第92話 毛長獅子

 リナに頭を撫でられ笑うフェイに、ガブリエルはまさか!と思い付いたことを恐る恐る尋ねてみる。


「な、なぁ。ちょっと聞いてもいいか?」

「ん? なんじゃ?」

「この、強化?ってやつ、エメリナもしてんのか?」

「うむ。わしとリナはいつもつかっておるよ」


 その回答に、ガブリエルは驚愕した。


 (俺は、なんて思い違いをしていたんだ……!)


 エメリナとフェイの二人組を見て、エメリナが保護者としてフェイの面倒を見てやってるのだとガブリエルは思っていた。

 しかしそうではなかった。フェイの魔法師としての腕は想定以上だった。魔法師の実力と言うのを知らなかったが、こんなにも補助ができるのならば、役立たずなんてとんでもない。例え偉そうで雑用をサボっていたとしても充分にお釣りが来る。この実力を知れば多くの声がかかるだろう。


 そしてリナの今の態度、まるでフェイのことを隠しているかのようだ。そう、エメリナこそが、フェイから恩恵を受けている。そして、フェイを甘やかすことで本人にもその特異さを隠して、その力を独占しようとしている!?


 もちろんガブリエルの妄想である。ある意味独占したいとは思っているが、リナにはフェイの力を利用してやろうなんて腹積もりはない。現在使えるだけ使ってはいるが、そんなのはパーティーを組む以上当たり前のことだ。


「フェ……、いや、何でもない」


 (ここで言っても駄目だ。こいつの言うように、信用されるだけのものがねぇ)


 ガブリエルの価値観として、リナのやっている(とガブリエルが思い込んでいる)ことは許せるものではない。ましてこうして名前を知って関わってしまったのだ。ガブリエルはフェイの信頼を得てから、エメリナから助けてやろうと決めた。

 全くもって、余計なお世話だ。


「じゃあ、毛長獅子に行くか!」









「いたぞ」


 それからさらに歩いて、五人は毛長獅子の元へとたどり着いた。毛長獅子のヒゲ刈りだけなら、身軽な方がやりやすい。基本的に一人だけが近寄って行うものだ。

 

「ふむ。都合よく眠っておるようじゃの」


 5人のいる草むらから出た先、ひらけた少し先にある木陰の下、4頭の毛長獅子が身を寄せあって寝そべり目を閉じてのんびりしている。内3頭がメスで、その証拠に尻尾が少し短かった。


「ああ。一番左のオスだぞ。これをちゃんと腰に結べよ」

「わかっておる」


 ガブリエルからロープを受け取り、フェイは腰回りで一周させてきゅっと結んだ。


「おい、ちゃんと結べよ」

「なに? ちゃんと結べておるじゃろうが」


 ロープはきちんと蝶々結びされているが、そもそも体を引っ張りあげるのだ。一人の体重を支えて問題ないほどにしなければならないのに、蝶々結びなんて頼り無さすぎる。

 ガブリエルは頭をかきながら、初めてなんだから仕方ないかとため息をついてから、フェイのロープをほどく。


「いいか。まずこう、先に結び目をつくっておく。円をつくって下から上から、円をくぐるようにして、まだしめないぞ。ここでお前の胴体をまいて、今度はルートを逆戻りして、と。ほい」

「ほー。なんじゃかわからんが、複雑な結びかたじゃのう」

「ま、もう毛長獅子やらねーならいいけどな。覚えておくと便利だぞ」

「そうか。まあ、とにかくありがとう。さっそく行ってくるとしよう」

「気を付けてね。危なくなったらすぐ逃げるのよ」

「わかっておる」


 心配するリナに軽く手を振り、フェイは気負わずに歩き出す。

 草むらから出る瞬間に少し音がなったが、メスの一頭がぴくりと耳を揺らしただけで目を開けることはなかった。 


 そのまま進んでいく。オスの目の前まで、手を伸ばせば届く距離まできたが目を開かない。大きな魔物と言うだけなら、今までも邂逅してきたが、こうして生きている魔物と落ち着いてこんな距離でいるのは始めてだ。

 フェイは自分に身体強化の上に皮膚を硬化させる魔法をかけ、思いきって毛長獅子の頭に手をのせた。


「ばっ!?」


 後ろから間の抜けた叫び声が聞こえたが無視して、そのまま撫でる。少しごわついたたてがみは空気を含んでいてふわふわしている。温かくて、フェイは耳の上も構わず撫でる。


 ぐるぅ


 毛長獅子は片目をあけてフェイを見る。目があったので、にこにこしながらフェイはその手を毛長獅子の顎に回して、わしゃわしゃと撫で上げる。


「よーしよしよし」


 ぐがぁ


 毛長獅子はうざったそうに首をふって頭だけ動かしてフェイの手に噛みつこうとしたが、挙手するように手を頭上にあげて回避した。毛長獅子も本気で襲いかかろうとしたのではないので、手が離れたのを見て、また目を閉じた。

