第115話 魔法具改良3

 鹿の処理も終わり、本日の目的は残すところ犬相手の魔法具の実戦テストのみだ。


「では、あとは耳長犬を探すのみじゃの」

「そうね」


 おやつの時間を過ぎた頃合いなので、一息休憩をいれてから立ち上がった。率先して男二人が荷物を持ってくれているので身軽だ。このまま犬を探して問題ない。

 戦闘ではあまり役に立っていないが、やはりパーティは組む方が楽だと思いつつも、しかし毎日アーロンと一緒はあんまり望ましくないなとフェイはこっそり思った。


 フェイ自身としても魔法についてあれやこれや執拗に聞かれて教えるのにも飽きてきた。アーロンはできないことはすぐできないから代替案を出してくれと言うので、面倒だし教えがいがない。

 それにリナもあまりアーロンにいい印象ではないようだし。たまにならいいが、毎日は飽きる。


「耳長犬は夕方から巣に戻り始めますから、そろそろ木々が集まっているあたりを探しましょうか」


 ビクトールの提案でだだっ広い草原よりは、森に近い辺りを探すことになった。と言ってもそろそろ帰ることを考慮し、街近くの森付近へと移動を開始した。


「む、兎の巣じゃ」

「狩るのかい?」

「解体も面倒だし、いいでしょ」

「そうですね」


 アーロンたちも別にお金目的ではないので、見つける端から狩ることはない。いかに狩るのも解体も比較的容易な一角兎はついでに1匹2匹でも狩るというのは珍しくないが、こちらもスルーで。


 そうして街へ近づいてしばらくして、耳長犬が森の入り口でうろうろしているのを見つけた。


「じゃあ、さっそく試してくるわね」


 リナは気負うことなく、魔法具へ親指をそえたまま右手で剣を抜き、自らをアピールするように足音も隠さず歩いて近寄る。


 無造作に剣をぶらさげながら歩く隙だらけのリナに、耳長犬はぐるるるとうなり声をあげながら4匹がリナに対して囲い始める。

 それを無視するかのようにさらに足を進めると、4匹は一斉に飛びかかってきた。


 ガウッ


 威嚇のような声をあげて、ほぼ同時に左右から二匹が、そのすぐ後ろから1匹と、右手後方からやや遅れて1匹が飛びかかってきているのを視線だけを動かして確認する。


「はっ」


 リナは結界を展開してから、前へ一歩踏み出した。


 ギャフッ


 したたかに鼻先を結界にぶつけた二匹が身を引いたのと同時に結界を解除して、剣を持った右手を後ろへ回す。

 武器を狙っていたらしい後ろの犬はリナが進んだことで距離が足りず、前足を地面につけてもう一度飛びかかろうとしている。

 その下がった頭目掛けて剣を下から上へ振り上げると、うまい具合に口が四つになって割けた。それに止めをさすより先に、前から数瞬遅れの犬がリナに届く。

 目の前の犬は結界の間合いの中だが、気にせず結界を展開する。再度リナに飛びかかろうとした最初の二匹は再び結界に阻まれるのを確認しながら、すぐそばの犬に目掛けてリナは先程振り上げた剣をそのまま腕を回して上から下ろす。

 距離が近いため、柄で頭蓋を殴り付ける形になり、犬は声にならない声をあげながら地面に埋まらんばかりに叩きつけられる。


 動かなくなった犬は無視して結界を解除して、度重なる見えない壁を警戒してまごつく二匹に向かって勢いよく踏み込み、リナは剣を振るった。

 一文字に振り抜かれた剣はリーチこそ短いが正確に顔面を切り裂かれ、まぶたごと眼球を二つにした。


 ワォォーーン


 雄叫びをあげながら、一匹はのたうち回るように地面を転がったが、もう一匹は同じように叫んで仲間へ脅威を伝えつつも見えないままにリナへさらに牙を向いた。

 剣は振り抜かれていて、牙がリナに届くより先に戻すことはできない。決死の突撃は不意打ちにも似ていて、群れへの脅威を除外しようとする。だけどそれはリナが普通だったらの話だ。


 リナは左手で、耳長犬の開いた上顎をつかんで、その口が閉じてリナの指を食いちぎる前に地面に叩きつけた。


「ふぅ」


 そこで一息ついて、いずれも地面にのたうち回っている犬にとどめをさしていく。二匹はまだばたばたと暴れるくらいには元気だったが、痛みのあまり逃げることを忘れているようでリナを警戒することもなく、危なげなくとどめをさせた。


「うーむ……どうじゃ?」


 残りの耳長犬の群れが逃げるのはそのままにして、とりあえず実験はできたので解体をするため集まり、フェイは右手で顎を撫でながらリナに尋ねた。

 フェイから見て、確かに結界を活用してはいたが、どちらかと言えば無理に結界を使っていたように感じられた。実際、リナにとっては一人で4、5匹の耳長犬を相手取るくらいは問題ない。


