マーギナル国

第154話 魔石

 マーギナル国についたのは、比較的早い時間帯だった。ひとつ前の村を出てすぐに門の前に到着し、朝食の時間を過ぎて少ししたくらいの時間だった。

 通行を待っている人もそう多くなく、中へ入るための手続きはそう時間はかからないだろうと思われた。


「……まだかのぅ」


 マーギナル国のひとつ手前の隣接する村まで来ても、殆ど魔法使いとは会わなかった。村の人の話では、隣に魔法使いの国があって、すごい魔法使いがいっぱいいるらしいぜ。と言うのは皆当たり前に知ってるらしい。たまに国を出た魔法使いが通りすぎていくらしい。

 魔法使いがあまりいないが、しかし魔法使いの国が鎖国をしてると言うこともないようで、貿易も普通にしているらしい。


 ただ険しい山に囲まれているので、一般の人が行くことは殆どなく、行商人か稀に向こうから来る魔法使いの情報しか他国にはなかった。

 なので未だに謎に包まれているマーギナル国だが、まさかこんなに検閲が長いとは。もしや、本当は半分鎖国みたいなもので、一般人お断りなのか? と心配になり出したところで順番が回ってきた。


「お待たせしました。次の方」


 促されるまま、詰め所の前に進む。通用口は妙に熱くて、数歩進めるトンネル状になっていて、詰め所の窓口は奥にあるため、入り口を半分通っている状態で話をすることになるという変わった形をしていた。


「あ、魔法使いの方ですね。移住ですか? 旅行ですか?」

「とりあえず旅行じゃけど」


 なんで魔法使いとわかったんだと首をかしげるフェイに、受付の兵士っぽくないひょろっとした男は微笑んで教えてくれた。


 なんでもこの国は皆魔法使いで、日常的に魔道具が使用されていて、魔力がなければ大変らしい。その為、初めてこの国を訪れる人には魔法や魔道具の使い方について説明して、魔力がない人も魔法具が使える、魔石を売っている店など詳しい説明をしているらしい。

 その為、魔法使いかどうかを見分けられる魔道具がこの通行口には仕込まれており、フェイが魔法使いであることがわかったらしい。


 そしてその長々とした説明を一人一人にしていて、こんなにも通行口を通るまで時間がかかっているらしい。


 フェイは魔法使いと言うことですんなり通してくれた。


「ふむ? 思ったより、変わったところはないの」

「そうね。思ってたのと全然違うわ」


 一つ手前の村までとは少しばかり服装の趣が違うが、ここまでの村が民族衣装を大切に守る風習だっただけだ。フェイたちの格好と比べてもそう変わらない。

 リナは皆がローブを着てーと言うような想像をしていたが、そんなこともなく、少々拍子抜けしていた。


 フェイとしても、見たこともない魔法具があちらこちらにあるとばかり思っていたが、街並みも人々も特に変わった様子はなく、フツーに道を歩いている。


「ふぅむ。とりあえず、宿をとるとするか」

「そう、ねぇ。あんまり見るものがなければ、時間も早いし王都を目指してもいい気がするけど」

「ふーむ」


 確かに王都を目指すつもりではあったが、一応ここも魔法使いの国なのだ。魔道具がたくさんあるとわざわざ門で言われるくらいなのだから、何かしら違いはあるはずだ。


「いや、一先ず一泊してみんか」

「そう? そうしたいなら、それでいいけど」


 リナとしても特に急いでるわけでもないし、頷いて、宿を探すことにした。

 フェイは首を回して目についた通行人に声をかけ、教えられた宿へ向かった。特に外観上はほかに並んでいる建物との違いのない宿だ。


 教えてくれた人によると他所の国の宿に一番近く、観光客向きだと聞いたのだが、そもそもこの国がそれほど他所と違うかがわからないので、首をかしげながらも宿に入り部屋をお願いした。


