第91話 捻り鹿

 毛長獅子は5体ほどの群れをつくり、それぞれに縄張りをもって生活している。その住居にしている警戒範囲は狭く精々半径10メートルほどだが、さらに獲物を探してまわり他の毛長獅子がいれば追い払う縄張りは5キロほどになる。

 ガブリエルに先導されてフェイたちは青樹から一番近い縄張りへ向かった。


「ガブリエル、今は魔物除けを使っておらんのじゃが、この辺りの魔物は他に何がでるんじゃ?」

「そうだな。ボスの毛長獅子が空腹時以外は大人しいから、割合色んな種類がそこらを出歩いてるぞ」

「どんなんじゃ?」

「そうだな……例えば唸り馬とか、怒り犀とか、捻り鹿とかだな」

「なんじゃ。『り』ばかりじゃな」


 視線を地面に走らせて考えてから答えたガブリエルの返答に、フェイが思わずツッコミをいれると、ガブリエルは教えてやったのにと少しむっとしてフェイを見る。


「知らん。だいたい見つけた人が命名するからだろ」

「なるほど。センスの問題じゃな」

「つーか、名付けたやつもお前みたいなおかしなしゃべり方のやつにはセンスうんぬん言われたくないと思うぞ」

「兄ちゃん、やめなよ。可愛いじゃーん」


 あてつけにからかってやると、右後方の妹からの想定外のフォローにガブリエルは眉を寄せて振り向く。ベアトリスはいつも能天気でへらへらしているが、今日もまたにこにこしている。


「はあ? どこがだよ」

「ベアトリスさん、意見があいますね」


 ガブリエルの物言いにむかっとしたリナだが、ベアトリスの言葉に笑顔を向ける。その清々しい笑顔に好印象のベアトリスは、負けないくらいの笑顔で応える。


「私も呼び捨て敬語なしでいいよ。カルロスもね」

「ああ、構わん」

「わかったわ」

「フェイもいいよね?」

「うむ。よいぞ」

「おい、話はいいが、ちゃんと警戒しろよ」

「問題ない。魔物除けはしておらんが、魔物が近づいたらわかるようにしてお、お? 前方に何かおるぞ」


 打ち解ける様に何となくつまらなくなってガブリエルは全員に向けて注意する。そんなガブリエルの気持ちには当然気づかないフェイは、のんびりと前を指差した。

 そのフェイの指摘に3人は顔つきを変えて立ち止まり、すぐに攻撃できる姿勢になる。リナとフェイとそれに合わせて、一歩遅れて立ち止まる。


「おいフェイ、俺は感じなかったけど、どのあたりだ?」

「あの木のあたりじゃな」

「……なるほど、と言うか、結構遠くまでわかるのか?」


 ガブリエルはまさか自分が気づいてないものを気づくとは思っていなかったが、指差されたのは通常警戒する範囲のさらに向こうだ。

 意識してその辺りに耳を傾けると僅かに不規則な草の音がするので、何かいるのは間違いないだろう。改めて聞くと聞こえるが、普段から30メートルも先の範囲の気配を拾うのは難しい。それがこんな気の抜けた顔のままできるなら、確かに使えるのかも知れない。


「範囲はその都度決めておるな。もっと狭くするときもあるが、広くするときもある」

「……ふーん。ちなみに最大でどんくらいだ?」

「ん? むー、制限はないんじゃが、実用性を考えると、50メートルくらいかのう」


 やろうと思えばベルカ街全てを囲ってさらにその回りの草原までひろげることもできるが、しかし今使っているのはあくまで結界の一種だ。術者を中心に膜をつくり、そこを何かが通ったらわかるようになるものなので、大きすぎてあちこちで通過しまくると把握が難しい。

 そのフェイの答えにそれでも充分、野外での休憩中なんかには使えるな、とガブリエルは評価を上方修正した。


「む、また来たぞ」

「そうか。気配を殺せ。ゆっくり近づいて様子を見るぞ」

「うむ」


 そっと5人で近寄る。と言っても全員で団子になる必要はない。特に打ち合わせはなかったが、自然とベアトリスとカルロスが後方につき、カルロスは別途周囲の警戒にあたり、ベアトリスが三人の回りに全体的に注意を払う。三人のチームワークのよさが伺える。

