第151話 金遣い2

 フェイに手入れをした靴を渡したリナは、どこまで言ったかと一瞬視線を右上へしながら口を再度開く。


 「それで、えっと、なんだったかしら。フェイはとにかく、お金のありがたさをわかってないのよ。この間も、美味しいからって三つも高いお茶っ葉買ってきて、しっけないようにしてって言ったのに放り出して。飲みきる前に駄目になっちゃったらどうするのよ。計画性もなしに買うだけ買って」


 リナは立ち上がり、目の前のベッドに座るフェイに対して仁王立ちするようなポーズでお説教を続ける。

 渡された靴は、とりあえずまた視界にはいって怒りの再発に手を貸したら困るので、そっと魔法でリナの死角を通るようにして棚の中へ飛ばして、棚を閉めた。


 リナはそうとう怒っているようだ。とっても面倒くさい。それに怒った顔のリナはあんまり可愛くない。反省した反省した。


 フェイは先程脱いでおいたサンダルを足にひっかけて、勢いよく立ち上がった。


「ん!?」


 すぐそこに立っていたリナは、その勢いに思わず体をのけ反らせるので、フェイはつま先立ちをして、リナにキスをした。


「ちょっとフェ」

「悪かった。私が全面的に悪かったから許してくれ。もう無駄遣いはせん。高いものを買うときはリナに相談する。食べ物を買ったらリナに報告する。それでよいじゃろ?」


 半ば抱きつくような姿勢で自然に上目使いになり、小首を傾げて尋ねるフェイに、リナは少し勢いを消されて鼻白みながらも、仰け反るのをやめて押し返す。


「あ、あのねぇ。私そんなこと言ってないじゃない。何よ、私のこと悪者扱いして」

「そうではない。私がそうしたいのじゃ。だいたいあれじゃろ。妻になるリナには財布を預けるべきじゃったの。うむ。そうじゃ」

「つ、妻って」

「リナはの、笑ってる顔の方が断然可愛いからの。そう怖い顔をするでない」


 フェイがリナの体を引いてベッドに座り、リナは思わずフェイの肩に右手をかけて被さるような姿勢になる。


「誰のせいで。ん。ちょっと。もう。キスすれば誤魔化せると思ってるでしょう。だいたい、前からフェイは、そうやってすぐ誤魔化そうと」


 そのリナの右手首を右手でつかみ、フェイはそのまま寝転がってリナを引き寄せて、さらにキスをする。

 リナはもう怒りと言う感情はなくなってしまったが、うやむやにしては駄目だと理性がなんとか眉をしかめさせた。


「じゃからぁ、もうせんてば。リナに任せるから、許してくれ」

「そんなこと言って、めんどくさいだけでしょう」

「うむ。それもある。じゃけど、リナ、私の面倒みるの好きじゃろ? よかろう」

「……嫌いじゃないけど。でも」

「とにかく、それでよかろう。私も反省して、リナに任せるんじゃから、今後は無駄遣いもないし。解決じゃ。この話はこれでおしまいじゃ」


 そう言いながらフェイは強引にリナの体を引き寄せ、さらにキスをする。


「……もう。いいわよ。でも言ったからには、私が本当に財布を握るわよ。無駄遣いさせないわよ」

「無論じゃ。リナに嘘など言わぬ。さ、もっと可愛い顔を見せるがよい」

「……もう。ほんと、ズルいんだから」


 リナは一度唇を尖らせてから、微笑んでフェイにキスを返した。







 フェイとちゅっちゅしたリナは、そのままだらだら過ごし、そろそろ夕食の為に、途中で終わらせた片付けを適当に終わらせないと、と思ってフェイから離れる。


「むー、どこへ行こうと言うのか」

「どこにも行かないわよ。片付け、終わってないから。手伝う?」

「む。必要ならば手伝おう」

「別に必要ではないわ。すぐ終わるし」

「ならば手伝わん」

「ならば、大人しくしていなさい」

「うむ」


 フェイはベッドに寝転がったまま天井を仰いで、仰々しく頷いた。その様子に苦笑しながら、リナはベッドから下りて、棚を改めて開けて中を覗きながら口を開く。


「そう言えばフェイさー」

「なんじゃー? もう怒られることはないはずじゃけど」

「違うわよ。フェイ、背が伸びたんじゃないかなって思って」

「!? まことか!?」


 思わず飛び起きて、リナのところへ飛び付いて尋ねるフェイに、リナは背中にべたりとくっついたフェイを一瞬だけ振り向いてから、すぐにそのまま作業にかかる。


「さっきフェイがキスしたときに、何となく伸びたかなって。最初の身長ははっきり覚えてないけど、たしか……私の肩くらいだったかしら? 今どのくらいだっけ?」

「確認しよう。さぁさ、立つがよい」

「後じゃだめ?」

「リナから話をふったのではないか。片付けを手伝うから」

「わかったわかった」


 リナが立ち上がり、フェイもサンダルを取り寄せてはいて、リナの正面に立つ。

 フェイの頭の先っぽは、リナの鼻先に迫ろうかと言うほどになっていた。今まで徐々に徐々に伸びてきていて、全く気づかなかったが、ずいぶんとフェイの身長は出会った当初からは変化していた。


