第76話 里帰り

 レドリー・マーティンはリナの幼なじみの一人である。独り立ちとしてアンと二人で飛び出すまでのシーラン村にて、年の近い年代としてそれなりに親しい友人であった。

 村を出てからは全く帰らず関わらず2年以上会っていなかったが、顔を見ればすぐにわかる程度には親しかった。特に幼い、家業の手伝いをするより前は毎日のように会っていたのだから当たり前だが。


「ひっさしぶりだなぁ! 冒険者するって飛び出したけど、何してんだ!?」

「あ、あー、えっと、冒険者続けてるわよ。アンは結婚してやめたけど、私はこの子とパーティー組んでるの」

「え? この子供が?」

「お主、失礼じゃぞ。わしは子供ではない。フェイ・アトキンソンじゃ」

「すまんすまん、俺はレドリーだ。立ち話もなんだし、そこの喫茶店入ろうぜ。奢るから」


 リナとしては故郷に近い場所でレドリーと話し込むのはあまり気が進まなかったが、レドリーはどんどんと話を進めて歩き出してしまうので、仕方なくついていくことにした。


「ごめんね」

「構わんよ」


 フェイとしては元々フェイが迷ったのだし、何よりリナが友人に会えたと言うなら、その時間を阻む必要も感じない。急ぐわけでもない。


 喫茶店と呼ばれているが実質村唯一の食堂である、アンナ食堂へ入る。注文した飲み物が運ばれてくるより早く、レドリーはぺらぺらと話し始めた。


 それによるとレドリーは現在商家に使えていて、買い出しに周辺の村を回るのが日々らしい。そしてその他の幼なじみの近況や、村の様子なんかを話した。

 始めは乗り気でなかったリナだが、幼なじみの一人であるジュリアが結婚して子供までいるあたりで話にのめり込んだ。


 そして小一時間ほど話していた。フェイは暇なので手のひらの上で魔法陣をどれだけ複合させられるか遊んでいた。


「さーて、っと、もうこんな時間か。帰んねーと怒られる」

「今日はありがとう、久しぶりに話が聞けて嬉しかったわ」

「なーに、こっちこそ。つか、急ぐ旅じゃねーんなら帰省しろよ。みんな喜ぶぞ」

「え、と」


 行きたくないリナは、助けをもとめるようにフェイを見るが、その動きにレドリーはフェイがリーダーだから許可を求めてるのだろうと察してフェイに話しかける。


「坊主もいいよな? そうだ、依頼してやるよ。元々移動中の護衛は雇ってもいいことになってるし、それなら坊主にも特だもんな?」

「まぁ、そうじゃが」


 フェイは別に構わないどころか、行ってみたいのだが、リナが嫌がっているように見えたので反応に迷ってしまう。そんなフェイの態度に言質をとったとレドリーは判断する。


「よしっ、なら決まり! 教会行くぞ!」


 善は急げとレドリーはさっさと会計をすませて歩き出してしまう。

 フェイはリナにそっと目線でいいのかと問いかける。声に出してレドリーに聞き取られたら、リナも応えにくいだろう。


「……いいわ。フェイの家にはお邪魔したんだし、私も見せなきゃ、不平等だものね」

「…そうか、なら楽しみにさせてもらおう!」


 多少ぎこちなく微笑むリナに、フェイはことさら明るく返事をした。


「おーい! 早くしろよ!」








 レドリーの簡易馬車に乗ること数時間、夕暮れ時の中セイリン村に到着する。ここからさらに半日進めばシーラン村につくが、本日はここで宿泊だ。

 レドリーの行程は決まっていて、宿も決まっている。2部屋しかないが幸いどちらも空いていた。


「んじゃ、俺とフェイが一緒でいいな」

「はぁ!? なんでよ! レドリーとフェイを一緒にするわけないでしょ。フェイは私と一緒に寝るわよ」


 当たり前のように提案されたが、そんなことをするわけがない。可愛いフェイを毒牙にかけてたまるものか。全く、とぷりぷり怒ったリナはフェイを抱きしめる。

 しかしレドリーからすればそんなリナの態度こそびっくりだ。いくら子供とは言え異性なのだから、一つのベッドしかない部屋で同室なんて考えにくい。

 小さな村で宿泊が被ってしまった場合は他人同士でも性別によって同室になるのは珍しくない。リナもそれは知っているはずだ。


「お前、そう言う趣味だったのか」

「は?」


 リナにとってはフェイは普通に女の子だ。男装しているのを忘れたわけではないが、レドリーのあり得ない提案に頭から飛んでいた。

 訝しげに見られてはっと思い出す。端から見れば今のリナの行動はどう見ても、フェイと特別な関係に見えてしまう。


「いやっ、これは違っ」


 (違っ、わ、なくも、ない、んだけど! でも違う!)