 こうしてみると可愛いものだと思いながら、フェイは改めて目的を果たすため、ヒゲを1本つまんで、そのまま走って逃げた。

 その動きでもちろんヒゲは引き抜かれたが、よほど満腹だったのか、毛長獅子はぴくりとも反応しなかった。


「戻ったぞー。どうじゃ」

「どうじゃ、じゃねーよ! いいからこい!」


 草むらまで戻りヒゲを見せびらかすや否や、ガブリエルに腕をつかんで走り出された。引っ張られるままの勢いで移動する。身体強化されたガブリエルなので、追いかけるベアトリスとカルロスとはどんどん距離が開いたがガブリエルの視界の端にいたリナがついてきていたので気づかなかった。

 充分に距離をとったあたりで大袈裟なくらいにガブリエルがはぁはぁいいながら立ち止まった。


「なんじゃ、急に」

「お前な! あぶねーだろ! なに撫でてんだ! 猫じゃねーんだぞ!」

「大丈夫じゃったじゃろ。のう、リナ」


 ガブリエルの非難にもどこ吹く風でリナに同意を求めるフェイだが、さすがに今回は同意できない。リナは眉をしかめて、フェイに視線をあわせる。


「そうかもだけど、どんな魔物かよくわからないのに油断しちゃだめよ」

「油断はしとらん。ちゃんと皮膚硬化の魔法をかけておる」

「その魔法より強かったらどうするのよ。わからないでしょ」

「むー」

「唸ってもダメよ。私も心配したんだから、反省しなさい」

「……うむ。わかった」


 左手を自分の腰に当て、右手の人差し指をフェイにむけて叱ってくるリナに、フェイは不承不承頷いた。


「にしても、思った以上に毛長獅子大人しかったわね」

「確かにな。普段は触って怒らないなんてあり得ないんだが」


 にゃー

 フェイの頭に乗りっぱなしの黄金猫が鳴き声をあげる。尻尾がやんわりと上を向いている。

 その鳴き声に2人の視線が猫に集まる。フェイは黄金猫両手でつかんで頭からおろして、目を合わせる。 

「お主のおかげかのぅ?」

「猫がのってたから、味方として見てくれたのかしら?」

「そんなことあるか? いや、まあ、猫連れていくことねぇけど。でも、それなら俺らベルカ人にも攻撃しないはずだろ」

「いや、あなた猫ではないでしょ」


 黄金猫を見つめていると、息も絶え絶えにカルロスとベアトリスが追い付いてきた。


「に、兄ちゃん! はぁ、早い、よー」

「……」


 ベアトリスは頬を膨らまし、カルロスも無言ながらにガブリエルを非難するように見ている。通常このように意図せずパーティーがバラバラになることはあってはならないことだ。


「! お前ら遅くね!? 来てなかったのか!?」

「兄ちゃんたちが、早いんだよ。その、さっきの強化? とかなんか、魔法使ってたじゃん?」

「お、おお、そうだったのか。普通に軽く走ってたつもりだったんだが」

「フェイ、私も強化してよ。やりたーい」

「それは構わんが、まだ何かするのか?」

「えー、あー……確かに。依頼はしちゃったし、もうないかー。兄ちゃん?」


 ベアトリスはちらりと自身の兄を見る。兄がリーダーなので、その判断に従う他ない。ガブリエルは頷いて肯定する。


「そうだな。そろそろ帰らないと、着く前に日がくれちまう。今日はしまいだな」

「ざんねーん。じゃ、また今度、一緒にやるときはお願いね」

「うむ。よかろう。あ、そうそう。あまり、強化のことは言いふらしてくれるでないぞ」

「ん? なんでだ!? 使えるやつって名前をあげた方がいいだろ!?」


 ベアトリスのお願いに頷きつつも、知られているのでベアトリスたちは言いが他の人には言わないようにと言うと、何故か唾を飛ばす勢いでガブリエルに理由を聞かれた。

 フェイは引きながら嫌そうに顔をしかめつつ答える。


「なんでそんなに興奮しとるんじゃ。普通に、一緒にパーティーせんやつにもかけてかけてと言われたら、うっとうしいじゃろう」

「あ、あー、そう言うもんか」


 ガブリエルとしてはまさかそれもエメリナの策略か!と思ったのだが、確かに知らない人に便利だと知られ過ぎてしまうと、図々しい人も出てくるだろう。ましてフェイはたやすく魔法を使うからと言って簡単なんだからと言われても、うっとうしいだろう。


「とりあえず帰るか。捻り鹿は、解体した分くらいは分け前もらってもいいのか?」

「ん? リナ」

「普通に、パーティー同士の1対1でいいんじゃない? ガブリエルが運んでくれてるし、色々は教わったわけだし」

「でもフェイの魔法であんだけされたら、馬鹿でもできるだろ」

「いいのよ。ね?」

「うむ。計算するのも面倒じゃしな」

「……お前らがいいなら、いいけどよ。あ、毛長獅子は全部そっちな。これはそう言うもんだから」

「わかったわかった」


 五人で街へ帰る。街へつくころには、さすがにフェイの魔物避けに効果があることを認め、カルロスの警戒も低くなった。







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