第93話 デザート

 翌日は依頼はやめて、昨日稼いだ分で生活用品を揃えることになった。


 フェイのポケットに小物ならある程度入るとは言え、大きさのあるものは別だ。それに強化していて大荷物でも持てるとは言え、多すぎる荷物は煩わしいので旅がしやすいように荷物は減らしてきた。

 特に必要となるのは衣服だ。野宿のためにテントと毛布、そして食料が多くを占める。

 フェイの服はシャツが5枚に一張羅のケープ、長ズボンと半ズボンに、下着と靴下5セットだ。リナは半袖のシャツが3枚に長袖2枚、ジャケットにショートパンツと長ズボンと同じく下着と靴下5セットだ。

 もちろんこれ以外にも季節外れの分厚い外套や高価なものも捨てずに持ってきているが、少なくとも野宿ありの旅の最中に使うことはなく、奥にしまいこんでいたので使っていたのはこれだけだ。


 途中一度買い換えたがやはり日替わりでほぼ毎日着ていたのでどれも磨りきれ色褪せてきている。汚れは毎日とっていたが、それでも劣化は隠せない。

 この街でしばらく暮らすのだからシャツも下着も買い換えよう。部屋着も1着しか持ってこなかった。


「うーん」


 リナは服屋にて悩んでいた。手に持っているのは赤と緑のチェックシャツと淡い水色と白のストライプのシャツだ。

 どちらも上着で、赤と緑は分厚い生地でデザインはシンプルな襟つきのシャツ。水色と白の襟つきシャツは丈が長めで裾にフリルが付いていて可愛い。

 水色の方も充分に涼しい季節に対応できる上着となるし可愛いが、少し色合いが涼しすぎる。赤の方は生地も分厚く起毛処理されて保温性はもちろん、見た目にも温かそうだ。


 大抵の服屋では目の前のものが反転して映し出される鏡がある程度の大きさのものがおかれている。高級なものほどではないが、それでも何となくの雰囲気をつかむくらいはできる。


「そんなに悩むなら、両方買ったらよいじゃろ。似合っておるよ」

「駄目よ。もったいないわ。今も1着あるし、じきに冬になって高い上着が必要になるんだから。ねぇ、フェイ、どっちがいい? デザインは、やっぱりこっちなんだけど」


 言いながらリナは水色の方を体の前にかかげて、フェイに向かって見せつける。

 気に入っているデザインの方があるならそちらを選べばいいのに。と思いながらフェイは改めて見る。

 確かに水色の白の涼しげなボーダーは裾の丸い処理もあってリナの可愛らしさが強調されているようだ。


「で、こっちね。こっちの方があったかいし、季節的にも色はこっちがいいわよねぇ」

「うーむ」


 赤と緑のチェックもいい。原色同士の強い組み合わせだが、派手さはそれほど感じられず、リナの金髪を引き立てている。シンプルな分、リナの可愛さよりもシックな美しさを感じさせる。

 見た目だけで言えば甲乙つけがたいし、かれこれ20分は悩んでいるのでもういい加減決めてほしい。両方買えばいいのに。


「そうじゃのう。これから涼しくなるんじゃし、こっちのチェックがいいんじゃないかのぅ?」

「そう? うーんでもなぁ。こっちのほうが可愛くない?」

「……じゃったら、そっちがよいのではないか?」

「でもね、やっぱり季節を考えたらこっちかなぁって」

「…………そうか」


 もう面倒になったフェイは、リナを見るのをやめて手を後ろに回しておしりの上でくんで、棚を眺め始める。もう一通り見たが、また何かないだろうか。


「フェイー、興味なくさないでよ」

「じゃってわしの意見関係ないしー? せっかくわしが、赤緑チェックじゃとリナが綺麗に見えるって言っとるのに」

「え!? そんなこと言ってないでしょ?」

「ん? 似合うと言っておろう」

「……そう、じゃ、こっちにしよ。ありがとう、フェイ」

「む、決めたのか」

「ええ」


 ようやく決めてくれたリナにフェイはほっと相好を崩した。

 リナが新しい可愛い服を着るのは見る分には楽しいのだが、同じ服で長々と迷われると飽きてくる。そろそろお昼の時間だとお腹もつげている。


「じゃ、会計してくるから待ってて」

「うむ」


 リナと買い物を共にしたのは初めてではないが、今日は一段と長かった。リナが会計をすます背中を見ながら、フェイは何を食べようかなと思考をめぐらせた。









「フェイ、まだ?」

「ち、ちと待ってくれ」


 むむむ、とフェイは眉間にシワを寄せ、真剣な顔でメニュー表とにらめっこしていた。

 現在マリベルポイントをためるべく、マルタの宿屋に隣接するアルドゥラン食堂にて昼食中だ。メニュー表は各テーブルにそれぞれ折り畳まれた厚紙が置いてあり、広げて顔を突っ込んでいるのでリナからフェイの顔は見えない。


 そんなフェイの姿に、よだれを垂らすフェイを想像してリナは苦笑した。

 お昼ご飯のメインとしてランチプレートを頼んだ。肉と野菜の炒め物、炒り卵、サラダとパンのありきたりのプレートだが、サラダにかけられたドレッシングは黄色くとろっとしていて、酸味がとてもきいていてさっぱりしていて美味しい。炒め物もぴりりと辛い味付けで美味しい。

