シーラン村

第77話 リナの家族

 シーラン村はリナが何もないと言っていた通り、本当になにもない、他の十把一絡げの村々と何の違いもない村だ。

 特別なことがあるとすれば、リナの故郷であると言うだけだ。


「レドリー様のおかえりだぞー」

「はぁ? 何寝ぼけたこと言って……リナ!? うそ久しぶり!」

「え!? うわ! 出た!」


 簡易馬車のまま村に入り、少し進んだところにいた二人連れにレドリーが声をかけると、振り向いた二人はぎょっとしてリナを凝視して、走って馬車に近寄った。

 双子の姉妹でリナより五歳年下だ。容姿は似ているがより口達者でやんちゃな方がメアリーで、比較的大人しいのがマーサだ。と言ってもやはりよく似ていて、髪型も気分で変えているのでぱっと見では久しぶりのリナには区別がつかなかった。


「いや、出たて。私は幽霊か」

「いやいや、もう会えないもんだと思ってたし。うわー、それにしてもあんた成長しないね」

「は? って、どこ見てんのよ! あんたらこそちびすけのまんまじゃない!」

「らって、ひどーい! 私何にも言ってないのに」

「私らの方がおっぱいおっきいもんねー」

「あの、だから私を巻き込まないでよ」


 しかしこうして言葉を交わせばよくわかる。向かって右の髪をおろしている小生意気なのがメアリー、左の髪を頭の上で一つにくくっている可愛いのがマーサだ。


「てか、夢破れて帰ってきたわけ? あ、てか何その子!? もしかしてお婿さんとか!?」

「破れてないし婿でもない! パーティーメンバーで、たまたま近くによったから来ただけよ!」

「じゃあ今夜はこの村に泊まるんだよね? 私、みんなに声かけてくる!」

「あ、ちょっとメアリー!?」

「リナ、私も声かけてくるから、後で食堂でね!」

「え、ええ」


 二人はさっさと会話を切り上げると各々好きなように走り出してしまった。相変わらず元気がいい。

 村唯一の食堂は何かあったときには集まって食事をしていたので、今夜の夕飯にあわせて集まってくれるのだろう。有り難い気もするが、わざわざ集まってもらうのも何だか晴れがましい気がして、リナは頭をかいた。


 幼なじみと声をはれるのは数えるほどだが、そもそも人口百人もいない村だ。殆どの人が知り合いであり、親戚みたいのものだ。10歳以下の違いくらいなら若年層として同じくくりになる。先の二人はまだ五歳違いなので近い方だ。

 そんな感じなので、おそらく人数もそれなりに集まるだろう。その面子も何となく想像がつく。その密さ加減にうんざりするけれど、同時に懐かしくて、自然とリナの頬はほころんだ。


「リナ、俺、店に顔出したら夜には食堂行くから、お前は親父さんとこ行っとけよ」

「え、ええ。そうね。フェイ、行きましょう」

「うむっ」


 二人のやや強ばった態度に、レドリーはひそかに、すげー気合い入ってるけどもしかしてこれから親御さんへの挨拶的な!? うわ、チョー気になる。と後ろ髪ひかれたが、仕事中なので渋々離れていった。


「フェイ、あのさ」

「うむ、なんじゃ?」

「ちょっと、気まずい空気になるかもだけど、気にしないで、ね?」

「ふむ。努力しよう」


 あえて詳しい説明をしないまま、家へ向かった。

 フェイのことなので、多少家庭状況が変わっていると言うだけでリナへの印象が変わることはないと信じているが、自分でも把握しきれない複雑な心中をどう説明すればいいのかわからなかった。


 歩いて15分ほどでリナの家が見えてきた。土地だけは余っているような田舎なので、村民の数にしては広くて距離がある。


「あそこよ」

「ほう、大きい家じゃな」

「まぁ、ね」


 幼い頃住んでいたのは村外れにある小さな家だったが、父の再婚により義母の実家であるこちらに引っ越してきた。義母の家は村で一番大きく、平たく言えば村長の家だ。と言っても変更がなければいまだ、義母の父が村長をしていたはずで、住んでいるのは母屋ではなく、実質普通の一軒家の大きさだ。 