 フェイを好きであることを否定しないし、ぶっちゃけ男の子と思っていたときの好意は一定以上であった。なのである意味間違ってはいないのだが、違う。絶対違う。


「フェイ! フェイもなんとか言って」

「? よくわからんが、わしはレドリーよりリナと一緒がよいぞ」

「ほら、ほらね。だからほら、フェイは子供なのよ」

「まぁ、なんでもいいけど。とっとと荷物置いてこいよ。夕飯にしようぜ」


 夕飯は宿の食堂を兼ねた横の建物でとることになった。味はまぁまぁそこそこ普通。川や海が近いわけでもなく山奥でもなく、特色と言えるような食べ物もない。

 夕飯をすませ、翌日は早いからとさっさとレドリーは部屋へ引っ込んだ。


 そのまま二人も眠ることにして、汚れを落として着替え、そろってベッドに入ったまではいいが、リナはなかなか寝付けなかった。


 翌日のことを思うとどうにも憂鬱だった。別に喧嘩別れして飛び出したわけではないし、義理の家族から露骨に毛嫌いされていたわけでもない。冒険者になると飛び出して夢破れて帰るわけでもなく、むしろ夢叶えたレベルで高ランクになっているので、馬鹿にされたり恥をかくことはないだろう。

 しかしやはり、形はどうあれ、気持ちとしては家から逃げてきたと言っても過言ではない。


「リナ、眠れぬのか?」

「あ……ごめん、起こしちゃった?」

「まだ眠くないのじゃ」


 いつも眠る時間より早く、また飛行により長時間の集中があったせいでまだフェイの脳みそは活性化している。そのせいで目が冴えているのもあり、また明日は友達の家に行くのだというわくわくどきどきもあって、フェイも寝付けないでいた。


 人間の友達が一人しかいない寂しいフェイは、もちろん友人の家に行くのは初めてだ。妙にわくわくしてしまう。だけど同時に心配でもある。

 直接言われた訳ではないが、レドリーへの態度から何となくフェイは、リナが実家へ帰りたがっていないことを察していた。そしてリナも、先ほどの流れで気づかれているだろうと思っていた。


「……リナ、よいのか? このままじゃと故郷へ帰ることになるぞ? 別に、私の我が儘で行かないことにしてもいいんじゃぞ?」


 リナにはレドリーに対して露骨な対応をするわけにいかない事情があるのかも知れないが、フェイはレドリーやその他リナの故郷の人間になんと思われても、二度と会わない人間だ。どうでもいい。なのでリナが言いにくいならフェイが断ってもいい。

 そんなフェイの気遣いに、リナは一度目を閉じて、息を吐きながらまた開けた。フェイの方向を向くと、薄暗い室内でもフェイの顔は見える。フェイはじっとリナを見ている。


「……ありがとう。でも、大丈夫よ。フェイのお家には招待してもらって、私だけしないのはフェアじゃないもの」

「別に、無理せんでもよいのじゃぞ? そりゃあ、行ってみたい気持ちもあるが」

「なら遠慮しないの。いつかは、行かなきゃいけないんだもの」

 

 最初に村をでた時から二度と帰らないつもりだったわけではないし、そう心に決めていたわけではない。そもそも決定的な何かがあったわけでもない。

 さりとて、帰れと強制されたのではないし、このまま永遠に顔を見せない選択肢もとれなくはない。だけどやはり、それでは収まりが悪い。

 気まずいし今まではもうこの際二度と帰らなくてもいいと思っていたが、せっかくの機会だ。フェイとあちこち旅をするなら、これが本当に最後になるかもしれない。なら、後顧の憂いはないようにしておこう。


 リナは前向きになることにした。あの時から時間もあいたし、冒険者として生活して心境の変化だってあったし成長もしている。案外、改まって見ると問題なんて感じなくて、わだかまりもなくなるかも知れない。

 

「ちょっと慌ただしく出てきたから、気まずかっただけよ。私の故郷、田舎でなんにもないけど、紹介させて」

「……うむ、わかった。では楽しみにしよう」

「楽しみにするほどのものもないけど、もてなせるよう頑張るわ」


 もうここまで来たのだ。腹をくくろう。リナは複雑な心中をまとめて捨てて、いいことだけを想像することにした。もしかしたら父が離婚しているかもしれないしね、などと考えるリナは自身が思う以上にファザコンであったが、それを知るのは今はいないアンだけだった。








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