第78話 リナの家族2

「じゃあ、リナの冒険者としての成功を祝って」

「かんぱーい!」

「いえー!」


 食堂は集会所代わりに使われることもあり、広さだけはあるが、基本的には入り口側の半分くらいが食堂としての店舗範囲となっている。

 集まりの時にしか利用されないとあり、本日はリナたちだけだった。他に人がいない気兼ねしなくてよい食堂に若者が集まって酒盛りすれば、その騒がしさは生半可なものではない。


「ねぇねぇ! 冒険の話してよ!」

「そうだ、お前らドラゴン退治したんだろ!? もっと詳しく教えろよ!」

「ええ!? ほんとに!?」

「マジでぇ!? ドラゴンは盛りすぎでしょ!」


 娯楽に餓えた若者のぎらつきに、ほんの少しひるんでから、景気付けに一杯飲み干したリナは声を張り上げる。


「マジマジ! もう今夜はとことん冒険話で自慢しちゃうんだから!」

「えー、それもいいけどー、私個人的にそっちのフェイ君気になるー。ねぇねぇ、彼氏なの?」

「違うわよ。違うけどフェイに手を出したらぶん殴るからね?」

「こわっ。ねー、フェイ君はどう? リナより私の方が魅力的よねー?」

「ん? いや。リナの方が好きじゃ」

「わーお!」

「ヒュー! おいリナ! 告白されてんぞ!」

「どきどき!」


 20歳のレドリー、16歳のアンディ、最近結婚した22歳のチャドと19歳のキャシー。18歳のチェルシーと、 12歳のメアリーとマーサ。それと加えてリナとフェイの9人だ。 これ以外に若者がいなくはないが、もっと幼いかもっと歳上、または外に出ていってしまい、今ではこの七人しかいない。

 それでも一堂に会して話せば、もはや誰が喋っているのかわからなくなる程度には騒がしい。アルコールが入ればなおさらだ。


 開始早々お酒が回りだしているリナは、フェイの肩に手を添えるチェルシーからフェイを守ろうと、ぎゅっと隣から抱き締める。


「もー! あんたらうるさい。フェイは私のだから当たり前でしょっ。ほら、夜は長いんだから飛ばさないでよ」

「いつもいの一番に酔うのはお前だろうが」

「リナ、一杯飲んだら水を挟みなよ?」


 レドリーのからかいや、アンディの助言には耳を貸さず、リナはフェイの頭を撫でながらグラスを飲み干して、メアリーにおかわりをついでもらう。


「はい、フェイ、どーぞ」

「リナ、わしが言うのもなんじゃが、酔っておらんか?」

「ふふ、やーねぇ。酔ってなんてないわよ、うふふふ」


 お酒を飲み慣れているわけでもなく、唯一の経験が以前の酔っ払って正体をあかすと言うポカをしたフェイに言えたものではないが、リナは酒に弱すぎるのではないか。まだ一杯を勢いよく飲み干しただけなのに、テンションが高い。


「ふむ……そうじゃな」


 フェイはリナの様子を見て、1つ納得するとリナに差し出されたグラスを受け取り、飲み干した。


「おっ、いい飲みっぷりだな。フェイは酒に強いのか?」

「わからん。まだこれで、飲んだのは二回目じゃからな」

「……頼むから二人して潰れるなよ?」

「任せよ」

「まー、いいじゃない。潰れたら潰れたで、放置すれば」

「ひでー」

「まぁまぁ。とりあえず、冒険の話聞かせてよ。今何ランクなの?」

「50よー」

「おーい、だから盛りすぎでしょ!」

「嘘じゃないわよ」

「えー、じゃあドラゴンも?」

「もちろん!」


 騒がしい飲み会はメアリーとマーサが欠伸をするまで続けられた。








「あーー……フェイ、フェイ」

「うむ、ここにおるよ」


 酔っ払ったリナだが、まだ眠りに落ちてはいない。ぎりぎりだが。お開きになっても帰りたがらないリナを背負ってフェイは歩いている。

 リナはふふふと笑いながらぎゅっとフェイに抱きつく。


「はー……フェイ、ありがと」

「ん? うむ。構わんよ」


 おぶっていることに対して言われたのだとフェイは思い頷いたが、それだけではない。久しぶりの実家に、心が折れそうになっていた。

 お酒の力で無理に明るく振る舞ったが、屈折した心は簡単には戻りそうもない。だけどこうしてフェイが支えてくれるなら、暗くなりそうな気持ちも、大丈夫だと思える。


 誰が悪いわけでもないのだと、リナはわかっている。父はリナをないがしろにしたわけではなく、新しい家族と等分にしただけだ。義母と義妹のどちらもリナを疎んじたり軽んじたりしたわけではない。むしろリナが拒んでいる。


 大きくて力強い狩人だった父を尊敬していた。そんな父は、だけど義母の愛により狩人ではなくなった。父の中身は何も変わっていない。ただ働かないだけだ。それも望まれてしているのだ。父に落ち度はない。

 義母にもまた、落ち度はない。ただ父を愛するあまり、身を案じるあまりに狩りを禁止しただけだ。その分自身が人一倍働いている。


 だけどどうしても、父を昔と同じ尊敬の目で見れなくて、そうさせた義母を恨めしく思うことがやめられない。義母はそれがわかっているから、無理に距離をつめてくることはなかった。

 誰が悪い訳ではない。強いて言うならリナが悪い。リナが受け入れればよかったのだ。だけどどうしてもできなかった。だから距離をとった。

  義妹もまた、義母同様、拒絶的なリナに無理に近寄ろうとはしなかった。それでも二人とも、リナを世界一小さなコミュニティの仲間として迎えてくれていた。気遣ってもらっていて、それを気づかぬほど子供ではなかった。そしてそれに甘んじていられるほど子供でもなくて、結局家を飛び出した。


