第68話 フェイの安心
「どうしたの? もしかして体調悪い?」
リナは立ち止まるフェイのおでこに右手をフェイの鼻辺りから前髪をすくい上げるようにして、手をフェイのおでこに当てる。
「んー?」
特に何も感じなかったので、右手をフェイの肩に置いて、今度は左手で自分の前髪をめくり自身のおでこをフェイのおでこにあてる。
「リナ、くすぐったいのじゃ」
困ったように笑うフェイに、リナは手を離してやや曲げた腰を伸ばす。
「熱はないみたいね」
「問題ない」
「ほんとに? ちょっと疲れたとかもない?」
「う、む。疲れてはおるの」
「うーん、どうする? ご飯、買ってこようか?」
「いや、問題ない。食べに行こう」
この宿では泊まるだけにしたので、食事は逐一外へ行くことになっている。リナの気遣いは有り難いが、フェイの疲れも普段に比べて特別酷いわけではない。
「そう?」
「うむ」
頷くフェイだが、リナとしてはそんな肩を落とした状態で大丈夫だと言われても説得力はない。しかし体調は悪くなさそうだ。となると、考えられるのは体ではなく、心の不調だ。
「………んー。何か、あった? 午後、何してたの?」
リナはさりげなさを装おうと、間を開けてあえて一歩引きながら尋ねた。
しかしそのような態度をとろうと、フェイにもリナの意図は伝わっている。
どうしようか。ありのまま伝えてしまうと、まるでアントワネットを悪く言うようになってしまう。親友をその様に言われてしまえば、いかにリナと言えど、面白くはないだろう。
そう悩んで口を噤むフェイに、リナの心配メーターがぎゅんぎゅん回った。
女の子とバラしてからは隠すと言うことを知らないのかと言うほど明け透けだったフェイだ。
幼なじみ久しぶりに会えたことでとテンションが上がっていたのは仕方ないが、フェイを1人にするのではなかった。アルケイド街では普通にフェイ1人でもうろうろしていたが、ここはかなり離れている。もしや水か何か、体に合わないものを口にしたのか。
はたまた、おかしなやからに絡まれたのだろうか。フェイは可愛いのであり得る、とリナは心配で眉を寄せた。少なくともリナにとって、フェイは日に三度は可愛いと感じるので、とてもあり得ると考えた。
男の子に見えるように魔法を使ってることは、あの日から効かなくなったリナの意識の中にはすでにない。
「フェイ、ちょっと、座りましょ」
「う、うむ」
リナはフェイの背中に右手をそえて、そっと誘導してベッドに座らせる。その隣に座って、リナはフェイの顔を覗き込む。
「フェイ、何か嫌なことがあったの? ねぇ、よかったら教えてくれない? フェイがそんな顔してたら、私まで、悲しくなるわ」
「………うー、む。すまぬ」
「謝ってほしいわけじゃないの。言えないこと? 言いたくないなら、無理しないでいいけど」
無理強いしたくないとは思うが、しかし無理にでも聞き出したいとも思う。この可愛い仲間を憂い顔にするものの正体を白日の下にさらして、ぶっ殺してやりたい。
と、純粋にフェイのことを案じているのだ。多少の無粋には目を瞑ってもらいたい。
リナは言葉とは裏腹にフェイに迫るように、そっとフェイの手を取って体が触れ合うほどに距離をつめる。
「ねぇ、フェイのこと、心配なのよ。どうしても、私にも言えないことなの?」
「………わしのこと、怒らぬか?」
わし、と意識せずにそのままになっている。そこまで気が回らないのだろう。
そんな風に気弱になって、上目遣いで見上げてくる年下のパートナーを、どうして怒ることができるだろうか。
「絶対怒ったりしないわ。約束したっていい」
「………その、もし、なんじゃが。アントワネットが、冒険者に戻ったら、どうするんじゃ?」
「は?」
そんなことは有り得ない、のだが、フェイの真剣な瞳にそのまま伝えるのははばかられた。
とは言え、冒険者になったからどうというのだ。
「アンが冒険者になっても別にどうもしないわよ? あ、私たちのパーティーに入りたいと言われたらどうするかってこと?」
「いや……何というか、わしの他に、もっといい魔法使いがいて、わしではなくそやつと組んでほしいと言われたら、どうするか、というか、なんというか」
フェイは言い辛そうにしながらも、後半顔をそらして口の中で誤魔化すようにしながら言った。
その疑問に、リナは首を傾げ、それからむっとした。
何てことを聞くのだ。
つまるところ、フェイはこう言いたいのだ。自分より有能な人間がいれば、フェイを捨てて乗り換えるのか、と。リナのことをそんな、薄情な人間だと思っていたのか。
