第148話 大道芸

 手伝いをしたり、魔法を見せたりして5日も過ごせば、顔合わせで一応船員たちに自己紹介していたフェイの名前は、自己紹介していない客らにも広がっていった。

 客員ではなく船員扱いであることもあり、余興に魔法を見せてくれよ、なんて声をかけられることもあった。


 声をかけられるのは大抵が、暇に飽かしてリナと船内や甲板を散歩している時なので、記憶にある大道芸人を思い出して、軽く炎を出してお手玉にして見せたりと応えておいた。


 道すがら声をかけられるので、ほんの数分だし、お捻りだとお金をくれることもあったので、フェイは暇潰しに大道芸人生活をしていた。


「うーん」


 朝食後、部屋に戻ってきてリナは不機嫌そうな気配の含まれた唸り声をあげた。


「ん? どうしたんじゃ? リナ」

「なんと言うか、暇だわ」

「では散歩に行くか」

「その散歩が暇なのよ」

「む?」


 フェイは良いだろう。フェイのスケジュールはこうだ。

 朝起床、朝食、休憩後散歩と言う名の大道芸活動。昼食後、食堂や甲板の掃除などを行い、また休憩後、夕方まで大道芸。夕食を食べて後はお休み。

 と毎日なかなかに充実しているではないか。芸も飽きられないように、数種類をレパートリーにいれて、やんややんやと喝采をもらって、うはうはだろうそうだろう。


 しかしこれ、リナの立場になってほしい。大道芸活動中、リナはなにもしていないのだ。ただフェイの活動を見ているだけ。沢山のお客が代わる代わるなので、一日同じことをしても当然受けるが、見てるリナは飽き飽きだ。

 やっている本人は同じことの繰り返しでもちょっと変えたり、魔法式を変えたり楽しんでいるが、リナからすれば殆ど同じだ。


 散歩にと誘われて出るので、結果としてずっと見ていることになる。これが二人きりで見せられるなら、また印象だって全然違うが、二人でゆっくり話をする間もなく、次から次へと声をかけられる。

 もちろん仕方ないことではあるが、フェイ一人でいいことだ。暇すぎる。一人で甲板をぶらぶらして一匹でも鳥を狩っていた方がましだ。


 と、ぶっちゃけて、船内を回って芸回りをするなら別行動にしよう、とリナは提案した。フェイは眉尻を落とす。


「む、むーん。そうじゃったか。てっきりリナも楽しんでくれていると思っておった。結果としてほったらかし状態になってしまっていたとは。申し訳ない」

「別にそんなに気にしなくてもいいのよ? ただほら、私は芸できないし、役に立たないでしょ? だから毎日一緒に散歩はやめましょってことよ」


 リナとしても、フェイを責めるつもりもない。結果としてこうなっているが、最初は純粋に誘われたわけだし、それ自体は嬉しい。たが半年間ずっとこうだと思うとさすがにうんざりだ。

 その頃にはフェイの芸も飽きられているかも知れないが、それはともかく。


「むー……そうじゃな。ほんとはリナと一緒がよいけど、では芸をせんというわけにもいかんしな。大道芸人をするのも、仕事みたいなもんじゃし」


 マクシムからはいいと言われていたが、昼過ぎの手伝いはほんの二時間足らずで終わることしかしていないから、個人的にも何もしないのは気がとがめる。他の者も楽しんでくれているし、今からやめたとなるとマクシムも困るだろう。


