海
第147話 出港
海水浴から数日後、ついに船の出港日がやってきた。リュドミラとリディアに見送られ、船に乗りこむ。
「また、縁があれば、会うこともあろう。達者でな」
「うん、二人とも、向こうでも頑張ってね!」
「今までありがとう。世話になったわね。二人も元気で頑張ってね」
「おうよ。ま、精々頑張りなよ」
見送りでまで何やら言うほど、リディアは狭量ではなく、半泣きになるリュドミラの頭を撫でながら気持ちよく見送ってくれた。
すでに船着き場にて遠目に見ていたが、船はかなりの大きさで、乗り込むとより、その大きさを実感する。
甲板は走り回れるほど広く、大きな帆が並んでいるのを下から見上げるとまた迫力が違う。船は基本的に水に沈んでいる部分に倉庫や部屋が存在している。水面より上に突き出た建物部分は重要施設と、よほどのVIP用の部屋と言うことで、フェイとリナは下の部屋に通された。
1階部分なのでかなり優遇されていると行ってもいい。宿に比べてもかなりこじんまりとしているが、陸と違いとにかくスペースに困る船上だ。寝て着替えてとするには十分なので贅沢は言えない。
リュドミラの叔父、マクシムは自ら二人の乗り込みに付き添い、船員に紹介して回る気合いの入れようだった。
身内として乗ると言うことで一応客員ではなく、手伝い要因の船員扱いになるのだが、雑用などはしなくてよいらしい。どのように紹介されているのかは気になるが、とりあえず二人としては鳥を狩るのを頑張ろうと決めた。
そうして、船はついに港を離れた。
「おお……思ったより、ゆっくりとしたものじゃな」
「いや、風も強いし、速い方じゃないかしら? 飛行と比較しちゃ駄目よ」
「そんなものかのぅ」
フェイが思っていたよりはゆっくりと、船は海へ旅立っていく。
遠くなる港に、フェイとリナはしばらく甲板から景色を見ていたが、水平線の向こうへ消えるより前に飽きた。
「さすがに今すぐ、鳥をとることもなかろう。何か手伝うことはないか、聞いてみるか」
「そうね。掃除くらいなら手伝えるしね」
と言うわけでマクシムに聞きに行った。マクシムはあくまで商人で、向こうについての商戦がお仕事だ。また船操作に対しては素人なので、船上ではあまり仕事はないが、それでも人員削減のため雑用などはしていると聞いている。
マクシムからは何も具体的なことは言われてないが、マクシムの手伝いをすればいいんだろうと二人は何となく思っている。
マクシムは甲板を1階として、下向き2階部分のフェイとリナの同じ階層の、階段脇の部屋を自室としている。そこを訪ねると目当て通りマクシムはいた。
「やぁ、船旅は順調かな?」
「うむ。揺れる船に乗っているのはやや慣れぬが、問題ない」
「そうか。船酔いするのも珍しくないから、おかしいと思ったらすぐ言ってくれよ」
「ありがたい。それで、何か手伝うことはないかと思ったんじゃけど。掃除でも何でもするぞ」
「ん? んー、そうだね。気持ちはありがたいけど、今すぐは、さすがにないかな。もっと落ち着いて、お昼を過ぎてからはまた掃除なんかもあるし、鳥もくるだろうから、それからだね」
「ふむ。そうか」
「わかりました。ありがとうございます。では、またその時には、気兼ねなく指示してもらえると助かります」
「ああ、わかったよ。また昼には迎えにいくから」
と、言うことで結局やることはなかったので、一先ず与えられた部屋へ戻った。
靴を脱いでベッドに思いきりダイブして、フェイは意味もなくごろごろと端から端まで転がって、起き上がる。
隣のベッドに腰かけて、改めて鞄の中身をチェックしだしたリナを見て、上体をリナ方向へ倒した。
「うーむ、暇じゃのぅ」
別に、部屋でだらだらするのも珍しくない。一日中こもっていると言うことは少ないが、休日でも朝や夜はだらだらとベッドにいることは少なくない。
リナはんー?と鞄から、夜に必要になるだろう着替えを出して準備をしながら、フェイに声をかける。
「まだ数時間もたってないわよ? 船の中でも散歩に行く?」
「悪くはないが、さっきマクシムに連れられて一通り見たからのぅ」
「外で風に当たるとか?」
「さっきまでやっておったし」
「まあ、そうよねぇ」
無理にそれをしたところで、旅はまだまだ続くのだ。これから先、もっともっと飽きてしまうだろう。
「うーむ、むぅ、むー」
フェイは寝転がったままずりずりと、匍匐前進で移動して、三十センチほどのベッド間もそのまま乗り越えて、リナの隣まで唸りながらやってきた。
「そんなに唸って。なぁに? 甘えん坊の気分なの?」
「別に、そう言うわけではないんじゃけどぉ。膝枕をしてくれんか」
「いいわよ」
リナは微笑んで、鞄を膝からおろして、自分の空いた膝をぽんと右手で叩いて促した。フェイはにやにやしながら、どーん、と効果音を口で謂いながらリナの膝に頭をのせた。
「むふふ、リナ、好きじゃよ」
「なぁに? 今度は頭を撫でてほしいっておねだり?」
フェイが左手でリナの膝頭を撫でながら告白してくるので、リナは笑いながら、右手でそっとフェイの頭を撫でてあげる。
「うーむ、それもよい。じゃけど違うぞ」
「あら、何か理由があるの?」
