第61話 野宿
「ではの、ジン」
「はい。また、の、お帰り、を、お待ち、して、ます」
「ああ、行ってくる」
「またね」
「はい。また」
朝食後、2人は予定通り旅立つ。挨拶は簡潔だった。
ジンはともかく、フェイには二度と戻らないかも知れないと言う覚悟を再び胸に宿していたが、それでもあえて大仰に言葉を伝える気持ちにはならなかった。
または、また何だかんだ、いずれ戻るだろうと思っているのかも知れない。どうしたって、この家がフェイにとって特別な場所であることには変わりない。
「まずは山を降りて、東南の……何という村じゃったか」
「ヒロース村よ。もう、そんないい加減じゃ、心配だわ」
「心配はいらぬ。何せわしには、心強い仲間がおるからの」
「褒めとけばいいと思わないでよ。まー、ある程度はいいけどさ」
実際、得意不得意があるのだし、フェイに比べたらまだ旅慣れているリナがリードするのは普通だ。しかしここであまり甘やかしてしまうのも本人の為にならないし、などとつい教育者的保護者立ち位置で考えてしまう。
「なに、いざとなれば、わしが魔法で飛ぶからたどり着けんと言うことはない。大丈夫じゃ」
「それは大丈夫とは言わないわ」
今更ながらフェイの反則的なまでに便利で応用の利く魔法には感心するが、それにすぐ頼るという気持ちがあるから、準備に対していい加減なのだろうと思われた。
しかしそれを正そうにも、どうするべきか。自分が努力して身につけた力だ。頼りになるのも当然だ。フェイは魔法が使えるのだから、いっそ使える前提である今のままでもいいのか。
だが万が一の際に取り返しが付かなくなってからでは遅い。起こってからその場しのぎで魔法頼りになるよりは、やはり予め地道に対策しておいた方がいいに決まっている。
(やっぱり基本は知っておかないと駄目よね。カバー力が強いからって、問題の起きる可能性の高いまま放置するなんて有り得ないものね)
リナはフェイの教育方針を定め、一人頷いてからフェイに向けて口を開く。
「フェイ、魔法は確かに困った時にも便利だろうけど、そもそも困らないように準備するものよ」
「うーむ、それはまあ、わかっておるぞ?」
フェイとて分かってはいるし、だから真面目に地図もつくった。だが確かに覚えていないし、覚えていないのも無意識にルートを軽んじているからだろう。
自覚はしているので、フェイは視線を泳がせつつも何とか言い訳する。
「ただほら、村の名前は数多いからのぅ。ルートの形自体は覚えておるぞ?」
「形って……」
形と言うその言葉こそ不安になる。頭の中で出てくる地図では常にルートの全体が見れていると言うことで、明らかに縮尺を間違っているだろう。
リナは呆れつつ、まぁ地図自体は真面目につくってるし、覚えなくてもこまめに見て確認さえすれば問題ない。とフォローを心中でいれた。
「とりあえず、急ぎましょうか。山を出ないと始まらないもの」
「うむ、その通りじゃな」
ここぞとばかりにフェイは頷いた。
○
日暮れ前まで早足で下山するが、まだまだだ。行きよりは早いだろうし、ルートもやや短いがそれでも20日ほどかかる。
その気になれば、走るなりそれこそ魔法で飛ぶなりすれば、半分以上短くなるだろう。しかしそうする理由も特にない。
行きと同様のんびりと、普通のペースで行くつもりだ。旅は始まったばかりなのに、ペースを崩す意味もない。
「……」
すでに支度も慣れたもので、テントをはり夕食を済ませ、中で二人は就寝の準備をしていた。魔法で綺麗にして、結界をはり、片づけをして寝転がる。
なお、フェイが女の子と知れているので以前は2人の間にあった荷物の壁はなく、寝相によっては朝は手が当たってることもある。
「リナ」
「ん、どうかした?」
「……手を、つ、繋いで………や、やっぱり何でもないのじゃ」
昨日一昨日とジンを身近に感じながら眠ったからか、少しばかり寂しく感じて、リナと近くに寝たいと思ったフェイだが、提案しながらその恥ずかしさにごまかした。
(普通に隣に寝ておるだけで近いのに、わしは幼子か)
顔を赤くしてリナに背を向けて寝転がるフェイだが、もちろん先程の雑極まりない否定で誤魔化される訳もなく、リナはフェイの思考を正確に読みとっていた。
「ねぇフェイ、手、繋いで寝ない? たまにはいいでしょう?」
「……リナが、そう言うなら、そうするとしよう」
「ありがと」
