第113話 魔法具改良

「リナ、大丈夫じゃったか?」


 死骸の転がる場所まで戻るリナを迎えるため、小走りに近寄ったフェイは心配そうに声をかける。それにリナは笑顔で応える。


「大丈夫よ。でもこの魔法具、普段の狩りに使うには向いてないわね」

「うーむ、そうじゃな。わし、深く考えずにとりあえず怒り犀の時に助かるようにつくったんじゃが、自分からも攻撃するとか考えておらんかったわ」

「まぁ、でももちろん、時間を稼いでくれるだけで十分便利だし、特に逃げるのには最適よ。少なくとも、今ので感覚つかめたし、今後も大丈夫そうよ」


 素直に評価してから、神妙な顔をするフェイに慌ててリナはフォローする。貰い物にケチをつけるなんて罪悪以外の何者でもない。

 まして、フェイが実際に結界を使ってみての実験と言うので思うままに答えてしまったが、普通に考えたら破格すぎるほどの機能の魔法具なのだ。


「いや、いかん。もうちっと改良せんとな。とりあえず、魔力を補充するから、左手を貸してくれ」


 しかしフェイとしても、より便利にこしたことはない。魔法具作りはどうしたって初心者なのだから、いざというときにフェイより迅速な判断ができるリナしか気づかないことがあるなら、それを取り入れるために今実験しているのだから。


「ええ」


 気を悪くした風でなく、あくまでよりよくを目指そうと言うその姿勢に、リナは微笑んで手をさしだす。そう言うところが、とても好きだ。

 リナの左手をとって魔力を膜でおおわれた形で補充する。この絶妙な、押せばつぶれる魔法膜は魔法によりしているのではなく、体から魔力を出す際に弾力性を持たせて出しているだけなので、現状補充できるのはフェイだけだ。

 と言ってもリナには元々補充できないので当然なのだが、製作に立ち会ったアーロンとしては再現できないことが悔しく残念だ。


「さて、改良点は帰って考えるとして、とりあえず解体……お主ら、なにぼけっとしておるんじゃ?」


 フェイに付いて集まっていたアーロンとビクトールだが、一言も話さずにリナを見ていた。それに気づいたフェイは何となく嫌な気持ちになりながら二人に声をかける。


「あっ、いやっ、その、凄いなと思ってね! ははっ」


 怪しいほどにから笑いをするアーロン。実際のところは、耳長犬を瞬殺してしかも握力で握りつぶしたその力にドン引きしていた。

 リナの今のよりも凄まじいパフォーマンスを見たことのあるビクトールでさえ、見かけの華奢さとのギャップに声をかけるのをためらうほどだ。


 耳長犬4匹から一斉に襲われても、ビクトールだってその程度は無傷で対処する自信はある。しかしどれもほぼ一撃で、しかも涼しい顔で掴んで握って殺すなんて、顔がどこかわからなくなるくらいの筋肉達磨な大男ならともかく、普通よりもむしろやせ形なスレンダーな少女がしたのだから、さすがに恐ろしい。

 もしこれで自分が狙われたとすれば、素手だと油断をしたまま接近を許してあっけなく殺されるのが想像に難くない。


「凄まじいですね。失礼ながら、それほどの剛力に見えませんが、それは何かに魔法的な補助を受けているのですか?」


 驚いていたビクトールだが、アーロンから強化の話を聞いていたのを思い出して尋ねた。見たことはないのですぐには出てこなかったが、それであれば納得もできる。


「うむ。リナにはいつも強化をかけておる」

「あっ、そ、そうか。強化ね。はぁ。いや、さすがに、強くて驚いたよ」


 なお目の当たりにして、強化をしてるだろうと出掛けには無意識に思っていたくせに、驚きすぎて強化のことを忘れていたアーロンは魔法師が向いていないと思われる。


「そう、ですか?」


 リナは二人のびびりように小首をかしげてから


 (でもよく考えたら、そりゃそうよね。女の子が犬の頭を握りつぶしたらびっくりするわよね)


 と当たり前になっていた強化されている特異性を思い返してそれはそうかと考え直す。だがまあ、いつまでもじろじろ見られているのはいい気分ではない。


「まあ、そうですね。とりあえず、解体手伝ってもらえます?」

「はい。わかりました」

「僕も手伝うよ」


 さすがに二人とも、声をかけながらリナが解体を始めると気がついて手伝い始めた。








 耳長犬でとりあえずの効果は見たが、それで本日のお仕事は終わりではない。数も少なかったし、鹿も狩って、もしまた群れとあったなら再び耳長犬も狩りたいところだ。

 先程は実験だからリナ一人で深追いもしなかったが、きちんと全員で本気でやればもっと多くの数を狩れる。


「む、毛長獅子じゃぞ。どうする?」

「いや、どうするもこうするも、無視しようよ」

「そうですね。こればかりはアーロンさんが意気地無しであることとは関係なく、迂回するのが賢い選択です」

「関係ないなら口にださないでくれるかな。と言うか、ビクトールさんや。君の性格は熟知しているつもりだけど、この二人の前でまで軽口を叩かれてしまうとほら、ね? ちょっと僕をたててくれるとかないかな?」

