第114話 魔法具改良2
「……成功してる?」
実は結界が展開されてるかどうかを完全に勘で判断しているリナは半信半疑に呟く。目に見えず魔力も感じないので仕方ない。
とは言え、結界が出来たことにより僅かに空気の流れがかわりそれを感じているので完全な当てずっぽうではない。何度も結界を経験したことで無意識で判断しているのだ。
「うむ。そのようじゃな」
そんな疑問符を浮かべるリナに、フェイは答えながら手の中のサンドイッチを口に放り込む。うまうま。
「あっ、フェイ、私の!」
「うむ。美味じゃな。明日もここのサンドイッチにしよう」
「もう。フライサンドはそれで最後なのに」
「すまんすまん。サラダサンドを半分返すから許してくれ」
「仕方ないわね」
フェイは最後のサンドイッチであるサラダサンドを半分にする。実験が終わったので元の場所に戻って腰を下ろしたリナはそのサンドイッチを受けとる。
まあ、特に意味もなく流れで食べかけのサンドイッチを渡したリナも問題があったと言うことで、ここは流しておいてあげよう。
「で、あれでどうじゃ?」
「そうね。実際やってみないとだけど、オンオフが簡単だし、やりやすいわ」
人差し指の爪を親指で押さえる動作自体も、片手でもできるし、剣や弓なら持ったままでもできる動作だ。強いて言うなら何か大きな物を持っていると出来ないが、そこまではさすがに贅沢だろう。
「そうか、なら昼が終わっんん!? な、なんじゃ、!?」
お昼御飯が終わったらまた実験をしようと提案しようとして、リナから向かいの二人へ顔を向けたフェイはうろたえた。
何故かアーロンが白目を向いていた。怖いしキモい。
「おや」
「ビクトール! なんとかせい!」
フェイの驚きにビクトールが視線を辿ってアーロンの顔を覗き込み何とも呑気な反応をするので、フェイはとにかく付き合いが長いビクトールに解決を求める。
「了解、せい!」
「んがっ!」
ビクトールはフェイの命令にも顔色ひとつ変えないまま、思いきり右手でアーロンの喉元を切り裂くように突いた。当然アーロンは呻いて、そのままの勢いで後ろに倒れて喉を押さえてむせた。
「ごほっ、ごほっ。う、な、何をするんだ」
「こっちの台詞ですよ。いきなり食事中になんて顔をしてるんですか」
「う、確かに今ちょっと意識飛んでたけど」
「あ、わざと変顔した訳じゃないんですね」
「君、僕のこと絶対何か勘違いしてるだろう!」
「漫才はいいから、何で白目向いてたんですか?」
白けた態度で尋ねるリナに、アーロンはビクトールを睨むのをやめてひるむ。ビクトール相手には強気にもなれるが、フェイとその保護者であるリナをないがしろにはできない。腰を低くしなければ。
「う、エメリナ君まで。と言うか、普通にびっくりしすぎて。だって、君、今、何したんだい?」
先程の変顔は完全に無意識だったため、白目向いてたと言われて驚きつつも、アーロンはフェイに問いかける。
フェイはキョトンと首をかしげる。
「何を言っておるんじゃ? 普通にこの加工はお主にもやって見せてるじゃろ?」
特別な器具を使わずに金属の接合をするのはすでにアーロンには製作途中で見せているし、散々騒がれた。それを今さら白目をむくことか。
「いやそれも凄いけど! 何回見ても凄いけど! でも、それより、今、どうやってスイッチ式にしたんだい?」
「まず魔法陣を上面につけるじゃろ?」
「うん」
「で、さっきは膜におおわれた形にした魔力を、全体的に弾力のある形にしたんじゃ。押しても形を変えるだけで潰れない程度にの」
「ん? うん」
「上から魔法陣で押すと、押されて魔法陣の型にはまった分だけが魔法になるじゃろ? 離すと魔法陣は離れる。それだけじゃ」
「……いや、それだけ? それだけってことはないでしょ。まず魔力の弾力があるってどういうことさ」
フェイの説明ではアーロンの中の常識が邪魔をして、言葉の意味だけが頭に入ってくるばかりで全くぴんとこない。
重ねて尋ねるアーロンに、それも言ったのにとフェイは投げやりに説明をしてやる。
「魔力を膜でつつむ時にも説明したじゃろ。魔力を出すときに、そう言う感じで出すんじゃ」
「説明されたけど、えっと、つまり魔力を粘土みたいにして、上から押さえると魔法陣の形になるってイメージでいいかな?」
「そうじゃな。粘土くらいが例えてわかりやすいの」
「う、ううん。……再現できないのが悔しいなぁ」
本気で悔しそうに視線をおとすアーロンに、フェイは頬を緩める。アーロンは暑苦しくうっとうしい面もあるが、こうして真面目に魔法と向き合うその姿勢は、同じく魔法に携わる者として好ましい。
フェイはアーロンにフォローの為声をかけてやる。
「魔力を自力で変えれぬなら、魔法陣を別につくるなりすればよいじゃろ。それに、それ以外でもスイッチ式にすることはできるじゃろ」
「他って、どんな方法ある?」