少なくとも疑問として不安になるくらいには疑ったと言うことだ。こんな話があるだろうか。リナはフェイを選んだのに。他の誰でもなくリナがいいと言ってくれたフェイの為、リナは全てを持ってそれに応えたいとさえ思っているのに。
「フェイ、本気で聞いている? 私が、他の魔法使いがいればあなたとパーティーをやめるって、本気で聞いているの?」
フェイの肩をつかんで自分を向かせ、リナは顔を寄せて怒りを抑えずに尋ねる。そのリナの形相にフェイは後ろに引きそうになるが、リナに掴まれているのでそれもできず、下を向いて視線をそらした。
「……そ、そう言うわけでは、ないんじゃが」
「じゃあ、どう言うつもりだって言うの!?」
「う……じゃ、じゃって! じゃってアントワネットが!」
「アンがなによ!!」
言い返そうとするとそれ以上の勢いで促され、フェイはぬぅと首を縮めた。大声で怒られるのは慣れていない。アルケイド街での人との触れ合いにより、大声を出されることもあったが、リナにこうして怒られるのは初めてで、どうにも萎縮してしまう。
「…………代わりの魔法使いが入ってよかった、みたいに、言ったのじゃ。わしが魔法使いじゃから、選ばれたのかと思うと、どうしても、悲しかったんじゃ」
「お馬鹿」
「ぬわっ」
リナの左手が勢いよくフェイの頭を叩いた。フェイは身体強化しているので通常であれば全力でもないチョップでは痛くも痒くもないが、リナも身体強化されていたため、とても痛かった。
涙目になったフェイは右手で頭を抑える。
「い、痛いんじゃあ。リナのあほー」
「う、や、やりすぎた? でもね、私にもほら、譲れない線ってあるしね? 痛くなーい痛くなーい」
「痛いわ!」
フェイの右手ごと左手で撫でて誤魔化しにかかるリナだが、さすがに自分でチョップしてそれで誤魔化されるフェイではない。
実際のところ、たんこぶができるほどの痛みではない。お互いに強化しているので、常人なら鈍器で殴られた痛みだが、普通の人が普通にチョップした痛みとしてフェイには伝わっている。
だがそもそも常に身体強化しているフェイでは痛み自体がほぼないので、耐性がないのだ。
「ごめんって。でもね、フェイが悪いでしょ。私がフェイのこと、魔法使いだから、強いからってだけで選んだと思ってるの?」
「うー、そうではないが」
「そりゃ、強さは大事よ? フェイが魔法使えなくて剣も何も使えなくて戦闘ができないほど弱いならパーティーはくまないわ。でも当たり前でしょ?」
遊び相手を探している訳ではないのだ。あくまで仕事上の、冒険を共にするためのパーティーメンバーなのだ。好きだからと言うだけで選べば、街の外へ出たら2人とも死んでしまう。だから武器は何一つ使えないフェイとくんでいるのは魔法使いだから、と言えなくはない。
「それはそうじゃが……」
フェイもそれはわかっている。全くの足手まといでしかないなら、パーティーはくまない。だけどそれでも、嫌なのだ。
フェイにとって、パーティーメンバーはリナしか考えられないように、リナにとってもフェイが特別でありたい。代替可能な存在ではイヤだ。
もちろんリナがフェイをぽいとすぐ見捨ててしまうなんて思わないし、自分自身をそうそう代わりのいない魔法使いと思ってる。だがそれで、じゃあ安心できる、と言うものではない。
「あのね、フェイ、私はフェイだからパーティーメンバーをくんだの」
すっきりしないでまた顔を伏せるフェイに、リナは仕方ないなぁと苦笑して、優しく言い聞かせるようにフェイの手をそっと握った。
顔を上げたフェイと目を合わせたまま顔を寄せる。
「他の誰かじゃないわ。例え他にすっごい優秀な人が出てきても、フェイがいらなくなったり何てあり得ない。絶対よ。約束する」
そのリナの真摯な態度に、フェイの中でずーんと落ち込んでいた気持ちが持ち上がってくる。元々明確な何かがあったわけではない。
言葉の言い方一つで、妙に不安になってしまっただけだ。だからリナが真剣に向き合って、フェイを特別だと言ってくれるなら、それだけでもう。
「……わしのこと、特別に、好きか?」
「す……え、と」
なのにリナは、言葉を濁した。
フェイはてっきり、好きよと言ってくれてついでに頭も撫でてくれて、そうしたらもう、何も恐れることも不安がることもなくなるはずだったのに。
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