第107話 誕生日会2

 朝御飯はいつも通りのもので、パンとスープの簡単なものだ。それから浮き上がりそうな足取りでフェイはリナを伴って宿を出た。


「そうじゃ! リナ」

「あら、何?」


 見るからに浮かれるフェイを見ると、リナ自身もとても嬉しいし、同時に少し冷静になれるのでリナまで浮かれすぎると言うのは防げている。

 年上として頼りがいのあるところは見せておかないと、と言う下心もあるが単純にリナが負けず嫌いの意地っ張りなだけだが。


 そんな訳でフェイに向かって微笑ましいものを見る笑顔を向けていたリナだが、次のフェイの一言で崩壊した。


「うむ! 手を繋ごう!」

「えっ」

「?」


 驚いたと目を見開くリナの反応に、しかしフェイの方が驚いて不思議に思って首をかしげる。普段からちょくちょく繋いでいるのに、今更何を驚くことがあるのか。


「なんじゃ、ダメなのか? わし、手、綺麗じゃよ?」

「あ、いや、そんな、ダメじゃないわよ、もちろん。むしろ喜んで、いや、うん。そうね。繋ぎましょうか」

「? うむ!」


 他の人であれば確実に、お主は何を急に慌てておるんじゃ。と突っ込みをいれるほどの反応にさすがにフェイも不思議に思ったが、手を繋いでくれるならいいか!と思考放棄した。


 そして元気よくリナの手を握った。


 それに対して否応なしにリナの心臓はペースをあげた。何度も繋いで慣れてるだろうって? そんなわけがない。確かによく繋ぐし、最初ほどどきどきするほどでないけど、やはり照れるし、その手の感触にはどうしたってときめく。

 

 リナとしてはよく繋ぐと言っても、買い物のときは荷物を持つこともあるし、手を繋がない方が多いくらいだ。手を繋ぐのが一番多いのは暇で仕方ない移動時間だったので、四六時中繋いでいるわけではない。

 それでも平然とする程度の理性と演技力はあるのだが、本日のお出掛けっていつもの買い物なんかと違ってデートっぽいよねといつもより余計に盛り上がっていたのだ。

 旅の最中に比べると街での生活は手を繋ぐ回数も減っていたこともあり、まして手を繋ぐなんてますますデートっぽい!と動揺しておかしな返答をしてしまったリナだった。


 とりあえずフェイの手を握りかえし、落ち着きを装う。


「温かいわね」

「うむ! さて、ではまずは噴水広場じゃなー」

「ええ、こっちよ」


 本日のコースは噴水広場へ行ってから、広場の屋台でお昼を調達し、街外れの高台へ行って少し遅めのお昼を食べて、のんびり遠回りで東地区にある石碑を見てからウインドウショッピングをしつつ帰ってくる予定だ。


「噴水広場とやらはどこにあるんじゃ?」

「この街のまー真ん中、だって。だから、大通りまっすぐ行けばつくはずよ」

「ふむ。いっぱい屋台がでておるんじゃろ? 楽しみじゃのう」


 お店で食べるものも美味しいが、屋台であちこちいい臭いを撒き散らしている中を見て回ってあちこちちょっとずつ買って食べるのもまたいいものだ。


「そうね。何食べたい?」

「うーむ、まだお腹減ってないからのぅ。強いて言うなら甘いものかの」

「買ってもいいけど、お昼ご飯も買うのよ?」

「甘いのだけではいかんか?」

「いけません。甘いのだけじゃ、途中で胸焼けして嫌になっちゃうわよ」

「ならんってー」

「なる。今食べるのと、お昼のデザートの二つにしておきなさい」

「むー、仕方ないのう」

「いい子ね」


 話していれば意識も自然といつも通りになってきて、リナは気合いを入れ直した。デートとして喜びつつも、フェイにおかしなやつだと思われないよう、いつも通り保護者としてしっかりしなければ。

 リナの株も上がるし、年上のプライドとして慌てふためくのも避けられるので一石二鳥だ。


 もっとも、今更頼りになる程度では変動しないほど、すでにフェイの中のリナ株はあがりまくっているのだが、リナは自覚していない。









「ずいぶんと賑わっておるのぅ」


 噴水広場が遠目に見えだした時点から人が増えていたが、到着して実感するとやはり違う。


「そう言えば噴水広場は、何やら曰く付きなんじゃろ?」

「え、ええ、そうだった気がするわ。詳しくは忘れたけど」


 振りかえってされた問いにリナは歯切れ悪く答えた。忘れたのを気恥ずかしく思っているのだろうとフェイは思い、不信感は抱いていないが実際には違う。


 リナはちゃんと曰く付き、もとい噴水広場の言い伝えを覚えている。目を閉じて噴水にコインを投げ入れ、噴水の中央にある水を吹き出す装置のすぐ下にある飾りの受け皿部分にのせることができれば、独り身であれば恋人かでき、恋人がいれば永遠の愛が約束されると言うものだ。

