第150話 金遣い

「リナー、マクシムー」


 フェイが声をかけると、二人とも振り向いてから、リナがマクシムに手持ちの鳥を全ておしつけた。


「フェイ、出張大道芸は終わったの?」

「うむ。ただ、また来週も見せてほしいと言われたがの」

「えっ、その、フェイ君は、大丈夫だったかな? 僕に怒ったりしてないかい?」

「別に怒ってはおらんよ」

「よかった。いやぁ、彼女、悪い子じゃないんだけど、偏見が酷くてちょっと横柄な態度だから、紹介したことで僕にまで魔法を見せたくないと言われたらどうしようかと思ったよ」

「別に、それほどではなかったぞ」

「そうなの? なら、冒険者だから礼儀とかゼロでも仕方ないからって念を押したのが効いたのかな」


 その言われ方には少し物申したくなったが、しかしじゃあできるなら丁寧に敬語を使って接しろと言われたら嫌だ。別に他の人が普段に敬語を使うのは気にならないが、フェイにとっては敬語は敬うべき相手に使うものだ。

 ただお嬢様だから敬語を使えと言われるのは抵抗がある。これが相手が神様だったり、世界中で一番強い最強の戦士だ、と言う紹介をうけてならば初対面でも敬語を使うのに抵抗はないが。ただのお嬢様ではそんな気にならない。