「そうそう。私もできるだけ鳥を狩るから」

「ふむ。しかし、それでは船上を通る鳥しか難しいのではないか?」

「んー、それはそうなのだけど」

「そうじゃ。矢に紐を繋いで引けばいいのではないか?」

「ん、それは……やってみる価値はあるわね」


 重さや風の影響など、普通に射るのとは全く違うことになりそうだが、それはそれで面白そうだ。失敗しても矢は回収できるのだから、損をする訳でもない。

 さっそくリナは矢にロープを結び、支度をして部屋を出ていった。


「ふむ……わしも行くか」


 これから毎日、リナと一緒でないのは少しつまらない気持ちになったが、仕事だと思えば仕方ない。一緒にいないと死ぬわけでもないし、気持ちを切り替えていこう。










「……、!」


 カァ!と鳥が声をあげた。羽の関節部分を矢が貫いたのだ。


「うーん」


 リナは首をかしげながら、腰に結んでいる紐の終わりに手をかけ勢いよくひいた。紐はまるで巻き取り機にでも結ばれているかのように、一度ひかれた勢いのまま鳥を運んでくる。リナが受け止めなければそのま反対側へ飛んでいきそうなほどだ。

 そんな強化による異常な腕力は、しかし今は関係がないので無視をする。


 午前中は紐付きの矢を飛ばす感覚に慣れるため、特に鳥は狙わずに試し撃ちをした。

 午後から本格的に狩りを開始して、10射目にして当たるようにはなったが、まだ理想には程遠い。リナにとって弓とは、狙った場所に寸分たがわず当てられて当然、と言うレベルでないと半人前もいいところだ。


 リナは見晴らしのよい、船の帆先に出る許可をもらって、見張り台のようになっている部分に腰かけて、弓をひいていた。

 そんな上空近い場所で、風も強く、飛んでいる鳥を紐付きの矢で射るのだから、それだけで難易度が高い。

 しかし生来の腕前にくわえて、強化魔法によって今まで以上の飛距離と、風の抵抗を無視できる早さを手にいれ、風を感じとる感覚もより敏感になっていて、それに十分感覚を慣らさせているリナはどんどんハードルをあげていて、まだ物足りないと感じていた。


「まあ、一日かけて慣らしましょうか」


 急ぐものでもないし、とリナは一匹目の鳥の首を折って足場にくくりつけてから、11射目の目標を吟味することにした。


 昔、幼い頃の拙い弓を思い出して、懐かしみながら楽しんだ。








 一方その頃、大道芸人(フェイ)は。


「フェイ君、ちょっと提案と言うか、お願いがあるんだけどね」


 午前中はいつもの営業だったのだが、昼食時にマクシムから頼まれた。何でも、お得意様のお嬢様が乗っていて、部屋から出ないお嬢様が噂を聞いて、大道芸を見てみたいと言い出したらしい。


「全然、断ってくれてもいいんだけどね。ちょっと性格に難があると言うか」

「む? よくわからんが、別によいぞ」


 何故か言い出したくせにマクシムは渋りつつ、部屋を教えてくれた。マクシムの言い方から、わがままなお嬢様なのかと察したが、しかしまあ、一応船員ではあるし、出張営業と思えば別に断ることもない。


 フェイは私の名前も売れたものだと、鼻唄混じりに部屋へ向かったのだった。


 こんこん、と部屋をノックする。


「失礼する。大道芸人を呼んでいると聞いて参ったが、よろしいか?」


 声をかけると、すぐに室内から返事があり、ドアが開いた。

 現れたのは白いエプロンをつけた年若い女性だった。女性は頭ひとつ低いフェイに、一瞬驚いたようだったがすぐににこりとした。


「お待たせいたしました。魔法使いの大道芸人さんですね」

「うむ。フェイ・アトキンソンじゃ」

「ご丁寧に。痛み入ります。私は使用人のタチアナ・リシンと申します」


 使用人だったらしい。意味はわかるが、見るのは初めてだ。使用人と言うことは現在働いていると言うことで、来ている服は船員たちの多くが来ているような揃いの制服なのだろうか。