渋々と言うように顔をあげるフェイだが顔が赤いのは収まっておらず、口元もにやけており実に可愛らしい。
リナはにっこり笑ってフェイの右手をとって寝転がった。
フェイもさすがに、見透かされているなとは思ってますます照れくさいが、それでも嬉しい。
(むー、リナ、ずるいのぅ)
嬉しいのが全く隠せていない癖に、心の中では強がってから、フェイはそっとリナの左手を握り返しながら寝返りをうった。
「ねぇ、フェイ」
「なんじゃ?」
呼ばれて視線をむけると、リナはフェイを向いて横向に寝ていた。明かりを消しているが、テント越しの月明かりでなんとなく顔は見える。
「ジンのことだけど、連れて行くこととかはできないの?」
「ああ、できんことはない。じゃが、本人がそれを望んでおらんからの」
「え? フェイがマスターで、あんなに仲良しなのに? 誰もいない間は寝てるだけなんでしょ?」
ジンがどこにいても聞こえてしまうと言うことで、リナはあえてあの家では複雑な事情に踏み込むことはしなかったし、二人きりになれば話は別だ。
二人共に納得してるならそれに異を唱えるつもりないが、何故なのか、理由はやはり気になるし、相手が気心の知れたフェイなので、遠慮なくぐいぐい踏み込む。
そんなリナにフェイは苦笑しつつも、右側に向かってリナと同じように横向に寝直して、向かい合ってから答える。
「わしがマスターとなったのは単に遺産として受け継いだだけじゃ。本当の意味でジンのマスターは、御爺様だけじゃよ」
「? よくわからないんだけど、フェイの御爺様のことが好きだと、どうしてこないの?」
「御爺様との思い出が残っているのはあそこだけじゃからな」
「……私には、理解できないわね」
リナにとって、思い出の価値が分からないという意味ではない。だが思い出の品の為に今生きている人間を放って、家に残り続けると言うのは、リナにとっては納得のいかないことだった。
好きだと言うのならなおさら、その孫をマスターとして、旅を支えるのも一つの手だと思う。ただ家に残ることにリナには意味を見いだせなかった。
もちろんリナはそれを否定するつもりもないし、罵倒するつもりもない。ただただ、理解できないと言うだけだ。
不思議そうなリナに、フェイはうーむと少しだけ困ったように笑う。
「まぁ、何を選ぶかなど、千差万別じゃからな」
フェイにも100%理解できているわけではない。だがこの違いはけして、人間と人工精霊の違いではない。単なる性格の違いだ。
「それはそうだけど、気になったんだもの。ジンがいれば楽しいし」
「なんじゃと? リナはわしだけでは足らんと言うのか」
「そんなこと言ってないじゃない。ほらほら、よしよし」
「むー」
リナが左手は繋いだままで、右手でふわふわと髪を撫でつけるようにしてあげると、フェイは露骨に不満声をあげつつも目を細めた。
「フェイと一緒で楽しいわ」
「うむ、ならばよいのじゃ」
偉そうに言うフェイだが、その姿は撫でられてお腹を見せる犬のよう受け身で、生意気であるほど可愛らしい。
「もー、上からねぇ」
「ふはっ、く、くすぐったいぞ」
頭から指先を滑らせるようにして、耳から首元にかけて撫でるとフェイは身を震わせて笑うが、はねのけようとはしない。
(あーもう、可愛いわね、こんちくしょう)
ついついリナもテンションがあがって、フェイの右手も離して両手でくすぐりにかかる。
「くははっ、りっ、リナっ、くしゅ、くすぐっちゃい! ははっ」
「よいではないか、よいではないか」
「ふははははっ」
5分後、お互いにくすぐりあって全力を出しきった2人は、痛む腹筋を抑えつつどちらともなく手を離した。
「はーっ、楽しいっ」
(こんなの、いつ以来かしら)
子供の頃、それこそ幼い頃にはリナは幼なじみたちと転がるように遊び回っていた。それが遠い過去として思い出された。それは過去を惜しむ気持ちではない。懐かしくも、現在が満たされているなと実感した。
「ふぅ、全く、馬鹿なことをしてしまった」
「でも楽しいでしょ?」
「うむ。またやってもよいな」
「ふふ」
大人ぶった口を聞くのに、素直で全く隠そうとしない。そのちぐはぐさが可愛らしい。
パーティーを組むのには人によってその理由は様々だ。だけどけして、リナはフェイを魔法使いだから選んだわけじゃない。それだけは伝わっていると、いいな。
○
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