第112話 耳長犬

「よろしくお願いします」


 アーロンは仲間を呼んだ。ビクトールが現れた。

 フェイはびっくりしてビクトールをじろじろ見た。その特徴的な顔つきから、何度も顔を会わせたビクトールであることはわかっている。

 しかしどうにも、金属鎧に身を包んだ姿はピンクのエプロン姿からは想像がつかなくて違和感を感じる。


 ビクトールは元々ガタイはよくその立ち姿は通常であれば問題なく、リナにとってはふーんと流すレベルであったが、何度も顔を合わせて主夫のようなビクトールを見ていたフェイにはどうにも落ち着かない。

 挨拶をかわして、本日の依頼について話をしている間もちらちらとアーロンを何度も見るフェイに、リナは首をかしげた。


「フェイ、どうしたの?」


 依頼を申請して、四人で教会を出て移動中、そっとリナはフェイに尋ねた。


「うむ。どうにもあの、ビクトールに違和感を感じてのう。じゃって、あやついつもエプロン姿じゃったし」

「いや、エプロン姿で依頼に来られても困るわよ」

「言われてみれば、それはまあその通りなんじゃが」

「まだ見てみないとわからないけど、結構鎧とか年季が入ってるし、思ったより期待できる感じよね」

「そうかのぅ」

「少なくとも、アーロンさん一人よりは期待できるでしょ?」

「なるほど。そうじゃの」


 とりあえず納得したフェイは気を取り直して、本日の目的をおさらいする。

 アーロンの熱烈な希望により、リナへのプレゼントの効果を試すことを目的として、耳長犬退治だ。

 耳長犬は体が小さくてあまり強くはないがすばしつこく、とにかく数が多くて害獣退治として定期的に教会が出しているものだ。万が一結界を失敗しても、強化さえしていれば大きな怪我をする心配はない。

 それだけでは飽きるので、それとプラスして捻り鹿も標的にしている。


「アーロンさん、調子にのって前に出ないでくださいよ」

「わかってるから、調子にのるとか言わないでくれるかな」


 街から出て予め決めておいたようにビクトールが一番前に出る。リナ以外に強化魔法をかけるつもりはないので、二人きりの時とは違い、最初から臨時パーティーを組むときはちゃんと陣形を組むくらいはしている。


 アーロンに対して甲斐甲斐しく世話をする従者じみたビクトールだが、その口調は存外気安く、いったいどういう関係なのかと、フェイを納得させておいてリナがビクトールを気になってきた。

 あまり二人だけで堅苦しくされても、一緒にやりにくいのでちょうどいいが。


 しばらく草原を歩いていくと、ビクトールは足を止めて腕だけで後方の三人に指示を出す。

 金属鎧を身に付けているとは思えない程度にビクトールは機敏な動きだ。実は名のある実力者だったのだろうか。しかしそれでは付き従う相手がエセ宮廷魔法師と言うのが腑に落ちないなと、リナは内心首をかしげた。


 とりあえず示されるまま、そっと音をたてないようにしてビクトールに近寄り、前方の様子を伺う。

 前方にいたのは今回のターゲットではない、暴れ小象の群れだった。


「左から迂回します。いいですね」


 今日のところは、予定外の狩りはしないことに予め打ち合わせておいた。暴れ小象は大きさこそ成体でも馬より小さなくらいだが、気性が荒くて凶暴だ。場合によっては迂回するにも慎重にしないと気づかれて襲われることもあるので、わざわざ呼んだのだろう。


 小声で迂回ルートを伝えてくるビクトールにリナは頷き、フェイの隣まで戻ってそれを伝える。


「別に、ついでにやればよくはないか?」

「肝心の目的を忘れないでよ。私は嫌よ? アーロンに効果効果とじろじろ見られるの」

「ふむ。それもそうじゃの」


 アーロンはけして他意はないのはわかるが、よほど魔法具がちゃんとできているのか、効果がいかほどか気になるらしく、ちらちらとリナの指先を見てくるのだ。何だか嫌だ。

 一応プレゼントされる前に魔法が展開されることは確かめて、フェイの感覚的に問題ないと判断したが、アーロンとしては強度は不明だし、実践で確認しないととても商品化なんてできない。