「他所から来たんだね。魔道具が使えるようになる魔石は、もう買ってあるのかい?」

「いや、わしは魔法使いじゃから、買っておらん」

「ふぅん? そうかい。なら魔法具の説明もいらないね」

「うむ。じゃけど、この国は初めて故に、どこがどう違うのかわからぬ。どの辺に魔法具を使っておるんじゃ?」

「んー。そうだね。うちは観光客向きに魔道具を減らしてるけど、じゃあ部屋まで案内しよう」


 受付をしてくれた中年の女性は特に魔法使いらしさはないが、しかし当然に魔法具を使うようで、やはり全員が魔法使いなのは間違いないようだ。


 女に案内されながら階段をあがる際に、女は手すりをぽんと叩いて振り向きながら説明をする。


「この階段なんかも、うちでは二階建てだから導入してないけど、大きなところだと動く階段のような魔法具を導入してるところもあるよ」

「なにっ、階段が動くのか!?」

「へー」

「他所では魔法使い自体が珍しいらしいし、あんたは魔法使いでも、やっぱりこう言うのは珍しいのかい?」

「うむ。聞いたことがないの」


 驚きながら答えると、女は得意げに微笑んで、部屋へと続いて説明してくれた。


「まずこれが部屋の鍵だよ。うちはレトロな鍵を使ってるけど、よそだとそれも魔法具なのが主流なところが多いよ。まあ、このあたりは田舎だから、都会ほど何もかも魔法具とは行かないけどね」


 そう言いながらも女の説明によれば、部屋の中には灯りをつける魔法具に、今までならただ排水溝がある洗い場だった小部屋には水の出る魔法具があり、それとは別にお湯の出る魔法具つきの湯船があった。

 窓の開閉はドアと同じく手動だが、壁際の魔法具を使えば自動にもできるとのこと。また掃除をする為の魔法具もあった。


 田舎で、等と言いつつとてもドヤ顔だし、それを否定する気持ちにならないくらいに魔法具だらけだ。


 一通り説明した女はドヤ顔のまま部屋を出ていった。フェイはリナを後ろにつれて、見慣れない魔法具ではしゃいでいた。


「へぇぇ。フェイのところも色々魔法具みたいなのあったけど、こっちはなんと言うか、見るからに魔法具! って感じね」

「あれらは全てお爺様の手作りじゃし、魔力はジンが管理しておるからいらんからの」


 魔法具ではあるが、人が魔力を込めて発動させる必要がないのでここのように魔法陣が露出していないし、デザインも全く違う。

 フェイの家では部屋そのものに合わせたものだったが、こちらはおそらく複数生産したものを購入しているのだろう。少しばかり部屋の一部と言うよりは、物として浮いている。また形自体がコンパクトになっている。


 フェイとしても自分で魔法が使えることと、魔法具は全く別だ。魔法陣もフェイの知識のものと少し違う。簡略化されている。

 元々簡単なものだし、一般的な魔法陣だとしてならったもので魔力消費も少ないので、それをさらに簡略化させようとは考えたこともなかった。

 自分以外の魔法使いの考えと言うのは面白い。狭い範囲ではどうしても発想に限界がある。以前に無理だと一先ず放り出した魔法があるが、魔法に詳しいと言う人がいれば一度意見を聞いてみたいとも思った。