 一方でフェイとリナは二人とも前衛だ。フェイの魔法に頼りきりで陣形とか何一つ気を払わない、行き当たりばったりさが伺える。

 もちろん油断せず、目の前だけでなく周囲の様子も感じてはいるが、フェイの魔法強化で万が一も滅多に怪我をせず何とかなってしまうことを知っていると、自分への危機意識はどうしても低くなってしまう。


 そんな二人にますます、こいつら大丈夫かよと心配になるガブリエルだった。二人とも競いあってるのかと言うくらい同じ進度だ。


「む」


 息をひそめ足音を殺して、そっとフェイが草むらをかき分けると、少し先のひらけた場所に6頭の鹿がいた。耳の下から生えている角はネジのように回転しながらゆるやかな曲線を描いて前方につき出されている。捻り鹿だ。


「おっ、ラッキーだな。風下で捻り鹿を捉えられた。いいか、あいつらは突進動作で頭を下げれば、真っ直ぐにしか進まねぇ。逃げ出さないのに気を付けるくらいだ。俺は右側から包囲するからお前らは左側からだ」

「待て。あれは殺してよいのか? 必要な素材はなんじゃ?」

「あ? 角だ。あと背中側の毛皮だから、出来れば下から切って腹から殺せ」

「了解した。ではまずわしが、逃げぬように足を切るぞ」

「は?」


 逃げ出してしまうタイプとのことなので、フェイはさっさと獲物の足を刈ることにした。今までの経験から、数の多い臆病な草食動物はこれが効果的だ。

 フェイはガブリエルが突撃の合図を出す前に左手を出した。


「風刃!」


 大型の風刃を3つ、僅かに時間差をつけて展開する。勢いよく飛び出した3つの刃は、草を撒き散らす。その存在に発生した瞬間に気づいて捻り鹿ははっと顔をあげ、すぐに身を翻す。

 気づかれて逃げ出すのは折り込み済みだ。だけどそれでも風刃の方が早い。第1陣が一番手前の二匹の足を全て切り落とし、そのままの勢いでもう1匹の後ろ足を全てと前足を半分、さらに奥にいるもう2匹の前足を両方切り落とす。足を切り落とされた鹿が落ち出すより先に第2陣が残っている足を全て切り落とし、第3陣が1匹だけ違う方向に逃げていた残り1匹の後ろ足を切り落とした。

 誤って群れの隣にあった木を1本切り倒したが、まずまずの結果だ。


「リナ、残ったのを頼む」

「はいはい」


 フェイの突然の魔法行使に驚いて固まる三人を放って、リナに指示をするとなれたものでリナはさっさと残った前足で逃げようとする1匹に駆け足で近寄り、さっさと前足も切り落とした。

 そうしてしまえば、逃げようともがいてはいるが前へは遅々として進むことはない。


「オッケーよ。じゃあ、解体しましょうか」

「おっ、おお、おおおお!? はあ!? お前、やばくね!?」

「うるさいのぅ」


 スイッチが入ったように怒鳴り出すガブリエルに、フェイは思わず両耳にてを当ててふさぐ。


「よいからさっさと解体せんか。魔物避けを使うから、安心せい」








「で、説明してもらおうか」

「は? なんじゃ、突然」


 いつものように椅子をつくって足をぷらぷらさせて、さっきまで頭にのせていた黄金猫を膝にのせて可愛がっていたフェイに、解体を終わらせたガブリエルが真剣な顔で声をかけてきた。

 まだ信用がないようでカルロスが見張りをして、ガブリエルとベアトリスとリナが解体を担当していた。ガブリエルの分が終わり、他二人の分も終わりかけのようだし、身綺麗にして血の臭いを消してから次に行きたいのだが話をしたいようだ。


