チェンバ村
第75話 迷子
第一の経由地点だったサイリ村の上空を過ぎ去り、その次のカーガリ村を過ぎ、さらに次のアディクス村が見えてきた辺りで、一旦空の旅を止めた。
単純にお昼の時間になったからだ。予定ではこの辺りまで二週間ほどかかるはすだったので、予想以上のスピードに、少しばかり拍子抜けだ。
「飛行魔法が早いのはわかってたけど、こうやってちゃんと移動手段にすると、ほんとに早いわね」
急ぐ旅でないから、あえた走ったり飛んだりすることなく地道に歩いてきたが、これほど早いなら野宿する必要もない。フェイが言い出さないので、どれほどの魔力消費かわからないリナには空の旅をする発想がなかったが、平然としているフェイを見るともっと早く気づけばよかった。しかしそれではアンとの再会もなかったのだから、痛し痒しだ。
「うむ。私も飛行魔法をこれほどの速さでしたことはなかったが、鳥より上空であれば障害物を気にする必要もないし、楽じゃな」
「その分、ちょっと現在地の把握が大変だけどね」
大地が遠いので、道順にそって飛び、かつ下の村を特定して現在地を把握するのはなかなかに骨が折れた。しかしそれを鑑みても十分な速さだ。目が疲れる程度なら適度に休憩を挟めばいい。近距離ならもっとスピードを遅くすれば、もっと楽だろうし。
ともあれお昼ご飯だ。
ションゴ街で買ったサンドイッチがあるので、用意は簡単だ。道端に荷物を下ろして、腰を落ち着け、サンドイッチと飲み水の入った水筒を出す。以上だ。
飲み物は魔法でいくらでもだせるので、水筒にある分だけ飲んでなくなったら補充と、コップ代わりの使い方をしている。
「うむ、うまいの」
「ええ。このスライス玉ねぎとレモンの酸味が合うわね」
「私、こう言うさっぱりしたものの方が好きじゃなー」
「濃いのも好きじゃなかった?」
「濃いのも好きじゃけど。さっぱりしてる方がいっぱい食べれるんじゃもん」
「そうねー」
二人きりの時はずっと私と言っているからか、今ではフェイも私の一人称に慣れたようで、すっかり板についてきた。他の人がいる時や街中ではわしなので、二人きりになってすぐは切り替えられずに照れたりするが、それでも少し話せばすぐに馴染む。
照れているのはとても可愛かったので残念だが、しかしこうしてさらりと言っていても、そもそも私と言うフェイは可愛いので十分だ。
「それでフェイ、午前中飛んでどうだった? 午後もいけそうな感じ?」
「そうじゃなぁ。少し魔力を消費した感じはするが、問題はないぞ」
いくつもの魔法を同時に使うと難易度や消費がどうしてもあがるが、飛行と魔物除けだけだ。飛行魔法自体それなりに消費するし、さきほどのスピードくらいまでくると、2倍以上の消費量となった。しかし魔力は一晩寝れば回復する。1日で使いきると言うほどではない。夜まで飛び続ければ疲れるだろうが、問題ないだろうと判断する。
フェイは今まで魔力の残量を気にしたり、魔力が枯渇したと言うことがなかったので、感覚での判断には疑問が残る。しかしフェイ以外に判断できないので致し方ない。少しばかり心配しつつも、フェイが言うなら大丈夫なのだろうと、リナは頷いた。
「じゃあ、ちゃちゃっと目標決めましょうか。えっと、今がここだから」
地図を広げて確認する。空を飛べるので、道順に沿わずに真っ直ぐ行くこともできるが、しかしそれだと万が一方向を間違えた時が怖い。やはり順当に道沿いが安全だろう。飛行のスピードで迷ってしまうと、それこそ大変だ。
「マンドロスが次の街じゃったな。ふーむ、その次の街となると厳しいの」
「ここからここが3時間くらいだから、少し早めに、このエインポ村くらいを目安にする?」
「そうじゃなぁ……まぁ、行けるとこまで行くとするか、野宿になっても問題ないわけじゃし」
「そうね。じゃあ、行けるだけ行きましょ。あ、村と道を見失ったら恐いから、あんまり高すぎたり速すぎるのは止めてよ?」
「さっきの魔法でも無理かの?」
さきほどは道を見るため、リナはフェイから視力強化の魔法をかけられてナビゲーターとなっていた。確かによく見えるが、誤って真下を見ると
見えすぎて流れる景色の速さに目が回りそうなほどだった。
前方のあたりに焦点を合わせると、少なくとも村を見逃すことはないとコツをつかんだが、あれ以上となると万が一見逃すこともありえるだろう。
と言うことを説明したが、フェイは右手の親指と人差し指で顎をつかんで少し考えて楽観的な意見をだす。
「ふーむ、まぁ、なんとかなるじゃろ。私も強化して見逃さんようにするし、限界まで挑戦してみんか?」
「えー、まぁ、フェイがしたいならいいけど」