 何にせよ、一つ二つの簡単な魔法具の小物があるのと違い、家具のような大きさのものが複数あると、わくわくする。


 部屋を一回りして魔法具を観察してから、改めて二人はベッドに腰を下ろす。


「外から見た以上に、ここには魔法具が多いみたいじゃのぅ。これは楽しみじゃ」

「そうね。これで田舎なら、中央はどんな感じなのかしら」

「うむ。明日は出発するか」


 気は早いが話をすすめる。わくわくした気持ちが強くて、いっそこのまま飛び出して中央に行きたいくらいだが、それでは先払いした宿代がもったいない。

 フェイの提案にリナも頷く。明日と言うなら異議はない。


「そうね。あんまりここで慣れちゃわないほうが、驚きも新鮮でしょうし。まあ、とりあえずは一泊だし、とりあえずどうする? このあとお昼は外にいく?」

「うーむ。今あれもこれも知るのは勿体ない気もするが、しかしそうじゃな。やはり、見て回りたいと言う気持ちの方が強い。行こう」

「お腹もすくしね」


 力強く立ち上がって宣言するフェイに、リナも同意しながら立ち上がる。

 大荷物は置いて、財布等町歩きできる程度の荷物だけを用意し直す。フェイはポケットにいれている分で十分で、町歩きは手ぶらが基本だ。


 用意をするリナに、まだかなーと意味もなく窓際に移動して、窓を開閉する魔法具に魔力をそそぎながら、フェイはお腹具合を確認してリナに話しかける。


「それほどでもないが、そんなに空いたか?」

「フェイは朝からおかわりするから」

「リナもしていたではないか」

「体格が違うからいいんですー」








 フェイが魔法を使えるのだから、魔石なんていらないね、と最初に結論を出していた二人だが、夕方にはリナは居心地の悪さを感じ始めていた。

 と言うのも、魔法具は宿だけではない。お店では店員を呼ぶベルも、椅子の押し引きさえ魔法具だったのだ。その全てを逐一フェイにやってもらうなんて、申し訳ないし、面倒くさい。


 水くらいなら、町の外では殆ど頼っているから今更だが、町中でのんびりしているときまで一々なんて、誤解を恐れずに言うなら鬱陶しい。


「てな訳で、魔石を買うわ。悪いけど、夜とかに補充だけお願いね」


 魔石について、魔法使いでない人は魔力を自分で補充できず使い捨てになるので、お金がかかりすぎるとなるらしいが、補充さえできるならずっと使えるから便利だよと雑貨屋の娘に教えてもらった。


「それは構わんけど、別にわし、やるよ? 無駄遣いじゃろ?」

「いや、このままじゃおちおち散歩にも行けないわ」

「ふむ。そう言われればそうじゃな」


 この辺りでこれなら、確かに中央ではもっと不便そうだ。ならば買うのも悪くなかろう。

 と言うわけで魔石を買いに行く。魔石なんて普通に売られているものではないと言う認識だったが、この国では小さな村でも一軒は魔石を扱う店があって当たり前らしい。


 ここには魔石専門の店もあると言うことで、さっそく訪ねてみた。

 この魔法使いの国では、不思議と皆が親切に教えてくれる。前評判を殆ど聞かないことから、閉鎖的なところかとの疑念もあったが、とんでもない。

 単に辺境で往来が少なく、だからこそよそ者には親切なのだろうとフェイとリナは脳内いい街ランキングの上位にランクインさせた。


 店内に入ると当然のように魔法具で照らされていて、窓がないのに外と遜色がないほどに明るい。


「ほぅ。思っていたより美しいの」

「ねぇ。宝石みたいなのね」


 宝石と同じく鉱石である魔石は、魔力を帯びている分不純物を含みにくく、宝石として扱われることもある。また日常的に持ち歩くのであれば見映えも必要だ。よって装飾具のような店構えであるのも仕方ない。その分値段があがるので、より魔法使い以外はコストがかかって住みにくい街ではあるが、それも仕方ないことだとされている。


 フェイはもっと怪しそうな石屋みたいなのを想像しただけに少しだけ肩透かしだったが、よく考えたら綺麗な店の方がいいに決まってる。

 二人でいくつか見てみたが、しかしどうも、どれも小振りではないかと思わせる。何にも使うなら尚更、一日分より多目には容量が欲しいところだ。


「店主よ、一番容量の大きな魔石はどれになるのかの?」


 見ていてもよくわからないので、手っ取り早く聞くことにした。


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