第126話 恋人とは2
リナが朝っぱらから大事な話があると言うことで、された話をどちらも問題ないと答えたのに、どうにもリナは反応が薄い。
歯切れの悪いリナの反応に、フェイはまた首をかしげてから、はっと右手で口元を押さえた。
さっきからリナは子供ができないだの、世間体がよくないだの言っているが、ようはこれ、別れ話をされていると言うことではなかろうか。
同性だとカップルが少ないと言うのは意外だが、言われてみれば見たことはないかも知れないし、国や地域によって風土と言うとのがあるのでこの国ではそうだと言われたら納得するしかない。
しかし驚いているのはフェイだけで、リナは当然知っていた上でフェイと恋人になってくれたのだ。なのに今さらそんなことを言うなんて、明らかにおかしい。
(遠回しに、やっぱり恋人やめようと言われておるのか!? そんな、い、嫌じゃ!)
フェイは半泣きになりながら、リナの手をつかんで、リナを説得すべく勢い込んで口を開く。
「わ、私は、別に、多少問題があったとしても、リナのためなら、なんじゃって、するつもりじゃ。それは、リナが好きじゃからじゃ。リナは、私のこと、嫌いになったのか? あ、さ、さっきの、私が寝たふりしたからか? あれは、その、違うんじゃよ?」
勢いがいいのは最初だけで、段々声が小さくなるフェイ。真っ直ぐに向けていた視線も徐々に下がってしまって、胸の前にあげていた手も力なく、リナの左手ごと膝の上にまで落ちてしまう。
「り、リナ……私の、悪いとこ直すから、許してくれんか? な? 私、もうわしって言うのも全然ないじゃろ? 心の中でもの、もう二人の時は私って言っておるからの」
「フェイ……」
リナがフェイの名前を呼び、握られていた左手と右手も使ってフェイの両手をとって、再び胸元まであげてぎゅっと握った。
その動きに恐る恐るフェイは顔をあげる。
「ごめんなさい、フェイ。別にあなたがどうこうって訳じゃないの。私、フェイのこと大好きよ。可愛いところも格好いいところも大好き。そのままでいて」
「……別れ話ではないのか?」
「違う違う。でも誤解させるような態度をとってごめんなさい。ただちょっとだけ、不安になっちゃっただけなの。本当にごめん。こんな私でも、これからも恋人でいてくれる?」
リナは瞳をうるませ、不安そうに睫毛を震わせてそうフェイに尋ねる。もちろん、フェイの返事は決まっている。
「もちろんじゃ! リナとは死ぬまで一緒におるぞ! 絶対じゃ!」
「女同士でも?」
「全然問題ないし、そんなこと関係ないじゃろ。リナが世間体が気になると言うなら、今後も私がずっと男と言うことでよいじゃろ」
「っ、フェイ! 大好き!」
リナはぱあっと不安を吹き飛ばして笑顔になって、フェイにがばっと抱きついた。フェイは抱き締めかえしながら、リナに負けないくらいの声で応える。
「私もじゃ!」
(なんじゃ、そう言うことか! 全く、リナは心配性じゃのう。そこも可愛いがの。これからは、私がリナを守ってやらんとな!)
○
昨夜からしていた心配はどうにも杞憂だったらしい。
(て言うか、基本的な子作りを知ってても、神様が子供をくれるって信じているフェイには、もう何にも言えないわよね。私は伝えられることは伝えたし、フェイは女同士でも関係ないって言ってくれたんだし、これでいいわよね。フェイ可愛いし!)