「知らん。それは自分で考えよ」
甘えすぎだと突き放すフェイに、アーロンはうぅと不満げに呻いてから恨めしげな目をフェイに向け、何かしら文句が言いたくて口から言葉がついて出た。
「……フェイ君、絶対魔法具師に向いてないよ」
優秀な魔法具師に必要な才能の一つに、理論を煮詰めて弟子に教えて大量生産をすると言うことがある。とは言え天才的な発想で真似できない一点物をつくる魔法具師もまた過去にいて、大量生産できなくてももてはやされたので、完全なる負け犬の遠吠えにすぎない。
「む、なんじゃ。別にわし、冒険者じゃし、魔法具に向いてなくても困らんもん」
フェイはアーロンの言葉に眉を寄せながらも、正論で説き伏せた。アーロンは魔法具師志望ですらない冒険者に、自分でつくれない魔法具をあっさり作られてしまう現実を突きつけられ余計に落ち込んだ。アホである。
○
アーロンは放置して昼食を終え、午後のお仕事にとりかることにした。
とりあえず実験を目的としてもう一度耳長犬か、または普通に依頼として捻り鹿だ。
意識していない時は無駄に遭遇したりするが、これが案外、探しているときには目当ての魔物にあわなかったりする。一応その為に依頼自体も期限はその日中と言うのはないが、明日に伸ばすのは億劫だ。今日中にやるつもりで、寄り道はなしだ。
牛や馬、ついでに兎もスルーして散策すること一時間半ほどで目当ての一つ、唸り鹿に遭遇した。
「おお、ではさっそく行くかの。三人とも、わしが仕留め損ねたら頼んだぞ。風刃!」
と言うわけで、フェイは群れに気づかれる前に三人への声かけもそこそこに風刃を使用した。
群れは8匹とやや多い。慎重に確実に仕留めよう。一撃で確実にを狙うよりも、それぞれの手足を掠める程度を目的にした方が数を狙いやすい。そうして機動力を落としてから二回目の攻撃で確実に仕留めるのがやりやすい。
その為、使用する風刃はやや大きめのものを三つにした。三つくらいが最も細やかな動きまでさせられ、同時に早さも求められる。
発動した三つの風刃は角度を変えながら唸り鹿へ向かう。その素早さから残り5メートルほどのところまで近づいたが、さすがに気づかれて逃げ出した。もちろん逃がすつもりはない。
一つ目の刃は真っ直ぐ進み、前方の唸り鹿3匹の足元を通り抜けた。一匹は全ての膝下を切り取られ、残り二匹は二本の足を全て落とされ、残り二本は膝上で切り落とされた。
それと同時に二つ目の刃は右前方の最も遠くへ逃げている二匹へ向けて胴体の下辺りを通過させた。片方は全ての足を綺麗に切り落とせたが、下がり気味の軌道になっていたせいで、もう一匹は後ろ足の足首のみを切り落とすに止まった。遅くなったが逃げるのをやめない。
後方で待たせていた風刃を残り三匹へ差し向けつつ、最初の刃を二つ目の刃で仕留め損ねた馬の足を改めて切り落とし、前へ進みすぎていた二つ目の刃は弧を描いてこちらへ戻らせる。
三つ目の刃で二匹の鹿の足を切り落とす間に、二本目が残り一匹を前から足を全て切り落とした。
全ての鹿が歩みを止めたので、フェイは風刃を全て消した。
「よし。今回は上手くいったのではないかの?」
ぐっとつき出していた右手を握ってガッツポーズしながらリナを振り向くフェイに、リナをは微笑んで頭を撫でる。
「そうね。全部もれなく、綺麗にやれたわね。さすがフェイ。上手にできたわね」
「うむ」
リナに頭を撫でられてフェイはご満悦だ。にこにこしながら、ふと視界に入った男二人に意識をうつす。
アーロンは一度見たが、初見のビクトールはアーロンから話を聞いてはいたものの、いつも話し半分にしていたため、その恐るべし威力に言葉を失っていた。
アーロンは2度目だが改めて感嘆し、なんとかそれを真似れないか右手を口許にあてて考え込んでいた。結果として二人とも棒立ちのだんまりだ。
なんだこの役立たずは。早く解体しろよと思われても仕方ない話だ。
「なんじゃ、ふたりとも、わしの顔をじっと見て」
「! あの、すみませんけど、フェイの顔に穴があいたら困るのでみないでください」
呑気なフェイはそこまで思ってないが、しかし結果としてぼんやりする二人の姿はフェイを凝視している形になっているので、あまり気分のいい状態ではない。
フェイの言葉にリナは二人を振り向くと、撫でていた手をひろげてフェイの眼前に下ろしながら冗談混じりに批判した。
別にフェイが嫌らしい目で見られているとは思ってないが、見られるだけで何となく嫌だ。
「えっ、あ、ああ、すまない」
「失礼しました。あまりに凄いので驚いてしまって」
「うむ。まぁの。わし、凄いから仕方ないの」
「はいはい。驚くのはそのくらいにして、解体しましょう。フェイはいつも通り、魔物避けしておいてね」
「うむ。任せよ」
○
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