パーティーリーダーはフェイなのだ。方針を決めるのはリーダーの仕事だ。まして迷ったとしても、元々1ヶ月でマンドロスのはずだったのだ。最悪1ヶ月にマンドロスにつくなら、迷ってどこまでも行ってしまっても問題ない。反対する理由はない。
「そうか。では、目標は大きく、ディアリ街としよう」
「うわ、遠っ。大きくするのはいいけど、無茶はしないでよ?」
「わかっておるよ」
そんなわけで本日の到着目標は2ヶ月後に到着する予定だったディアリ街となった。
○
「フェイー、ほんとに大丈夫?」
「……」
「フェイー?」
飛行を再開して3時間ほど経過した。時間は午前中と同じくらいだが、スピードが段違いだ。地面とか見ても人がいるのかわからない。
途中、速すぎるとフェイに言ったのだが、テンションのあがっていたフェイは自分はわかるからヘーキヘーキと言って構わずさらにスピードをあげた。
その為リナは地理を把握するのは諦めて、黙って変わり行く景色を楽しむことにしていた。しかしそろそろ口出ししてもいいだろう。草原を通りすぎて森を通りすぎて、と言うことはなんとなくわかる。東に向かって飛んでいるのだから、そろそろ川が見えてきてもいいはずだ。気づかないほど早くて通り過ぎた可能性は考えにくい。
大きくて関門があって両側に街がありと、訪問したことはないが有名で目立つ形のはずだし、フェイもその街に訪問することを楽しみにしていた。それが本日の目的地、ディアリ街だ。ディアリ街を過ぎれば徒歩でも半月かからずベルカ領に入り、領内1首都であるベルカ街まですぐそこだ。
「……」
リナの呼び掛けにフェイは沈黙と、スピードを落として空で止まることで応えた。俯くフェイに、リナはそっと声をかける。
「フェイ、迷ったのね?」
「………………うん」
「何か、言うことがあるわね?」
「ごめんなさい」
「はい、よろしい」
半ば予想していたことだ。そもそもお昼の時点でのディアリ街までのルート確認が若干いい加減だったし。
「とりあえず、近くの村にでもおりて、現在地を確認しましょ」
「う、うむ」
地形からどこかを見つけることは困難だが、上空にいて移動が容易なのだ。どこでもいいから人がいるところへ行き、現在地を確認すれば場所がわかる。場所がわかれば正しい道へのルートもすぐに作り直せる。
「あ、あそこにあるぞ」
村を見つけたフェイは若干焦りつつ、今度はゆっくりめに、高度を下げつつ村へ近寄った。入り口の近くで降り立ち、入り口を見ると見張りは入り口脇で座って船をこいでいた。
「あのー、すみません」
声をかけながら、何となく村に見覚えがある気がしたが、小さな村の外観などどこも似たようなものだ。
「んあ? ああ、旅人か」
「はい。ちょっと迷ってしまったんですけど、この村の名前を教えてもらってもいいですか?」
「あ? ああ、そうか。そりゃ大変だったな。ここはチュンバ村だ」
「えっ」
その村の名前は、やはりと言うべきか聞き覚えがあり、思わずリナは驚きの声をもらした。
「ん? どうした?」
「あ、いえ、知ってる村だったので」
「なら道合ってたんだな。良かったな」
全く道は合っていない。この村を知っていたのは、ここを通るからじゃない。昔、リナが幼い頃に訪ねていた近隣の村の一つだからだ。すなわち、故郷の近くだ。
だいぶ違う。かなり南へ来てしまっている。
「とりあえず、中へ入ったらどうだ? 時期的に日がくれるまでは時間があるが、他の村に行くには遅い時間だ」
「そう、ですね」
心の準備ができないまま近くに来てしまって、混乱したリナは言われるまま頷いてしまって、そのまま村に入る。
しかし落ち着け。近くに来たから帰らなければいけないわけでもないし、間違って会ってしまう可能性なんてないに等しい。普通に休憩してから、また出ればいいだけだ。
村を歩きながら何とか気持ちを落ち着けるリナに、フェイはのんきに笑顔を向ける。
「ルート内じゃったか。よかったー。でも、チュンバ村、なんてあったかのぅ?」
「いや、ないわ。単に私が知ってただけ。そこの喫茶店入って、休憩しながらルート見直すわよ」
「そ、そうなのか。……うーむ、すまん。つい、段々飛ぶのが楽しくなってしまったんじゃ」
「別にいいわよ。こうなるだろうと思ってたし」
一度失敗した方が反省するだろうと、あえて放置していた。チュンバ村に来るのは予想外だが、フェイを責めるほどのことでもない。
「よ、予想内じゃったか…」
「さ、落ち込むのは夜にでもして、今は気を取り直して甘い飲み物でも飲みましょうか」
「……うむ!」
「あれ? もしかして、リナじゃないか?」
「え?」
唐突に声をかけられて振り向いたそこにいたのは、リナの故郷で共に育った、幼なじみの一人、レドリー・マーティンだった。
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