リナはふっきることにした。元々リナ自身は女同士であることなど子細承知の上のことだ。フェイに伝えた上でいいからいいからと言われたのだから、もはや思い悩むことはない。
神様うんぬんに関しては、リナとフェイに見解の相違がみられるが、信仰する神も違えば熱心な教徒でもなく何となく親と同じ太陽神を信仰しているリナが何を言っても説得力はないだろうし、デリケートな部分なので突っ込むのはやめておこう。
「じゃあ、とりあえず今日も仕事に行きましょうか」
「うむ! お腹が減った!」
「ええ、もちろんお腹を満たしてからね」
話を終えて、二人で朝食をとる。改まって話し合いをしたからか、初めてキスをしあった照れ臭さはあるものの、昨日までのやたら意識して距離をとってしまうと言うことはなかった。
手を繋いで宿を出て、教会へ向かう。
「今日は何をしようかのー」
フェイは機嫌よく、リナの右手と繋いだ左手をぶんぶん振りながら、鼻唄まじりに歩いている。とても可愛らしい。
昨日までのリナと目が合い、手が触れる度に恥じらっていた様も可愛らしく、つられてリナもいちいちときめいたけども。でも今のように天真爛漫な様のフェイのほうがらしくて、リナも嬉しくなる。
「おっ、フェイ! よっす!」
「おお、ガブリエルか。おはよう、昨日は世話になったの」
教会に入ってすぐ、ガブリエルが表れた。リナのテンションは急降下である。しかしフェイが上機嫌のままガブリエルに挨拶しているので無視するわけにはいかない。
「おはよう、ガブリエル」
「おお、エメリナもな」
「そうじゃ、ガブリエル。昨日の礼に、今日はわしがお主に晩飯をおごろうではないか」
「なにっ! なんだよおまえ、さては、いいことがあったなー?」
フェイの提案に、ガブリエルはにやーっとフェイとエメリナを見比べて含み笑いをする。そう言えばこの男の入れ知恵が元だったかと、リナの頬は赤くなってしまうが、フェイは恥じることなどないとばかりに力強く頷く。
「うむ! それもその時に話そう」
「おっけ! もちろん今日も男同士でってことでいいよな?」
「うむ、そうじゃな。リナ、すまぬがそう言うことで頼む」
「まあ、いいけど」
別に、フェイの交遊関係にケチをつけるつもりはない。ガブリエルはリナにとっては感じが悪いが、依頼を共にするには問題ないし、妹とは交遊があるのである程度は信頼している。
でもちょっとだけ、フェイが自分からリナを外して男と二人きりで話をしようとしたのはちょっとだけ、気にくわないけど。でも男同士でと言うことになっているし、フェイ自身がその気持ちみたいだし、全然いいんだけど、別に。
と全然よくないし気にしているリナだが、フェイはその微妙な態度には気づかず、ガブリエルに夜について話した上で、今日も依頼をしようぜと誘っている。
「そうだなー、今日は無難に唸り馬と捻り鹿にしておくか」
「そうじゃな。今日のお主の連れは?」
「昨日と同じだな」
○
本日の依頼はすでに経験のあるものだ。さくさくっと依頼をこなした。昨日の分まで取り返すとガブリエルが非常にやる気をだしており、本日はそれなりに儲けることができた。
いつもより少し遅い時間になったが、ガブリエルとフェイは約束通り二人で食べに行くことになった。
「っかー! 労働の後の酒はうめぇなぁ!」
ガブリエルは昨日より大きなジョッキで酒を注文し、運ばれてくるなり、勢いよく2杯分飲み干した。フェイは普通のカップで飲み干した。
「うむ、しかり。普段あまりお酒は飲まないんじゃけど、うまいの」
「ん? そうなのか? おいおい、男が酒飲まないとか、価値さがるぞ」
「そうかの? たまには飲むが、リナがあまり強くないからの」
フェイとて、凄く強いと言うことはないのだが、何度か飲んだ感じ、リナよりは強いようだ。少なくともリナと同じペースで杯をあけても、リナより酔わない。なのでリナにあわせるため、割りとフェイはハイペースで飲むのが癖付いている。
「もう尻に敷かれてんのかよ。ま、お前がいいならあんま口だすつもりねーけどよ。いいように使われてんじゃねーだろーな」
