ヒロース村
第62話 初めての村
「やっとね」
「あれがヒロース村か……小さいの」
山を降り、そこから歩くこと半日ほどで見えてきた村はアルケイド街とは当然ながら全く違う。
遠目にも大きく威圧的なほどの塀があったアルケイド街とは違い、ヒロース村は小さな腰までの木製の柵があるだけだ。
「村なんてあんなものよ」
「魔物が入ってこんのか?」
「基本的に縄張り外で、魔物の少ない場所にしか村なんかつくらないわ。この辺りなら一角兎かそれ以下だし」
強い魔物がいる地域にはしっかりした塀がつくられる。すると弱くて柵が簡単なのよりは安全性が高いので、発展して街が大きくなる。
一般的には弱い魔物しかいない辺りは村で、強い魔物がいる辺りは大きな街がある。なので大きな街に訪ねる時の方が世間的には危険と考えられている。
弱い魔物相手なら誰でも倒せる、という訳ではないが、向こうから襲ってくることはあまりなく、逃げることもできる。また成人男性が数人いれば特別鍛えてなくても倒せるレベルだ。なので村のあたりはこれで問題ないのだ。
「ふぅむ、そんなものかの」
「まぁ、ずっと魔物除けしてるから魔物が減ってる実感はないけどね」
弱い魔物とは言え、旅をするときにはやはり注意が必要になる。その点フェイが一台あれば口笛を吹きながら旅ができるという優れものだ。欠点としては緊張感がなくなるので、フェイがいない時に困ると言うものだ。
そうして歩いて近づいて行くと、柵の切れ目であり村の出入り口に座っていた老年の男性と目があった。
顔が厳ついだけなら見慣れているが、妙に見開いた目でじっと見られていて、フェイは思わずリナの裾を右手で握る。
「な、なんか、見られとるぞ」
「いや、普通に見張りの人でしょ。大丈夫よ」
びびるフェイの右手を左手で離させてから握ってひき、リナはさらに近寄り男性に声をかける。
「すみません、ここ、ヒロース村で合ってますか?」
「ああ。なんか用か?」
「はい。旅の途中なので、今日はここで泊まらせてもらおうかと」
「冒険者か?」
「はい。カード出しましょうか?」
「いや、いい。まっすぐ行ったら宿屋がある」
「ありがとうございます」
リナはお辞儀をしてから男性の横をすり抜ける。フェイは繋いだリナの手を両手で握りつつ、男性をじっと見返しながら通り過ぎる。
「!」
「ぶふおっ」
通り過ぎる瞬間、男性が思い切り白目を向いて両手で自分の頬を左右に引っ張って舌を突き出した。その顔を真正面から見たフェイは吹き出し、笑いながら咳き込んだ。
「え、な、なに?」
男性の様子を見ていなかったリナは驚きながら足を止めて振り向くが、男性はすでに顔を戻していて、フェイはリナに答える余裕はない。リナの手も離して胸に右手をあてた。
「ごほっ、えほ、な、なんじゃお主!?」
「面白いか?」
「おもっ、面白いどころか大爆笑じゃ!」
「わははっ! そーかそーか。子供は元気が一番だ。道中疲れただろ。何もない村だがゆっくりしてけ」
「そ、そうさせてもらおうっ」
男性に見送られ、フェイは訳が分からず戸惑うリナの腰を両手で押して、男性から離れて村へ入っていく。
中へ入り、まばらだが人が歩く通りまで来てフェイが押すのをやめたので、並んで歩く形になりながらリナはフェイに尋ねる。
「ど、どうしたの?」
「さっきの男が、わしに思いっきり変顔したんじゃ」
「はい?」
「だーかーら、変な顔したんじゃ」
「はぁ? あのお爺さんが? そんなわけないでしょう。気難しそうな顔してたじゃない。フェイが咳き込んでからは笑ってたけど」
決定的瞬間を見ていないリナからすれば、突然知り合いでもない相手に向かって変顔をするなんて信じられないし、本当なら意味が分からないしちょっと怖い。嘘臭い。
リナのそんな疑いを悟ったフェイは頬を膨らませながら強調する。
「でもしてたんじゃ」
「ふーん」
「信じておらんじゃろ」
「そんなことないわよ」
「嘘じゃ。固定パーティーを組んだばかりじゃと言うに、なんて冷たいんじゃ」
「信じてるって、はいはい。信じた信じた」
「むー!」
面倒になってあしらうようなリナの態度に、フェイは頬を限界まで膨らませて、苛立ちを表すために右手の人差し指でリナの左腕をつついて攻撃した。
別に痛い訳でもないので、リナはフェイを放置したまま宿屋に入った。
宿屋は隣の食堂と同じ建物だった。宿屋兼食堂となり、この村唯一の飲食店になる。
食堂と宿屋では入り口が異なっており、宿屋側の入り口から入ると誰もいないので、リナは奥へ向かって声を上げた。
「すみません、一泊お願いしたいんですけど」
「はいよー」
ばたばたと足音と共に受付台の奥のドアが開いて、ふくよかな女性が顔をだした。
「お待たせ。旅人さんかい? 兄弟かい? 可愛いねぇ」
にこにこしながら女性はフェイに目をやりながら、リナに尋ねる。普通ならばリナがリーダーに見えるのが当然なので、リナも答える。
「冒険者でして、旅の途中なんです」