「すごく使いやすくなったわね。耳長犬くらいならまだそんなに必要ないけど、怒り犀とかなら、ぐっと安全性はあがるわね」


 だがこれはあくまで実験だ。この調子ならいざというときも問題ないと言うための試験なのだから、今は無理矢理使ってるくらいがちょうどいいのだ。

 リナの言葉にフェイはほっと笑顔になる。


「そうか! それはよかった」


 リナが満足したと言うなら、これで実験は修了だ。耳長犬を解体して、本日のお仕事はおしまいとした。


「フェイ君、ところで、明日なんだけど、また、一緒にしても、いいかな? もちろん予定はあわせるし、雑用もやるからさ!」

「むー? まぁ、うーん、よいけど。よいけど、また今度の。明日はお休みにしよう。うむ、それがよい」

「え、あ、はい。そすね。じゃ、じゃあ、明後日、明後日はどうかな!?」

「……うん、まぁ、よいけど」


 別に嫌いではないし、雑用をするなら便利ではあるが、ものすごーく気がのらない。だってなんか暑苦しいと言うか、アーロンに飽きてきたフェイだった。

 だが決定的に嫌う要因もなくて、下手にでてお願いされているので邪険にもしにくい。


 そんなフェイに苦笑しつつも、リナとしては今日一日でアーロンの印象は逆に良くなった。腰が低くて、雑用に文句を言わないし、不審人物と言うよりは普通の人だ。底辺の印象が普通になっただけだが、依頼を一緒にする分には問題ない。


「アーロンさん、あんまりしつこいと嫌われますよ」

「う、わ、わかってるよ。すまないね、フェイ君。つい気がせいてしまって。気がすすまないなら、来週とかどうかな?」

「む、そうじゃな。うむ。それがよかろう」


 ビクトールの指摘にフェイの引き気味の態度に気づいたアーロンは、自ら日付を引き伸ばして、フェイはそれににこっと微笑んだ。そのあからさまな態度に、アーロンはこっそり傷ついた。

 ともあれ、約束は約束だ。アーロンは来週までに、何とかフェイにもっと教えてもらえるよう気合いをいれた。


 アーロンは無視してフェイはリナに声をかける。


「では、明日は二人でゆっくりするかの」

「そうね」


 依頼で二人は久しぶりだ。リナも無意識の内に笑みを深くして、フェイに応じた。








「ぱんぱかぱーん、ぱかぱんぱんぱーん! おめでとう、お兄ちゃん!」


 夕食を終えて、マリベルがポイントのスタンプがいっぱいになったフェイのカードをかかげて、満面の笑顔でフェイに祝福した。


「うむ! 長かったのぅ」


 今日の夕食の会計でポイントが満タンになることはわかっていたので、フェイもまたにこにこしながらそれに頷いた。


「いやぁ、かなり早い方ですよ。この間お祝いしてましたしね」

「そうじゃったか。うむ。しかし何にせよ、これでお主の耳はわしのものじゃな!」

「あ、そう言う感じではないんで。お姉さん、その辺わかってもらってますよね?」


 フェイの発言にひきつつ、マリベルはフェイの隣にいる常識人ぽいリナに視線をやりながら確認する。まさかこの人本気じゃないよね?


「大丈夫よ。フェイ、10分だけだからね? 猫耳と尻尾だけだからね?」

「わかっておるってば。信用ないのぅ」

「それならどうぞ。と言いたいですけど、今は御手伝い中なので、また後で……そうですね。後でお部屋に行きますね」

「うむ。わかった」


 とりあえず二人で先に部屋へ戻る。

 今日でアーロンの顔もしばらく見なくていいし、ついに念願の猫耳さわり放題だ。フェイは機嫌よく、リナの手を引いて部屋へ向かう。


「ご機嫌ね」

「うむ! しかし10分だけじゃからなぁ。スムーズにやらねばな」

「ふーん」


 手を引かれているのは全然いいし、別に変な意味ではないのはわかってるけど、リナとしては面白いことでもない。自然と返事はそっけないものになる。

 そんなリナにフェイは口をとがらせる。


「なんじゃあ、もっと聞いてくれんのか。わし、調べることちゃんとまとめておるんじゃよ?」

「ん? 調べる?」

「うむ。言っておったじゃろ? どうさわるとどう感じて反応するのか知りたいんじゃ」

「そう言えばそうだったかしら」


 そんなことも言っていたような言ってなかったような。リナとしては、そんな調べて何になるのかわからないことを何故そんなにヤル気満々なのか、理由がよくわからない。猫と同じ形であるだけで、普通に耳を触られるのと同じではないのか。


「うむ。まずかたさじゃろ。軟骨が入っておるじゃろくし、その形も確かめたいの。先っぽはふにゃふにゃしておったけど、全く骨がないと言うこともないじゃろ」

「まぁ、そうかしらねぇ」

「あと感覚じゃの。普通の耳より、よく聞こえるかとか、空気の動きに敏感だったりするのかとか。触られた感覚自体も気になるの」

「ふーん」

「あと尻尾もじゃな。自分で動かせるのか、力はどの程度なのか。尻尾を触られた感覚や、尻尾を使う感覚とかどんなものなのかのぅ」

「そうね。猫には聞けないしね」


 説明してもらって悪いが、全くもってどうでもいい。確かに、形状が違うのだから能力や感覚に差があるのかも知れないが、耳がいいと思っておけば間違いない。

 学術的な興味しかないと言うならいいけど、どちらにせよリナはそれを調べたいとは思わない。とは言え、興味なしとしているリナだが、触るのはちょっと興味がないではない。


「ところで、私もちょっと触りたいんだけど」


 ポイントをためている時は耳撫でもできない。野生の猫だと頭を撫でても尻尾を触ることはなかったし、気になる。


「む? おお、そうか。ならば、わしもちゃっちゃと調べてから、リナに交代しよう」

「いいの?」

「もちろんじゃ。二人で食べてためたんじゃしな」


 フェイの快い対応にリナは考えをあらためる。そうとなれば話は別だ。てっきり二人の触れ合いを見るだけだと思っていたが、リナも触れるならそれは楽しみなことだ。

 先程までのそっけない態度から一転して、リナはにこっと笑う。


「マリベルちゃんがくるの、楽しみね」

「うむ!」








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