第125話 子供の作り方

目が覚めたリナは、目の前にあるフェイの寝顔に珍しくはっと勢いよく目を覚ました。


「……」


 すやすや眠るフェイ。とても可愛い。ではなくて、昨日キスをした。正確にはされた。思い出すだけで鼻血がでそうなほど顔が熱くなる。

 だけど同時に、凄まじい罪悪感に襲われる。幸せすぎて脳みそがとろけそうなのに、罪悪感に泣いて許しを請いそうになる。


 だってリナはフェイを騙しているのだから。もちろんそんなつもりはなかったし、意図したのではない。だけどフェイの勘違いを正さなかった。

 このままでも不利益があるわけではない。これが男女で本当に子供ができるならともかく、そうではなく、何をしたって勝手に子供ができたりしない。本人から望んでいる。

 そうは言ったって、フェイは女同士でも何も問題ないと思っているのだ。本当は一般的ではないし、子供はできないし、役所に届けて婚姻することもできないし、回りにもマイノリティと言う目で見られるのだ。

 それを知ったフェイがどう思うか。


 もちろんリナに、隠していたなと責めることなんてありえないだろう。フェイは心優しいのだから、むしろリナに謝るかも知れない。

 問題なんてないかも知れない。フェイが勝手に勘違いをしてるだけだ。だけどそう割りきれない。リナはフェイには誠実でいたい。


 結局のところ、フェイを純粋だなんだと思うリナだが、十分にリナだって善人なのだ。人を疑い怪しむことを覚えても、親切を振り撒くほど聖人でなくても、誰かを陥れたり、人を騙したりなんて言う犯罪はしたことがない。

 まして相手はフェイなのだ。これ以上黙っているのは、リナの良心が悲鳴をあげてしまう。


 それに罪悪感もだが、もうそれでは我慢できないと言う思いもある。リナはフェイに言いたい。それを伝えた上でリナへの思いを貫いてほしい。

 そんなの関係ない!って言ってほしい。リナの思いを肯定してほしい。


 フェイにちゃんと話そうと決めて、リナはフェイを起こすことにした。肩を揺らして声をかける。


「フェイ、起きて」

「む、むぅ……うー、ちと待ってくれ、うん、あとちょっとだけ」


 よほど眠いのかフェイは目をこすりながらも、一度も目を開けないまま、上布団を引っ張り直してリナと逆方向へ寝返りをうった。


「……ちょっとだけよ」


 昨日は遅かったし、仕方ない。けしてフェイの可愛い仕草に負けたわけではない。


 とりあえず、着替えて身支度を整える。今日を頑張ればまた週末がやってくる。そう思うと少しだけ、フェイに話すのはまた改めて休日に時間をとってからでもいいかな、なんて気持ちが湧いてでてきたが気合いで却下する。

 そんなことになれば、絶対また来週と後回しになって結局先伸ばしになることは見えている。自分がへたれであることくらいは自覚しているリナだった。


「よし、フェイー、起きて」

「うー」


 先ほどから10分ほどたったので十分だろうと、再度声をかけると、フェイは嫌々と首を振ってぎゅうと目を閉じるのに力を込めた。半分以上起きているだろうに強情な。

 リナはふふっと笑いながら、いたずら心がわいてきて、フェイに顔を寄せて耳元で囁く。


「フェイ、起きてくれなきゃ、キスするわよ」

「!?」


 フェイは目を見開いて勢いよく起き上がる。リナは目が開いた瞬間に顔をあげたので、ぶつからずにすんだが、物凄い勢いだ。

 見開いたままリナを凝視し、呆気にとられるリナに向かって息をつくように口を開いた。


「ゆ……夢ではなかったのか」

「え? 昨日のこと?」

「う、うむ。酔っ払っていた故に、いい夢じゃったし、起きたくなくて……は! リナ!」

「は、はい!」


 頬を染めてうつむきながら呟いてから、フェイはまたぱっと顔をあげる。その勢いにつられてリナも背筋を伸ばして返事をする。


「わ、私はまだ起きておらんぞ!」

「え?」


 困惑するリナを無視して、フェイは起き上がった時と同じくらい勢いよくベッドに寝転んだ。


「え? フェイ?」

「寝ておるー、私まだ起きておらんぞー」


 ちらちらと左目だけをあけてリナを見るフェイは、思いっきり喋ってるし起きてる。だけどその理由がわからないほどリナは鈍くない。


 (き、キス待ちか……!)


