第108話 誕生日会3

 屋台を一通り見て回り、昼食を購入した。

 人混みの中ゆっくり見て回ったが、まだお昼には少し早いくらいだ。予定通り高台へ向かおう。高台は北区の東よりにある。


「ん? お! フェイ!」


 歩いている途中、角を曲がってきてフェイの姿を見つけた男が手をあげて元気よく声をかけてきた。


「あ? なんじゃ、誰じゃったかのう」


 誰かはわかっていたが、リナとのお出掛けの邪魔をされたくないので、忘れたことにして軽く無視することにした。何となく元気なところが馬鹿な人に似ているので、あんまり仲良くしたくないと言うのもある。


「お前はおじいちゃんか!」

「お主は祖父から存在を忘れられとるのか? 可哀想に」

「そう言う意味じゃねぇよ!」


 フェイの思惑からは外れて男、ガブリエルはフェイにずんずん近づいてきて話しかけてくる。面倒だと思いつつ、フェイは遠回しに言うのはやめて、はっきり伝えてさっさと別れることにした。


「冗談じゃよ。奇遇じゃな。わしら、忙しいからまたの」

「忙しい? おいおい、なんか困ってんなら力になるぜ? 俺は暇だからな。一緒に行くぜ」

「結構です!」


 ついてこようとするガブリエルにリナが悲鳴じみた鋭い声で断ると、ガブリエルは訝しげに顔をしかめ、リナをじろじろと見てくる。


「あ? んだよ、なんでキレぎみなんだよ。お前、なんか後ろめたいことでもあるのか?」


 ああん?と柄の悪いチンピラが道行くお嬢さんに絡むように、腰を曲げて顔を寄せて問い詰めるガブリエルに、リナはひどく嫌そうな顔をして、フェイの背中に隠れる。

 と言ってもフェイは頭半分以上低いので、顔が丸見えなのにはかわりないが。


「後ろめたいことなんてないわよ」


 リナに後ろめたいことなんてない。ただデートに付いてこられるのが嫌なだけだ。別に勝手にデートと思ってるだけだし、口を出さなかったらフェイがガブリエルがいてもいいとか言い出したら嫌だから先に断ったので、それが後ろめたいと言う訳でもない。


「ガブリエル、わしらはデートをしておるんじゃ。邪魔をするでない」

「なに? デート?」

「うむ」

「……そいつは悪かったな。じゃあ俺は行くぜ。またな」


 ガブリエルはやや歯切れが悪く、気まずそうにしながらそそくさと二人の横を通りすぎて行った。

 ガブリエルが人混みに紛れてから、フェイはふうと息をつく。悪いやつではないが、リナと楽しんでいるときに絡まれるのは鬱陶しい。

 それに何だか、ガブリエルはリナに態度が悪いようにフェイには感じられる。積極的に話しかけないだけで表面的には別に普通なのだが、先程もリナには挨拶していなかったし、感じが悪い。


「さて、気を取り直して行くぞ、リナ」

「え、ええ」

「? リナ?」


 振り向いて声をかけると、リナは真っ赤になっていてとても動揺していた。

 視線を泳がせつつも、ちらちらとフェイを見つめてはやっぱり無理とばかりに視線をそらすリナに、フェイは首をかしげる。


「どうかしたのか?」

「どうかって言うか、で、で、デート、って、思ってくれてるんだ、って言うか」

「そりゃあ、じゃって、デートじゃろ?」


 当然のように答えるフェイに、ますます心臓が早くなるのを感じつつ、リナは自分に言い聞かせる。


(お、落ち着くのよ私! 特別な意味はない! そうよ、また覚えたての言葉を使いたいだけよ)


「あの、フェイ、ちなみにどういう意味で使ってる?」

「む? 特別仲良しの異性が出かけることじゃよ? わしら、ガブリエルからしたら異性なんじゃし、デートであっておるじゃろう?」

「あ、ああ、うん、そうね」


(予想通りでがっかりなような、それでも特別ってだけで嬉しいような。まあ、少なくともフェイのデート相手は私しかいないんだし、喜んでもいいわよね?)


 リナは少しだけ考えてから、自己解決してうんと一つ頷いてから、まだ赤みの残る顔のまま微笑んで、フェイの手を握った。


「そうね、デートだったわ」

「じゃろう。邪魔もいなくなったし、早く行こう」


 リナの手を握り返す笑顔のフェイに、リナは早まる鼓動を抑えながら応えた。


「ええ」


 デートだと大っぴらに言えるだけでも得した気分になるリナだった。








「うーむ、うまいの」

「そうね。景色がいいところで食べるとまた、美味しく感じるわね」


 屋台で買ったのは移動に適した、どこでも食べれるようなサンドイッチではあるが、それでも高台のベンチに座って街並みを見下ろしての食事は気持ちがよくて、清々しい気分になって美味しさを後押ししてくれる。


「さて、ではデザートじゃな。まずはこれじゃ」


 サンドイッチを食べ終わり、フェイはにこにこしながらデザート用に購入したものを取り出す。

 その様は年よりさらに幼くて微笑ましい。フェイの購入したのはしっかりした生地でからっと揚げられ、甘い砂糖がまぶされたぷっくり丸いドーナツだ。可愛らしく、香ばしくもあまーい臭いがしていた。