 都市伝説としてありきたりな言い伝えだし、まぁ何かにつけて恋愛柄みの都市伝説は、大きな街なら1つはあるだろう。


 そう言うものは観光名所であることも多いし、そこに行ったって全然おかしくなんてないのだが、下心を否定しきれないリナとしてはフェイには少し説明しにくい。


「そうか。では、ちと聞いてこよう」

「あっ、そ、そうね」


 フェイは噴水広場の中に入ってすぐの、屋台が並ぶ脇のところどころにあるベンチの、一番手近なものに座っている男性に近寄って声をかける。


「すまんが、この噴水に何やら曰く付きがあると聞いて来たんじゃが、なんじゃか知っておるか?」

「ん? お前さんら、観光か?」

「うむ、観光をしておる」


 一瞬二人を見た男性は、すぐに視線を前に戻した。視線の先では小さな子供が数人で遊んでいる。自分の子供と近所の子供で、危ないことがないよう見守っているのだ。けして危険な者ではない。

 元々は恋人向けだったが、人が集まり屋台が増え、今では噴水広場は家族連れにも人気があり、休日には今日のような盛況ぶりだ。


「そうか。まあ、簡単に言うと、恋愛成就だな。お前さんらみたいな恋人のためのもんだよ。俺も、若い時嫁さんとやったもんだ」

「わしとリナは恋人ではないぞ」

「あん? 手を繋いでんのにか?」

「手は繋ぎたいから繋いでるだけじゃ」

「あー? そうかい」


 男性は訝しげな顔をしてフェイを見て、それからリナへ視線をうつす。困ったような顔で少しばかり赤くなっているリナに、察したように男性ははいはいと適当な相づちをうつ。


「ま、とりあえずやってみたらどうだ。噴水の回りにレンガの円形があるだろ? あれの一番内側にたって、目をつぶってコインを投げるんだ。真ん中にあるお皿にはいれば当たりだ」

「ほう。面白そうじゃな。リナ! 早速やろうではないか。教えてくれて感謝する」

「へいよ。まあ頑張れ」


 男性に軽く会釈しながら二人は噴水に向かった。 リナは恋人に見られたことが嬉しいが、同時に猛烈に恥ずかしくて緩みそうな口元をなんとか抑えていたので無言だったが、男性と離れることでなんとか息をつけた。


 心臓を落ち着かせながら噴水についた。大きい噴水で、中で泳げそうなほどだ。噴水回りはさすがに列ができるほどではないが、人が多く、恋人ばかりだった。

 恋人たちの隙間に入り、噴水の前に立つ。


「コインはお金でいいんじゃよな?」

「そう、ね。他の人もそうしてるみたいだし」

「では」


 フェイはお金を取り出して目を閉じ、えいやと投げた。てんで方向違いに投げられた1Gコインは、勢いよく噴水の水溜まり部分へ落ちた。


「どうじゃ?」

「投げたらもう目を開けていいわよ。と言うか、フェイ、下手くそね」

「なにっ、何処に行ったんじゃ?」

「あそこよ」

「む、……おしかったのぅ」

「いやいや」


 否定するとフェイは唇をとがらせたが、惜しくないしかすってもないのは事実だ。可愛いけども。


「ふーん、別にわし、リナがいればよいし。恋愛成就せんでもよいし、できなくても気にしとらんけど」


 恋愛成就を気にしてないのは本当だが、単純に負けず嫌いなので悔しいフェイだった。それがばれてしまうのも癪なので隠しているつもりだが、どう見てもバレバレだ。

 そんなところもとても可愛いのだが、それよりそのセリフ、とても心臓に悪いのでできれば二人きりの時に言って欲しかった。


「じゃ、私がやってみるわね」

「うむ」


 お金を取り出して、噴水との距離感を確認してから目を閉じて、フェイのように振りかぶらず肩口に腕を持ってきて前へ突きだすようにして投げた。からん、と音がすると同時にフェイが声をあげた。


「おおっ、リナ、入ったぞ!」

「よしっ」


 投げたと同時に目を開けたリナは小さく右手でガッツポーズをつくった。よしよしよし、これはとても幸先がいいぞ。一年後に向けてだが。


「はっ、リナ、入ってしまったぞ!?」


 しかしそんなリナに対して、フェイは何故か急に思い付いたかのように驚いた。そんなフェイにリナは首をかしげて相づちをうつ。


「そうよ。我ながら上手くいったわ」


 弓ならば目をつぶってもできるので、威力が腕の力程度だった場合を想定して角度を調整して、弓感覚で投げたのが功をそうした。


「むー、恋人とか、つくる気なのか? わしがおるのに」

「えっ、あ、その」


 つくる気はある。ありまくりだ。だけどまさか自分がそう言う対象として狙われているとは思わないフェイからしては、恋人をつくられたら自分が二の次にされてしまうと不満だ。

 そりゃあ、リナが幸せだと言うなら祝福はするが、現状この街に来たばかりで恋人も相手もいないだろうに、そんなに恋人を作ろうとしなくたっていいのに。


「も、もちろん、私はフェイが一番よ? 恋人なんて、今はいいし」

「……そうなのか?」

「え、ええ」

「そうか、そうか! わしもリナが一番じゃ」


 にこにこ笑顔になるフェイに、リナは複雑に思いつつも笑顔を返した。一番なのは嬉しいが、フェイに恋人とかそう言う意識が芽生えるのは、やはりもっと先になりそうだ。









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