第67話 フェイの不安

「風刃っ」


 襲いかかってきた大群をまとめて風刃で蹴散らす。範囲が大きいので、複数の風刃を重ねた。

 4匹目の放浪鳥へ投げたロープが誤って白蜂の巣に激突してしまったので、一斉に白蜂が突撃してきたのだ。

 羽ばたく軽い生き物なので何匹かは風刃の勢いからくる気流にのり、最後まで避けることができたが、それくらいなら警戒するまでもない。フェイはさらに風刃を重ねて全てを真っ二つにした。


「こんなもんかの」

「……」

「……」

「ん? どうしたんじゃ?」


 完了だと両手をはたきあわせ、フェイを凝視する2人に気づいて首を傾げる。


「いや、うん、フェイ、凄いね」

「今更何を言っておるんじゃ」

「いやまぁそうだけど、ねぇ?」

「ああ。白蜂なんて、的が小さいしどうしたって倒すより先に刺されてしまうからな。逃げるしかなかったんだが」

「そんなもんかの」


 そう言えばとフェイは思い出す。アルケイドで蜂蜜採取に行くという人がえらく重装備だったのをみた記憶がある。刺されないようにとの格好だったのか。


「まぁ、よいじゃろ。ところで放浪鳥、逃げてしまったぞ」

「いいよいいよ。次探せば」


 そして再度探索し、最終的には放浪鳥5匹と変色蜥蜴3匹となった。ションゴ街につく頃にはちょうど夕暮れ時だった。


「じゃあまたね」


 変わらない50ランクに飽きながら、フェイは2人と別れて宿へ戻る。


「あら、フェイ君、よねぇ?」

「む? ああ、アントワネットか」


 途中、横合いから声をかけられて左側に振り向くと、服屋から出てきたところらしい、にこやかに微笑むアントワネットがいた。


「リナは?」

「30分くらい前に別れてぇ、宿に行くーって言っていたわよー」


 帰っているかどうかと考えていたが、思いの外早く別れていたらしい。


「そうか。ではわしも帰るとしよう。またな」

「まーまーまー、フェイ君にぃ、お話し、聞きたいなぁ」

「む、しかしな。夕食はリナと共にするつもりでな。あまり待たせたくないんじゃ。おお、そうじゃ。お主も一緒にどうじゃ?」


 特別に約束したわけではないが、アントワネットと共に食べる訳ではないのならリナは待っているだろう。今から帰ればちょうど、普段の夕食の時間にちょうどいい。


「私はパスぅ。旦那様と食べるからー。じゃ、宿まで歩きながら話しましょー」

「それなら構わんよ」


 並んで歩き出しながら、アントワネットはフェイにさっそくとばかりに話しかける。


「ねぇフェイ君、魔法師なんだって?」

「うむ。その様に言うらしいの。しかしわしはあくまで魔法使いと習っておるから、あえて否定しよう。わしは魔法使いじゃ」

「んー? まぁいいや。すごい魔法、使いって聞いたけどぉ、どんなことできんのー?」

「どんな、と言われても困るの。一応できる数からそれなりにあるが、依頼時に使う魔法を言えばよいかの?」


 フェイが習得し、頭の中で完璧に記録されてほぼタイムラグなく使える魔法は応用を含めれば数百以上だが、殆どが実際に必要にはなっていない。


「そんなにあるの?」

「うむ。数はあるが、ぶっちゃけ日常では役立たんものもあるからの」


 細かいものであれば、封筒式の手紙を糊を使わずに封をする魔法、解除の魔法、糊で封されたものを綺麗に開封する魔法などもあるが、フェイは手紙のやり取りなどしないので練習以外でつかったことがない。

 大掛かりなものであったりして、使用すること自体が困難で、使いどころが難しいものもある。そんな感じのものが殆どだ。


「じゃーあ、依頼でどんな感じか聞いていー?」

「うむ。身体強化は基本として、メインは風を刃とする魔法じゃな。あと結界と、飛行魔法もたまに使うの。依頼時以外でよく使うのは、土を操作する成形魔法や魔物除けは割合使うのぅ」

「そ、そんなに?」


 臨機応変と言えば聞こえはいいが、行き当たりばったりでその場その場で魔法を使うので、実際に使ったことのある魔法は他にもある。しかしよく使うとなればこの程度だ。

 清潔したり火種や水をだす魔法なんかは、依頼とは関係なく、魔法使いとしては使えて当たり前すぎるので割愛した。


 アントワネットはあくまで独学の魔法師なので、そんなフェイの意図にはもちろん気づかないが、それでもすでにあげた数6つでも十分多く、それ以上にあると聞いて驚いた。

 アントワネットが当時使えた戦闘に使える魔法は3つで、戦闘につかえるほどではなく日常生活に多少役立つ程度のものを合わせてようやく5つだった。

 結婚してからお金に余裕ができ、生活に役立つ魔法はもう2つ増えたが、少なくとも冒険者時代のアントワネットより多い。


「と、と言うかぁ、飛行魔法とか、ほんとに?」


 自信をもって答えているのだからどれも十分に熟練しているのだろうが、数よりなにより、身体強化なんて聞いたことないがすごく便利そうだし、飛行魔法は聞いたことがあるがかなり難易度が高いと聞いている。

