第149話 大道芸2

 とりあえず手持ちのパフォーマンスを見せきると、ソーニャお嬢様も落ち着いたようで、先ほどのタチアナとはまた別の、壁際で控えていたメイドがフェイの前のサイドテーブルに紅茶とお茶菓子を出してくれた。


「どうぞ、召し上がれ。私も好きな銘柄なのよ」


 銘柄なぞちっともわからぬフェイだが、すすめられるままカップを傾けると、あまーい花のような香りがひろがり、飲み込むとすっと抜けていく。甘い味だがくどさはなくて、添えられている焼き菓子を食べても甘さが喧嘩しない。


「ほう、これはうまいのぅ。何と言うお茶じゃ?」

「ふふふ、でしょう。あなたみたいな大道芸人では買えないものよ。面白かったから、お土産に一缶あげるわ。調べて驚きなさい。タチアナ」

「承知いたしました」


 最初にフェイを出迎えたメイド、タチアナが一礼してから部屋を出た。用意してくれるのだろう。


「ソーニャ、ありがとう。お主はいいやつじゃな」

「ふふふ、そうよ。私はとても優しくてイイ人なのよ。それより、他にはないの? お茶を飲んだらもっとしてよ」

「うーむ。先に言ったように、本職ではないからの。逆にどのようなものが見てみたいんじゃ?」


 フェイが問いかけると、ソーニャは自慢げな顔をきょとんとさせて、頬に片手を当てて首をかしげる。


「え? うーんとぉ……私、聞いたことがあるんだけど、すっごーい大道芸人で、上半身と下半身を切り離して、別々で動ける人がいるんだって! ねぇできる!?」


 ソーニャは少し考えてから、ぴかっと瞳をきらめかせると、またテーブルを叩かんばかりに身を乗り出してフェイに訊ねる。


「なんと、そのようなことが……むぅ。見た目だけならできんことはないが」

「ほんとに!? やって! 褒美はいくらでもとらせるわ!」


 フェイもそんなことはやったことも見たこともないが、見てみたいと言うなら、とりあえずソーニャの視界にそう見せるだけなら、いくつか魔法により方法が思い付く。


「わかった。思い付きじゃから、あまりうまくいかないかも知れんが」

「それって私が観客第一号ってことよね? いいわよいいわよ、許す!」


 ソーニャに囃され、フェイはうむ、と気合いをいれて立ち上がる。椅子を端へどけて、ソーニャからよく見えるようにして真ん中に立つ。


「では行くぞー」


 思い付いていて、一番簡単なのは幻を見せることだ。しかし丸々全て幻では面白くない。究極的にはさっきまでの芸だって、全て幻でできてしまうからだ。

 あくまで魔法を使いつつ、自分が芸をする体でないと、フェイ自身がつまらない。


 フェイは両手を大袈裟な動きで持ち上げて、腰より高い位置で腕をふって、ゆっくりと向かって右側を向く。


「!?」


 驚いて口許に両手を添えて目を見開くソーニャに、フェイは成功かとにんまりしながら、ゆっくりとした動きのまま歩きだした。


「えっ、え、えー!? うそー!? 信じらんなーい! すごーい!!」

「……?」


 ソーニャが歓声をあげて喜ぶ。それを見て、壁際に控えていたメイドたちは、外面には出さないが内心首をかしげていた。どうしてお嬢様は、ただ腕をふって歩いているだけで大喜びしているのだろう、と。

 フェイはソーニャにだけ、自分の下半身だけが左右反転して見えるよう、魔法をかけたのだ。幻と同系統ではあるが、完全に全てが幻を見せるのと、現実に起こっていることを少しだけ曲げて見せるのとでは、実は魔法式は全く異なる。その為フェイにとっては幻を使っている意識はない。


「では戻るぞー」


 そしてゆっくりまた歩いて元の位置へ戻る。ソーニャからは最初の場所からフェイの下半身だけは向かって左側へ向かって歩いたように見える。

 元に戻ったとパフォーマンスするには、もちろん魔法を解除するのだが、より自然に見せるためにはぴたりと元の場所に戻って、魔法がかかってる状態でも違和感のないように見せないといけない。


 フェイはのんきな声をあげつつも慎重に移動して、ゆっくりと前を向き、それと同時に魔法を解除した。


「すごいすごい!」


 成功だ。実際のところ、ソーニャ視点ではほんのわずかに上半身と下半身がずれて見えていて、魔法解除で一気に戻ったように見えたのだが、それも演出だと思っているソーニャは、拍手喝采で讃えた。

 フェイは上機嫌に、得意満面で椅子の位置を戻して座り直した。


「わしからじゃと実感はないが、うまくいったようじゃな」

「うん! 凄い。ねぇねぇ、あんたって、普段は冒険者やってて、臨時で大道芸人してるってほんとなの?」

「うむ? うむ。そうじゃよ」

「じゃあさ、うちで雇ってあげよっか? 強いのかはわかんないけど、芸だけですごいもん。冒険者なんかしてるより、ずっといいでしょ!?」


 ソーニャは名案だと思ったらしく、うんうんと自分で相づちをうちながら、自分は先に向こうへ行った父を追いかけているところで、父はとっても偉い人でお金持ちで、仕えるのはとっても名誉なことなんだよと説明を始める。