 リナは迷いなく門扉をくぐると、庭を渡って離れへ向かう。フェイは手を引かれながらもキョロキョロと物珍しげに建物と庭を見回した。

 それなりに手入れされていて、立派な家屋だ。リナの家はお金持ちだったのか。お嬢様か。とちょっぴり気後れしていた。


 離れの玄関に手をかけ、一拍呼吸をしてから、勢いよく引戸を開け


「ただっ、あ、あら?」


 開かなかった。鍵がかかっている。おかしい。リナがいた頃は、母屋を含めれば誰もいないと言うことが滅多にないので、基本的に鍵をかけていなかったのに。


「ん? あれー、もしかして、お姉さまじゃありません?」

「あっ、コリンナ。えっと、久しぶり。ただいま」


 物音を聞き付けて母屋から顔を出した少女が、首をかしげながら声をかけてきた。リナは戸惑いながら挨拶をする。

 少女はコリンナ・オークウッド。リナの義理の妹だ。なおリナの名字であるマッケンジーは父方の姓で、再婚に際してリナは変更をしなかったが父親であるヨアン・マッケンジーからヨアン・オークウッドと婿入りしているので今ではマッケンジーを名乗るのはリナだけだ。


「はい。お帰りなさいませ。どうされたんですか? そちらの方は?」

「ちょっと近くの村まで来たから、寄ってみたの。こっちはパーティーメンバーのフェイよ」

「フェイ・アトキンソンじゃ」

「まぁ、そうでしたの。私はコリンナと申します。お姉さま、昨年お祖父様が亡くなり、お父様が村長を継いでから母屋で生活しておりますの。どうぞこちらへ。お茶くらいご馳走しますわ」

「え、ええ。ありがとう」


 コリンナとは連れ子同士で血は繋がっていないので、どうにもやりにくい。お互い様だがどうしても他人行儀になってしまう。

 今も、悪意はないだろうがお茶をご馳走するなんて、他人が訪ねてきたような対応だ。少なくともお帰りなさい、なんて言う間柄の態度ではないだろう。

 やりにくなぁ、とリナは内心ため息をついた。







 離れは今や物置となっているが、リナが住んでいた部屋はそのまま置いてあると言う。場所がないわけでもないし、無断で手をつけるのがはばかられたのだろう。


「掃除はしてあるから、好きにつかうといいわ」


 玄関に入って居間に通されてすぐ、義母であるコーネリアがやってきて挨拶をした。久しぶりだと定型文を言ってすぐに予定を聞かれたので、夕食を友人たちと取って、明日には旅立つと言うと鍵をあけておくので離れを自由に使ってよいと許可がでた。


「ありがとうございます」

「いいわよ。何かあったら言ってちょうだい。ヨアンを呼んでくるわね」


 義母との再会はあっさり終わった。気負っていた分拍子抜けするほどだが、しかし元々こんなものだ。

 お茶を持ってきてくれてすぐ、義母が立ち去るより先にコリンナは部屋を出たので今はフェイとリナ二人だ。後は血の繋がった父だけなので、やや力を抜いた。


 フェイはリナよりさらに拍子抜けしていた。あれだけリナがびびっていたので、てっきり当たりが強かったり性格のよくない人なのかと思っていた。しかしそんなことはない。素っ気ない気はするが、普通に挨拶と歓迎の言葉を口にして、難色を示すこともなく泊まっていけと言ってくれた。

