第155話 魔石2
魔石屋の店主は眺めていた魔石を置いて顔をあげ、つけていた拡大鏡を外した。
「一番容量の大きな魔石と言うが、用途は? 研究用なら持ち運びできない大きさのものもあるが」
「む。そうか。言い方が悪かったの。魔法使いでない者が、魔道具を使うための持ち歩く装飾の中で、一番容量の大きな物を頼む」
「予算は?」
「糸目はつけぬ」
「大きく出たな。じゃあ、こっちへ来い。この戸棚の中の、これが一番だ」
店主は二人をカウンター前に呼び寄せると、カウンター内の戸棚を開けて、まずは一つ置いた。大振りの丸く白い鉱石が輝く指輪は単なる宝飾具としても値が張りそうに見える程度には綺麗だ。
「んで、こっちはもうちょい少ないが、今時のデザインだな」
さらに続けて別の赤い鉱石の指輪に、青い鉱石のブレスレット、淡い黄緑がかった鉱石のネックレスを出してきた。
魔法具を起動させるもので基本的に手先に着けるものが多いので、ネックレスタイプは珍しい。
興味を引かれていると、フェイの視線を察した店主はネックレスタイプを持ち上げながら説明を始めた。
「首飾りってのは珍しいだろう? 普通に考えたら使い勝手が悪いからな。これは、チェーンの一部が魔法糸を噴出する仕組みになっていて、引っ張ると伸びるんだ」
試してみなと言われて、フェイはわくわくしながら魔石がついている金属部分をつまんで引っ張った。店主の指にチェーンはかかっているが、限界以上に持ち上げるとわずかに白く発行する糸が出てきて、どんどん伸びていく。
「ほぅ! これは凄いの!」
魔力を糸状にすること事態は、魔法陣をつくる一貫として当然できるフェイだが、このような使い方は考えたこともなかったし、魔法糸として射出する魔法具なんて面白すぎる。
「へぇ、便利ねぇ。これだと胸元にあるから、無くしたりする心配もありませんしね」
「ああ、画期的と思われたんだけどよ」
「? 何か問題があるのか?」
「ああ」
首をかしげるフェイに、店主は問題があったと答えつつも特に表情を変えることなく、フェイからペンダントを受け取りながら説明を続ける。
「これは魔法使いじゃない人間が使うために作られてるから、当然魔石の魔力を自動的に使って魔力糸を出しているんだ」
「うむ。それで?」
「あ、ちょっと待って。わかった。魔法使いじゃないから補充できないのに、魔力を消費する上に魔道具が
ついてて高価で割りに合わなくて売れないんじゃない? どうですか?」
全くピンと来なくて促すフェイを制し、ピンと来たリナが推測を述べてから店主の反応を伺う。店主は右眉だけあげて口を開く。
「ああ、その通りだ。いやぁ、どうにも魔法を使えないって人の立場にたつのは難しいからね。で、どうする? そっちの坊やは魔法使いなんだから、補充には問題ないだろう?」
「うむ。む。しかし何故わかったんじゃ?」
「魔石の盗難防止に、入り口を魔力が通ったらわかるようになってるんだ。あと、この年になれば、何となく見れば魔法使いかどうかはわかるさ」
表情は殆ど変わらないが、意外とフレンドリーな店主はそう言って肩をすくめた。
「ふむ。それで容量はどのくらいなんじゃ? さすがに一日も持たんのは困るからの」
「それは安心してもらって問題ない。そうだな。毎日ずっと魔道具を使いっぱなしでも、一週間は持つ。ネックレス以外はその倍はもつな」
「そうか。ならばどれでもよいの。リナはどうじゃ? 好みの形がよかろう」
「んー、そうね。どれも可愛いけど……フェイは、私にはどれが似合うと思う?」
「む? うーむ。難しいのぅ。どれも悪くないが…」
白は鉱石が大振りすぎてリナの華奢な指には合わない。他はどれもデザインはよさそうだ。
青いブレスレットもいいが、リナにプレゼントして今も身に付けているのも青だし、重複するのも如何なものか。赤い指輪は、色はいいがあまり指に着けるものばかりと言うのもなんだかなぁ。あんまりかなぁ。
そう考えながらフェイは、じっとリナを見て頭の中で身に付けているのを想像してみる。
「……うむ。やはりこのネックレスじゃな!」
「そう? じゃあそれにするわ。すみません、いくらですか?」
「5万Mだよ」
フェイの笑顔に微笑み返しながら、店主にも笑顔で質問したリナだが、さらっと答えられて思わず固まる。
高っ!