 ソーニャに悪気があるわけでもなく、また勢いよく話すので、口を挟むタイミングを見失ったフェイは、ソーニャが切りがよいところまで話すまで、話を聞き流した。


「と、言うことなの。もちろん断らないわよね!?」

「うむ。有難い話のようじゃが断る」

「……ええっ!? え、ごめんなさい。聞き間違っちゃったんだけど。え、受けるのよね?」

「いや、断る」

「えーー!? 信じらんなーい! なんでー? 冒険者だって聞いてるから特別に許してるけど、ほんとは私、あんたがため口聞けないくらいのお嬢様なのよ? そのお嬢様じきじきのスカウトなのよ? どんな願いもかなうのよ?」


 いや、どんな願いもかなうとか盛りすぎだろ。


 お嬢様はロリッ子らしい了見の狭さで、まるで全世界の全てが自分のもので、従わないとかありえなーいとばかりに驚愕していた。

 従わないなんて許さない!と怒ると言うより、本当に予想外でただただ驚いているようで、フェイはさすがに呆れる。


「わしの願いは人にかなえてもらうようなものではない」

「えー、なにそれ。お金だって名誉だって手にはいるのよ。どんな願いなのよ。ちょっと言いなさいよ」

「わしの願いは、全世界中の人間が魔法使いと言えばわしを思い浮かべるような、一流の魔法使いになることじゃ」

「はーん? 世界中とか無理じゃん」

「うるさいわ。とにかく、お主のところで働いても無理じゃろう? じゃから、断る」

「うー、そりゃ、いくらなんでも無理だけどぉ。うー、なんか納得いかない」

「納得せよ。だいたい、そう言う目的がなかったとしても、わしはやりたくて冒険者をしてるんじゃ。芸人として雇うと言われても全く嬉しくはないわ」

「えー? 冒険者なんて、野蛮で下品な、他に能がない人がやるものなのに、変わってるわねぇ」


 偏見が過ぎるだろうと指摘しようかと思ったが、ソーニャはフェイを馬鹿にしてるつもりがないように無邪気な物言いだし、地域によって認識が全然違うのは、リディアたちとの会話でも実感していた。

 別の国の自分の常識を、こっちが正しいと押し付けるのも違うだろう。世界的にソーニャが正しいとは思わないが、お金持ちにとってはそれが当たり前の認識かも知れない。

 悪意的に侮蔑して言われたならともかく、心底不思議そうに少女が首をかしげたものを、いちいち怒ったり訂正させるのも面倒だ。


「価値観など、人それぞれじゃよ」


 なので適当にスルーしておくことにする。


「うーん、わかったわよ」


 ソーニャは、フェイの世界中うんぬんの夢とか嘘くさいし断るための嘘じゃないかと疑ったが、しかし確かに本人が言うように、冒険者がやりたくてやってると言うなら、全く理解できないが断ると言う選択肢が存在するのは本当なんだろう。

 なら嘘をつくのはともかくとして、これ以上誘っても意味がないし、よく考えたら今だから面白いけど、船を降りれば面白いことはいくらでもある。なら無理に雇わなくてもいいか、と考えを改めた。


「でも、じゃあ、船旅の間は、毎日見せにきてよ」

「また見せに来るのは構わんが、毎日は無理じゃ」

「なんでよ」

「お主のメイドとて、交代で休憩するじゃろう? わしとて休みがいる。それに、芸人以外にも船の手伝い等をする予定がある」

「うー…あんたって、どうしてそう、ことごとく私の提案を断るわけ?」

「そう言うわけではない。来るのは構わんと言っておるじゃろ。だいたい、毎日来ても同じものしか見せれんからすぐ飽きてしまうぞ」

「ん。それはそうね。じゃあ、週一でいいや。その代わり、毎週私を楽しませてよ。いいわね?」

「うーむ」


 毎週楽しませると言う約束は、何気に結構難しい気がしたが、しかしまあ本人が妥協しているし、週一なら訪問も構わない。

 価値観がずいぶんフェイとはずれているが、人格的にものすごく性格が悪いと言うことはない。冒険者そのものを下等だと思ってるようだが、マクシムから性格が悪いと聞いていたほどの悪印象ではなく、単なる観客と見るなら素直に褒めてくれてお茶菓子も出すので悪くない。


 これから半年の船旅、今後顔を会わす可能性も考えるとあまり邪険にするのも気が引けるし、引き受けても構わないだろう。とフェイは結論をだした。


「うむ、わかった。内容に関しては都度お主の希望を聞き取るとしよう。わしがよいと思っても、お主がつまらなければ意味がないからの」

「そうね。それでいいわ。よし、じゃあ決まりね!」


 ソーニャはにこにこして、フェイにもっと食べて飲んで、もっといっぱい芸を覚えてきてね、とお土産も持たせて夕方に解放した。


 その後、フェイは一応マクシムに伝えておくかとマクシムの部屋を訪れるも不在で、探して食堂へ行くと、鳥8匹を連れたリナを見つけた。

 リナの方では狩りに成功していたらしい。マクシムに鳥を渡しているところだった。

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