 確かにさっきそう言ったし、寝ぼけるフェイにキスしてやろうと思ったけれど、こうして改めて待たれると、どうしたって気恥ずかしい。

 だけどもちろん、嫌ではない。


 リナはそっとフェイに顔を寄せて、フェイの唇にキスを落とした。


「……うむ! 起きた! おはよう、リナ大好き」

「お、おはよう」


 ぱちりと目をあけて、照れつつも笑顔で挨拶してくるフェイに、リナも照れつつ返事をする。

 気恥ずかしくてちょっとお互いに挙動不審になってしまうが、むしろそれが楽しくすらある。


「で、では、着替えてから出るとするかの」

「あ、ま、待って、フェイ」

「む? どうかしたかの?」

「う、うん。あのね、着替えてからでいいんだけど、話が、あるの。大事な話」

「む。了解した」


 リナの言い淀みながらの真剣な表情から、真面目な話だと察したフェイはふやけていた表情をきりりとさせると、重々しく頷いた。

 そんなフェイにきゅんとしつつ、恋人でなくなったらどうしようと言う恐怖に、リナはぎゅっと拳を握りしめた。








「あのね、フェイ。本当は最初に言わなきゃいけなかったんだけど…………女の子同士では、子供はできないの」

「……うん?」


 身支度を整えてから、ベッドに隣り合って座って顔を合わせてリナが真面目な顔で言ったのは、フェイには予想もできない内容で、何言ってんだ?と首をかしげる。


 (女の子同士では子供ができない? それはもちろん、体の構造上ではできんじゃろうが、それは神に授けてもらえば問題なかろう。真面目な顔して何を言うておるんじゃ?)


 フェイとて雄雌の違いは理解している。植物や動物の繁殖についての知識もあり、人間もまた同じように雄雌の遺伝子情報を組み合わせて子供をつくることは知っている。

 しかしフェイの中の知識では、それはあくまで一つの方法でしかない。元々人間は神が一人一人作り上げていた。人間の力だけでも子孫を残せるような体の作りにはなっているが、同性でなくとも子孫を残せない体である場合がある。その時には人類の創始と同じように神から授けてもらえばいい。


 なのでフェイとしては、別にそんなに改まって、重々しい顔で言うようなことではない。リナが何を言いたいのか全くぴんとこなかった。


「あのね、フェイ。子供って言うのは、こう、そう、花が子孫を残す時の話からするとね、雌しべと雄しべって言うのがあってね」


 首をかしげたままのフェイに痺れをきらしたリナが、取り繕うように説明を始める。


「リナ、雄雌の子孫作成については知識はあるから安心せよ」

「あ、そ、そう? えっと、実は人間も同じで、男と女じゃないと子供は産めないのよ」

「リナ、肉体の構造的にと言うことなら、それはもちろんわかっておるよ」

「え? わ、わかってるの? え、でもこの間は子供を授けてもらうって」


 そのリナの説明に、フェイはぴんときた。フェイはきちんと神から子供をもらうと言ったが、リナにはうまく伝わっていなかったらしい。

 そして察した。リナの信仰する神では、同性に子供を授けてくれぬと、そういうことか。それであれば、子供ができぬと真剣に言う理由はわかる。ならばきちんと安心させてあげよう、とフェイはことさら優しくリナに微笑みかける。


「うむ。肉体的には無理じゃから、神に授けていただくんじゃよ。リナの信仰神に問題があっても大丈夫じゃよ。前に言ったか忘れたが、私の信仰神は大気の神、シューペル様じゃ」


 生まれてすぐの洗礼以降、教会へ行っていないし、まだ成人後の第二洗礼を済ませていないのでまだ正規の信徒とは言えない。

 しかし代々フェイの家ではシューペルを信仰しているし、日々の祈りも欠かしていないので、教会にさえ顔を出して神様に挨拶すれば問題ない。その場でリナのことも報告するつもりでいる。


 問題はシューペルが非常にマイナー神であることだ。生まれてすぐに洗礼を受けてから、事故で遠く離れたあの山へ行ったらしく、ブライアンも近くの教会を知らなかった。

 街で聞いたりしても誰も知らなかったし、まあ別に困ってないから、旅の都度都度聞いていけばいつか見つかるだろと気楽な気分でいたが、リナと婚姻するとなれば、リナ側の神にまず報告をしたとして、どこの信徒ですらないのは問題がある。


 (同じ神に仕えぬ者同士での婚姻を認めぬ神もいるとは聞いているが、まあ、その時は神同士、シューペル様に話をつけてもらえばよかろう)


「シューペル様は寛容な神じゃから問題はない。婚姻までには教会を見つけるようにするから、安心して任せてくれ」

「ああ……そう、ね。それなら安心だわ。ただ、心配があるとすれば、現実問題、現在において同性のカップルが少ないから、奇異の目で見られがちなんだけど、その辺は問題ないかしら?」

「む? そうなのか。しかしまあ、私は男として登録しておるし、それは別に問題ないじゃろ?」

「ん、んー、うん。まあ、そう、ね」


 (んん? リナは何を気にしておるんじゃ?)


 フェイは訳がわからず小首をかしげる。何やらリナはフェイの返答では満足していないようだ。








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