 そんなアーロンの思惑は置いておいて、フェイとしても実際に使ってみてどうかというのは気にならなる。効果には問題ないと思うが、リナが使いにくければ意味がない。


 こそこそと暴れ小象を迂回して、それからも目的外の魔物はスルーして、犬を探すこと二時間弱。ようやく耳長犬を見つけた。

 20匹ほどの大きな群れだ。


「リナ」

「しっ、声が大きい」


 ちゃんと使い方をわかっているかと最終確認をしようと声をかけたフェイだが、すぐ振り向いたリナがフェイの口許を手でおおい、耳たぶに唇があたるほど顔を寄せて囁いた。


「……す、すまぬ」


 リナの手を右手でつかんで少し離させ、同じくらいの囁き声で謝罪しつつも、息があたるくすぐったいその感覚は何だかむずむずして何となく気恥ずかしい。

 そんなフェイに普段なら胸キュンものだが、さすがにリナも獲物を前にしてそんな呑気ではいられない。前方に意識をやり、フェイの様子には気づかないまま尋ねる。


「で、何?」

「うむ、使い方を覚えているか、確認したかったんじゃ」

「大丈夫よ。一度やったから」

「ならよい。危なくなったら、魔法で手出しをするからの」

「頼りにしてるわよ」


 会話を終らせ、前にいて振り向いていた二人にも目線だけで合図を送り、リナは草むらから一直線に飛び出した。


 ワォン!


 身を隠していたところから群れまでは10メートルほど離れていたので、さすがにそこに到着するより先に犬が気づいて吠えた。


 ワォーン!

 ウゥー

 グルルルル!

 バウバウ!


 それに連動するように、けたたましいほど犬たちは鳴きながら、群れの内半分が奥へ下がって固まり、さらに半分がちらばってリナを睨み、残り、つまり5匹がリナへと襲い掛かった。


 それを見て右手で剣を構えながら、左手の人差し指の爪部分を親指で押した。パチリとはまる音がして、リナを中心に球体の結界が展開される。

 犬の位置だけは把握しながらも、意図的に手は出さずに視線で追いつつ結界に犬があたるまで待つ。


 ギャウ!


 結界を展開して数瞬後、競うように鼻先をぶつけた犬が悲鳴をあげるが、怯んだのは一瞬だ。

 5匹とも一歩ひいてから、再度飛びかかろうとする。しかしもちろん、その瞬間を見逃すことはない。


 リナは右手を振りかぶり、まずは中央のやや下を向いた犬から仕留めようと一歩足を前へ踏み込んだ。


 キャウッ!


 しかしそうして降り下ろしたリナのナイフは宙を切った。一歩踏み出して犬を射程内に入れようとすると同時に、犬は押されたように後ろへ後退したからだ。

 狙った犬だけではない。その左右にいた隣の犬も、びっくりしたような声をあげて、何かにぶつかったように顔を降りながら後ろへ下がった。


「ん、んん? ……ああ」


 結界は展開されたままだ。魔法具を中心にしているので、リナが動くと共に動く。なので当然のことだが、リナが攻撃しようにも相手にふれることはできない。


 ガルゥ


 犬もさすがに普通じゃないと感じたらしく、ぐるるると唸って体勢を低くしながらも、ゆっくりとリナの回りを回り出した。


「えっと、こうか!」



 左手に装着しているので、左手を後方へ回して犬に結界があたらないようにして、リナは再度右手を振り抜いた。


 かきん、と小気味良い音がした。金属同士がぶつかったような音だ。ナイフはどこにもささらない。


「……フェイー! これ、攻撃できないんだけど!」


 結界はリナの身を守るが、同時に犬も守ってしまう鉄壁となっていた。確かに絶体絶命の際には助かるだろうが、普段使いにはできそうにない。


 振り向いてフェイに声をかけた瞬間、ふわっと風が動いた。その感覚で結界が消えたことを理解する。


 バウッ!


 魔物は人間よりも鋭敏な感覚で、結界を知らずともリナの変化を察し、再度飛びかかってきた。


「はっ」


 だけどそれより、リナの方が早い。

 右手のナイフを右側の犬の脳天から突き刺す。これで一匹。深く刺さったまま、振り落とす間もなく左手で一匹の口の根本をつかんで攻撃を阻止する。二匹目。

 掴んだままの勢いで左回りに回転して、左手の肘を脇腹まで飛びかかってきた犬を上から叩き落とし、左足の膝と挟んで頭蓋骨を破壊する。三匹目。

 すぐに挟んだ犬は落として、そのまま持ち上げた左足を後方へ回して、背後から襲ってきていた犬を蹴り飛ばす。これで四匹だ。

 最後の一匹は警戒して初手を見送ったがために、そのまま手を出さないまま四匹がやられるのを見て、すぐに踵をかえして群れへ向かった。

 群れもまた、結界が解除されるより先に逃げ出していて、今から追いかけるのも面倒だ。リナは左手の中でもがいて爪をたてようとする犬を、握力で下顎と上顎の両方の骨を砕いて落とした。


 絶命までいかないまでも、いずれもぴくぴくと震えるばかりだ。先程蹴飛ばした犬は20メートルほど吹っ飛んだあと、よたよたと逃げ出した。足が遅いのであれならすぐだ。

 リナはナイフに刺さったままの犬を振り落とし、駆け足で近寄って遅れたその一匹をナイフでとどめをさした。


 さて、ではフェイたちと魔法具について話をしなければならない。








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