第109話 誕生日会4

 ドアが開閉する音がして振り向くと、ちょうど兄であるガブリエルが廊下に見えて、ベアトリスは座ったまま声をかける。


「あ、おかえり、兄ちゃん」

「……」


 無視された。むかついたので、手に持っていた胡桃を殻ごと投げてやる。


「んっ、おひ」


 するとガブリエルは素早く反応してがそれに噛みついて、みしっと歪んだ胡桃をくわえたガブリエルは間抜け面でベアトリスを睨み付けてきた。


「何しやがる」


 ばりばりと胡桃を皮ごと噛み砕いて、ガブリエルはリビングに入ってきてベアトリスが飲んでた水を勝手に飲んだ。


「ちょっとー、兄ちゃん、それ私のだし」

「いいだろ、別に。疲れてんだよ」

「? なにして? 今日はぶらついてきただけでしょ?」


 本日は週に一度のお休みだ。商売をしていない一般家庭のアマトリアン家でも例に漏れず、お仕事はなしなしでのんびりしている。ベアトリスは現在母親に言いつけられて胡桃を割っているところだ。


「あの、魔法師だよ」

「ん? なに? アーロンのこと?」


 どうやら話したい気分らしく、ガブリエルはベアトリスの隣へ座った。押し付けてやろうと手元の胡桃を押しやると、半分返された。半分はしてくれるらしい。

 ガブリエルは胡桃をむいて殻と実にわけながら、ため息まじりに話し出す。


「フェイの方だ」

「ああ、はいはい。フェイね」


 ベアトリスにとってフェイは魔法師と言うより、エメリナのパーティーメンバーと言う印象が強くなっていたため、ぱっと出てこなかった。


「さっき、見かけたから追いかけたんだが」

「何してんのさ」


 本日はデートだと聞いていたベアトリスからすれば、まさに兄はお邪魔虫。馬に蹴られて骨折してろ。


「そうしたらどうもな、あいつら、付き合ってるよな」

「……どういうこと?」


 恋人ではないのは知っているが、端からみてまあ付き合っているとしか思えないくらいだ。そんなのは最初からわかってる。だと言うのに兄は何をそんな驚いたと言うような反応をしているのか。まさか告白の決定的場面に立ち会ったのか。

 わくわくと瞳に好奇心を浮かべながら尋ねてくる妹に、ガブリエルは呆れながらも答える。


「ほら、あいつらってバランス悪いだろ? エメリナにフェイが利用されてんじゃねーかと思ってたけど、今日普通に手を繋いで歩いてて、食べ物食べさせあってた。アホらしくなったから帰ってきた」

「へぇ。付き合ってないって聞いてたんだけどなぁ。今日付き合い出したのかな?」

「いや、それは知らんが」

「て言うか、利用とかなにそれ。ふっつーに、どっからどうみてもラブラブカップルじゃん」

「ぐ……そう、だな」


 よくよく思い返してみれば、二人はいつも一緒で距離も近くて寄り添っていると表現できるレベルだ。それも全て、リナがわざとだろうと思っていたが、そんな思い込みがなければ確かに、ベアトリスの言う通りだ。


「兄ちゃんはほんと、にっぶいよねぇ。でも残念だなぁ。せっかく二人をくっつけようと思ってたのに、先にくっつくなんて。でも前からだったし、リナへたれだし、もしかしてまだの可能性あるかな。今度はフェイからアプローチしようかな」

「いや、わからんが。て言うか、いい加減そのお節介やめろよ」

「なんでさー、私のお節介で一体何組のカップルができたことか」

「その半分はうまくいかなかったカップルが存在することを忘れるなよ」

「え、それ私のせい? 仕方ないよー、世の中には相性と言うものがあってだね」

「はいはい。ったく、恨まれても知らねーからな」


 胡桃を割りながらさてどうやって楽しもうかと顔に書いている妹に、ガブリエルはため息をつきながら自分も胡桃を積み上げた。








 のんびりと遠回りに宿へ戻る。予定通り回った石碑は色褪せていてよくわからないし人も少ないので軽く見るだけでスルーして、通りすがりにお店を冷やかしながら帰ったので、宿についた時間はそれなりにいい時間だった。

 マリベルに声をかけて予定通りにと食事をお願いし、部屋に戻る。


「ふんふーん」


 これからのことにテンションをあげて鼻唄まじりに身支度を整え直していると、しばらくしてすぐに食事がきた。元々予定の時間通りに準備がされていたのだから当然だが、まるで頼んですぐに来たかのようで何だか嬉しい。