 そしてお楽しみのデザートタイムだ。お昼のデザートは3つある。ランチプレートを頼むと通常の半額でデザートを一品頼むことができる。


 葡萄のゼリー、葡萄のシロップ漬け、バターののったパンケーキの3つだ。

 パンケーキは魅力的だが季節ものである葡萄も捨てがたい。また、まだ寒いとは言えないが涼やかなゼリーもいい。あまーいシロップ漬けも魅力的だ。

 別に今食べなくても明日でもいいし、今慌てて全部食べなくてもいい。しかし何を食べてもいいからこそ、何を食べるか悩んでしまう。

 まあ、しかし、今日は少し涼しいし、ゼリーはよいだろう。だとすれば、残りは2つだ。


「……、よし、パンケー……やっぱり葡萄のシロップ……うーん」

「フェイ、私、パンケーキ頼むつもりなの。フェイが葡萄のシロップ頼んで半分ずつにしましょう?」

「……よいのか?」

「よいよい。私も両方食べれた方が嬉しいし」


 ぱぁぁっと効果音がつきそうな勢いで満面の笑顔になるフェイに、リナは苦笑しながらマリベルを呼んで注文をした。

 何とはなしに立ち去るマリベルの尻尾を見ながら見送り、しばらくしてすぐに注文した品はやってきた。


 エメリナの前におかれたお皿には、直径10センチほどのこんがり焼けた薄いパンケーキが三枚重なりあうようにのっかって、真ん中のバターがとけだしていてじつにいい匂いだ。

 フェイの前におかれたお皿には、綺麗な紫色の葡萄がつまれている。よく見るとそれには皮が剥かれているのに、実が紫色になっているようだ。


「ほう、こんなものもあるのか。どちらも実にうまそうじゃ」


 確かに、と思いながらリナはまずパンケーキを一口に切って食べる。ほかほかあったたかくて、芳ばしくてほんのり甘くて美味しい。


「ん。美味しい」

「ほー、いいのぅ。やはり出来立ては格別じゃろう。リナ、リナ」

「はいはい」


 頬をゆるめるリナに、フェイは期待に瞳を輝かせながらリナをのぞきこみ、あーんと大きく口をあける。

 その可愛らしいおねだりに、リナは違う意味で頬をさらにゆるめながら、一口分を切ってフェイの口にいれてあげる。


 これ自体は初めてではない。食いしん坊なフェイは物欲しそうにじっとリナの分も見てくることもあるので、それにあげようか、なんて声をかければフェイは嬉々として口を開けて待っているのだ。

 最初こそ気恥ずかしく面食らったが、その雛鳥のような可愛らしさと、親鳥に向ける信頼感を感じて、嫌いではない。むしろやってあげたい。いっぱいあげたい。何なら全部手ずから食べさせたい。


「んー、うんまいのぅ」


 目を細めて喜ぶフェイの可愛さににこにこするリナだったが、しかしそれだけでは終わらなかった。リナにとっては予想外なことに、フェイは口の中のパンケーキを飲み込むと、自分の前の葡萄にフォークを突き刺すと、リナに向けて差し出した。


「さ、リナ」

「え」

「? あーんじゃぞ?」


 フェイからすればやってもらったことをやり返しているだけだ。あーんしてもらうと、ただでさえ美味しいものがもっと美味しくなるので、リナにも是非こうして食べてほしい。いつも一方的にもらうことばかりだが、今日はお互いに半分ずつで平等だ。

 ここぞとばかりにあーんしようとリナの口元に近づけた。


 しかしリナにとっては当たり前ではない。


 確かにあーんは初めてではない。しかしそれはあくまでしてあげる側だ。食べさせられたことはない。食べさせるのはまだいい。相手は年下だし外面的には問題ない。心理的にも主導権を握っている側なので、それほど動揺せずにすんだし、動揺していてもとにかくフォークさえ近づければフェイから食いついてくれる。

 しかし食べさせてもらうだと? そんな、フェイからしてもらうなんて外面的にはおかしいだろう。子供にしてもらうなんて、違和感を感じて人はそれを見てはきっと理由を考えるだろう。そう、フェイに食べさせてもらうなんてそれはまるで、恋人同士のようではないか!


 もちろん考えすぎてあるし、そもそも別に人に恋人同士に見られたからどうだと言う話なのではあるが、リナは真剣に焦っていた。

 しかしだからといって、嬉しそうに差し出すフェイを断るなんて選択肢はないのだから、リナは受け入れるしかないのだ。


「リナ、食べぬのかー?」

「い、いえ、いただくわ」

「うむ。では、あーん」

「あ、あー……ん」


 リナはどきどきを隠しつつそっとフェイに向けて少し体を傾け、控えめに口を開けたのだが、フェイは遠慮なくその唇をこじ開けるように葡萄をつっこんできた。

 その乱暴さに余計にどきどきしながら、フォークが抜かれたので葡萄を咀嚼する。噛む度に甘い果汁のような汁が口のなかで溢れる。

 だがその甘さを美味だと感じるかというと、それどころではない。何故か味がわからず、わくわくして顔を覗き込んでくるフェイとの距離にも顔が染まりそうなのを我慢して、なんとか飲み込む。


「どうじゃ?」

「お、美味しいわ。ありがとう、フェイ」

「そうか! うむ、うまいの」


 フェイは満面の笑顔で自分でもその葡萄を口にした。


 どきどきして、それは心地よいどきどきではあるが、葡萄の美味しさが全然わからなかったのが残念だ。それでもきっと、明日でも明後日でもフェイが望めば、なんならフェイが言い出さなくても自分からおねだりしてしまいそうなくらい、幸せな気持ちにはなったのでよしとする。







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