 何故リナはあれほど渋っていたのだろう。フェイの家族形態も特殊であるので、今一どんな問題があるのかわからない。

 しかしリナの表情はまだ完全にいつも通りとはいかない。できるだけ黙っていよう。


 黙ってお茶を飲み干すと、ばたばたと先ほどまで無人かと疑いたくなるほどの静かな屋敷に足音が響き、勢いよく戸が開いた。


「リナ! おおっ! リナ! よく帰ってきてくれた!」

「た、ただいま、お父さん」


 現れたのは父だ。かつては屈強な筋肉ダルマだったが、今はただのマッチョマンとなっていて、リナは父を小さく感じたが、もちろんフェイの第一印象はデカっだ。ごく普通に熊並みにたくましい。

 そんな客観的第三者意見を知らぬリナは、あああの頃のたくましく頼りになったリナだけの父はもういないのだな、と改めて感傷的な気持ちになった。


「おー! 君がパーティーメンバーか! 調子はどうだい?」

「絶好調じゃよ」

「そうかそうか。是非話を聞かせてくれ」

「お父さん、急に来てあれだけど、村長になったんでしょ? お仕事はいいの?」

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。基本的にコーネリアがしてくれているからな。狩りしかできん俺にはできることはないな。ははは。毎日昼寝してるから、最近太ってきたのが悩みだな」


 明るく笑うヨアンは屈託なく、何一つ気にやんでいなさそうだが、その発言にはリナとしては引っ掛かるところしかない。何より嫌なのは、狩人だった時はあんなに働き者だった父が当然のように仕事をしていなくて、義母の働きで食っていっているのが当然となっているところだ。

 婿入りしてすぐに、狩人は危ないからと禁止され、父の仕事は庭の小さな畑を二時間ほど耕すくらいだった。庭はいつの間に庭園になっていて畑はなかったので、つまり現在全くの無職。名前ばかりの村長なだけだ。

 それがどうにも、悲しい。かつてあんなに大好きで誰より尊敬していたのに、当たり前のように何の仕事もしていない今の父は、どうしても尊敬できそうにない。義母が父を愛していて、仕事なんてしなくていいと言う方針なのだから、それをリナがどうこういうものではないのは理解しているが、やりきれない。

 こんな父の姿を見るのは辛い。これもまた、帰りたくなかった理由の一つだ。やはり帰ってこなければよかった。


「時間はたっぷりある。さぁ、冒険の話を聞かせてくれ」

「……うん」


 それでも帰ってきたものは仕方ない。リナは親孝行のつもりで会話を続けた。

 ヨアンはフェイにも話をふるので、ちょうどフェイとの思い出に焦点があたり、幸いと言うべきか、冒険譚と言うならそれに見合った出来事があった。話題に事欠くと言うことはなかった。


「ほぅ、ドラゴン退治とは凄いなぁ。しかし、さすがにちっと盛りすぎじゃないか?」

「盛ってなどおらん。これを見るがよい」

「ご、50!? ……え、り、リナ? もしかしてこの子凄いんじゃないか?」

「何度かそう言ったじゃない。で、私も一緒にクリアしたから50ランクよ」

「す……凄いな。でもそれでは、少し申し訳ないな。リナが足を引っ張ってないか?」

「そんなことはない。リナには助けられてばかりじゃ」

「そうかい? 気を使ってもらって悪いね。これからもリナを頼むよ」

「う、うむ。任された」


 にこにこと邪気なく言うヨアンの言葉に違和感はないが、少しばかりリナの強さを把握できていないようだ。無理もない。リナが家を出てから時間がたっているし、親からすれば子供はいつまでも頼りないものなのだろう。

 フェイはリナがいかに凄い人が説明しようと息を吸い込んだが、それより先にリナが声をあげた。


「もー、そんなに釘をささなくたって、フェイと私は別れたりしないわよ」

「ははは、すまんなぁ。やっぱりすごい人と一緒なら安心だからついな」

「それより、私たちのことは話したんだから、お父さんのことも、聞きたいわ」

「そうだな。まぁ、こっちはそれほど大きなことがあったわけじゃないんだが」


 すでに会話は次の話題になってしまい、フェイは吸い込んだ息を静かに吐き出した。リナが別に弁明を求めていないなら、無理にフォローをいれる必要もないだろう。


 日が沈むまで会話は続いた。






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