「うむ。リナがおらんかったら、退屈で死んでおったと思っての。リナと連れ添えてなければ危なかった」
「大袈裟ねぇ」
「なんの。リナと出会えたことは、私の人生最大の幸運に違いないのじゃ。そう思うと、しみじみと好きじゃなぁと思ったんじゃよ」
「……もう、そんなに私をときめかせて、どういうつもりですか?」
フェイの大袈裟なほどの言葉に、リナは照れ隠しに左手も使ってフェイの頭を撫で撫でする。
「別にどうもせんけど。む、そうじゃ。もっと私のことを好きになればよいぞ」
「もうとっくに、フェイがなにもしなくても、どんどん好きになってますよー、だ」
さらにリナの手が縦横無尽に頭からはみ出して首筋や頬まで撫でてくるから、くすぐったくてフェイは声をもらす。
「ふふふっ、リナ、くすぐったいぞ」
「私の胸の方がくすぐったいわよ」
「訳がわからぬ。どれ、私もくすぐってやろう」
「ちょっと、ふふっ、くすぐってるわけじゃ、ぁははっ」
フェイがリナの胴体に手を伸ばしてくすぐりだして、笑いながらくすぐりあいっこをすることになった。
○
マクシムが迎えに来て昼食をとった。内容は特に船上だと意識させるようなものではなく、ごく普通の料理だった。
マクシムが言うには、生物が食べれるのは今だけなので、しばらくは陸と変わらない料理らしい。その後のことはあまり考えないようにしよう。
「じゃあ、片付けを手伝ってくれるかな? ほんと、嫌ならいいんだよ? なんならもっと船旅が後半になってから、鳥をとってくれれば、それだけでいいんだよ? 僕に魔法は見せてもらうけど」
「くどいの。やると言ったらやるんじゃ」
「そうですよ。何もせず無料でのせてもらうのは、気が引けますし、暇潰しにもなりますから」
「そうか。まあ、助かるけどね。僕としては、魔法が見たいな、なんて。空を飛ぶとか、リュドミラから聞いているしね」
物凄く期待するような目で見られた。一瞬だけどこぞの魔法師を思い出して面倒に思ったが、しかし相手は付き合いの浅いマクシムだ。
また違うことだと思い直して、フェイは魔法を使って見せてやることにした。
お仕事は食堂内の片付けで、テーブルに残されているお皿を下げたり、机を拭いて床をはくまでが掃除だ。皿洗いは料理担当の者がやっているのでいいそうだ。
無理矢理全部を魔法でできなくもないが、リナも言ったように暇潰しも兼ねているのだ。
全部やることもない。なので一番簡単な、お皿を下げる作業をすることにした。
「ではマクシム、行くぞ」
「待ってました!」
食堂の片隅に立って、魔法を行使する。
一番近くのテーブルのお皿が浮かび上がり、全てが宙で重なり一塊になると次のテーブルに移動して、そちらのテーブルのお皿も浮かばせてさらに重ねる。
そうした動作を繰り返して、また重なりすぎたら途中で二つ目の塊にわけて、として最終的には洗い場の隣にまで、高く積まれたお皿の山が飛んでいき、そっと下ろした。
そのフェイが始めた魔法に歓声をあげたのはマクシムだけではない。他にも片付けをしようとしていた、マクシム以外の事務員や、皿洗いの料理人たちが、浮かび上がる皿にすぐに気付き、声をあげた。
最後に山のようなお皿が置かれた際には大喝采にて迎えられ、フェイはやぁやぁと手をあげて応えて鼻高々な気分であった。
「凄い! 凄すぎるよ! フェイ君!」
「ふっふっふ、まぁの。それほどでもあるがの」
「でも、最後ちょっと危なかったわよね」
「む。き、気づいておったか」
最後のテーブルで合体し、お皿の塊が大きくなりすぎて、奥の洗い場の辺りとの距離感がわかりにくくなっていた。塊を一列ずつ移動して置けばいいのに、迫力を優先してそのまま動かしたので、一度軽く壁とぶつかっていた。
死角ではあるが音は聞こえるので、すぐに察して位置を修正して置いたので、割れずにすんだが、危なかった。皆が気づいていて避けていたので問題なかったが、もし人が近づいてもわからないし、より危ないところだった。
「まぁ。フェイは普通にしても凄いんだから、無理に派手に見せるよりは、安全性を優先してね」
「うむ。肝に命じよう」
リナの注意を受けて、フェイはちょっとだけ気まずそうに照れ笑いしながら頷いた。それを見ていたマクシムは首をかしげてから、瞳を輝かせる。
「僕にはよくわからなかったけど、そうだね。無理はしないでいいんだよ。で、他には? 他の作業も魔法でできるのかな?」
「ん? まあ、出来んことはないが、今日はもういいじゃろ。後は普通に手作業でしようではないか」
「あ、そ、そうかぁ。じゃあ、うん。そうしようか」
マクシムは残念そうにしながら、だけどまだ初日だ。マクシムは頷いた。
「じゃあ、マクシムさんに見せる魔法は一日一回くらいで大丈夫ですか? 手作業での雑用をした方が、手慰みになりますから」
「う、うん。全然いいよ。じゃあ、改めて掃除をしようか」
それから三人で掃除を開始した。マクシムがリナのちゃかちゃかした動きに驚いたりしたが、概ね問題なく掃除は終わった。
そうしたらまたすぐには仕事はない。マクシムから、何かしら手が必要になったら声をかけるからと言われて、二人は解散させられた。
○
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