 それからもう三年に近い日がたって、もうずいぶんと家族になったころの気持ちは忘れていた。もう平気だろうと楽観的になって、この村へやってきた。

 駄目だった。何年たとうと、幼き日の父への愛は薄れることはなくて、その分今の父への気持ちはかつてと変わらぬものだった。愛が故に、父の姿は悲しく、悔しく、憎らしくさえあった。

 話をして、以前と変わらずリナを案じ、成功を心から喜んでくれる、昔と変わらぬ優しさがあると感じたからこそ、なおさらだった。


「リナ、じきにつくぞ」

「うん、ありがと。もう大丈夫よ」


 家が見えたところでフェイの背中から降りた。名残惜しいぬくもりだが、さすがに自宅にあのまま入って、万が一顔を会わせたら気まずい。リナとフェイは対外的には異性なのだから。

 まだアルコールは体に深く染みていて、ゆらりと体は大きく揺れた。フェイが支えてくれて、立て直す。歩けないほどではない。ただ、むしろわざとふらふら歩きたい気分なだけだ。


「リナ、挨拶はしておかんでよいのか?」


 門扉を通り抜け、母屋の玄関前を通りすぎようとするリナにフェイは声をかける。リナにとっては実家だが、急に来てただで泊めてもらうのだ。母屋には明かりがついていてまだ起きているようだし、挨拶の1つもすべきだとは思う。


「あー……そうね、軽く声だけかけましょうか」


 当たり前のようにスルーしかけたが、言われて見れば確かに、住んでいた頃とは違うのだ。実家とは言え、家を出て独り立ちし、今日の立ち位置は一時的に世話になる客みたいなものだ。ならば戻ってきたことの一言くらい、声をかけるのが最低限の礼儀と言うものだ。


「あ、あのー」


 とは言え、玄関開けながらリナは言葉に迷った。母屋を開けながらただいまと言うのは違和感があるし、そもそも一声だけで中に入るつもりはないのにただいまもおかしい気がする。一声となると、帰ったぞー? 父親か。


「えっと、帰りましたー、離れに入りますー」


 結果、家族としては物凄く他人行儀で、他人にしては図々しい、よくわからない声かけになってしまった。だがこれで義理は果たしただろうと、踵をかえそうとしたが、すぐにどたどた足音がして、父が廊下に出てきてしまった。やってくる姿が見えているので無視をする訳にもいかず待つ。


「おー、おかえり。今日はちゃんと歩いて帰ってきたみたいだな」

「失礼ねー。私、酔いつぶれて自力で帰れなかったことなんて、数えるくらいしかないわ」


 ほんの、30回にも満たないくらいだとリナは記憶しているので父のからかいに反論するが、それだけでも十分に数が多い。ヨアンは酔っ払って忘れているのかと苦笑した。


「お姉様、おかえりなさいませ」

「おかえりなさい。はい、水」


 後ろからコリンナとコーネリアがやってきて、コーネリアは水の張られた大きめの桶を渡してくる。体を清めるためのものだろう。フェイがいるので必要ないが、持ってきてもらったのに断るのも申し訳ない。


「ただいま帰りました。ありがとうございます」


 桶を受けとる。コリンナはにこっと無邪気に笑う。


「お姉様、聞きました。そちらのフェイさん、凄い魔法師なんですって? 私、ちょっとお話してみたいです」

「あー」


 魔法師は珍しい。少なくともアンと言う例外は除き、この小さな村に魔法師がやってくることなんてほぼほぼない。ましてヨアン経由で冒険譚を聞いたなら、興味を持つのも仕方ない。

 まだ酔いが頭をまわっていて、咄嗟に言葉がでず、生返事を返す。別に話をする分には問題ないだろう。フェイはそこまで酔っていなさそうだし、自分は結構酔っているけど、フェイから話を聞きたいわけだし。もちろん一人残すことはないし付き合うけど、隣に座ってるくらいならいいだろう。コリンナの頼みだし断ることもない。


「ふぇ」

「こら、コリンナ。二人は明日朝早いんだから、引き留めてやるな」

「えー」

「俺が聞いた話してやるから、な?」

「うー、はーい」

「悪いな、リナ。フェイ君も疲れてるだろ? 早く休むんだぞ」


 フェイに確認するより先にヨアンが話を切り上げた。ぽん、とリナの肩を叩いてからヨアンはリナにお休みと挨拶をして二人を促した。コリンナは残念そうに振り向いたが、コーネリアにも促されて


「お休みなさい」


 と挨拶をした。リナとフェイもそれに返事をして、玄関を出た。そのまま黙って、離れに入った。

 離れの中に入ってすぐ、フェイが魔法で明かりをつけた。懐かしい室内は片付いていて大荷物がいくつかあって生活臭はないが、リナの部屋だった部屋に入ると昔のままだった。埃だらけと言うことはなくて、掃除はしてくれていたらしい。


「フェイ、寝ましょうか。悪いんだけど、体拭くの面倒だし、魔法で綺麗にしてくれない?」

「う、うむ」


 桶は水をこぼさないよう部屋の隅に起きながらお願いする。フェイはすぐに魔法を行使した。体がすっきりするが、いつものように気持ちまですっきりとはいかない。


 コリンナの提案を受けるつもりだったのに。

 わかってる。父は二人を気遣ったのだ。だけどまるで、他人行儀じゃないか。自分の態度は棚にあげて、やるせなくて、腹立たしくさえあった。それを表にだすわけにもいかなくて、リナはもうとにかく寝ることにした。






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