消耗品の日用品としては高すぎる。冷静に考えればこれほど装飾品として完成していて、単なる魔力補給ではなく魔法具でもあるのだ。むしろ他所の国で買うことを考えるとべらぼうに安い。
だがそんなことはリナには関係ない。フェイが糸目はつけないなんて言うから! だけど今更買わないなんて……ぬぬぬ。
とリナが苦悩する横で、リナのドケチな反応に気づかずフェイは普段使いとは分けていたある程度お金が入っている財布を出した。
「では5ま」
「ちょっ、ちょっとフェイ? 私のだから。私、払うから」
魔力はフェイにいれてもらうのに、入れ物まで買ってもらったら申し訳ない。フェイのせいで値上がりした感は否めないが、自分でもよいデザインだとは思うし。ぐぬぬ。仕方ない。仕方ない。
「今ちょっと躊躇っておったじゃろ」
「そんなことありません」
「まあ、よいではないか。リナに似合うものを、わしがプレゼントしたいんじゃよ。必需品じゃから、多少出しても無駄遣いにはならんじゃろ」
「気持ちは嬉しいけど。それこそ、私が自分で買わなきゃ」
「わしが選んだんじゃ、それをお主に払わせる方がおかしいじゃろ」
「いやいや」
確かに正直なところを言えば、買ってもらえたら自分の財布的には嬉しい。だけどせっかく財布をわけてからまだ働いてないから余分な貯金はあまりないし、フェイの大元の貯金を使わせるわけだ。それはあまりよくないだろう。
どう説得しようかと困るリナに、店主が口の端をつり上げるように笑った。
「お嬢ちゃん、ここは坊主に花を持たせてやりなよ。男ってのはいくつでも、女には格好つけたいもんだよ」
「……わかりました。じゃあ、フェイ、お願いしてもいい?」
店主にまで言われたら仕方ない。ここで押し問答をしても迷惑だし、リナは折れることにした。
リナの言葉にフェイはうむと何故か得意気に頷くと、店主にお金を支払った。ネックレスもちゃんと箱にいれてもらって受け取り、フェイは機嫌よくリナを連れて店を出た。
「折角じゃし、さっそく着けるかの?」
「ありがと。でも、道端じゃ落ち着かないし、宿に戻ってからにしましょ」
「そうか。そうじゃな。じっくりリナの姿も見たいしの」
「……もう。フェイはもう、嬉しいけど、あんまり恥ずかしいこと言わないでよね」
「む?」
はにかみつつも注意するリナに、フェイは首をかしげる。全くピンときていない。好きだなんだと言ったわけでもなし、何を恥ずかしがる必要があるのか。可愛いけど。
「いや、まあ、確かに言動だけならおかしいってこともないけど、似合うものをプレゼントしたいとか、じっくり見たいとか、なんと言うか、そんな感じの台詞って恋人じゃなきゃそうそう言わないじゃない?」
「恋人なんだからよかろう?」
「いいっちゃいいんだけど……あんまり明け透けにするのも恥ずかしいと言うか」
「リナはほんに、面倒な女じゃのぅ」
「む。なによぉ。ちょっと言い方きつくない?」
「じゃって、面倒なんじゃもん。じゃけどまあ、そう言うところも好きじゃよ」
「……好きって言ってればいいと思ってない?」
「ちょっと思っておる」
「素直であればいいと思ってるわね?」
「自分でも美点じゃと思っておるよ」
照れ隠しでもあるので、本気で怒っている訳でもない。だけどなんとも怒り甲斐のないと言うか、暖簾に腕押しと言うようなフェイの飄々とした態度には、ため息の一つもつきたくなる。
まあ、リナとしてもそんなフェイの余裕気な態度には安心感と頼りがいを感じているし、好きなところでもあるのである意味お互い様ではあるが。
「とにかく、帰って試してみよ。魔道具発動も確認してみたいしの」
「そうね」
道端でこんな会話をしていること自体も恥ずかしいし、早く帰ろうとリナはフェイの提案に頷いた。
○
「おお! なんか、感動するわね」
宿に帰ったのでさっそく魔石の効果を試してみた。リナが手にして、魔石部分を魔法陣が刻まれている部分にあてると、何もしていなくても勝手に魔力が注がれていく。
触れている時間で魔力量が変わるので、手を洗う程度に水を出したいなら一度こつんとぶつける程度で十分だ。
フェイからもらった結界魔法具を常に身に付けてはいるが、旅の最中ではそうそう使う機会もないし、一瞬のことだし目にも見えないので魔法具を使ってると言う意識はあまりなかった。
しかしこれは実にわかりやすく、触れれば結構な時間反応してくれて、魔法を使ってる感が強い。
フェイと居て魔法自体には慣れていても、自分で魔法を使ってるかのような感覚にははしゃいでしまうリナだった。
「私も私も! やる!」
そして魔石が必要ないフェイもまたはしゃいで手を伸ばしていた。
代わりばんこに、午前中にフェイの魔力でやった魔法具起動を焼き直すように堪能してから、ベッドに並んで座った。
「わー、何だか、ちょっと嬉しいわ。ほんとに魔法使いの国なのねぇ」
「うむ。思っていたのとはちと違うが、それがよいな。リナ、今遊んだ分魔力を補充しておこう。貸してみよ」
「お願いね」
フェイはリナからネックレスを右手で受け取り、そのまま右手親指で魔石を撫でるようにして魔力をいれる。すぐに魔石はいっぱいになった。
「む。元々がいっぱい入っていたようじゃな。少ししか入らんかった」
「そうなの。今使って少しなら、結構長く持ちそうね」
「そうじゃな」
「あ、そうだ。もしかしてこれ、フェイがくれた魔法具の発動もできるのかしら」
「む。やってみよ」
「ええ」
フェイはフェイ自身が補充する想定でしか魔法具を作っていなかったが、魔力さえあればいいのだから理論上は動作するはずだ。
しかし通常の魔力は低きに流れる水のような状態がデフォルトだ。弾力性のある魔力で使えるようにと作ったので、絶対に使えると確証があるわけでもない。是非とも実証してみたい。
リナはフェイからネックレスを返してもらい、立ち上がってベッドから一歩離れてフェイを振り向く。
「まずは魔力を抜いて、と」
リナは左手人差し指の魔法具を起動させる。そのままにすると、すぐに魔力が足りなくなり、結界はなくなった。部屋の中だとリナにはあまり結界のオンオフはあったかな? くらいにしかわからないが、フェイを見ると頷いたので問題ないだろう。
「行くわよ」
目でも合図しながら、リナはそっと右手で魔石を持って、人差し指の魔法具に当てた。
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