「ふふ、ずいぶん楽しみにしてたものね。別に、これだけ先にあそこで食べちゃってもよかったのに」


 いくら暖め直せるとは言え、やはり揚げたてにはかなわないし、小さくてすぐにつまめるものだ。ベンチに腰をすえなくても、歩きながらでも食べれるものだ。

 なのでてっきりこれはこれで食べてしまうものだとリナは思ったのだが、フェイはデザートにすると言って、結局2つ買って2つこうして残していた。


「じゃって、リナと一緒にわけあって食べたかったんじゃもん」

「……もう、フェイはいつも、可愛いことを言ってくれるんだから」

「そうかの? まあ、可愛いならよいじゃろ」

「もちろん。大歓迎よ」


 素直に慕ってくれているフェイの可愛さに内心動揺しつつも、それでも見た目は平静を装ってリナは会話を続けた。内心の気持ちは駄々漏れな台詞ではあるが、別にそこは隠していないので問題ない。


「ではリナ、あーん」

「んん! あ、あーん」


 唐突にされたあーんだが、しかしいつまでも動揺するリナではない。照れ臭さに頬をわずかに染めつつも、自然な流れで口を開けた。

 お昼時を過ぎた空き時間とは言え、カップルの定番化している高台は人が少ないとはとても言えない状態だが、どこを向いてもカップルなのだから全く気にする必要なく、心置きなくあーんできる。


「うまいか?」

「ええ、とても」

「そうか。ではわしにも頼む」

「ええ、はい、あーん」


 数度食べさせあうと、あっさりとドーナツは残数を0にする。全く、根性がない。しかしまだデザートはもう一つあるのだ。

 フェイは空の入れ物をごみ用の袋にいれて、最後のデザートを取り出す。最後のデザートは胡桃の入ったパンケーキだ。

 こちらもまた、香ばしいいい匂いだ。少しずつちぎってあーんしあう。


「んー、美味しかった」

「そうじゃな。特にドーナツが、わし好きじゃな。また食べたいの」

「そうね、また来ましょう」


 にっこり笑いあってからゴミをしまい、一息ついて改めて街並みを見下ろす。風が吹いていて、少し火照っていた体には気持ちいい。

 今はまだ、ここまで上がってくるまでに疲れた体を冷やす程度だが、もう少しすればもっと寒くなるだろう。アルケイドのあたりから大分離れたこの辺りでは、一年を通しての寒暖の差は大きいと聞いている。


 アルケイドではあまり寒くはならなかったので心しなければならない。少なくとも、冬本番となれば高台には人はこなくなるだろう。

 そうなれば、もっとゆっくり二人でいられる。暖かいお茶でももって、フェイの魔法で風を防げば問題ないだろう。それは楽しみだ。


「そう言えばリナ、昨日から包帯とっておるけど、具体的にはいつ完治するんじゃ?」


 先日怒り犀につけられた傷だが、リナの包帯はすでに取り払われて手のひらにのみ薬が落ちないようにはられたテープがあるだけだ。


「ん? んー、もうほぼ完治なんだけど、」


 すでに治ってはいるのだ。少なくとも動かしても水につけても痛みは全くない。しかし皮膚がまだ完全にくっついておらず、見た目上は薄皮だけのやや赤い状態で傷もつきやすいので防護する意味でテープをはっているだけだ。


「そんなことを言って、まだ表面に切り口があったではないか」

「あれは見た目だけよ。フェイだって、怪我してかさぶたができて見た目がおかしくても、かさぶたの時は痛くないってのはわかるでしょ?」

「む? あー……確かに、そう言うこともあったかのぅ」

「え、何その反応」

「うむ、いやなに。かさぶたが出来たのなぞ、幼い頃の2回か3回くらいで、あんまり覚えておらんからの。じゃが、確かにかさぶたは治ってるようなものじゃったの」


 かさぶたレベルの怪我を2、3回しかしたことがないとか通常なら突っ込みどころしかないが、そこはフェイだしでスルーする。とりあえず理解を得られたのだから問題ないだろう。


「まあとにかく、もう完治よ。何なら明日からテープも外せるわ」

「そうか。うーむ、なら、明日から外へ依頼に行くか?」

「あら、いいの?」

「うむ。怪我がないのなら禁ずる理由もないからの」

「やった。やっぱり中だけだと、感覚が鈍るのよね」


 中での依頼にも慣れ、報酬も悪くないのだが、やっぱりそこは冒険者として活躍したい。元々リナは狩人なのだ。外に出て獲物を狩るのを体が求める。


「うむ。明日からはまた一緒じゃな」

「え? フェイは講義でしょ?」

「何を言っておる。あれはリナの怪我が治るまでじゃ」

「そうだったかしら」

「うむ」


 確かにそう言う話もあったが、そこはその都度お願いしようと思っていたアーロンとしては半泣きになるくらいあっさりとフェイはアーロンの仕事をやめることを決めた。


「わしがリナを一人にするはずないじゃろう。大好きなリナとは、極力共に過ごしたいと思っておるのじゃから」

「フェイ……うん、私も、一緒がいいわ」

「そうじゃろう」


 例え他意があろうとなかろうと、これほど真っ直ぐに好意を向けられて、ましてそれが好きな相手なのだから嬉しくないはずがない。

 期待してしまう心を押さえられなくなってしまうことだけは困るが、リナは素直にフェイの言葉にどきどきして喜んだ。

 例え恋がかなわないとしても、一緒にいられさえすればいいかも知れない、なんて弱気なことを考えつつ。









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