「ふふふ! これは、これは。これでは、すぐにリナの身長もこしてしまうの」


 これが身長の打ち止めとも知らず、はしゃいで大言壮語するフェイ。

 リナとしては可愛いフェイも捨てがたいが、喜んでいるのに水を指すこともない。一緒に相づちをうって喜んであげる。


「そうね。私もそう身長の高い方ではないしね」

「うむ。まあ、暫し待つがよい。すぐに頼りがいのある大人になるがゆえに」


 大人になると言うなら、身長より大事なことがあるだろうと思ったが、まあそれも流してあげる。今だって、頼りになるところは十分あるし、可愛いし、ちょっと甘えただったり雑だったりまあ色々あるが、許容範囲だ。

 金銭関係と女性関係さえ問題なければ、リナにとってフェイの欠点はないに等しい。


「フェイのことなら、今でも頼りにしてるわよ」

「うむ? そうか。ならいいんじゃけど。しかし、背は高いにこしたことはないからの」

「そうね。私としては低くても可愛くて好きだけど、高くても格好いいわね」

「うむ。すぐに格好よくなって、リナは惚れ直してしまうぞ」

「いやぁね。いつだって惚れ直してるわよ」


 等と話しながら、とりあえず片付けは行い、マクシムが迎えに来るまでまたいちゃいちゃした。








 少し退屈で、今までとは少し違った船上生活も早半年近くが経過した。

 ついにもうすぐ、魔法使いの国があると言うアーノル大陸の港町、トウデイに到着するのだ。


 いい加減ネタギレとなってソーニャに大道芸関係なくただの茶飲み話をするだけの日々も、どんどん船が移動をして群れが変わるからか狩っても狩っても警戒心なくやってくる鳥を作業のように狩る日々も、皿洗いや甲板掃除、やる方が飽きた大道芸回りの日々も、ようやく終盤へと近づいているのだ。


 そう思うと何だか感無量だ。思えば、冒険者生活では殆ど1日一緒だが、朝から夕方まで出掛けているので夜しかいちゃいちゃしていない。

 しかし船では手伝いやらなんやらをした上で、朝にも昼過ぎにも夕方前にもいちゃいちゃする時間があった。週に一度の休みも出掛ける先がないのでほぼ二人きりだった。

 これはこれで貴重な生活だったかも知れない。


 などと早くも旅のしめにかかろうとする二人は、そろそろかなーと甲板に出るがまだ港町は見えない。


「まだ見えぬのぅ」

「そうねぇ」


 昨日、マクシムからもうつくよ。明日には到着するかも等と期待を持たせられたのだが、まだ見えない。到着するぎりぎりまで見えないと言われていたが、しかしまだか。


「うーむ」


 ため息と言うほどではないが、鼻から息を吐きながらフェイはちらりと隣のリナを見る。海風に流れる風を右手で押さえつけながら、目を細めて水平線の向こうを見ようとしている。

 何となくキスしたいな、と思ったフェイだが、さすがに甲板だし自重して、リナの左手を右手で握るだけに抑えた。


「! フェイ……いちゃいちゃ禁止って決めたじゃない」


 リナは手を振りほどくほどではないが、ちょっとだけ唇を尖らせながらフェイに苦言を呈す。


「わかっておる。破っておるわけではない。甲板はひろいからの。はぐれたら大変じゃ」


 そんなわけはあるはずもないが、まあ、いいかとリナはフェイの手を握り返した。


 この船に置いては基本的にペアで行動していたし、顔の売れたフェイなのでついでとしてリナもフェイの恋人として認識されている。

 二人一緒にいるとからかわれることも何度かあったくらいだ。いずれもフェイと言う大道芸人に対する好意的なものだったので、嫌な気分ではなかった。


 そんな状態なので、まあ今更、手を繋ぐくらいはいいだろう。本当はリナだって、繋ぎたいのだから。


「仕方ないわねぇ」

「うむ。甲板が広いから仕方ないの」


 ずっと待っていても仕方ないので、これで最後だと二人で大道芸回りをして部屋に戻った。


 夕食まではまだ少し時間がある。わざわざ迎えに来てもらわなくてもいいのだが、船員は食事の時間が決められているからと、結局最後まで毎回マクシムが迎えに来ることになった。単についでに魔法を見せてもらえないかと言う下心だろうが。


「ふーむ。これで最後か」


 ベッドに座ったフェイは陸が待ちきれないような、だけど船旅が終わるのが勿体ないような気持ちで、そわそわしながら声に出す。


 ソーニャお嬢様には、もう前回時点で最後だし御褒美だとお菓子ももらってきたし、今から鳥をとっても仕方ない。

 さすがに一度で全員分の鳥は難しいが順番にはみなが食べれる程度で、定期的に量を狩っていたので、魚も鳥も飽きたとなるほどだった。


「そうねぇ。何かやり残したことはない?」


 もうやることもないな、と思いながら、向かい合うように自分のベッドに座ったリナが尋ねる。 フェイはん、と一度リナへ視線をやってから、にんまり笑う。


「うむ。そうじゃのう。キスがしたい」

「そんなの、しょっちゅうしてたじゃない。思えば自堕落な日々だったわ」

「じゃから、最後じゃし。よかろう」


 すすす、とフェイはリナの隣に座り直した。リナは満更でもない顔で、ちょっとだけフェイに身を寄せる。


「いいけど、ちょっとだけよ? もうすぐマクシムさん来るし」

「見せつけてやればよいじゃろ」

「フェイ、もしそうなったら本気で怒るわよ」

「冗談じゃ。リナの可愛い顔を、私以外に見せるようなことはせんよ」


 言いながらフェイは顔をあげて、リナに口づけた。








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