「そっちの子もかい? ちっちゃいのに偉いねぇ。ああ、一泊だったね。家はツインしかないけど、一部屋でいいね?」
「はい、お願いします」
「ん、じゃ、朝晩つきで5000Gだよ」
リナが懐から財布を取り出して会計をすませる。フェイとリナの固定パーティーは基本的に全て同じ会計でリナ管理としている。
「あ、そういや今日の見張りはクラーク爺さんだったね。あんたたち、見張りの爺さんどうだった?」
「はい? どう、と言われましても」
「はいはい! わし! わしあやつが変顔したの見たのじゃ!」
首を傾げるリナの脇からフェイは、ぴんときた!と笑顔を突き出して発言する。その言葉に女性は快活に笑う。
「そうかい! やぁ、クラーク爺さんは子供好きでねぇ。会う子供会う子供、笑かそうとするんだよ。良かったら笑ってやってくれ。ほい、鍵」
「ありがとうございます」
女性から鍵を受け取り会釈しながら中へ進み、指定された部屋へ入った。そしてすぐさまフェイが得意げにリナを見上げて言う。
「聞いたかリナ、わしが真実を言っていたことが証明されたの」
「元々疑ってないってば」
「むー」
苦笑するリナにフェイは不満で唇を突き出すが、リナははいはいごめんなさいねと頭を撫でてごまかした。
荷物を下ろすと、フェイの魔法で強化されていてそれほど重さを感じていなかったとは言え、やはり肩の荷を下ろした瞬間は息がもれた。
「さて、今日はゆっくりしましょうか」
「村を見て回らんのか?」
「いや、回るほど珍しいものもないでしょ」
「うーむ」
「好きに行ってきていいわよ? 夕食までには戻ってきてね」
「うむ。そうするとしよう」
「あ、無駄遣いしちゃ駄目よ。変な人についてったりとかも駄目よ」
会計を共にしているとは言え、2人は対等なパーティーメンバーだ。もちろん共通費用以外に自由にできるお金も分配してフェイに渡している。
フェイの元々の財産はフェイのものだし、使おうと思えばフェイはお金持ちで、それをリナが制限する権限はない。だがついついリナは保護者感覚で言ってしまった。
「わかっておるよ。心配いらぬ」
フェイ自身も子供扱いはイヤだが、リナにされるのは身内扱いのようなものなので嫌ではない。なので普通に答えた。
「ん。じゃあ行ってらっしゃい」
「うむ、行ってくる」
○
「うん? これで終わりかの」
一通り村を歩いたフェイは独り言を言いながら首を傾げる。なんと、この村には教会がなかった。どこの教会があるのかは知らないが、当然あるものだと思っていた。
ここでフェイの世間知らずさが発揮されるが、教会は全ての村にあるわけではない。今や信仰の為だけではなく仕事斡旋の意味も持つ教会だが、大きな街でしか登録はできない。
大きな街から離れていれば当然村人の大半が登録者ではないし、沢山の旅人や冒険者が通るわけでもなければ依頼をこなす人もいない。結果、教会は必要なくなる。
人数が少なく皆顔見知りなところであれば、村人同士で顔をつきあわせて依頼をすれば良い話で、間に人をいれる必要性がないのだ。
そんなことには気がつかないフェイは、不信仰な村なのだろうかと首を傾げた。現代において信仰の深さと教会の有無は関連性はほぼない。
信仰が深いものは家の中で儀式具をおいていたり、教会のある街へ訪ねることはあるが、教会のない村に住むからどうということはないのだ。
「うーむ、しかし、ほんとに何もないの」
武器まである雑貨屋と、靴から下着まである服屋以外には食材を売るお店数店舗以外に店もなく、田畑があるだけだ。見て回るものがなにもない。
リナの言う通りだったなと思いながら、フェイは踵を返した。
「お? なんだお前ー、見ない顔だな」
「顔だなっ」
「おー、ほんとだ。珍しいな」
「む? なんじゃ、童子(わらし)たちよ、わしは怪しいものではないぞ」
振り向いたところでちょうど家の角から走ってきて現れた子供達が、見知らぬフェイを取り囲むようにやってきた。少年2人と片方の妹らしいさらに幼い少女をつれている。
童子は本来の意味で言うならばフェイも当てはまるが、フェイにとってはより幼い子供と言う意味で使っている。知っている者にとってはフェイが使う言葉として違和感を感じるだろうが、幸い童子本人らは言葉自体を知らないらしく首を傾げる。
「わーし? なんだお前、わしわしへんなのー、じじいじゃん」
「じじー、じじー」
「どんな言葉使いであっても、お主等には関係なかろう」
「関係ないけど変じゃん」
「てかさぁ、お前みたいな年で旅してんの? 親行商人とか?」
「わしは冒険者じゃ」
「はー? お前みたいなガキが?」
「がきー」
「わしはガキではない。お主等と一緒にするでないぞ」
「えー、嘘だぁ」
「うそだー」
「嘘ではないっ」
「じゃあちょっと冒険者のこと教えてよ」
「よかろう」
ムキになりつつ、フェイは図らずも暇つぶしの相手を見つけたのだった。
○
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