「なんじゃじゃねーよ。さっきの魔法だよ!」

「風刃と言って、風属性の初級魔法じゃよ」

「あんな魔法あるのかよ!」

「ある」

「…………やべぇな。お前でこれなら、もっとおっさん勧誘しとけばよかった。いや、だからあんなに頑なだったのか。でも」


 怒鳴るような問いかけにフェイは端的に答えてやったと言うのに、ガブリエルは考え込むように視線を左下に走らせてぼそぼそと独り言を言い出した。

 フェイはその様子に気味が悪そうに顔をしかめて、視線はガブリエルに向けつつも顔を少しそむけた。


「なんじゃあ、ぶつぶつと。気持ち悪いのぅ」

「……おい! 俺らとパーティーくまねぇ!?」

「やーじゃばーか」


 引いているフェイに構わずぱっと顔をあげてされた提案に、フェイは勢いのまま断る。すると色づいたかのように怒りでガブリエルは赤くなり歯をむき出しにしてさらに大声を出す。


「んだとこらぁ!!」

「じゃって、お主偉そうじゃし。と言うか、そんな初対面でパーティーとかないじゃろ。お主のいいとこ見ておらんし」

「それもそうだな……。よし! じゃあ一旦街に戻ったら、もっかい出てきて実力見せてやるよ!」

「は? 何で戻るんじゃ?」

「あ? おいおい、こんな血まみれじゃ、風上をとれても、近づいたらすぐ魔物に教われるっつーの」

「ああ、なるほど。ほれ、洗浄」


 フェイはガブリエルの体に左手をむけてささっと綺麗にしてあげた。手元と足元、ところどころ飛び散った血液はなくなり、臭いもなくなった。その様にガブリエルは目を見張り、意味もなくジャンプして後ろを向いて自分の体を見下ろして様子をチェックした。


「す、すげぇぇ。便利すぎだろ」

「ふっふっ、もっと褒めてもよいぞ」

「魔法師って、俺、遠目に見かけたことはあるけど魔法使うとことか見たことねぇし、正直なめてたわ。やべぇな。まじすげーじゃん」

「ふふん。鹿からはいだ荷物もの、気にすることはないぞ。身体能力を向上させてやろう。さ、手を出すがよい」

「おう」


 手を出したフェイにガブリエルは素直に手をのせる。それにフェイは身体能力向上を、意図的に弱めにかける。後々解除するのを忘れるとめんどうなので、リナ以外の人にするときは多少効果は弱いが半日ほどで勝手に解除されるものを使うようにしている。

 しかしそれでも、通常時の数倍になっている。手を離されたガブリエルは自分の手を握って閉じてを繰り返し、まばたきをしながら首をかしげる。


「ん? なんか変わったか?」

「ちと強めにジャンプしてみよ」

「おう、お、おおおぉぉ!?」


 ジャンプをしたガブリエルはその想定以上の跳ね上がり方に目を白黒させて、何度もジャンプをした。元の身体能力が高いからか、かなりの高さまでジャンプしている。


「フェイ!」


 解体を終えたリナがガブリエルの騒がしさに気づいてぎょっとして、毛皮も放置してフェイに近寄る。それにフェイは振り向き、にこっと笑ってリナの体を綺麗にした。


「ガブリエルを強化したのね?」

「うむ」

「駄目よ。あんまりぽんぽんしちゃ」

「む。しかしのぅ」


 使う使わないはそれはもちろんフェイの自由ではあるのだが、あまりに騒ぎになりすぎても困ると言うことで、ある程度親しくなるか通りすがりならともかく、しばらくこの街で過ごすのだからちょっと気を付けようと、昨日決めたばかりだ。

 それを思い出したフェイは視線をそらし、リナはため息をついて腰を少し曲げて視線の高さをあわせた。


「また褒められて調子にのって、自分から言い出したんでしょ」

「……うむ。その通りじゃな」

「なんでそこで力強く肯定するのよ」

「いや、言われて思い出したら確かにそんな感じじゃったし」

「素直。この子素直だわー」


 しかししてしまったものは仕方ない。何故か目を合わせて自信満々に頷くフェイに、リナは頭を撫でた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る