 ワンピースのような服の上にエプロンと、給士のような格好だ。


 じろじろ見るフェイに、タチアナはくすりと微笑むと、室内へ促すようにドアを開けて、身を引きながら礼をした。


「どうぞ、お入りくださいませ。我らが主、ソーニャ・ブレイフマン様がお待ちです」

「うむ」


 中に入ると、まず第一歩目からふわりと柔らかな感触に驚かされる。目に優しい淡い色合いの毛足の長い絨毯がいっぱいにひかれている。 

 一瞬、このまま靴で入ってもいいのかな?と思わせる。さっき食堂でこぼれていたミートソースを踏んだ後、床にすり付けて落としていたのが嫌に気になる。絶対汚れる。


 ためらうフェイに、気づいたタチアナが少しだけ顔をあげて微笑んで見せた。フェイはそっと魔法で自分を綺麗にしてから二歩目を踏み出した。


 入り口すぐは椅子や小机だけの小部屋で、さらに奥にドアがある。小部屋といってもフェイとリナの船室より一回りは大きく、ちょっとだけ複雑な気分になった。

 フェイが通って入り口が閉められ、タチアナがフェイを誘導して奥の部屋へさらに通す。


 一つ奥が応接間のようだ。中央に豪奢な椅子があり、少女がふんぞり返って座っている。偉そうに肘をついている。


 ティーセットの置かれた小さなサイドテーブルを二つ挟んで、少女のものと同じデザインの椅子がある。

 くいっと少女が顎で向かいに座れとしめすのに、少しいらっとしながら座り口を開く。


「お初にお目にかかる。わしはフェイ・アトキンソン。魔法使いじゃが、故あって船上では大道芸人の真似事をしておる」

「はん? え、なにそのじじくさい話し方。ばっかみたい」

「……」


 帰ってやろうか、と思ったが、いやいや、マクシムの顔を潰すことになるし、芸を見せずに帰るのは駄目だろう。我慢我慢。


「わしの話し方などどうでもよかろう。名乗ったのじゃから、お主も名乗らぬか」

「えー? 私のこと知らないの?」

「タチアナから名前は聞いたが、では、ソーニャと呼ぶがそれでよいな?」

「呼び捨てぇ? まあ、いいけど。じゃ、さっさとやってよ」

「うむ。ではまず火の玉から」


 ぽっと両手に火の玉を出して、お手玉のように右手で宙に放り投げては、もう左手の火の玉を右手にやりつつ、空いた左手でキャッチして、また右手で放り投げてを繰り返すように火の玉を動かす。


 火の玉は魔法で作り出したもので、自分で触っても熱くないようにするのは簡単だ。しかしもちろん、フェイにお手玉などできるはずもないし、そもそも魔法でだした火の玉は浮いているのがデフォルトだ。投げても落ちてこない。

 からくりは簡単で、要するにお手玉してるように見えるように火の玉を飛ばせて、それにあわせて手を宙で動かしてるだけだ。


 お嬢様は先ほどまでのふんぞり返りから一転して、乗り出すようにして凝視して、目を真ん丸にして口元に手をあてる。


「わっ、あ、あつくないの?」

「問題ない。数を増やすぞ。ほれ、ほれ」


 3つ4つと増やしていく。スピードがあがるにつれてフェイの手が追い付かなくなり、火の玉の動き関係なく左右に動かしてるだけだが、動きが早いのでもうお嬢様の目では追えないため気づかれていない。


「ほっ、と」


 特に必要のない掛け声をかけて、一気に火の玉を消す。気にくわないと思ったお嬢様だったが、なかなかどうして反応がいい。

 いい気になったフェイは、そのまま水球のお手玉に変えて、椅子から立ち上がってお嬢様のまわりを一周する。

 当然ながら全くぶれない安定したジャグリングに、お嬢様はほわぁと高飛車系わがままお嬢様のキャラを忘れたかのように目を輝かせた。

 そして椅子に戻って、改めて水球も消した。


「こんな感じじゃな。どうじゃ?」

「すっ、凄いじゃない! 魔法使いって言ってたけど、火と水は自分で出してるのよね? すごい!」


 いい子ではないか、とあっさり評価を改めて、フェイはにこにこしてうんうんと頷く。


「もっと見せてよ!」


 お嬢様、ソーニャの催促にフェイは笑顔で次のパフォーマンスの為、手を広げた。








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