「フェイ君がいいなら、じゃあ週一で行ってもらっていいかな? もちろん別途お金も払うよ」

「約束もしておるし、構わんよ。お金の話はしておらんかったから、なくてもよいが、それはお主に任せよう」

「わかった。エメリナさんの鳥の分もあわせて、後でまとめて払うよ」

「お願いします。じゃあ、夕食までは時間があるし、部屋に戻りましょうか」

「そうじゃな」


 マクシムに挨拶をして、リナと一緒に部屋へ帰る。リナは弓矢をかざしたりして具合を見ながら歩いている。

 小器用なリナなので問題ないと思いつつ、フェイはこっそりとリナが壁にぶつかったりしないか見ながら声をかける。


「リナ、大漁だったようじゃな」

「ん? そうでもないわよ。今日はのんびりしてたし。いつも一緒にするときはもっと多いじゃない」

「そうじゃけど、紐付きでうまく行くかわからんって言っておったしな」

「ああ、ええ。それね。まあ、だいたいうまくいったわ。明日から真面目にやれば、それなりにとれると思うわ。もちろん、鳥の群れにあわないと難しいけど」

「む? 明日もするのか? 明日はいつもならお休みじゃぞ?」

「え? んー、確かにそうだけど、私としてはずっと遊んでたみたいなものだし」


 体がなまってきていると言うリナ。話をしているとすぐに部屋についた。

 部屋に入ってすぐ、リナは弓の手入れをする。紐をいったん外して、一本を何度も使ったので矢じりから矢羽まで丁寧に手入れしていく。


 フェイは少しばかり面白くないが、しかし本人が楽しんでいるのだ。それはそれでフェイとしては歓迎すべきことだ。


 フェイはベッドに寝転んでリナの方を見る。その視線を受けて、リナは顔をあげないまま口を開く。


「私の方はいいんだけど、フェイはどうだったの? お得意様はどうだったの? 気に入られたみたいだけど」

「うむ。リュドミラ程度の少女じゃった。私らとは全く価値観が合わぬようじゃが、まあ、話が通じずに不快だと言うほどでもない」

「ん? そうなの。まあ、来週も行くってことだけど、フェイが嫌じゃないならいいんじゃないかしら」

「うむ。じゃけどあれじゃよ? 週に一度の話じゃから、リナの狩りももちろん手伝うぞ」

「ありがと」


 言いにくいような変わった少女がお客だったようだが、本人がいいなら、それも社会経験としていいだろう。どうせ船の間だけのことで、ずっと暇なのだから。


「しかし、今日は風が強かったから、割合弓は難しかったのではないか?」


 フェイが寝返りをうちながら話題を弓に戻した。リナはその様子をちらとだけ見ながら相づちをうつ。


「まあ、強いけど安定して一定の風だったから、すごく難しいってほどではないわよ」

「そのようなものか」


 フェイは一度、リナの弓を触らせてもらったことがある。腕力は魔法でなんとかなるので弓を引くことはできたが、全く当たらない。風を読むとか言われても意味がわからない。

 なのでリナがフェイの魔法について思考放棄をしたいるように、フェイもリナの弓についてはそう言う凄いものだと考えている。


「そう言えばリナ」

「なに?」

「船なんじゃけど、遅くないか?」

「んー?」


 船のスピードは風に依存している。初日はそこそこの強風で進んでいたし、今日も風があるので進むが、昨日なんて風が弱くて全然進んでるように見えなかった。


「今日は早い方でしょ。昨日は話してたように、遅かったけど」


 昨日の遅さについては、甲板散歩時に散々文句を言っていた。もう仕方ないものだと諦めたリナとしては、今日は進んでるのにまたその話?と言う感じだ。


「速さ自体もなんじゃけど、これって、要は風が全然なくて何日も進まぬ、と言うこともあると言うことじゃよな?」

「ん? まー、そうよね」

「基本的に大した速さではなく、全く進まぬこともあるということは、同じ半年でも陸に比べてかなり距離は短いと言うことじゃよな?」

「それはそうね」

「と言うことは……船にのらんと、飛んだら案外一日で着いておったかも知れんな」

「まあ、今さらね」


 そうだったかも知れないが、この船がどんな経路を使って、どのくらいの距離かを調べるのにはそれなりにお金と時間がかかる。調べた結果船、とするよりは素直に乗った方が安全でいい。

 だから二人で納得して船にのったのだが、フェイは改めて船の遅さを目の当たりにして、なんだかなーとちょっとやる気をなくしたらしい。


「そうじゃし、船に乗ってるのもこれはこれで楽しいし、いいんじゃけど、気づいてしまったし、むーん。ちょっと複雑な気持ちじゃ」


 今から船を出ると言うのも、乗せてくれたマクシムに対して不義理だし、急がないといけないわけでも、この生活が心底嫌なわけでもない。だから出たいと言うわけでもないが、半年は長いなーと思ってるだけだ。