「それ、普通にこの二人の前で言ってはダメじゃないですか?」

「う」


 ビクトールとしてはどちらと言わずともアーロンの味方のつもりだ。こうしてからかってアーロンを軽く扱うことで、アーロンは割合アホだから警戒しなくていいよと示しているのだ。

 そしてその意図は正しくリナに作用している。少なくとも二人の会話を見て、思ったより胡散臭いだけの人ではないのだなと印象はよくなっている。


「と、とにかく。こいつらは無視で決まりだ」

「そうね。フェイ、触り行っちゃダメよ」


 リナにとってもわざわざ危険な相手にからむこともない。フェイなら何とかなるだろうが、フェイの手の内をすべてさらして、またアーロンに詰め寄られても面倒だ。

 やや離れめに迂回を開始しつつも、ちらちらと興味深げに視線を毛長獅子にやるフェイに注意する。最初に好奇心のまま撫でたりした命知らずなフェイだし、そうでなくても猫好きらしいフェイなのでありえなくはない。


「わ、わかっておるよ」


 案の定、フェイは視線をリナからそらしたまま返事を返した。


 毛長獅子を迂回してさらに探索すること30分ほど。まだ目当ての群れは見つからないので、ひとまず四人で昼食をとることにした。

 フェイが魔物避けを展開して、十分安全を確認してから四人は二人ずつ向かい合うようにして腰を下ろした。


「いただきます」


 フェイとリナは教会に行く前に購入したサンドイッチで、男二人はビクトールの手作り弁当だ。こう見えてビクトール、料理の腕前はそこそこだ。


「フェイ君、魔法具をどうするつもりか、君の考察を聞かせてくれないか?」


 一口食べ終わるや否や、アーロンが話しかけてきた。ずっと気になっていたのでそわそわしていたのだ。


「ん? …………うむ。まあ、わしとしては単純に、持ち主の意思で途中で結界を切れるようにして、残った魔力はまた任意で発動できるようにするつもりじゃぞ。まあ、そもそも時間が短いんじゃが」


 唯一それに気づいていないフェイはちらとだけアーロンに視線をやってから、目の前のサンドイッチに視線を戻して頬張って二口目を飲み込んでから返事をする。


「いや1秒ずつに分けられるなら、結構幅は広がると思うわ」

「そうですね。俺は魔法具のことは門外漢ですが、自分もつかうとなれば、一瞬だけ発動の方が使い勝手はいいかも知れません」

「そうか。では一瞬を数回使えるようにした方がいいかの?」


 実際に前衛で戦うリナとビクトールの意見に、フェイは提案しつつもリナに向かって首をかしげる。それに対してリナもさらに一口と食事をすすめつつも考える。


「んー、でもそうねぇ。結界との距離感もあるし、危ないと思った瞬間に発動させても、実際に結界に攻撃があたる瞬間とかち合うとは限らないし」

「あ、それはそうですね。じゃあ好きなときにオンオフできるとかどうですか? そう言うのもできるものなんでしょうか?」


 アーロンの付き人のようなことをしているが、魔法に関してはほぼ門外漢のビクトールはアーロンとフェイに向かって順に視線をやりながら尋ねる。


「難しいね」

「できるぞ、む? アーロン、お主できんのか?」

「え、いや、いやいや。そんな簡単に。少なくとも、こんな小さい魔法具でそんな複雑な仕組み無理だって」

「では試してみるか。リナ、貸してくれ」


 フェイはサンドイッチの最後の一口を口に放り込んで親指をなめてから、リナに右手を出す。出された瞬間に手のひらに乗っていたパンカスが消えたので、魔法で綺麗にしたことを察してリナはほっとしながら左手の魔法具を渡した。

 他ならぬフェイと言えど、舐められた唾つきの指先で大事なプレゼントを触られるのには抵抗がある。小さな気遣いができるようになってきたな、とリナは感心した。


「さて、ふむ。こんなもんかの」


 親指と人差し指で摘まんで受け取ったフェイは、左手の指さしで魔力を補充する時と同じように、爪をおおう部分の上蓋を開いて魔法を使い、リナへ返した。


「リナ、試してみてくれ」

「ええ」


 リナは隣から覗き込んでいたので、フェイが左手をかざすと内側で少し光り、魔法陣らしき細かい模様が刻まれていた金属が薄く表面だけ浮き上がり、上蓋側にくっついたのが見えた。

 またリナには見えなかったが、魔力の補充もやり直しされていた。しかし変わったのはそれだけだ。


 魔法具を返されたリナは戸惑いつつも、まあ魔法具ともなればそう簡単でもないだろうし、試行錯誤が必要だろう。その為には協力を惜しまない。昼食中なので少し面倒だけど、リナのためでもあるのだし仕方ない。


 リナは魔法具をつけなおし、食べかけのサンドイッチはフェイに渡して立ち上がり、数歩三人から後退して距離をとってから魔法具を押した。


 結界が展開されたのを何となく感じつつ、先程と同じように手を離す。


「ん?」


 手を離した瞬間、結界が消える先程と同じ感覚がした。先程はしかし、一度押し込むと手を離しても持続していた。

 リナはもう一度押し込み、しばらくそのまま押さえた。

 展開された結界は、今度は消えずに存在しているのを感じる。数瞬待ってから手を離すと、また結界は消えた。


「……成功してる?」



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