「終わったら廊下に出して置いてくださいね。では、ごゆっくり」


 マルタは台車ごと部屋に置いて、微笑みながら部屋を出ていった。娘のマリベルならまた耳を撫でれるかなと思っていたので少し残念だが、まあ今はいいか。


「さて! ではリナ! さっそく食事にするかのぅ!」

「テンション高いわね」

「当然じゃ。食べ終わったらプレゼントじゃからな」

「そうね。私も楽しみだわ。冷めない内に食べましょう」


 席について、お祈りも手早く済ませて晩御飯を開始する。

 豪勢にと頼んでおいたので、テーブルの上には見た目にも目立つご馳走が並んでいる。特に目を引くのは鳥が丸々焼かれた、つやつやのローストチキン。

 まだ湯気だっており、香ばしいいい匂いがしている。


 リナは少しだけ、寝具に匂いがうつることを危惧したが、まぁいいかと諦めた。フェイの魔法で何とかなるか、ならなくても無視しよう。


 切り分けたチキンを頬張る。口の中でもぐもぐと咀嚼して相好を崩すフェイを見ながら、リナもチキンを食べる。


「うむぅ、うまいのぅ。この、ぴりっとしたのがうまい」

「そうね、お酒に合いそうだわ。頼む?」

「う、うーむ」


 フェイとて、お酒が嫌いなわけではない。甘いお酒は好きだし、あのふわふわした感覚も好きだ。

 だけどリナは酔っ払うとふにゃふにゃになってしまうし、だけどそれも可愛いしなぁ、とフェイは少しだけ悩む。


「では、プレゼントを交換してから飲むとするか」

「そうこなくっちゃ」


 リナとしてもお酒は得意じゃないのはわかってるが、それでもたまには飲みたくなる。それに今夜はフェイと二人きりで、ベッドもすぐそこなのだ。

 特別な日には少しくらいはめをはずしたい。お酒自体は好きなのだから。


「じゃあ先に頼んで、ん?」

「どうしたんじゃ?」


 立ち上がりかけたリナは途中でその姿勢をとめ、フェイは首をかしげた。リナは空気椅子状態から立ち上がり、一度に机に乗りきらないデザートやおかわりのパンが乗っている台車の下の段を覗きこむ。

 そこにはすでに二種類のお酒が一瓶ずつ並んでいた。瓶をどけると、その下にはそっと紙がはさまっていた。


『赤い瓶は甘い果実酒です。甘くてデザートにもなります。ロマンチックな語らいのお供にどうぞ。追加1500G。

 白い瓶は爽やかな穀物酒です。料理を食べながらに向いています。和やかな談笑のお供にどうぞ。追加2000G。

 なお、例え中身を飲まないとしても開けた時点で購入されたと見なします』


 何とも商売上手だことで。しかし都合はいい。


「フェイ、甘いのと白いのとどっちがいい?」


 瓶を両方持って、机の隅にどんと置いて尋ねるリナに、フェイはふむと事態を察して瓶を見つめる。


「甘いのと白いのか。普通は同じもの同士を比べるのではないか? 味と色では比べようがないんじゃが」

「んーと、甘いのと、爽やかなの」

「爽やか? それは飲み物の説明として正しいのか?」

「だってそう書いてあるんだもの。さっぱりしてるってことじゃない?」

「ふむ……ちと、その爽やかをもらおうか」

「おーらい」


 リナは爪先を引っ掛けてコルク詮を抜き、瓶の横にあったグラスを出してとぷとぷと注いだ。中腹より少な目に注がれたグラスがスマートにフェイの前に置かれるが、フェイは少しばかり呆れたような視線をリナに向ける。


「リナ、飲むのは後でと言ったじゃろ」

「あら、そうだった? まあ、一口先に味見するくらいいいじゃない」

「のんべぇじゃのぅ」

「そうかしら。まあ、好きだけど」


 頻繁には飲まないリナだが、好きか嫌いかならもちろん好きだ。

 自分の分もそそぎ、席に座り直したリナはにこっと微笑んでフェイに右手でもったグラスをささげるように向けた。


「フェイ」

「まぁ、よいが。プレゼントの前に酔いつぶれるでないぞ」

「心得てるわよ」

「では」


 フェイは苦笑するように微笑みを返し、リナと同じようにグラスを出して、視線をあわせる。


「乾杯」


 声を揃えながら、チンとグラスをぶつけた。

 そしてグラスに口をつける。


 ほんのり甘味があり、口に含むとアルコール独特の香りがひろがり、喉の奥へ通り抜ける。飲み込むと匂いはなくさっぱりした後味だけがあり、何となく物足りなくてもう一口としたくなる。

 重くなくて、食事の水代わりにしてもくどくならないだろう。


「ほぉ、いいのう」

「…ええ、美味しいわ」


 度数が高めのせいか、それほどお酒に強くないリナには、飲み干した瞬間に一瞬わずかに世界が歪んだようにすら思えた。しかしリナにとってはそれこそお酒の魅力であり、お酒がいとおしい瞬間だ。


「うむ、確かに爽やか、と言ってよいな」

「ええ」


 意識せずに頬を緩めるリナを見て、フェイもまたお酒のせいだけではなく、いっそう微笑んだ。


「……リナはほんに、美味しそうにお酒を飲むのぅ」

「ええ、好きだもの」


 あまり酔っぱらわれてしまうと、この後のことができなくなってしまい残念なことになるが、それでもやっぱり酔っているリナは可愛いなと、フェイはほんのり頬をそめるリナに思った。


「さて、酔い潰れないようにお酒を楽しむとして、ご飯も冷めない内に食べましょう」

「うむ」


 今日ばかりはさすがに潰れないぞと、リナも気合いをいれて食事とさらに水も飲みながら、合間にちびちびとなめるようにお酒をたしなんだ。

 そのおかげか途中トイレにたたざるを得なかったが、くらくらしてしまうほど酔うことはなく、無事に食事を終えた。







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