「んー? なんじゃ、わしのこと心配しておるのか? お主はいいやつじゃのぅ」
「ばか、何言ってんだ。おら、飲め」
「うむ。どれ、わしも注いでやろう」
「おう」
やってきたツマミを食べながら杯を重ねつつ、フェイはそうそうと酔いかけてきている頭で本題へと入る。
「ガブリエル、昨日はアドバイス、ありがとう。さっそくじゃが、リナとキスをしてきたぞ」
酔い以上に赤らんだ顔で報告するフェイに、ガブリエルは乱暴な手つきでその頭を撫でてやる。
「よくやった! お前はやるときはやる男だな!」
ガブリエルは可愛い弟分のようにフェイを可愛がっているつもりだが、髪の毛がぐしゃぐしゃにされて頭を揺らされているフェイはたまったものではない。
「や、やめんか!」
ガブリエルの手を払いのける。その態度にもガブリエルはからから笑う。
「で、どうだった? 舌はまだか? あ、ついでに胸のひとつも触ったか? おっと、エメリナは触るほどなかったか。すまんすまん。わははは」
随分と酔っぱらっているようだ。リナがいれば激怒するような発言だが、フェイは意味がわからず首をかしげた。
「いや、しておらんけど、何故胸を触るんじゃ?」
「んだよ、ほんっとお前はガキだなー」
「なんじゃよ。と言うか、やはりキスにはその先があるのじゃな。教えよ」
「ちっ、しゃーねーなぁ。いいかぁ」
「うむっ」
さらに杯をあけてから、偉そうに腕を組んで講釈をたれようとするガブリエルに、フェイはわくわくと目をきらめかせながら促す。
その様子に得意気に口を開いてから、はっとガブリエルは右手で自分の口を押さえた。
これは、教えたらもう今日にでも実践するのではないか、と思い至ったのだ。ガブリエルは彼女がいたことはある。しかしそれは四年前の話で、最後までいくこともなかった。
フェイのこのペースであれば、もしかしなくても一足飛びに、ガブリエルを通り越してすぎてしまうかも知れない。弟分が兄貴を越えるなんて、そんなことがあっていいのだろうか。否、そんなことが許される訳がない。
ガブリエルは自然さを装って手をおろし、腕を組み直してからフェイに顔をよせる。
「まあ、まずキスだけど舌をいれろ。あとはまあ、触ることもある。以上。これで全てである。あとはお主しだいじゃ。これにて免許皆伝じゃ」
「おお、免許皆伝か!」
「うむ」
「それはいいんじゃが、何ゆえその話し方なんじゃ?」
「なんかちょっと面白くね?」
「わしは面白いから使っておるわけではないぞ!」
「まあそう怒るな。教えてやっただろ」
「うむ? まあそうじゃな」
「おう、まあテキトーにいちゃいちゃしてろや」
フェイが満足したことで、ガブリエルもよしよしと元の体勢に戻って頷く。
これで解決である。この程度ならガブリエルも経験済みである。しかし全く可愛い弟分である。最初は小生意気なやつだと思ったが、能力もあるし素直である。
「さて、んじゃ、もっかい乾杯すっか」
「うむ」
さらにもう一杯飲み干してから、ガブリエルはふと思いついた話題を振ることにした。
「そういやお前ら、旅してこっち来たんだよな。まだずっとここにいんのか? またどっか行くのか?」
「む、そうじゃな……うむ、行くぞ」
「お、行き先も決まってんのか? いつ行くんだ?」
「いや。何も決まっておらん。しかし、色んなところへ行って、知らないことを知りたいと思う。世界はひろいからの」
「へぇ」
ガブリエルはこの地方から出たことはないし、今後もこの街から出る予定はなかった。しかしフェイがそんな風に、楽しそうに語るものだから、外に出るのもいいなと思った。もちろんそれを見た目に出すことはしないが。
「ま、出ていくときは、挨拶くらいしてから行けよ」
「うむ。わかっておる。お主は家も知っておるからの」
「よし。んじゃ、お前の門出を祝って、先に乾杯しておくか! この一杯分だけおごってやるよ」
「うむ、よかろう!」
この後、乾杯はさらに10数回行われたが、何とか日付が変わる前には宿へ帰ることはできた。
○
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