、フェイとリナをいれて6人しか乗っていない。
一組は老夫婦で、一番奥に座っている。もう一組は二十代くらいだろう男女のペアで、フェイたちとは反対側の入り口近くに座っている。
互いに足を伸ばせば当たってしまう程度の距離なので、迷惑にならないよう、ちょっとだけ気を付けながら声を出す。
「凄いのぅ、かなり揺れが少ない」
「そうね。一瞬まだ出発してないのかと思ったわ」
「いやそれはない」
「ええ、勢いで言いました」
走り出してすぐに風が吹き込み、外の景色が動き出したのだからわかるはわかる。恐らく揺れ軽減と共に風通りがよいように魔道具が使われているのだろう。ずっと風の強さは一定だ。
「クッションもあるし、これならお尻が痛くなる心配はしなくていいわね」
「そうじゃなぁ」
かつて何度かのった馬車では振動は激しく、気持ち悪くなりそうなほどだったのでこっそり浮かんだりしていたが、この馬車ならその必要はないだろう。
これならのんびりお昼寝もできそうだと、フェイはさっそくあくびをした。
「眠いの?」
「うーむ。少しな。しかしリナの膝を借りるのは、もう少し揺れぬ馬車を堪能してからにするとしよう」
「借りる前提で話をすすめないでくれる?」
リナの突っ込みは無視して、フェイは右手を伸ばして、馬車の縁にあるついたてを掴む。木製のついたては案外しっかりしていて、少しくらい体重をかけても問題なさそうだ。
馬車の壁にそって向かい合わせてついている長椅子の端は、端っこのついたてとは50センチほど離れている。
そのままフェイは左手も伸ばして、座ったままついたてを両手で掴んで上体も倒し、ついたての向こうを覗きこむ。
「危ないわよ」
「へーきじゃよ」
地面が下から上へと流れていく様は何となく面白い。飛んでいるときは当然、景色は前から後ろへ流れる。こんな風にゆっくりと近い距離で地面が動いていくのは新鮮だ。
前に馬車に乗ったときは、広さもないし、がたがたしていて、ここまで落ち着いて見れる状態ではなかった。
「ふーむ、こう言うのんびりした旅もたまにはよいの」
「まあ、いつももあくせくはしてないけど、緊張感はあるものね」
のんびりしすぎると、すぐに道をそれたり見失ったり、はては行きすぎたりしてしまう。詳しくはリナに見てもらってるとは言え、やはりそれなりに気は使う。
長期間の飛行も慣れたとは言え、どちらが楽かと言えば比べるまでもない。
「うむ。リナも隣に来るか?」
「隣、椅子ないし。空中なんですけど」
「では上でもよいぞ」
「どんな状態よ」
普通にフェイの上に寝転がってくれればいいのに、と思いながらフェイは、頭だけ振り返って見ても動こうとしないリナの姿に唇を尖らせた。
「なんじゃー、文句の多いの、うっ?」
その時、がくんと大きく馬車が揺れた。揺れを軽減させる魔法具があるとは言え、大きめの石を乗り越えた衝撃はそれなりの勢いで馬車を揺らした。
「ほらっ! もう、危ないって言ったでしょ」
思わず体半分近く馬車から飛び出そうになったフェイの左腕を素早くリナが掴み、宙に浮くくらいの勢いで引き寄せてくれた。
フェイの左腕にからませるように右手で拘束し直しながら、リナはそうお小言をもらす。
「ぬぅ、すまぬ」
べつに自力で戻れたしーと言い訳することも一瞬頭をよぎったが、しかしうっかりしていたのは確かだし、助けられたのも事実だ。素直に謝っておく。
そんな不満げなフェイに、リナは仕方ないなぁとため息をつく。
「全く、目が離せないわねぇ」
「仲がいいわねぇ、お二人さん」
「ぬ?」
突然、向かいから声をかけられて二人はきょとんとして揃って顔を向けた。
向かいに座るペアの内、女の方が声をかけてきたのだ。にっこりと微笑む女に、リナははっとしたように、腕を組むようになっていたフェイの左手を離しながら口を開く。
「す、すみません。声、大きかったですか?」
「大丈夫よ。人も少ないしね。ただ楽しそうだからついね。邪魔をしたかしら」
「いえいえ。とんでもない」
フェイが飛び上がってからすっかり声を潜めるのを忘れていたリナは、恥ずかしがりながら手を振って否定した。
「うむ。道先は長いからの。話しかけられて迷惑と言うことはないぞ。わしらこそ、騒いで迷惑だと思ったのなら、遠慮なく言ってくれ」
「そう? ふふふ、じゃあお話ししましょうよ」
女は嬉しそうに手を叩いてそう言った。
○
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