 独学ではなく、魔法師の家系だとリナから聞いてはいるが、それがどれほどのものなのかは全くぴんときていなかった。


「うむ。やりたいのか? 構わんぞ」

「え、えっと………じゃー、目立たないようにそーっと、1センチだけ浮いて前に進むとか、できるぅ?」

「1センチ限定かの? ちと難しいが、全く問題ない。手を貸してくれ」

「え、こーお?」


 左手の平を上に差し出してくるフェイに、戸惑いながらアントワネットが右手をそっと乗せる。フェイはにっと笑ってその手を握り、魔法を行使した。


「ほわっ!?」


 僅かに浮かび上がった2人は音もなくすっと前へスライドするように動き出した。

 構えていたはずだが、足の下に地面がないと言う状態にアントワネットは奇声を上げながらフェイの手をぎゅっと握って思わず両足を胸に引き寄せるように曲げた。


「とっ」

「ぎゃん!?」


 その反応に反射的にフェイが魔法をやめると、重力に従ってアントワネットは尻餅をついた。


「す、すまんの。目立たないようにと言っておったのに、足をあげるから、つい」

「い、いーえっ。だいじょーぶよ。えぇ」


 アントワネットは恨みがましいジト目をフェイに向けつつも、握ったままのフェイの手を引いて立ちあがる。

 その手の想定以上の力強さに驚きつつ、アントワネットは左手でお尻を払った。


「とりあえず、フェイ君が凄いのはわかったわー」

「うむ、それはよかった」


 胸をはるフェイにアントワネットは笑いながらフェイの手を離した。

 少しばかり子供ではあるが、能力的には申し分ない。リナのことはアントワネットにとっても気がかりの一つだったので、フェイと言う腕利きの魔法師と組んでいると言うなら安心だ。内面も、子供であり善良そうだ。


「うん。心配してたからぁ、フェイ君みたいな魔法師が代わりに組んでくれてー、安心したー。これからも、リナのことよろしくねー」

「う、うむ」


 フェイはアントワネットの物言いに、少しばかり引っかかるところがあったが頷いた。そんなフェイの態度は意に介さず、言い忘れていたお願いごとを、宿屋が見えてきたので急いで伝える。


「あ、そーそー、あとリナ、明日もう出発予定とか言ってたけどぉ、別に急がないならー、もう何日かいない? ねぇ駄目ー? もっとリナと話したーい。久しぶりだしぃ」

「か、構わんぞ。では、今日をいれて一週間くらいでいいかの?」

「そんなにいいのー?」

「うむ。急ぐ旅では、ないからのぅ」

「やったー! フェイ君ちょーいい子! よーしよーし!」


 リナにも言ったのだが、フェイがリーダーだし勝手には決められないと保留にされていたのだ。話が早くて非常に助かる。

 嬉しくなったアントワネットは勢いでフェイの頭に右手を伸ばして撫で撫でする。


「子供扱いは好きではないから、やめてくれ」

「あー、ごめーん。じゃ、また明日会いに来るからぁ、リナによろしくねー」

「うむ」


 ちょうど宿の前まで来たので、フェイとアントワネットは別れた。

 宿の女将に挨拶しながら宿に入り、部屋へと戻った。中にいたリナが顔を上げる。


「おかえりなさい。ねぇ、フェイ、相談があるんだけど」

「先ほど、アントワネットと会ったぞ。今日をいれて一週間の滞在とすることにしたが、よいか?」

「あ、そうなの。ええ、もちろん! ありがとう、フェイ」


 ベッドから立ち上がりかけたリナは、フェイの言葉にはにかむように微笑みながらまた腰を下ろした。


「………」


 フェイの中には複雑な感情が渦巻いていた。単純にアントワネットに嫉妬すると言うのもあるが、それ以上にアントワネットの代わりに組んでと言う言葉が、何だかとても嫌だった。


 アントワネットの代わりにフェイという魔法使いがリナとパーティーを組んだ。それは言葉の上では確かにその通りだ。だが、それではまるで魔法使いならフェイでなくても誰でもいいみたいではないか。

 まるで、他にもっと優秀な魔法使いがいるならフェイがいらなくなるような、代替品のような、そんな風に受け取ることもできるではないか。

 そんな意図はないと、頭では考える。だが無性に不安になる。

 フェイにはリナしかいない。リナだけがパーティーメンバーだ。だけどリナにはフェイ以外にも昔パーティーメンバーだった人がいれば、他の人とだって自由にくめるのだ。

 それが今更、フェイにとって不安となった。


 そんなフェイの態度に、何も感じない訳がない。リナは首を傾げながら、立ち上がってフェイに近寄る。


「フェイ?」









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