 リナは手入れを終えた弓矢を片付けて、ベッドに座り直して自分の膝を軽く叩いて見せる。


「はいはい。頭撫でてあげるからおいで」

「うむ、そうじゃの。リナといちゃいちゃして忘れるとしよう」

「そうしなさい」


 待ってましたとばかりに、フェイはリナの元に転がった。









「あ」

「う?」


 船での生活にも慣れた1ヶ月過ぎ。リナは休日の昼下がり、定期的にしている荷物整理にて見つけたあるものに、思わず声をあげた。

 その声を反応して振り向いたフェイは、リナにじとめを向けられて首をかしげる。

 はて、なにかあっただろうか。


「フェイ。この間濡れた靴、綺麗にせずに棚に突っ込んだわね。押し潰されて型がついてるわよ」

「む。うーむ」


 先日、太陽がぎらつき風もなくて暑かった。マクシムに話すと、魔法で水を出せるぶんには、甲板上で水遊びをしてもよいとのことで、盛大に水遊びをした。

 すっかり顔の売れたフェイなので、他の暇な人も俺にもかけてくれと声をかけてきたりして、甲板を水で埋めるほどびっしょびしょに濡らしまくった。


 もちろんそのあと甲板も服も乾かしたが、疲れたフェイはもう乾かして綺麗だからと靴をよく見ずに棚に突っ込んだ。

 乾いているとは言え、水で洗ったようなものだ。基本的に革製品は水に弱く、水洗いするようなものではない。ちゃんと油を塗るなど、手入れしないとすぐ駄目になる。


 実際、フェイの靴もちょっとばかし、へたれてよれて、皺がついていた。魔法で乾かしたので染みにはなっていないのが幸いだ。


「おかしいのぅ。たしか、合格ワニ? の皮とか言って、耐水性ばっちりと言っておったんじゃけど」

「……合格? 聞いたことないわね。そう言えば、結構前から使ってるみたいだけど、この靴はどこで買ったの?」

「最初のアルケイド街じゃよ」

「ふーん……ん? あの辺で合格っぽいワニって。もしかしてだけど、豪乱ワニ、とか?」

「あー、なんかそんな感じじゃったかも知れん」


 已然としてベッドでごろごろしたままされた返事に、リナは眉を寄せて振り向いた。


「……フェイ、豪乱ワニってかなり高級品よ。何でこんな雑に扱ってるのよ」

「む。じゃけど耐水性って」

「あのねぇ、確かに豪乱ワニって言ったら撥水性に優れて、水捌けがいいって有名だけど、革製品なんだから全然水につけてオーケー、な訳ないでしょ。水の中にいれたら弾く弾かないの問題じゃないんだから」


 高い靴なのにこんなに雑に扱うなんて信じられない、とリナはぷりぷりしながら、フェイの靴を取り出して手入れをし始めた。

 高級品を買うかどうかはフェイの自由だが、それを無為に扱うのは許せないリナ。


 そんなリナに引け目を感じてフェイは声をかける。


「り、リナよ。別に手入れせんでも、ちと小さくなってきたし、もう、よいよ? 捨てればよい」

「!?」


 しかしもちろん、貧乏性のリナには火に油をそそぐようなものだ。


「じゃあちょっと足を合わせて見せなさい」


 リナは荷物ごと抱えてフェイのベッド脇まで来ると、床に靴を置いて足を出せとしゃがんで促す。


「え、あ、うむ」


 その勢いに圧されながら、フェイはしずしずと足を差し出す。ガシッと右足首が捕まれて、中へねじ込まれる。

 革靴は複数のベルトを止めるようになっている。激しい戦闘をこなすならばぴったりがいいのは言うまでもないが、日常普段使いにするなら、ベルトを緩めてはいたところで支障はない。


 リナはベルトをゆるめて、フェイの足に合わせて閉め直す。


「これでどう?」

「うーむ、痛くはない」

「じゃあもう片方も」

「う、うむ」


 左足も装着させられた。リナは厳しい顔つきのまま、フェイの両足に靴をはかせて、立って具合を確かめるように指示する。言われるままフェイは立ち上がり、数歩歩いて戻ってくる。


「はい、脱いでいいわよ。で、どう?」

「うむ。特に問題ないの」


 リナがフェイの靴を脱がせながら聞き、フェイはちょっと気まずさを感じながらも良好であると返事をする。

 リナは先程一緒に運んできた手入れ道具で、しゃがんだまま手入れを再開しながらフェイへのお説教も再開させる。


「ほれ見なさい。いつ使うかどうかは自由だけど、十分今後も使う機会はあるでしょうが。こんなの、安くないのに簡単に捨てるなんて言って。全く。別にね、買ったこと自体を無駄遣いしたなんて怒るつもりはないわよ。いいものだしね。だけど、そもそもフェイは物を大事にしなさすぎなのよ。この間だって、鞄に焼き菓子を紙包みでいれたままにしておいて、カビが生えて捨てることになって、鞄まで捨てるとか言い出すし。お金を使うななんて言わないわ。そんな権利はないし。だけど、無駄にするのはやめて。食べれないのに買うとか、何の意味もなくお金を肥溜めに捨ててるようなものじゃない。はいできた。大事にしなさいよ」

「う、うむ。ありがとう」


 怒りながらも手は動かしていて、靴はぴかぴかになった。リナは仏頂面のままフェイに靴を渡した。


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